ロジャー・ストーバック

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ロジャー・ストーバック

Roger Staubach  No. 12

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ロジャー・ストーバック(2007年)
クォーターバック
生年月日:1942年2月5日(72歳)
出身地:アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国オハイオ州シンシナティ
身長:6' 3" =約190.5cm 体重:197 lb =約89.4kg
NFLデビュー
1969年ダラス・カウボーイズ
経歴
大学海軍兵学校
NFLドラフト1964年 / 10巡目(全体の129番目)
 所属チーム:
通算成績
(1979年までの成績)
TD/INT     153/109
パス獲得ヤード     22,700
QBレイティング     83.4
ラン獲得ヤード     2,264ヤード
TDラン     20回
NFL.comよりの成績
受賞歴・記録
  • プロフットボール殿堂入り(1985年)
  • プロボウル出場6回(1971年、1975年-1979年)
  • オールNFC選出5回(1971年、1976年-1979年)
  • スーパーボウル優勝2回(第6回第12回
  • 第6回スーパーボウルMVP
  • 1970年代オールディケイドチーム
  • ハイズマン賞受賞(1963年)
  • マックスウェル賞受賞(1963年)
  • UPI通信プレイヤー・オブ・ザ・イヤー(1963年)
  • バート・ベル賞(1971年)
  • ダラス・カウボーイズ リング・オブ・ホナー
NFL殿堂入り
カレッジフットボール殿堂入り

ロジャー・ストーバック(Roger Staubach, 1942年2月5日 - )はオハイオ州シンシナティ出身のアメリカンフットボール選手[1]。ポジションはクォーターバックNFLダラス・カウボーイズで1969年から1979年までプレイしチームを4回スーパーボウルに導き第6回スーパーボウル、第12回スーパーボウルで優勝を果たしている。愛称は度々チームを逆転勝利に導いたことからキャプテン・カムバックと呼ばれている[1]。また、パスプロテクションを破って侵入したディフェンスから身をかわすことが巧くロジャー・ザ・ドジャー"Roger The Dodger(ひらりと身をかわすロジャー)"とも呼ばれた。プロフットボール殿堂(1985年)、カレッジフットボール殿堂にそれぞれ選ばれている[1]

経歴[編集]

海軍兵学校に在籍していた彼は1963年にハイズマン賞を受賞したが[2]卒業後、アメリカ海軍で5年間の軍務に就く必要があるため1964年のドラフト10巡という低い順位で指名された[1]1969年ダラス・カウボーイズに入団したが[1]当初クレイグ・モートンの控えQBとして過ごした[3]1970年シーズン、チームは第5回スーパーボウルに出場を果たしたがモートンが3インターセプトと自滅、ジム・オブライエンの決勝FGが決まりチームは10-13で敗れた。翌1971年シーズンには10試合に先発出場し、エースQBとなった彼はマイアミ・ドルフィンズとの第6回スーパーボウルではパス19本中12本成功、119ヤードを獲得、マイク・ディトカらへ2TDパスを決めて優勝に貢献、MVPに選ばれた[4]。 またこの年初めてプロボウルに選ばれた[1]

1972年12月23日のサンフランシスコ・フォーティナイナーズとのディビジョナルプレーオフではモートンが先発したが、第3Q途中で15点リードされた。交代出場したストーバックは残り2分を切ってから2TDパスを決めて30-28の逆転勝利をもたらした[5][6]

1975年12月28日ミネソタ・バイキングスとの敵地メトロポリタン・スタジアムで決めたプレーオフでドリュー・ピアソンに決めたヘイルメリーパスによるタッチダウンは「The Hail Mary」と呼ばれる有名なプレーとなっている[7][8]

ピッツバーグ・スティーラーズとの第10回スーパーボウルではドリュー・ピアソンパーシー・ハワードへのタッチダウンパスを決めたが第4Q終盤、グレン・エドワーズにインターセプトされて17-21で敗れた[9]

2年後のデンバー・ブロンコスとの第12回スーパーボウルではブッチ・ジョンソンへの45ヤードのタッチダウンパスを決めた。この試合では味方ディフェンスが相手QBクレイグ・モートンなどから多くのターンオーバーでボールを奪取、27-10で勝利した[10]

3年ぶりにスティーラーズとの再戦となった第13回スーパーボウルでは前半にトニー・ヒルへのTDパスを決めた。14-21とリードされた第3Q、第3ダウンにエンドゾーンでワイドオープンになったジャッキー・スミスへパスを投げたが、ボールはわずかにショートして、パス不成功となり、FGに終わった。第4Q残り6分51秒で17-35と18点差をつけられた。ここからビリー・ジョー・デュプリーへのTDパス、オンサイドキックで攻撃権を獲得した後、ブッチ・ジョンソンへのTDパスで31-35と追い上げた[11][12]

1979年までの11シーズンでプロボウル選出6回、オールNFCに5回選出、通算パス獲得22,700ヤード、153タッチダウンの成績を残して現役を引退したが[13]、その時点で彼よりQBレイティングが高かったのはオットー・グレアムだけであった[3]

2011年2月にカウボーイズ・スタジアムで開催された第45回スーパーボウルのホストコミッティー会長を務めた[14]

トロイ・エイクマンNASCARの共同チームオーナーとなっている[15]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f “キャプテン・カムバック”、QBロジャー・ストーバック誕生”. NFL JAPAN (2011年2月5日). 2011年10月6日閲覧。
  2. ^ ハイズマン賞受賞QBは大成しない?”. NFL JAPAN (2011年5月5日). 2011年10月6日閲覧。
  3. ^ a b Greatest Cowboys By Their Jersey Numbers: #12”. knowyourdallascowboys.com (2008年3月27日). 2011年1月21日閲覧。
  4. ^ 第6回スーパーボウル”. NFL JAPAN. 2011年10月6日閲覧。
  5. ^ Dan Van Wie (2011年11月18日). “The Biggest Comeback in the History of Each NFL Franchise”. bleacherreport.com. 2013年5月22日閲覧。
  6. ^ NFL史上に残る大逆転劇トップ10 -前編-”. NFL JAPAN (2011年6月4日). 2011年10月6日閲覧。
  7. ^ Dec. 28, 1975: Staubach to Pearson "Hail Mary"”. ESPN (2003年11月19日). 2011年10月6日閲覧。
  8. ^ Drew Pearson revisits the Hail Mary game”. NBCスポーツ (2010年1月15日). 2011年10月6日閲覧。
  9. ^ 第10回スーパーボウル”. NFL JAPAN. 2011年10月6日閲覧。
  10. ^ 第12回スーパーボウル”. NFL JAPAN. 2011年10月6日閲覧。
  11. ^ 第10回スーパーボウル”. NFL JAPAN. 2011年10月6日閲覧。
  12. ^ 第13回スーパーボウル”. NFL JAPAN. 2011年10月6日閲覧。
  13. ^ 【NFLレジェンド:カウボーイズ】QBストーバック”. NFL JAPAN (2009年6月5日). 2011年10月6日閲覧。
  14. ^ 【SB現地レポート】開催準備が着々、最悪の事態も想定”. NFL JAPAN (2011年2月1日). 2011年10月6日閲覧。
  15. ^ 生島淳 (2009年2月25日). “第2の人生も波乱万丈? トロイ・エイクマン”. NFL JAPAN. 2011年10月6日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]