ロッド・ウッドソン

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ロッド・ウッドソン

Rod Woodson  No. 26

Rod Woodson 20010607-4.jpg
2001年にホワイトハウスを訪れジョージ・W・ブッシュ大統領にジャージを贈るウッドソン
コーナーバック
セイフティ
生年月日:1965年3月10日(49歳)
出身地:アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国インディアナ州フォートウェイン
身長:6' 0" =約182.9cm 体重:205 lb =約93kg
NFLデビュー
1987年ピッツバーグ・スティーラーズ
経歴
大学パデュー大学
NFLドラフト1987年 / 1巡目(全体の10番目)
 所属チーム:
通算成績
(1987年までの成績)
インターセプト71     71回
インターセプトTD     12回
QBサック     13.5回
タックル回数     1,163回
NFL.comよりの成績
受賞歴・記録
  • プロボウル選出11回:(1989年-1994年、1996年、1999年-2002年)
  • AP通信選出オールプロ6回:(1989年、1990年、1992年-1994年、2002年))
  • 第35回スーパーボウルチャンピオン
  • 最優秀守備選手賞(1993年)
  • NFL75周年アニバーサリーチーム
  • 1990年代オールディケイドチーム
NFL殿堂入り

ロッド・ウッドソン(Roderick Kevin "Rod" Woodson, 1965年3月10日 - )は、NFLピッツバーグ・スティーラーズなどに所属したコーナーバック(CB)、リターナーアメリカ合衆国インディアナ州フォートウェイン出身。NFL75周年記念チームに選出されるなど、名コーナーバックとして知られた。2009年プロフットボール殿堂入りを果たした。

経歴[編集]

少年時代にアメリカンフットボールをはじめたウッドソンは、高校卒業時に奨学金を得てビッグ・テン・カンファレンスの名門パデュー大学に進学する。大学ではランニングバックワイドレシーバーコーナーバック(CB)、セイフティそしてリターナーもつとめるなど、攻守両方で活躍し、13個の大学記録を更新した[1]。またフットボールだけではなく陸上競技でも活躍し、60mハードルのNCAA記録を10年間保持していた。

スティーラーズ[編集]

1987年ピッツバーグ・スティーラーズからNFLドラフト1巡全体10位で指名され入団、プロ入り後はCB、リターナーに専念し1996年まで在籍した。プロ初年度の1987年は先発無しの8試合出場であったが、45ヤードのインターセプトリターンTDを記録。2年目の1988年からはレギュラーに定着し、キックオフリターンTDも記録した。その後も1989年からは6年連続でプロボウル・オールプロに選出されるなどリーグを代表するCBとなった。

ビル・カウアーヘッドコーチ英語版に就任した1992年にはCBとしては異例の6サックを記録[1]。11月15日のデトロイト・ライオンズ戦では、残り3分33秒に敵陣3ヤード地点でエリック・クレイマーにファンブルを誘発し、ターンオーバーを奪った[2]

1993年は30パスディフェンス、2ファンブルフォース、2サックを記録し、最優秀守備選手に選ばれ、翌1994年にはNFL75周年記念チームに選出された。現役選手の選出は5人のみであった。1995年はシーズン開幕戦のデトロイト・ライオンズ戦で右足ACL断裂という重傷を負ってしまったが、驚異的な回復力をみせ19週後の翌1996年1月28日、第30回スーパーボウルには間に合った[3]。相手チームのダラス・カウボーイズマイケル・アービンは自分は同じ怪我をしたが復帰までに1年半かかったと語り、驚きを隠せないコメントをしている[4]。1996年はリターナーをやめCBに専念し、7度目のプロボウル・オールプロに選出された。

49ers~レイブンズ~レイダーズ[編集]

1997年からはひざの手術の影響もあり、スピードが衰えためセイフティに転向、フリーエージェントサンフランシスコ・フォーティナイナーズに移籍した。さらに翌1998年にはボルチモア・レイブンズに移籍する。1999年にはスポーティングニューズ誌が選出した「偉大なアメリカンフットボール選手100人」の87位に選ばれた。2000年には第35回スーパーボウルを制覇した一員となった。

2002年にはオークランド・レイダーズに移籍、37歳となっていたが、デンバー・ブロンコス戦では98ヤードのインターセプトリターンTDをあげるなど[5]タンパベイ・バッカニアーズブライアン・ケリーとともにNFLトップの8インターセプトをあげてチームに貢献し、第37回スーパーボウルに出場した。

2003年は9月に左ひざを手術し[6]10試合の出場にとどまる。翌2004年、チームの身体検査にパスできず、放出され引退した[7]。彼に代わってセイフティのポジションに着いたのは、奇しくもパデュー大学での彼のインターセプト記録を更新した選手であった。

プロボウルの行われるハワイで戯れるウッドソン(背番号26)(2006年)

ウッドソンが17年間の現役中に記録した1,483インターセプトリターンヤード、12インターセプトリターンTDはNFL歴代1位の記録である。他にも71インターセプト(NFL歴代3位)、32ファンブルリカバー、137ファンブルリターンヤード、2,362パントリターンヤード、プロボウル選出回数はディフェンシブバックとしてはNFL歴代1位である。

コーナーバック、セイフティ、キックリターナーの異なる3ポジションでプロボウルに選出されたのも彼が最初であった[8]

現在はNFLネットワークの「NFLトータルアクセス」に出演する一方、フォートウェインでBMWのオートバイのディラーを経営している。また、1994年以降、少年達へフットボールを教える活動もしている。

受賞歴・記録[編集]

  • プロボウル選出:11回(1989年~1994年、1996年、1999年~2002年)
  • オールプロ選出:9回(1989年~1994年、1996年、2000年、2002年)
  • 最優秀守備選手:1回(1993年)
  • 最多インターセプト:2回(1999年、2002年)
  • キックオフリターン平均ヤード1位:1回(1989年)
  • ホール・オブ・フェイム選出:(2009年)

脚注[編集]

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  1. ^ a b Rod Woodson”. Howstuffworks. 2008年3月7日閲覧。
  2. ^ PRO FOOTBALL; Brister (Remember Him?) Leads Steelers”. ニューヨーク・タイムズ (1992年11月16日). 2013年5月14日閲覧。
  3. ^ The 50 Greatest Pittsburgh Steelers of All Time”. bleacherreport.com (2010年10月26日). 2011年8月7日閲覧。
  4. ^ SUPER BOWL XXX;Irvin Calmly Takes a Hike on Media Day”. ニューヨーク・タイムズ (1996年1月24日). 2008年3月7日閲覧。
  5. ^ David Wilson (2010年3月5日). “Top 10 Players Who Finished Their Careers as an Oakland Raider”. bleacherreport.com. 2012年12月17日閲覧。
  6. ^ Raiders release Rod Woodson after failing physical”. ESPN (2003年9月10日). 2008年3月7日閲覧。
  7. ^ Rod Woodson undergoes surgery on left knee”. USAトゥデイ (2004年7月27日). 2008年3月7日閲覧。
  8. ^ No. 22: Woodson set new standard in backfield”. USAトゥデイ (2007年6月21日). 2008年3月7日閲覧。

外部リンク[編集]