ロジャー・クレイグ (アメリカンフットボール)

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ロジャー・クレイグ

Roger Craig

Roger Craig at Super Bowl 43.jpg
第43回スーパーボウルに招待されたクレイグ
ランニングバック
生年月日:1960年7月10日(54歳)
出身地:アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国アイオワ州ダベンポート
身長:6' 0" =約182.9cm 体重:222 lb =約100.7kg
NFLデビュー
1983年サンフランシスコ・フォーティナイナーズ
経歴
大学ネブラスカ大学
NFLドラフト1983年 / 2巡目(全体の49番目)
 所属チーム:
通算成績
(1993年までの成績)
ラン獲得ヤード     8,189ヤード
平均獲得ヤード     4.1ヤード
TDラン     56回
レシーブ回数     566回
レシーブ獲得ヤード     4,911ヤード
TDレシーブ     17回
NFL.comよりの成績
受賞歴・記録
  • プロボウル選出4回:1985年、1987年-1989年
  • オールプロ選出4回:1985年、1987年-1989年
  • スーパーボウル優勝3回:第19回第23回第24回
  • NFL1980年代オールディケイドチーム
  • NFL最優秀攻撃選手(1988年)
  • UPI通信NFC最優秀選手賞(1988年)

ロジャー・クレイグ(Roger Timothy Craig 1960年7月10日- )は、アイオワ州ダベンポート出身の元NFL選手。サンフランシスコ・フォーティナイナーズ時代の1985年、1989年、1990年の3回のスーパーボウルジョー・モンタナジェリー・ライスと共に制覇した。愛称はフレディー・ソロモンが名づけたCATFISH(ナマズ[1]。ラン、レシーブだけでなく、ブリッツをピックアップするブロック能力にも長けていた[2]

経歴[編集]

プロ入りまで[編集]

高校時代にはハードル走の選手だった。ネブラスカ大学時代、1981年のフロリダ州立大学との試合では自陣6ヤード地点から94ヤードのタッチダウンランを記録している。

サンフランシスコ・フォーティナイナーズ[編集]

大学卒業後、1983年NFLドラフト2巡目で指名された彼は最初の4年間はフルバックとして起用された[3]。1年目からチームトップの725ヤードを走り、ランとパスレシーブであわせて12TDをあげて[3]、49ersがNFCチャンピオンシップゲームまで進出するのに貢献した。彼はニーアップ走法で知られるようになった。

2年目の1984年は10タッチダウンをあげた[3]。1985年1月20日に行われた第19回スーパーボウルで彼はランで58ヤード、パスレシーブ7回で77ヤードを獲得、スーパーボウル記録となる3つのタッチダウンを記録[3]、チームはマイアミ・ドルフィンズを38-16で下し、チーム史上2度目のスーパーボウル制覇を遂げた。

1985年のシーズンに彼はNFL史上初のランアテンプト214回で1,050ヤード、パスレシーブ92回(NFL史上初めてRBとしてシーズンレシーブ数トップになった[3]。)で1016ヤードを獲得、同一シーズンにそれぞれで1,000ヤード以上を獲得した選手となった[4]、(その後この記録を達成したのはマーシャル・フォークのみ)。また15タッチダウンを挙げて初のプロボウルに選ばれた[3]

1986年にもランで830ヤード、81回のレシーブで7タッチダウンをあげた[3]

1987年ハーフバックにコンバートされた[3]

1988年にはAP通信よりNFLオフェンシブ・プレイヤー・オブ・ザ・イヤーに、UPI通信よりNFC最優秀選手に選ばれた[3]。キャリア最高の1,502ヤードを走り、76回のパスレシーブで[3]534ヤードを獲得した。第7週に行われたロサンゼルス・ラムズ戦では自己ベストの191ヤードを走り、3つのタッチダウンランを記録した。ポストシーズンの2試合でもラン、レシーブで合計262ヤードを獲得、チームは第23回スーパーボウル出場を決めた。シンシナティ・ベンガルズとの試合ではランで71ヤード、8回のパスキャッチで101ヤードを獲得しチームは20-16で勝利した。

1989年にはラン、レシーブで合計1,527ヤード、7タッチダウン、プレイオフに入っても2試合で240ヤード獲得、2タッチダウンをマーク、49ersは2年連続のスーパーボウル出場を果たした。デンバー・ブロンコスとの第24回スーパーボウルは55-10で49ersが勝利した。この試合でもクレイグはランで69ヤード、5回のレシーブで34ヤード、タッチダウン1回を挙げている[3]

1990年にも49ersは、シーズンを14勝2敗で終えて初の3年連続スーパーボウル優勝が期待された。この年彼は怪我で5試合に欠場した。ニューヨーク・ジャイアンツとのNFCチャンピオンシップゲームの第4Q終盤、13-12とリードしている場面で彼はファンブルしてしまい、ジャイアンツのローレンス・テイラーがボールをリカバー、その後ジャイアンツがフィールドゴールを決めて13-15でチームは敗れた。これが彼の49ersでの最後の試合となった[3]

オークランド・レイダーズ[編集]

1991年4月、彼はロニー・ロットと共にロサンゼルス・レイダーズにプランBで移籍[4]1991年には13試合に先発出場したが、ランで590ヤード、1タッチダウンに終わりレイダーズからカットされた。

ミネソタ・バイキングス[編集]

1992年ミネソタ・バイキングスと契約し、2シーズンを主に控えRBとして過ごし[3]1993年シーズン終了後に引退した。

彼はプレーオフに11年間のキャリアを通して毎年出場し、プロボウルにも4回選ばれている。(1985年、1987年、1988年、1989年)

記録[編集]

1985年にNFL初の1,000ヤードラン、1,000ヤードパスレシーブを同一シーズンに達成した選手となった。その後もこの記録は1999年マーシャル・フォークしか達成していない。また彼は1985年に92回のパスレシーブを記録、これはワイドレシーバーを抑えてリーグトップの記録だった。1988年には1502ヤードを走り、49ersの1シーズンのラン獲得ヤード記録を達成、この記録は1998年のガリソン・ハーストにより1570ヤードの記録が達成されるまで破られなかった。現在のチーム記録は2006年のフランク・ゴアによる1695ヤードとなっている[5]。1988年にもラン、パスでの合計獲得ヤードが自身2度目となる2000ヤード以上となった。

NFL11年間で彼は8189ヤードをランで獲得し、566回のパスキャッチ、4911ヤードをレシーブで獲得、3回のキックオフリターンで43ヤードを獲得、合計獲得ヤード13,43ヤード、73回のタッチダウンを記録している。(ランで56回、レシーブで17回)

2007年シーズン終了時点でも、彼は1シーズンのパスレシーブ回数トップとなった、またスーパーボウル1試合での100ヤード以上をパスで獲得した唯一のランニングバックである。

プロボウルにハーフバック、フルバックのそれぞれで選ばれた最初の選手である。彼の他にはスティーブン・デービスしかこの記録を達成していない[3]

49ers時代にランで1,686回走っているがこれはプロフットボール殿堂入りを果たしたジェットエンジン、ジョー・ペリーよりも19回多い[3]

49ers時代に7,064ヤードを走り、ラッシングTDを50回あげているが、いずれもジョー・ペリーに次ぐチーム歴代2位[3]

49ers時代に508レシーブをあげているが、これはチーム歴代3位、RBとしては歴代1位である[3]

脚注[編集]

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  1. ^ アメリカズゲーム 〜スーパーボウルチャンピオンズ〜 第23回スーパーボウル
  2. ^ Dan Mori (2011年7月25日). “The 25 Most Electrifying San Francisco 49ers Players of All Time”. bleacherreport.com. 2012年12月29日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q JW Nix (2009年8月14日). “The Almost All-Time San Francisco 49ers Offense”. bleacherreport.com. 2011年9月17日閲覧。
  4. ^ a b Roger Craig Signs With Raiders”. シカゴ・トリビューン (1991年4月2日). 2012年12月29日閲覧。
  5. ^ San Francisco 49ers : Rushing yardage leaders per season”. mcubed.net (2012年2月9日). 2012年12月29日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]