シカゴ・ベアーズ
| シカゴ・ベアーズ |
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| 1919年創設 | |
| 永久欠番 | 3, 5, 7, 28, 34, 40, 41, 42, 51, 56, 61, 66, 77 |
| 所属地区 | |
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| ホームタウン | |
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| チームデザイン | |
ネイビーブルー |
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オレンジの「C」 |
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| 獲得タイトル | |
NFLチャンピオン: 1921、1932、1933、1940、1941、1943、1946、1963 |
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NFL西: 1956、1963 |
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NFL西地区: 1933, 1934, 1937, 1940, 1941, 1942, 1943, 1946 |
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1977, 1979, 1991, 1994 |
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| 球団組織 | |
| オーナー: バージニア・ハラス・マッカーシー | |
| GM: フィル・エメリー | |
| ヘッドコーチ: マーク・トレストマン (2013- ) | |
シカゴ・ベアーズ(Chicago Bears)は、イリノイ州シカゴを本拠地としているNFLチーム。NFC北地区に所属している。1919年創設、1920年NFLの前身であるAPFA発足時に参加。1919年から1920年までは、ディケーター・ステイリーズ、1921年にシカゴ・ステイリーズという名前だった。現存するNFLチームの中でカージナルスに次いで2番目に古い歴史を持つ。愛称の由来は、1922年MLBシカゴ・カブスのカブス(小熊)と対比し、フットボール選手は野球選手より大きいという理由でベアーズに決まった。伝統的にディフェンスとランオフェンスによるボールコントロールを主体とした戦術を採用している。スーパーボウル発足前に8回、そして第20回スーパーボウルで優勝している。本拠地のソルジャー・フィールドは厳冬期はミシガン湖の上を吹き寄せる風によって大雪が降ったり、1988年のプレーオフ、フィラデルフィア・イーグルス戦(Fog Bowl)のように濃霧の中で行われた試合もある。
目次 |
歴史 [編集]
クォーターバック、シド・ラックマンを擁して1940年から1947年のうち、5回NFLチャンピオンシップゲームに出場、4回優勝を果たした。グリフィス・スタジアムで行われた1940年の試合ではNFL史上最もワンサイドゲームとなった、73-0でワシントン・レッドスキンズに勝利している。この試合は2007年シーズン終了時点でもNFL史上最も大差のついた試合となっている[1]。1950年代はチームはどん底の時期を過ごしたが、1963年に再びチャンピオンシップゲームを制した。しかし、その後スーパーボウル優勝まで20年以上遠ざかることになった。1960年代終わりにはディック・バトカスやゲイル・セイヤーズ、ブライアン・ピッコロらを擁した。1971年にはABCのテレビ映画「Brian's Song」が作られ、ピッコロをジェームズ・カーン、セイヤーズをビリー・ディー・ウィリアムズが演じた。ハラスを演じたジャック・ウォーデンはエミー賞を受賞した。
ハラスは1967年にヘッドコーチを退任し、その後オーナーとなっていたが1970年のNFLによるAFLの吸収合併が行われた後に結成されたNFC(ナショナルフットボールカンファレンス)の代表に選ばれ1983年に亡くなるまで務めた。NFCチャンピオンシップゲームに勝利したチームに渡されるジョージ・ハラス・メモリアル・カップに名前が残されている。
1969年及び1970年は地区最下位に終わった。1975年のドラフト1巡目でジャクソン州立大学からウォルター・ペイトンを獲得した。ペイトンは1977年にシーズンMVPを獲得する活躍を見せて[2][3]1984年にはジム・ブラウンが持っていた通算ラッシング獲得ヤード記録を塗り替えて1987年に引退した。この記録は2002年にエミット・スミスに破られるまで保持された。[4]ペイトンはベアーズファンによって「Sweetness」と呼ばれ愛された。1999年に彼はガンのため亡くなった。
1961年から1966年にベアーズのタイトエンドとして活躍したマイク・ディトカが1982年にヘッドコーチに就任した。彼の下でディフェンス・コーディネーターだったバディ・ライアンの考案した46ディフェンスやペイトンの活躍でチームは1985年のシーズンは、マンデーナイトフットボールでマイアミ・ドルフィンズに1敗した以外負け無しの15勝1敗でシーズンを終え、NFCのプレーオフではニューヨーク・ジャイアンツ、ロサンゼルス・ラムズを無得点に抑えスーパーボウルまで勝ち上がった。第20回スーパーボウルではニューイングランド・ペイトリオッツを46-10で破りスーパーボウル初制覇を果たした。この試合では3サックをマークしたリチャード・デントがMVPに選ばれている。また、レギュラーシーズンの対グリーンベイ・パッカーズ戦でワイドレシーバーとしても起用されTDパスを捕球したウィリアム・ペリーがショートヤードを残したところでフルバックとして起用され、タッチダウンを獲得している。
スーパーボウルを制覇した後も地区優勝を続けるなど、NFCの強豪として活躍を見せたベアーズだが、ウェストコーストオフェンスを用いたサンフランシスコ・フォーティナイナーズにプレーオフで敗れるシーズンが相次ぎ現在46ディフェンスは使われなくなっている。1992年シーズン終了後、ディトカがヘッドコーチを解任された後、ダラス・カウボーイズのジミー・ジョンソンヘッドコーチの下でディフェンスコーディネーターを務めたデイブ・ウォンステッドが1993年から1998年までヘッドコーチを務めたがプレーオフには1度しか出場を果たせなかった。1999年からヘッドコーチとなったディック・ジャーロンは2001年に地区優勝を果たしコーチ・オブ・ザ・イヤーに選ばれたが2003年までの5シーズンでチームがプレーオフに出場したのはその1度きりであった。
2005年に11勝5敗の成績をあげて、チームを地区優勝を果たした[5]。ディビジョナルプレーオフでカロライナ・パンサーズに21-29で破れシーズンを終えた[6]。
2006年、チームは開幕から7連勝し[7]、第9週にマイアミ・ドルフィンズに敗れて連勝は止まったものの[8]、第13週に地区優勝を決定[9]、13勝3敗でNFC第1シードを獲得した。ディビジョナルプレーオフでシアトル・シーホークスをオーバータイムの末、27-24で破り1988年以来となるNFCチャンピオンシップゲームに進出した[10]。NFCチャンピオンシップゲームではトーマス・ジョーンズや守備陣の活躍で、ニューオーリンズ・セインツを39-14で破り、21年ぶりのスーパーボウル出場を果たした[11]。ロビー・スミスは相手チーム、インディアナポリス・コルツのトニー・ダンジーと共にスーパーボウルに出場した初のアフリカ系アメリカ人ヘッドコーチとなった[12]。第41回スーパーボウルではデビン・ヘスターのキックオフリターンタッチダウンで開始14秒でベアーズが先制、第1Qにさらにレックス・グロスマンからムーシン・モハメドへのタッチダウンパスも決まり14-6とリードした。QBのグロスマンは28本中20本のパスを成功させたが2インターセプトを喫し、5点差だった第4Q初めにグロスマンのパスをインターセプトしたケルビン・ヘイデンに56ヤードのリターンタッチダウンを決められ[13]、最終的に17-29で敗れた。
2007年3月5日、トーマス・ジョーンズをドラフト2巡指名権と引き換えにニューヨーク・ジェッツにトレードした[14]。この年チームは7勝9敗に終わりプレーオフを逃した[15]。
2008年、9勝7敗でプレーオフを逃した。シーズン終了後、契約最終年のグロスマンと延長契約を結ばず放出した。
2009年、デンバー・ブロンコスのプロボウルQBジェイ・カトラーをQBカイル・オートンやドラフト指名権と引き換えに獲得、サラリーキャップのためセントルイス・ラムズから放出されたオフェンスラインのオーランド・ペースを獲得した。
2010年、カロライナ・パンサーズからジュリアス・ペパーズを、ミネソタ・バイキングスからチェスター・テイラーを獲得した[16]。10月24日のワシントン・レッドスキンズ戦ではディアンジェロ・ホールに4インターセプトを喫し14-17で敗れた[17]。NFC北地区優勝を果たし、ディビジョナルプレーオフでシアトル・シーホークスを破り、NFCチャンピオンシップゲームまで進出しグリーンベイ・パッカーズと対戦したが、第3Qにジェイ・カトラーが負傷退場[18]、その後トッド・コリンズ、ケイレブ・ヘイニーがリリーフしたが敗れた[19]。
2011年、開幕から連勝を続けるグリーンベイ・パッカーズからは離されたものの、マット・フォーテイがランとレシーブの合計獲得ヤード数でNFLトップの活躍などで5連勝し7勝3敗とプレーオフ出場を争っていたが[20]、第11週にジェイ・カトラーが右手親指を骨折して戦線離脱[21]、フォーテイも第13週に負傷し戦線を離脱した[22]。控えQBのヘイニーが先発QBとなってから4連敗[23]、ジョシュ・マカウンが先発QBとして最後の2試合に先発出場し、最終週のミネソタ・バイキングス戦に勝利し連敗を5で止めて8勝8敗でシーズンを終えた[24]。シーズン終了後、パス偏重でカトラーとの確執も噂されていたマーク・マーツオフェンスコーディネーターが退団した[25][26]。またジェリー・アンジェロGMも解任された[27]。
2012年、第9週までの9試合で8勝1敗の成績をあげたが、その後3連敗するなど、残り7試合で2勝5敗、10勝6敗となり、タイブレークでプレーオフ出場を逃した[28]。シーズン終了後、ロビイ・スミスヘッドコーチは解任された[29]。後任ヘッドコーチには、CFLのモントリオール・アルエッツヘッドコーチとして5シーズンで2度優勝しているマーク・トレストマンが就任することとなった[30]。
歴代ヘッドコーチ [編集]
- ジョージ・ハラス (1920-29,33-42,46-55,58-67)
- ラルフ・ジョーンズ (1930-32)
- ハンク・アンダーソン/ルーク・ジョンソス (1942-45)
- パディ・ドリスコル (1956-57)
- ジム・ドゥーリー (1968-71)
- エイブ・ギブロン (1972-74)
- ジャック・バーディー (1975-77)
- ニール・アームストロング (1978-81)
- マイク・ディトカ (1982-92)
- デイブ・ウォンステッド (1993-98)
- ディック・ジャーロン (1999-2003)
- ロビー・スミス (2004-2012)
- マーク・トレストマン (2013- )
主な選手 [編集]
- 3 ブロンコ・ナグルスキ
- 5 ジョージ・マカフィー
- 7 ジョージ・ハラス
- 28 ウィリー・ガリモア
- 34 ウォルター・ペイトン
- 40 ゲイル・セイヤーズ - 1試合6タッチダウンのNFL記録を持つ。
- 41 ブライアン・ピッコロ
- 42 シド・ラックマン - ベアーズのパス記録の多くを保持している。
- 51 ディック・バトカス
- 56 ビル・ヒューイット
- 61 ビル・ジョージ
- 66 ブルドッグ・ターナー
- 77 レッド・グレンジ
- 殿堂入り選手
- ダグ・アトキンス
- ジョージ・ブランダ
- ディック・バトカス
- ジョージ・コナー
- マイク・ディトカ
- パディ・ドリスコル
- ジム・フィンクス
- ダニー・フォートマン
- ダン・ハンプトン
- エド・ヒーリー
- スタン・ジョーンズ
- リンク・ライマン
- ジョージ・ムッソ
- ウォルター・ペイトン - (エミット・スミスに破られるまで長年にわたってNFL通算リーディングラッシャーだった。)
- ゲイル・セイヤーズ
- マイク・シングレタリー
- ジョー・スタイダハー
- ジョージ・トラフトン
- その他引退選手
- リチャード・デント(第20回スーパーボウルMVP)
- ジム・マクマーン (第20回スーパーボウル先発QB)
- ウィリアム・ペリー (冷蔵庫のあだ名で知られた。第20回スーパーボウルではFBとしても使われてタッチダウンをあげている。)
- 現役選手
- ジェイ・カトラー - デンバー・ブロンコスから2009年移籍したQB
- マット・フォーテイ - ランだけでなくレシーブでも活躍するRB
- デビン・ヘスター - リターンのNFL記録保持者(108ヤード獲得+タッチダウン)。50ヤード走5秒4の俊足でも知られる。
- ブライアン・アーラッカー - ベアーズ守備の要のLB
- ジュリアス・ペパーズ - リーグを代表するパスラッシャー。2010年チームに加入。
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イラク駐留米軍を訪問したマクマーンとケビン・バトラー
脚注 [編集]
- ^ General History — Chronology (1940 to 1959) (Pro Football Hall of Fame)
- ^ Walter Payton's Statistics
- ^ Remembering Walter Payton デイリー・ヘラルド
- ^ Smith passes Payton as NFL's career rushing leader
- ^ “ベアーズ、NFC北地区優勝”. AFP (2005年12月26日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “スミス、先制の58ヤードTD”. AFP (2006年1月16日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “ベアーズ 開幕からの連勝を7に伸ばす”. AFP (2006年10月30日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “ドルフィンズ ベアーズに快勝し今季2勝目”. AFP (2006年11月6日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “ベアーズ バイキングスに勝利し2年連続NFC北地区優勝を決める”. AFP (2006年12月4日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “ベアーズ シーホークスとの接戦を制しNFC決勝へ”. AFP (2007年1月15日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “ベアーズ セインツを降し21年ぶりにスーパーボウルへ”. AFP (2007年1月22日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “ダンジーとスミス 歴史的一戦へ”. AFP (2007年1月30日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ 2006年スーパーボウル
- ^ “ベアーズ RBトーマス・ジョーンズのトレードを発表”. AFP (2007年3月6日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “ベアーズ シーズン最終戦でセインツを降す”. AFP (2007年12月31日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “ベアーズ、DEペパーズ、RBテイラーら即戦力獲得”. NFL JAPAN (2010年3月6日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “CBホール逆転TD含む4INT、レッドスキンズが乱戦制す”. NFL JAPAN (2010年10月25日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “カトラー負傷交代に批判続出、同僚アーラッカーは擁護”. NFL JAPAN (2011年1月24日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “パッカーズ堅守で勝利、第6シードからスーパーボウルへ”. NFL JAPAN (2011年1月24日). 2011年2月7日閲覧。
- ^ “【第12週プレビュー】エースQB不在のベアーズ、6連勝なるか”. NFL JAPAN (2011年11月25日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “ベアーズHC、親指骨折のQBカトラーは「今季絶望じゃない」”. NFL JAPAN (2011年11月22日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “ベアーズRBフォルテ、「フランチャイズ指定なら去就不透明に」”. NFL JAPAN (2012年1月20日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “4連敗で崖っぷちのベアーズ、HCは先発QB交代を示唆”. NFL JAPAN (2011年12月20日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “ベアーズ連敗ストップ、勝率5割でシーズン終了”. NFL JAPAN (2012年1月2日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “ベアーズOCが辞任、方向性の違い埋められず”. NFL JAPAN (2012年1月4日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “ベアーズOCの辞任、不仲のQBカトラーが後押し?”. NFL JAPAN (2012年1月6日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “Bears release GM Jerry Angelo”. ESPN (2012年1月3日). 2012年1月21日閲覧。
- ^ “2012年スケジュール”. NFL JAPAN. 2013年1月2日閲覧。
- ^ “プレイオフにあと一歩及ばずのベアーズ、スミスHCを解任”. NFL JAPAN (2013年1月1日). 2013年1月2日閲覧。
- ^ “ベアーズ、新HCはCFLの名将トレストマン氏に決定”. NFL JAPAN (2013年1月17日). 2013年1月18日閲覧。
ギャラリー [編集]
外部リンク [編集]
- Chicago Bears (英語)
- NFL JAPANプロフィール (英語)
- ベアーズ歴代プレイヤーTOP10 (英語)
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