バリー・サンダース

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バリー・サンダース

Barry Sanders  No. 20

Barry Sanders.JPG
バリー・サンダース
ランニングバック
生年月日:1968年7月16日(46歳)
出身地:アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国カンザス州ウィチタ
身長:5' 8" =約172.7cm 体重:203 lb =約92.1kg
NFLデビュー
1989年デトロイト・ライオンズ
経歴
大学オクラホマ州立大学
NFLドラフト1989年 / 1巡目(全体の3番目)
 所属チーム:
  • デトロイト・ライオンズ (1989 - 1998)
通算成績
(1998までの成績)
通算ラッシングヤード     15,269ヤード
平均     5.0ヤード
タッチダウン数     99
NFL.comよりの成績
受賞歴・記録
  • ハイズマン賞(1988年)
  • 最優秀攻撃新人選手(1989年)
  • プロボウル選出:10回(1989年-1998年)
  • オールプロ選出:10回(1989年-1998年)
  • ラッシング獲得ヤード1位:4回(1990年、1994年、1996年、1997年)
  • 最優秀攻撃選手:2回(1994年、1997年)
  • NFL MVP:1回(1997年)
  • 10年連続1,000ヤードラッシュ
NFL殿堂入り
カレッジフットボール殿堂入り

バリー・サンダースBarry David Sanders1968年7月16日 - )はNFLデトロイト・ライオンズで活躍したランニングバック(RB)。アメリカ合衆国カンザス州ウィチタ出身。小柄ながら華麗なカットバックで活躍した。

経歴[編集]

高校・大学時代[編集]

ウィチタで生まれ育ったサンダースは、地元のウィチタ北高校へ進学する。3年生の途中まではRBでは無かったが、なってからの7試合で1,322ヤードを走り、州選抜にも選ばれた。だが、身体が小さかったため大学のスカウトからは過小評価されていた。奨学金を提示した数少ない大学の中から、彼はオクラホマ州立大学へ進学した。

大学での最初の2年間は、全米大学選抜であったサーマン・トーマスの控えとして過ごしたが、トーマスがプロ入りした後、1988年の3年生時には先発RBとなりNCAA記録となる2,628ヤードを走り、39タッチダウンを記録した。これは1試合平均200ヤード以上、300ヤードを走った試合も4試合あり、平均7.6ヤードとなる記録であった[1]。パスキャッチも含めた総獲得ヤード3,249もNCAA記録である[2]。この活躍によりトロイ・エイクマンらをおさえてハイズマン賞を受賞したが[1]、オクラホマ州立大学からは初の受賞者となった。また、彼は受賞決定を遠征中の東京で聞いた[3]

NFL (1989-1998)[編集]

3年終了時の1989年のNFLドラフトでサンダースはデトロイト・ライオンズから1巡目(全体の3番目)で指名され、3日後に契約し入団する[4]。ライオンズは元々ディオン・サンダースを指名する予定であったが、ウェイン・フォンテスWayne Fontes)ヘッドコーチがバリー獲得を強く推したのと[5]、天然芝ではバリーは活躍できないであろうという評判が一部であったため、3番目まで残っていたことでライオンズが指名した[6]。ディオンは寒いデトロイトでのプレーを嫌がっており、ドラフト後にも「もし指名されていたら、契約を諦めるようなとてつもない額を要求するつもりだった」と答えていたため、この選択は正解だったと言える[6]

1年目の1989年のシーズンはNFL2位となる1,470ヤード、14タッチダウンを記録し、新人王を獲得した。1990年は16個、1991年には17個とリーグ最多のタッチダウン数を記録。1991年にはランで1,883ヤード、レシーブで283ヤードを獲得し、総獲得ヤードでは2,166ヤードと自身初の2,000攻撃ヤードを記録、最優秀攻撃選手に選ばれた[1]。続く1995年1996年も1,500ヤード以上のラッシングを記録、1997年O.J.シンプソンエリック・ディッカーソン以来、3人目となる2,053ヤードを走り、レシーブ305ヤードとあわせた総獲得ヤードは2,358を記録、MVPを獲得した[1][4]。またこのシーズンは14試合連続100ヤードラッシュのNFLタイ記録に並んだ[4]。翌1998年も1,491ヤードを走り、NFL史上初の10年連続1000ヤードラッシャーとなった[7]

ウォルター・ペイトンの通算ラッシングヤード記録である16,726ヤードの更新も見えてきた所であったが、シーズン前には独自のメニューでシーズンに備えるサンダースと、キャンプへの参加を求めたチームとの間で亀裂が生じたころもあり[5]1999年7月のキャンプ前日に地元ウィチタの新聞社に引退をするとFAXを送った[8]。突然の引退のため批判もおき[7]、2年前に6年3,540万ドルプラス契約ボーナス1,100万ドルで契約したライオンズは契約ボーナスの内、730万ドルの返還を要求したが[9]、サンダースはこれを拒否し裁判となった。結果はサンダースの敗訴となり、550万ドルと利息の支払いを命じられる結果となった[10]

彼は5シーズン1,500ヤード以上を走った史上初の選手であり、そのうち4回は1994年~1997年の4年連続で記録した。50ヤード以上のタッチダウン15回、150ヤードラッシュ以上の試合25試合もNFL記録である[1]。また、通算15,269ラッシングヤードはペイトン、2002年に抜かれたエミット・スミスに次ぐ歴代3位の記録である[11]

2004年にNFL殿堂入りした[12]

人物[編集]

クイックネス、視野の広さ、爆発力を持った選手であった[13]

サンダースは物静かな性格で、タッチダウン後に派手なパフォーマンスを行うようなこともしなかった[1][5]。デトロイトのTV局チャンネル4のキャスターであったローレン夫人と2000年に結婚、4人の子供と共にデトロイト郊外に住んでいる[14]

参考資料[編集]

  1. ^ a b c d e f Barry Sanders - Official Website” (英語). BarrySanders.com. 2008年3月23日閲覧。
  2. ^ Best individual college football seasons” (英語). ESPN.com. 2008年3月23日閲覧。
  3. ^ 1988 - 54th Award Barry Sanders Oklahoma State Back” (英語). 2008年3月23日閲覧。
  4. ^ a b c BARRY SANDERS - Pro Football Hall of Fame” (英語). 2008年3月23日閲覧。
  5. ^ a b c Debunking the rumors” (英語). 2008年3月23日閲覧。
  6. ^ a b NFL Draft 1989 ... Who should they have taken?” (英語). 2008年3月23日閲覧。
  7. ^ a b NFLマニア>コラムHOT OFF THE GRIDIRON #115”. NFL JAPAN. 2008年4月3日閲覧。
  8. ^ The Cheap Seats: Finally, Sanders Speaks” (英語). 2008年3月23日閲覧。
  9. ^ Lions Ask that Sanders Bonus Be Repaid” (英語). 2008年3月23日閲覧。
  10. ^ "Ruling: Barry in default", Detroit News, 16 February 2000.
  11. ^ Detroit Lions Site: Barry Sanders Hall of Fame Career” (英語). 2008年3月23日閲覧。
  12. ^ SBに出場していない偉大な選手トップ8”. NFL JAPAN (2012年1月31日). 2012年2月6日閲覧。
  13. ^ 引退したLTはランクイン?RB歴代トップ10 -前編-”. NFL JAPAN (2012年6月19日). 2012年7月3日閲覧。
  14. ^ Barry Sanders - Biography” (英語). 2008年3月23日閲覧。

外部リンク[編集]

先代:
ティム・ブラウン
ハイズマン賞
1988
次代:
アンドレ・ウェア
先代:
ジョン・スティーブンス
最優秀攻撃新人選手
1989
次代:
エミット・スミス