ボルチモア・レイブンズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ボルチモア・レイブンズ
Baltimore Ravens
1996年創設
永久欠番 なし
所属地区
  • NFL(1996-現在)
  • AFC(1996-現在)
北地区(2002-現在)
中地区(1996-2001)
ホームタウン
  • 本拠地

メリーランド州ボルチモア

  • スタジアム

M&T Bank Stadium DoD.jpg
M&Tバンク・スタジアム (1998-)
メモリアル・スタジアム (1996-1997)

チームデザイン
  • チームカラー

    
    
     メタリックゴールド

  • チームロゴ

レイヴン(ワタリガラス)の頭にボルチモアの「B」。[1]

獲得タイトル
  • リーグ・チャンピオン (2回)

スーパーボウル:2000、2012

  • カンファレンス・チャンピオン (2回)

AFC:2000、2012

  • 地区優勝 (4回)

AFC北地区:2003、2006、2011、2012

  • ワイルドカード (6回)

2000、2001、2003、2006、2008、2009

球団組織
オーナー: スティーブ・ビスシオッティ
GM: オジー・ニューサム
ヘッドコーチ: ジョン・ハーボー

ボルチモア・レイブンズBaltimore Ravens)は、メリーランド州ボルチモアに本拠地を置くNFLチームである。AFC北地区に所属している。第35回第47回スーパーボウルで優勝している。

レーベンズ」と表記される場合もある。一例として、NHK-BSでの試合中継は、画面表示は「レイブンズ」、新聞のテレビ欄は「レーベンズ」となっている。

元々はクリーブランド・ブラウンズという名称であったがアート・モデルオーナーによるチームの移転に反発したクリーブランド市民に配慮してブラウンズの名は市に残した。そして1996年にボルチモアにチームが移籍する際に「レイブンズ」と改名し、過去のフランチャイズヒストリーを引き継がず形式上は新チームということで発足した。愛称の由来はボルチモアにゆかりのある作家エドガー・アラン・ポーの「ザ・レイヴン(大鴉)」で、チームマスコットは3羽のワタリガラス。名前はそれぞれエドガー、アラン、ポー。

クリーブランドにはその後エクスパンションでクリーブランド・ブラウンズが復活した。ブラウンズのフランチャイズヒストリーは、この新生ブラウンズに引き継がれている。

歴史[編集]

2000年には、レイ・ルイス率いる強力な守備陣をもって第35回スーパーボウルに出場。ニューヨーク・ジャイアンツを34対7で破り、スーパーボウルチャンピオンとなる。MVPはラインバッカーのレイ・ルイスでディフェンスの選手としては珍しくスーパーボウルMVPに選ばれている。

2008年、チームは新ヘッドコーチのジョン・ハーボーとルーキーQBのジョー・フラッコで始動した。開幕戦に勝利した後、第2週に行われる予定だったヒューストン・テキサンズ戦はハリケーン・アイクの影響で2ヵ月後に順延されたため第3週目以降連戦となった[2]フィラデルフィア・イーグルス戦ではエド・リードが相手QBケビン・コルブのパスをインターセプト、自身のNFL記録を更新する108ヤードのインターセプトタッチダウンを決めた。これまでの記録は2004年の106ヤードであった。11勝5敗でAFC第6シードでプレーオフ進出を果たしたチームはマイアミ・ドルフィンズテネシー・タイタンズを破ったがAFCチャンピオンシップゲームでピッツバーグ・スティーラーズに破れスーパーボウル出場はならなかった。ジョー・フラッコはルーキーQBとしてプレーオフで2勝あげた最初のQBとなった。

2009年もワイルドカードでプレーオフに出場を果たしニューイングランド・ペイトリオッツを破ったがインディアナポリス・コルツに敗れてシーズンを終えた。

2010年もプレーオフに進出したが、ディビジョナルプレーオフでピッツバーグ・スティーラーズに破れた。

2011年、チームはレギュラーシーズンでスティーラーズに2勝し、地区優勝を果たしAFC第2シードとなる12勝4敗でシーズンを終えた。

2012年は10勝6敗で北地区を1位で通過。第4シードで迎えることとなったプレイオフ初戦前に、長年守備陣の要として君臨したレイ・ルイスが引退を表明した。ルイスの本拠地最終試合となったインディアナポリス・コルツ戦を24対9で制した後、デンバー・ブロンコスをオーバータイムまでもつれる戦いの末38対35で下し、AFCチャンピオンシップではニューイングランド・ペイトリオッツを28対13で撃破。そして初優勝時以来の進出となったスーパーボウルでは、ヘッドコーチであるジョン・ハーボーの弟ジムが率いるサンフランシスコ・フォーティーナイナーズを34対31で下し、2度目のスーパーボウル優勝を決め、ルイスの花道を飾った。


シーズンごとの成績[編集]

Note: 勝 = 勝, 敗 = 敗, 分 = 引分

シーズン 最終順位 プレーオフ]
1996 4 12 0 AFC中部地区5位
1997 6 9 1 AFC中部地区5位
1998 6 10 0 AFC中部地区4位
1999 8 8 0 AFC中部地区3位
2000 12 4 0 AFC中部地区2位 ワイルドカードプレイオフ勝利 21-3 ブロンコス
ディビジョナルプレイオフ勝利 24-10 タイタンズ
カンファレンスチャンピオンシップ勝利 16-3 レイダーズ
第35回スーパーボウル優勝 34-7 ジャイアンツ
2001 10 6 0 AFC中部地区2位 ワイルドカードプレイオフ勝利 20-3 ドルフィンズ)
ディビジョナルプレイオフ敗退 10-27 スティーラーズ
2002 7 9 0 AFC北部地区3位
2003 10 6 0 AFC北部地区優勝 ワイルドカードプレイオフ敗退 17-20 タイタンズ
2004 9 7 0 AFC北部地区2位
2005 6 10 0 AFC北部地区3位
2006 13 3 0 AFC北部地区優勝 ディビジョナルプレイオフ敗退 6-15 コルツ
2007 5 11 0 AFC北部地区4位
2008 11 5 0 AFC北部地区2位 ワイルドカードプレイオフ勝利 27-9 ドルフィンズ
ディビジョナルプレイオフ勝利 13-10 テネシー・タイタンズ
カンファレンスチャンピオンシップ敗退 14-23 スティーラーズ
2009 9 7 0 AFC北部地区2位 ワイルドカードプレイオフ勝利 33-14 ニューイングランド・ペイトリオッツ
ディビジョナルプレイオフ敗退 3-20 インディアナポリス・コルツ
2010 12 4 0 AFC北部地区2位 ワイルドカードプレイオフ勝利 30-7 カンザスシティ・チーフス
ディビジョナルプレイオフ敗退 24-31 ピッツバーグ・スティーラーズ
2011 12 4 0 AFC北部地区優勝 ディビジョナルプレイオフ勝利 20-13 ヒューストン・テキサンズ
カンファレンスチャンピオンシップ敗退 23-20 ニューイングランド・ペイトリオッツ
2012 10 6 0 AFC北部地区優勝 ワイルドカードプレイオフ勝利 24-9 インディアナポリス・コルツ
ディビジョナルプレイオフ勝利 38-35 デンバー・ブロンコス
カンファレンスチャンピオンシップ勝利 28-13 ニューイングランド・ペイトリオッツ
第47回スーパーボウル優勝 34-31 サンフランシスコ・フォーティナイナーズ
通算勝敗 150 121 1 (1996-2012, レギュラーシーズン)
14 7 0 (1996-2012, プレーオフ)
164 122 1 (1996-2012, 通算勝敗)

歴代ヘッドコーチ[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 創立当初は盾形のエンブレムを使用していたが、アマチュアアーティストから盗作と訴えられて敗訴したため変更。
  2. ^ AFCチャンピオンシップゲームまで18週連続試合となった。

外部リンク[編集]