セリーナ・ウィリアムズ
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セリーナ・ウィリアムズ
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| 基本情報 | |||||||||||||||||||
| ラテン文字名 | Serena Williams | ||||||||||||||||||
| フルネーム | Serena Jameka Williams | ||||||||||||||||||
| 国籍 | |||||||||||||||||||
| 出身地 | 同・ミシガン州サギノー | ||||||||||||||||||
| 居住地 | 同・フロリダ州 パームピーチガーデン |
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| 生年月日 | 1981年9月26日(31歳) | ||||||||||||||||||
| 身長 | 175cm | ||||||||||||||||||
| 体重 | 68kg | ||||||||||||||||||
| 利き手 | 右 | ||||||||||||||||||
| バックハンド | 両手打ち | ||||||||||||||||||
| ツアー経歴 | |||||||||||||||||||
| デビュー年 | 1995年 | ||||||||||||||||||
| ツアー通算 | 73勝 | ||||||||||||||||||
| シングルス | 51勝 | ||||||||||||||||||
| ダブルス | 22勝 | ||||||||||||||||||
| 4大大会最高成績・シングルス | |||||||||||||||||||
| 全豪 | 優勝(2003・05・07・09・10) | ||||||||||||||||||
| 全仏 | 優勝(2002) | ||||||||||||||||||
| 全英 | 優勝(2002・03・09・10・12) | ||||||||||||||||||
| 全米 | 優勝(1999・2002・08・12) | ||||||||||||||||||
| 優勝回数 | 15(豪5・仏1・英5・米4) | ||||||||||||||||||
| 4大大会最高成績・ダブルス | |||||||||||||||||||
| 全豪 | 優勝(2001・03・09・10) | ||||||||||||||||||
| 全仏 | 優勝(1999・2010) | ||||||||||||||||||
| 全英 | 優勝(2000・02・08・09・12) | ||||||||||||||||||
| 全米 | 優勝(1999・2009) | ||||||||||||||||||
| 優勝回数 | 13(豪4・仏2・英5・米2) | ||||||||||||||||||
| 4大大会最高成績・混合ダブルス | |||||||||||||||||||
| 全豪 | 準優勝(1999) | ||||||||||||||||||
| 全仏 | 準優勝(1998) | ||||||||||||||||||
| 全英 | 優勝(1998) | ||||||||||||||||||
| 全米 | 優勝(1998) | ||||||||||||||||||
| 優勝回数 | 2(英1・米1) | ||||||||||||||||||
| キャリア自己最高ランキング | |||||||||||||||||||
| シングルス | 1位(2002年7月8日) | ||||||||||||||||||
| ダブルス | 1位(2010年6月7日) | ||||||||||||||||||
| 獲得メダル | |||||||||||||||||||
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| 2013年5月20日現在 | |||||||||||||||||||
セリーナ・ジャメカ・ウィリアムズ(Serena Jameka Williams, 1981年9月26日 - )は、アメリカ・ミシガン州サギノー出身の女子プロテニス選手。姉ビーナス・ウィリアムズとともに、女子テニス界にパワーテニスを持ち込んだ選手として知られ、男女を通じてシングルス・ダブルスともに「キャリア・ゴールデンスラム」を達成した唯一の選手である。生涯獲得賞金は4000万ドルを超え、すべての女子プロスポーツ選手を含めて史上1位である。これまでにWTAツアーでシングルス51勝、ダブルス22勝を挙げる。身長175cm、体重70kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。2013年2月に31歳4ヶ月24日で世界ランキング1位に復帰したことにより、歴代最年長のナンバーワンプレイヤーとなった。
目次 |
選手経歴 [編集]
デビューから全米オープン初優勝まで [編集]
5人姉妹の末娘であったセリーナは、幼年期から4女の姉ビーナス・ウィリアムズを上回る素質があると評されていた。1998年にはシングルスに先立ち、ウィンブルドンと全米オープンの混合ダブルス部門においてマックス・ミルヌイ(ベラルーシ)と組み、2大会連続優勝を遂げる。1999年2月末の「パリ・インドア選手権」と3月前半の「エバート・カップ」で女子ツアーのシングルス2大会連続優勝を飾り、続く「リプトン国際選手権」で姉ビーナスとの“姉妹対決の決勝”に敗れたが、「16連勝」を挙げて世界の舞台に名乗りを上げた。(プロ初優勝のパリ・インドア決勝では地元フランスのアメリ・モレスモを破り、エバート・カップ決勝では12歳年上のシュテフィ・グラフを破っている。)1999年の全米オープンで、「17歳11ヶ月」の若さで4大大会初優勝を達成。決勝でマルチナ・ヒンギスを 6-3, 7-6 で破り、1958年全米選手権のアリシア・ギブソン(1927年 - 2003年)以来2人目の黒人女性チャンピオンとなった。(ギブソンは1957年と1958年の全米選手権で大会連覇を達成した人である。)姉よりも早くシングルス初優勝を決めたが、ビーナスは2000年のウィンブルドン選手権で妹に追いついた。
2000年から2007年まで [編集]
セリーナはその後、しばらく姉ビーナスの活躍の陰に隠れていた。2001年の全米オープンで初めて「4大大会の姉妹対決決勝」を実現させるが、最初の時は姉に 2-6, 4-6 で敗れている。2002年の全仏オープンから2003年の全豪オープンまで「4大会連続」で姉妹対決の決勝を実現させ、妹のセリーナが4連勝を果たした。テニス4大大会の4連勝はシュテフィ・グラフ以来6人目の偉業達成となった(グラフは1988年に女子テニス史上3人目の「年間グランドスラム」を達成したが、1993年全仏オープンから1994年全豪オープンまでの4連勝も記録している)。この偉業を本人が「セリーナ・スラム」と命名した(姉妹が憧れてきたゴルフのタイガー・ウッズのメジャー大会4連勝が、同じく2年間にまたがる記録として“タイガー・スラム”と呼ばれたので、それにあやかっての命名であろう)。しかし2003年全仏オープンの準決勝でジュスティーヌ・エナン・アーデンに敗れて連勝記録が止まる。続くウィンブルドン選手権でもう1度姉妹対決の決勝を戦い、この時も妹のセリーナが勝利した。その後姉妹2人ともに体調を崩し、2003年度テニス・ツアーの後半戦を欠場した。
セリーナは2004年のウィンブルドン選手権決勝で17歳のマリア・シャラポワに敗れ、大会3連覇を逃した。しかし2005年の全豪オープン決勝でリンゼイ・ダベンポートを破り、2年ぶり2度目の優勝を果たす。2006年は故障のため試合出場が少なかったが、2007年の全豪オープンでは世界ランキング81位のノーシードから勝ち上がった。決勝で(3年前のウィンブルドン決勝で敗れた)マリア・シャラポワを 6-1, 6-2 で破り、3度目の全豪優勝を達成。これでセリーナの4大大会シングルス優勝は「8勝」となった。全豪オープンの女子シングルスでノーシードから優勝した選手は、1978年の優勝者クリス・オニール(オーストラリア)以来である。
2008年 [編集]
ウィンブルドンにおいて、セリーナとビーナスは5年ぶりに「4大大会の姉妹対決決勝」を復活させた。セリーナはこの大会の第6シードとして、準々決勝でアグニエシュカ・ラドワンスカ(ポーランド)、準決勝で鄭潔(中国)を破って勝ち進んだ。決勝戦では姉のビーナスに 5-7, 4-6 のストレートで敗れ、2007年全豪オープン以来の4大大会シングルス優勝を逃した。姉ビーナスの勝利は2001年全米オープン以来となる。北京五輪の女子シングルスでは、2人ともベスト8止まりに終わった。全米オープンでは準々決勝が姉妹対決になり、セリーナがビーナスに勝利を収める。6年ぶりの決勝戦で、セリーナはエレナ・ヤンコビッチ(セルビア)を 6-4, 7-5 で破り、全米オープン女子シングルスで6年ぶり3度目の優勝を達成した。
2009年 [編集]
全豪オープンで、セリーナは決勝でディナラ・サフィナを 6-0, 6-3 で圧倒し、2年ぶり4度目の全豪優勝を決めた。これでセリーナの4大大会女子シングルス優勝は「10勝」となり、9勝のモーリーン・コノリーとモニカ・セレシュを抜いて単独8位に躍進した。ウィンブルドンで、セリーナはビーナスとの2年連続の姉妹対決決勝を 7-6, 6-2 で制し、6年ぶり3度目の優勝を決めた。これで4大大会の姉妹対決決勝戦は、妹セリーナの「6勝2敗」となった。全米オープンでは準決勝でキム・クライシュテルス(ベルギー)との試合中、ゲームカウント 4-6, 5-6 の15-30となったところで、フットフォルト(2ndサーブ)を取られ(この時点で15-40)、その判定への不満から線審に暴言を吐き、ポイントがクライシュテルスに入り、そのまま敗れた(セリーナは第1セットを取られた瞬間もラケットをコートに叩き付け破壊しており、注意が与えられていた)。この一連の行動にテニス界史上最高額の罰金8万2500ドルの処分を受けている。
2010年 [編集]
全豪オープンとウィンブルドンでそれぞれ優勝し、連覇を達成したが、ウインブルドン以降故障により欠場を続け、世界ランキング1位を明け渡すことになった。
2011年 [編集]
前年から引き続き脚の負傷により休養していたが、肺塞栓症による入院も重なり[1]、シーズン前半は全く試合にでることができず、ようやくウィンブルドンの前哨戦で復帰した。この大会では2回戦で敗退し、ディフェンディングチャンピオンだったウィンブルドンにおいて4回戦で敗退したことにより、前年獲得したポイントを失い、ランキングは100位以下にまで下降した。しかし、夏のハードコートシーズンにおいてバンク・オブ・ウエスト・クラシックとロジャーズ・カップで連勝し、全米オープンでは第28シードで出場し、3年ぶりに決勝進出を果たした。決勝まですべてストレートで勝ちあがり、下馬評ではセリーナが圧倒的有利とされたが、サマンサ・ストーサーに 2-6, 3-6 で完敗した。この試合中、セリーナがボールを放った後に「カモン」と大きな声で叫んだことを相手のプレーへの妨害と取られ、ポイントペナルティによりゲームを失った。この判定に対してセリーナは審判に対して執拗に非難する言葉を浴びせ、大会後その行為に対して2000ドルの罰金が科せられた。その後試合に出場することなく、シングルス22勝3敗、ツアー2勝、ランキング12位でシーズンを終えた。
2012年 [編集]
全豪オープンでは4回戦で敗退するなどシーズン序盤は早いラウンドでの敗退が目立ったが、クレーコートシーズンに入るとファミリー・サークル・カップ、ムチュア・マドリード・オープンと連勝し、全仏オープンでも優勝候補の最有力候補と見られていたが、1回戦でフルセットで敗れた。この敗戦は彼女にとって初めてのグランドスラム大会での1回戦敗退であった。しかし、ウィンブルドン決勝でアグニエシュカ・ラドワンスカ に 6-1, 5-7,6-2 で勝利し、2年ぶり5度目の優勝を果たした。これにより4大大会女子シングルス優勝は14回になった。同年のロンドンオリンピックでは、決勝でマリア・シャラポワに 6-0, 6-1 で完勝し、シングルスで初の金メダルを獲得した。またこの勝利によりシングルスでの生涯ゴールデンスラムを達成し、男女を通じて史上初めてシングルス、ダブルスのゴールデンスラム達成者となった。さらに全米オープンでは決勝で世界ランキング1位のビクトリア・アザレンカを 6-2, 2-6, 7-5 で下し、全米オープン4度目の優勝を飾った。最終戦のWTAツアー選手権でも決勝でマリア・シャラポワを 6–4, 6–3 で破って3年ぶり3度目の優勝を遂げ、2012年シーズンをシングルスツアー7勝、通算58勝4敗、世界ランキング3位で終えた。勝ち星、勝率ともにグランドスラム3冠を達成した2002年を上回り、彼女にとって生涯最高といってもよい年となった。
2013年 [編集]
シーズン初戦のブリスベーンの大会にて、決勝でアナスタシア・パブリュチェンコワをストレートで破り優勝した。全豪オープンでは4回戦までに合計8ゲームしか失わず好調に勝ち進んでいたが、準々決勝にてアメリカの新鋭スローン・スティーブンスにフルセットで敗れ、ベスト8に終わった。次のドーハの大会で準決勝に進出したことにより、翌週2月18日付の世界ランキングで1位に返り咲くことが決まった。31歳4カ月でのランキング1位はクリス・エバートが1985年に記録した30歳11ヶ月の史上最年長記録を塗り替えることとなった。5月12日に行われたムチュア・マドリード・オープンの決勝にてマリア・シャラポワに勝利したことにより、シングルスのツアー通算50勝を達成した。またセリーナの赤土のクレーコートでの優勝は2002年の全仏オープン以来である。次のBNLイタリア国際の決勝でビクトリア・アザレンカを6-1、6-3で破り、2002年以来の2度目の優勝を飾った。この勝利によりツアー4大会連続優勝、マッチ連勝を24まで延ばした。この連勝記録は彼女が2002年と2003年にそれぞれ記録した自己最高の21連勝を上回るものである。
ダブルス [編集]
姉ヴィーナスと組んだ4大大会ダブルス優勝は13度あり、オリンピックでもシドニー・北京・ロンドンの3大会で金メダルを獲得している。姉妹とも五輪通算4個の金メダルを獲得しており、これは男女通じてテニス選手としては史上最多である。 初めて姉妹ダブルスで4大大会に出場した1998年全豪オープンでは、3回戦で日本の雉子牟田直子&宮城ナナ組に敗れるなど振るわなかったが、1999年全仏オープンの女子ダブルス決勝でマルチナ・ヒンギス&アンナ・クルニコワ組を破って初優勝して以来、姉妹で組めば無敵の強さを誇っていた。しかし、2003年のウィンブルドン女子ダブルス3回戦でエレーナ・デメンチェワ&リナ・クラスノルツカヤ組に敗れ、その後は姉妹のどちらかが体調不良となる大会が多く、なかなかこのペアで試合にエントリーできなくなっていたが、2008年ウィンブルドンでは決勝まで勝ち進み、リサ・レイモンド(アメリカ)&サマンサ・ストーサー組を 6-2, 6-2 で圧倒、6年ぶり3度目の女子ダブルス優勝を果たした。2009年は全豪オープンで6年ぶり3度目の優勝をし、ウィンブルドンから2010年全仏オープンで4大大会女子ダブルス4連勝を達成した。
プレースタイル [編集]
セリーナ・ウィリアムズは姉のビーナスとともに、女子テニス界にパワーテニスを持ち込んだ選手であると言われる。彼女たちのショットを見て“女子テニスの中に男子が混じっているようだ”と評されたことさえあったほどである。特に、サービスのスピードは男子選手並みである。とはいえ、姉妹でダブルスでのキャリア・グランドスラムを達成したことからも分かるように、パワー一辺倒のプレーではなく、様々なショットをバランス良くこなし、その中で強打を生かすというプレーが見られる。 ただセリーナは、試合中にエキサイトすることも多々あり(上述の全米オープン等)、その行動が度々物議を醸している。
WTAツアー決勝進出結果 [編集]
シングルス: 67回 (51勝16敗) [編集]
| 大会グレード |
|---|
| グランドスラム (15–4) |
| オリンピック (1–0) |
| ツアー選手権 (3–2) |
| グランドスラムカップ (1–0) |
| ティア I (10–5) |
| ティア II (12–2) |
| ティア III (0–0) |
| ティア IV & V (0–0) |
| プレミア (10–3) |
| インターナショナル (0–0) |
| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 優勝 | 1. | 1999年2月28日 | カーペット (室内) | 6–2, 3–6, 7–6(7–4) | ||
| 優勝 | 2. | 1999年3月14日 | ハード | 6–3, 3–6, 7–5 | ||
| 準優勝 | 1. | 1999年3月29日 | ハード | 2–6, 6–4, 4–6 | ||
| 優勝 | 3. | 1999年8月15日 | ハード | 6–1, 6–4 | ||
| 優勝 | 4. | 1999年9月12日 | ハード | 6–3, 7–6(7–4) | ||
| 優勝 | 5. | 1999年10月3日 | ハード | 6–1, 3–6, 6–3 | ||
| 準優勝 | 2. | 2000年2月7日 | カーペット (室内) | 5–7, 2–6 | ||
| 優勝 | 6. | 2000年2月21日 | カーペット (室内) | 6–1, 6–1 | ||
| 優勝 | 7. | 2000年8月13日 | ハード | 4–6, 6–4, 7–6(7–1) | ||
| 準優勝 | 3. | 2000年8月20日 | ハード | 6–0, 3–6, 0–3 途中棄権 | ||
| 優勝 | 8. | 2000年10月8日 | ハード | 7–5, 6–1 | ||
| 優勝 | 9. | 2001年3月17日 | ハード | 4–6, 6–4, 6–2 | ||
| 優勝 | 10. | 2001年8月19日 | ハード | 6–1, 6–7(7–9), 6–3 | ||
| 準優勝 | 4. | 2001年8月27日 | ハード | 2–6, 4–6 | ||
| 優勝 | 11. | 2001年11月4日 | ハード | 不戦勝 | ||
| 優勝 | 12. | 2002年3月3日 | ハード | 6–2, 4–6, 6–4 | ||
| 優勝 | 13. | 2002年4月1日 | ハード | 7–5, 7–6(7–4) | ||
| 準優勝 | 5. | 2002年5月6日 | クレー | 2–6, 6–1, 6–7(5–7) | ||
| 優勝 | 14. | 2002年5月19日 | クレー | 7–6(8–6), 6–4 | ||
| 優勝 | 15. | 2002年6月9日 | クレー | 7–5, 6–3 | ||
| 優勝 | 16. | 2002年7月7日 | 芝 | 7–6(7–4), 6–3 | ||
| 優勝 | 17. | 2002年9月8日 | ハード | 6–4, 6–3 | ||
| 優勝 | 18. | 2002年9月22日 | ハード | 2–6, 6–3, 6–3 | ||
| 優勝 | 19. | 2002年9月29日 | カーペット (室内) | 6–3, 6–2 | ||
| 準優勝 | 6. | 2002年11月11日 | ハード | 5–7, 3–6 | ||
| 優勝 | 20. | 2003年1月26日 | ハード | 7–6(7–4), 3–6, 6–4 | ||
| 優勝 | 21. | 2003年2月9日 | カーペット (室内) | 6–3, 6–2 | ||
| 優勝 | 22. | 2003年3月29日 | ハード | 4–6, 6–4, 6–1 | ||
| 準優勝 | 7. | 2003年4月7日 | クレー | 3–6, 4–6 | ||
| 優勝 | 23. | 2003年7月6日 | 芝 | 4–6, 6–4, 6–2 | ||
| 優勝 | 24. | 2004年4月4日 | ハード | 6–1, 6–1 | ||
| 準優勝 | 8. | 2004年6月21日 | 芝 | 1–6, 4–6 | ||
| 準優勝 | 9. | 2004年7月19日 | ハード | 1–6, 3–6 | ||
| 優勝 | 25. | 2004年9月26日 | ハード | 4–6, 7–5, 6–4 | ||
| 準優勝 | 10. | 2004年11月8日 | ハード | 6–4, 2–6, 4–6 | ||
| 優勝 | 26. | 2005年1月29日 | ハード | 2–6, 6–3, 6–0 | ||
| 優勝 | 27. | 2007年1月27日 | ハード | 6–1, 6–2 | ||
| 優勝 | 28. | 2007年3月31日 | ハード | 0–6, 7–5, 6–3 | ||
| 準優勝 | 11. | 2007年10月14日 | ハード (室内) | 7–5, 1–6, 1–6 | ||
| 優勝 | 29. | 2008年3月9日 | ハード | 7–5, 6–3 | ||
| 優勝 | 30. | 2008年4月5日 | ハード | 6–1, 5–7, 6–3 | ||
| 優勝 | 31. | 2008年4月20日 | クレー | 6–4, 3–6, 6–3 | ||
| 準優勝 | 12. | 2008年7月5日 | 芝 | 5–7, 4–6 | ||
| 優勝 | 32. | 2008年9月7日 | ハード | 6–4, 7–5 | ||
| 優勝 | 33. | 2009年1月31日 | ハード | 6–0, 6–3 | ||
| 準優勝 | 13. | 2009年4月5日 | ハード | 3–6, 1–6 | ||
| 優勝 | 34. | 2009年7月5日 | 芝 | 7–6(7–3), 6–2 | ||
| 優勝 | 35. | 2009年11月1日 | ハード | 6–2, 7–6(7–4) | ||
| 準優勝 | 14. | 2010年1月15日 | ハード | 3–6, 2–6 | ||
| 優勝 | 36. | 2010年1月30日 | ハード | 6–4, 3–6, 6–2 | ||
| 優勝 | 37. | 2010年7月3日 | 芝 | 6–3, 6–2 | ||
| 優勝 | 38. | 2011年7月31日 | ハード | 7–5, 6–1 | ||
| 優勝 | 39. | 2011年8月14日 | ハード | 6–4, 6–2 | ||
| 準優勝 | 15. | 2011年9月11日 | ハード | 2–6, 3–6 | ||
| 優勝 | 40. | 2012年4月8日 | クレー | 6–0, 6–1 | ||
| 優勝 | 41. | 2012年5月13日 | クレー | 6-1, 6-3 | ||
| 優勝 | 42. | 2012月7月7日 | 芝 | 6–1, 5-7, 6–2 | ||
| 優勝 | 43. | 2012年7月15日 | ハード | 7-5, 6-3 | ||
| 優勝 | 44. | 2012年8月4日 | 芝 | 6–0, 6–1 | ||
| 優勝 | 45. | 2012年9月9日 | ハード | 6–2, 2–6, 7-5 | ||
| 優勝 | 46. | 2012年10月28日 | ハード (室内) | 6–4, 6–3 | ||
| 優勝 | 47. | 2013年1月5日 | ハード | 6–2, 6–1 | ||
| 準優勝 | 16. | 2013年2月17日 | ハード | 6–7(6), 6–2, 3–6 | ||
| 優勝 | 48. | 2013年3月30日 | ハード | 4-6, 6-3, 6-0 | ||
| 優勝 | 49. | 2013年4月7日 | クレー | 3-6, 6-0, 6-2 | ||
| 優勝 | 50. | 2013年5月12日 | クレー | 6-1, 6-4 | ||
| 優勝 | 51. | 2013年5月19日 | クレー | 6-1, 6-3 |
ダブルス: 23回 (22勝1敗) [編集]
| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | パートナー | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 優勝 | 1. | 1998年2月23日 | ハード (室内) |
7–5, 6–2 | |||
| 優勝 | 2. | 1998年10月12日 | カーペット (室内) | 5–7, 6–1, 6–3 | |||
| 優勝 | 3. | 1999年2月21日 | カーペット (室内) | 5–7, 6–2, 6–2 | |||
| 優勝 | 4. | 1999年6月6日 | クレー | 6–3, 6–7(2–7), 8–6 | |||
| 準優勝 | 1. | 1999年8月8日 | ハード | 4–6, 1–6 | |||
| 優勝 | 5. | 1999年9月12日 | ハード | 4–6, 6–1, 6–4 | |||
| 優勝 | 6. | 2000年7月9日 | 芝 | 6–3, 6–2 | |||
| 優勝 | 7. | 2000年9月28日 | ハード | 6–1, 6–1 | |||
| 優勝 | 8. | 2001年1月26日 | ハード | 6–2, 4–6, 6–4 | |||
| 優勝 | 9. | 2002年7月7日 | 芝 | 6–2, 7–5 | |||
| 優勝 | 10. | 2002年9月24日 | カーペット (室内) | 6–3, 7–5 | |||
| 優勝 | 11. | 2003年1月24日 | ハード | 4–6, 6–4, 6–3 | |||
| 優勝 | 12. | 2008年7月5日 | 芝 | 6–2, 6–2 | |||
| 優勝 | 13. | 2008年8月17日 | ハード | 6–2, 6–0 | |||
| 優勝 | 14. | 2009年1月30日 | ハード | 6–3, 6–3 | |||
| 優勝 | 15. | 2009年7月4日 | 芝 | 7–6(7–4), 6–4 | |||
| 優勝 | 16. | 2009年8月2日 | ハード | 6–4, 6–1 | |||
| 優勝 | 17. | 2009年9月14日 | ハード | 6–2, 6–2 | |||
| 優勝 | 18. | 2010年1月29日 | ハード | 6–4, 6–3 | |||
| 優勝 | 19. | 2010年5月15日 | クレー | 6–2, 7–5 | |||
| 優勝 | 20. | 2010年6月3日 | クレー | 6–2, 6–3 | |||
| 優勝 | 21. | 2012年7月7日 | 芝 | 7–5, 6–4 | |||
| 優勝 | 22. | 2012年8月5日 | 芝 | 6–4, 6–4 |
4大大会優勝 [編集]
セリーナの女子シングルス [編集]
- 全豪オープン:5勝(2003年・2005年・2007年・2009年・2010年)
- 全仏オープン:1勝(2002年)
- ウィンブルドン:5勝(2002年・2003年・2009年・2010年・2012年)
- 全米オープン:4勝(1999年・2002年・2008年・2012年)
| 年 | 大会 | 対戦相手 | 試合結果 |
|---|---|---|---|
| 1999年 | 全米オープン | 6-3, 7-6 | |
| 2002年 | 全仏オープン | 7-5, 6-3 | |
| 2002年 | ウィンブルドン | 7-6, 6-3 | |
| 2002年 | 全米オープン | 6-4, 6-3 | |
| 2003年 | 全豪オープン | 7-6, 3-6, 6-4 | |
| 2003年 | ウィンブルドン | 4-6, 6-4, 6-2 | |
| 2005年 | 全豪オープン | 2-6, 6-3, 6-0 | |
| 2007年 | 全豪オープン | 6-1, 6-2 | |
| 2008年 | 全米オープン | 6-4, 7-5 | |
| 2009年 | 全豪オープン | 6-0, 6-3 | |
| 2009年 | ウィンブルドン | 7-6, 6-2 | |
| 2010年 | 全豪オープン | 6-4, 3-6, 6-2 | |
| 2010年 | ウィンブルドン | 6-3, 6-2 | |
| 2012年 | ウィンブルドン | 6-1, 5-7, 6-2 | |
| 2012年 | 全米オープン | 6-2, 2-6, 7-5 |
| テニス4大大会女子シングルス優勝記録 | ||
|---|---|---|
| 順位 | 優勝回数 | 選手名 |
| 1位 | 24勝 | |
| 2位 | 22勝 | |
| 3位 | 19勝 | |
| 4位タイ | 18勝 | |
| 6位 | 15勝 | * |
| 7位タイ | 12勝 | |
| 9位タイ | 9勝 | |
| *は現役選手 | ||
姉妹の女子ダブルス [編集]
- 全豪オープン:4勝(2001年・2003年・2009年・2010年)
- 全仏オープン:2勝(1999年・2010年)
- ウィンブルドン:5勝(2000年・2002年・2008年・2009年・2012年)
- 全米オープン:2勝(1999年・2009年)
混合ダブルス [編集]
4大大会シングルス成績 [編集]
- 略語の説明
| W | F | SF | QF | #R | RR | Q# | LQ | A | WG | Z# | PO | SF-B | S | G | NMS | NH |
W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.
| 大会 | 1998 | 1999 | 2000 | 2001 | 2002 | 2003 | 2004 | 2005 | 2006 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 2012 | 2013 | 通算成績 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 全豪オープン | 2R | 3R | 4R | QF | A | W | A | W | 3R | W | QF | W | W | A | 4R | QF | 58–8 |
| 全仏オープン | 4R | 3R | A | QF | W | SF | QF | A | A | QF | 3R | QF | QF | A | 1R | 39–10 | |
| ウィンブルドン | 3R | A | SF | QF | W | W | F | 3R | A | QF | F | W | W | 4R | W | 67–8 | |
| 全米オープン | 3R | W | QF | F | W | A | QF | 4R | 4R | QF | W | SF | A | F | W | 65–9 |
参照 [編集]
- ^ Serena Williams recounts embolism scare: 'I could not breathe' http://content.usatoday.com/communities/entertainment/post/2011/03/serena-williams-hospitalized-after-pulmonary-embolism/1#.UZG2ebU8CSo
外部リンク [編集]
- セリーナ・ウィリアムズ - WTAツアーのプロフィール (英語)
- セリーナ・ウィリアムズ - フェドカップのプロフィール (英語)
- セリーナ・ウィリアムズ - 国際テニス連盟のプロフィール (英語)
- セリーナ・ウィリアムズ - バイオグラフィーとオリンピックでの成績(英語)
- セリーナ・ウィリアムズ (serenawilliams) - Twitter(英語)
- セリーナ・ウィリアムズ公式サイト
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