トム・ブレイディ
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| トム・ブレイディ
Tom Brady |
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| QB | |
| 生年月日: 1977年8月3日(31歳) | |
| 出身地: |
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| 身長: 6' 4" =約193cm | 体重: 225 lb =約102.1kg |
| NFLデビュー | |
|---|---|
| 2000 (ニューイングランド・ペイトリオッツ) | |
| 経歴 | |
| 大学: ミシガン大学 | |
| NFLドラフト: 2000 / 6巡目(全体の199番目) | |
| 所属チーム: ニューイングランド・ペイトリオッツ (2000-) |
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| 通算成績 (2007年までの成績) |
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| タッチダウン | 197 |
| インターセプト | 86 |
| 通算パス獲得ヤード | 26,370 |
| QBレーティング | 92.9 |
| NFL.comよりの成績 | |
| 受賞歴・記録 | |
トム・ブレイディ(Thomas Edward Brady, Jr., 1977年8月3日 - )は、アメリカ・カリフォルニア州出身のアメリカンフットボール選手で、ポジションはクオーターバック(QB)。NFL・ニューイングランド・ペイトリオッツ所属。両親はアイルランド系。最もよく比較されるQBジョー・モンタナを見て育った。
目次 |
[編集] 経歴
出身高校はバリー・ボンズなどを輩出したジュニペロ・セラ高校。高校卒業時はモントリオール・エクスポズから捕手としてドラフト指名を受けている。教育熱心な父親で、ブレイディが高校時代に通っていたQBスクールにはベン・ロスリスバーガーやカーソン・パーマー、レックス・グロスマンなど最近のドラフト上位を沸かせるQBらが通っていた。その名門QBスクールの月謝は日本の私立大学レベルの額と言われている。大学へ行く際にはその父親がブレイディの試合のビデオを全米の大学に送り、ミシガン大学から声がかかった。大学4年間は名門ミシガン大学で過ごした(当初2年間はブライアン・グリーシーの控え)が、2000年のドラフト指名はペイトリオッツの6巡(全体199位)と決して高い評価ではなかった。
2000年シーズン:ペイトリオッツの看板QBドリュー・ブレッドソーの控えで出場機会はなかった。
2001年シーズン:開幕直後に転機が訪れる。第3のQBという評価であったが、開幕第2週のニューヨーク・ジェッツ戦でエースQBブレッドソーが相手守備選手からハードタックルを受け、胸部内出血の重症を負い、ブレイディが大抜擢される。それ以降、ペイトリオッツの正QBに定着し、シーズン11勝5敗。プレイオフ進出。ディビジョナル・プレイオフではオークランド・レイダーズを豪雪の中、撃破した。AFCチャンピオンシップ・ゲームでは負傷したブレイディに代わりブレッドソーが先発し、スティーラーズを撃破してスーパーボウル出場を果たした。第36回スーパーボウルでは、タッチダウンパスを通し、残り0秒でキッカーのアダム・ビナティエリ)のフィールドゴールにつながるウィニングドライブを決め、20-17でセントルイス・ラムズを倒し、スーパーボウル優勝。スーパーボウルリングを手にする。スーパーボウルMVPにも輝いている。ブレイディはルックスの良さも手伝って一躍NFLのスーパースターとなった。
2002年シーズン:シーズン9勝7敗。プレーオフを逃す。
2003年シーズン:シーズン14勝2敗。第38回スーパーボウル優勝。第38回スーパーボウルでは自身2つ目となるスーパーボウルMVPを受賞した。
2004年シーズン:シーズン14勝2敗。第39回スーパーボウル優勝。2年連続でAFC、そしてスーパーボウルを制覇することになった。
2005年シーズン:シーズン10勝6敗。プレーオフ進出。ワイルドカード・プレイオフでジャクソンビル・ジャガーズを倒したものの、ディビジョナル・プレイオフでデンバー・ブロンコスに敗れプレーオフ敗退。恩師チャーリー・ワイズ(現ノートルダム大学HC)の離脱や、スポーツヘルニアの痛みに悩まされるなど、決して環境的に恵まれたシーズンでは無かったが自身の成績は自己ベストを記録した。
2006年シーズン:シーズン12勝4敗。プレーオフ進出。ワイルドカード・プレイオフではニューヨーク・ジェッツに大勝し、ディビジョナル・プレーオフではサンディエゴ・チャージャーズを逆転勝利で下したがAFCチャンピオンシップ・ゲームでインディアナポリス・コルツに逆転で敗れスーパーボウル進出はならなかった。
2007年シーズン:シーズン16勝0敗を達成。ランディ・モス、ウェス・ウェルカーといった超強力レシーバーを得たブレイディは、2004年にペイトン・マニングが記録したシーズン49TDパスを更新するシーズン50TDパスを記録し、NFL新記録を達成。自身初となるシーズンMVPを獲得し、4度目のスーパーボウル出場を果たした。しかし対戦相手のニューヨーク・ジャイアンツの守備陣に5サックされるなど活躍できず、また相手QBイーライ・マニングの活躍等によって逆転負けを喫し、パーフェクトシーズン達成はならなかった。
[編集] プレイスタイル
ベリチックの理想とするフットボールを忠実に再現するQBであり、まさに現代フットボールが求めるQBの理想形であると言える。ディフェンスを読む能力やパスの精度、的確なプレイ選択などNFL屈指の実力を持つ。ここ数年のチームの経緯などからインディアナポリス・コルツのQBペイトン・マニングとのライバル関係は、ここ数年のNFLの盛り上げに大役を買った。2ミニッツ・オフェンスを得意としており、NFL解説者の河口正史は「ありえないシチュエーションでありえないパスを連発するブレイディゾーン。彼が攻撃モードに入るとディフェンスは手をつけられない。」と語っている。現代のジョー・モンタナと呼ばれている。スーパーボウルではMVPを獲得していたが、ディフェンス主体のチームであったのとモンタナほどのドライブをしたわけではないので現地ではMVPには賛否両論が巻き起こった。
[編集] その他
第36回スーパーボウルMVPにはファンによる後押しがあった。MVPを選ぶ19票のうち、メディア関係者には15票が与えられ、ジョン・マッデンらはブレイディに投票したが4票。チームメートのタイ・ローが5.5票、アダム・ビナティエリには5票が入った。40万人に及ぶファン投票の結果は2000年アメリカ合衆国大統領選挙におけるジョージ・W・ブッシュとアル・ゴアの争いのような僅差のものとなりブレイディに29.02%がビナティエリに28.74%が投票、その差はわずか0.28%であった。ファン投票でトップに立ったブレイディは残りの4票を独占してキャデラック・エスカレードを手にした。[1]
People誌の全米でもっとも理想的な男性にも選ばれた。ジョージ・W・ブッシュ大統領の一般教書演説に招待された。 フォーブス誌の「世界のセレブリティランキングトップ100」にもたびたび選ばれている。(彼女のジゼルも選ばれている。)
ブレイディはNFLのスーパースターとなってからハリウッド女優のブリジット・モイナハンと2006年まで恋人関係を続けたが、2006年12月ブレイディの浮気(後の恋人のジゼル・ブンチェンが相手とされている)発覚とともに破局、彼女は翌年の8月にブレイディとの間にできた男の子を産んでいる。ちなみに妊娠期間から逆算すると同時に2人の女性と付き合い片方を妊娠させたことが明らかとなっている。そのことがタブロイド誌では大きく報道された。2007年3月には、スーパーモデルのジゼル・ブンチェンと付き合って、パリやローマでのバカンスが目撃された。

