セリーナ・ウィリアムズ

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セリーナ・ウィリアムズ
Serena Williams at the 2011 AEGON International.jpg
セリーナ・ウィリアムズ
基本情報
ラテン文字名 Serena Williams
フルネーム Serena Jameka Williams
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 同・ミシガン州サギノー
居住地 同・フロリダ州
パームピーチガーデン
生年月日 1981年9月26日(32歳)
身長 175cm
体重 70kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1995年
ツアー通算 79勝
シングルス 57勝
ダブルス 22勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 優勝(2003・05・07・09・10)
全仏 優勝(2002・13)
全英 優勝(2002・03・09・10・12)
全米 優勝(1999・2002・08・12・13)
優勝回数 17(豪5・仏2・英5・米5)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 優勝(2001・03・09・10)
全仏 優勝(1999・2010)
全英 優勝(2000・02・08・09・12)
全米 優勝(1999・2009)
優勝回数 13(豪4・仏2・英5・米2)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全豪 準優勝(1999)
全仏 準優勝(1998)
全英 優勝(1998)
全米 優勝(1998)
優勝回数 2(英1・米1)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 1位(2002年7月8日)
ダブルス 1位(2010年6月7日)
獲得メダル
女子 テニス
オリンピック
2000 シドニー ダブルス
2008 北京 ダブルス
2012 ロンドン シングルス
2012 ロンドン ダブルス
2013年10月6日現在

セリーナ・ジャメカ・ウィリアムズSerena Jameka Williams, 1981年9月26日 - )は、アメリカミシガン州サギノー出身の女子プロテニス選手。姉ビーナス・ウィリアムズとともに、女子テニス界にパワーテニスを持ち込んだ選手として知られ、男女を通じてシングルス・ダブルスともに「キャリア・ゴールデンスラム」を達成した唯一の選手である。生涯獲得賞金は5000万ドルを超え、すべての女子プロスポーツ選手を含めて史上1位である。これまでにWTAツアーでシングルス57勝、ダブルス22勝を挙げる。身長175cm、体重70kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。2013年2月に31歳4ヶ月24日で世界ランキング1位に復帰したことにより、歴代最年長のナンバーワンプレイヤーとなった。

選手経歴[編集]

デビューから全米オープン初優勝まで[編集]

5人姉妹の末娘であったセリーナは、幼年期から4女の姉ビーナス・ウィリアムズを上回る素質があると評されていた。1998年にはシングルスに先立ち、ウィンブルドン全米オープンの混合ダブルス部門においてマックス・ミルヌイベラルーシ)と組み、2大会連続優勝を遂げる。1999年2月末の「パリ・インドア選手権」と3月前半の「エバート・カップ」で女子ツアーのシングルス2大会連続優勝を飾り、続く「リプトン国際選手権」で姉ビーナスとの“姉妹対決の決勝”に敗れたが、「16連勝」を挙げて世界の舞台に名乗りを上げた。(プロ初優勝のパリ・インドア決勝では地元フランスアメリ・モレスモを破り、エバート・カップ決勝では12歳年上のシュテフィ・グラフを破っている。)1999年全米オープンで、「17歳11ヶ月」の若さで4大大会初優勝を達成。決勝でマルチナ・ヒンギスを 6-3, 7-6 で破り、1958年全米選手権アリシア・ギブソン1927年 - 2003年)以来2人目の黒人女性チャンピオンとなった。(ギブソンは1957年と1958年の全米選手権で大会連覇を達成した人である。)姉よりも早くシングルス初優勝を決めたが、ビーナスは2000年ウィンブルドン選手権で妹に追いついた。

2002年

2000年から2007年まで[編集]

セリーナはその後、しばらく姉ビーナスの活躍の陰に隠れていた。2001年全米オープンで初めて「4大大会の姉妹対決決勝」を実現させるが、最初の時は姉に 2-6, 4-6 で敗れている。2002年全仏オープンから2003年全豪オープンまで「4大会連続」で姉妹対決の決勝を実現させ、妹のセリーナが4連勝を果たした。テニス4大大会の4連勝はシュテフィ・グラフ以来6人目の偉業達成となった(グラフは1988年に女子テニス史上3人目の「年間グランドスラム」を達成したが、1993年全仏オープンから1994年全豪オープンまでの4連勝も記録している)。この偉業を本人が「セリーナ・スラム」と命名した(姉妹が憧れてきたゴルフタイガー・ウッズメジャー大会4連勝が、同じく2年間にまたがる記録として“タイガー・スラム”と呼ばれたので、それにあやかっての命名であろう)。しかし2003年全仏オープンの準決勝でジュスティーヌ・エナン・アーデンに敗れて連勝記録が止まる。続くウィンブルドン選手権でもう1度姉妹対決の決勝を戦い、この時も妹のセリーナが勝利した。その後姉妹2人ともに体調を崩し、2003年度テニス・ツアーの後半戦を欠場した。

セリーナは2004年ウィンブルドン選手権決勝で17歳のマリア・シャラポワに敗れ、大会3連覇を逃した。しかし2005年全豪オープン決勝でリンゼイ・ダベンポートを破り、2年ぶり2度目の優勝を果たす。2006年は故障のため試合出場が少なかったが、2007年全豪オープンでは世界ランキング81位のノーシードから勝ち上がった。決勝で(3年前のウィンブルドン決勝で敗れた)マリア・シャラポワを 6-1, 6-2 で破り、3度目の全豪優勝を達成。これでセリーナの4大大会シングルス優勝は「8勝」となった。全豪オープンの女子シングルスでノーシードから優勝した選手は、1978年の優勝者クリス・オニールオーストラリア)以来である。

2008年[編集]

ウィンブルドンにおいて、セリーナとビーナスは5年ぶりに「4大大会の姉妹対決決勝」を復活させた。セリーナはこの大会の第6シードとして、準々決勝でアグニエシュカ・ラドワンスカポーランド)、準決勝で鄭潔中国)を破って勝ち進んだ。決勝戦では姉のビーナスに 5-7, 4-6 のストレートで敗れ、2007年全豪オープン以来の4大大会シングルス優勝を逃した。姉ビーナスの勝利は2001年全米オープン以来となる。北京五輪の女子シングルスでは、2人ともベスト8止まりに終わった。全米オープンでは準々決勝が姉妹対決になり、セリーナがビーナスに勝利を収める。6年ぶりの決勝戦で、セリーナはエレナ・ヤンコビッチセルビア)を 6-4, 7-5 で破り、全米オープン女子シングルスで6年ぶり3度目の優勝を達成した。

2009年[編集]

全豪オープンで、セリーナは決勝でディナラ・サフィナを 6-0, 6-3 で圧倒し、2年ぶり4度目の全豪優勝を決めた。これでセリーナの4大大会女子シングルス優勝は「10勝」となり、9勝のモーリーン・コノリーモニカ・セレシュを抜いて単独8位に躍進した。ウィンブルドンで、セリーナはビーナスとの2年連続の姉妹対決決勝を 7-6, 6-2 で制し、6年ぶり3度目の優勝を決めた。これで4大大会の姉妹対決決勝戦は、妹セリーナの「6勝2敗」となった。全米オープンでは準決勝でキム・クライシュテルスベルギー)との試合中、ゲームカウント 4-6, 5-6 の15-30となったところで、フットフォルト(2ndサーブ)を取られ(この時点で15-40)、その判定への不満から線審に暴言を吐き、ポイントがクライシュテルスに入り、そのまま敗れた(セリーナは第1セットを取られた瞬間もラケットをコートに叩き付け破壊しており、注意が与えられていた)。この一連の行動にテニス界史上最高額の罰金8万2500ドルの処分を受けている。

2010年[編集]

全豪オープンウィンブルドンでそれぞれ優勝し、連覇を達成したが、ウインブルドン以降故障により欠場を続け、世界ランキング1位を明け渡すことになった。

2011年[編集]

前年から引き続き脚の負傷により休養していたが、肺塞栓症による入院も重なり[1]、シーズン前半は全く試合にでることができず、ようやくウィンブルドンの前哨戦で復帰した。この大会では2回戦で敗退し、ディフェンディングチャンピオンだったウィンブルドンにおいて4回戦で敗退したことにより、前年獲得したポイントを失い、ランキングは100位以下にまで下降した。しかし、夏のハードコートシーズンにおいてバンク・オブ・ウエスト・クラシックロジャーズ・カップで連勝し、全米オープンでは第28シードで出場し、3年ぶりに決勝進出を果たした。決勝まですべてストレートで勝ちあがり、下馬評ではセリーナが圧倒的有利とされたが、サマンサ・ストーサーに 2-6, 3-6 で完敗した。この試合中、セリーナがボールを放った後に「カモン」と大きな声で叫んだことを相手のプレーへの妨害と取られ、ポイントペナルティによりゲームを失った。この判定に対してセリーナは審判に対して執拗に非難する言葉を浴びせ、大会後その行為に対して2000ドルの罰金が科せられた。その後試合に出場することなく、シングルス22勝3敗、ツアー2勝、ランキング12位でシーズンを終えた。

2012年[編集]

全豪オープンでは4回戦で敗退するなどシーズン序盤は早いラウンドでの敗退が目立ったが、クレーコートシーズンに入るとファミリー・サークル・カップムチュア・マドリード・オープンと連勝し、全仏オープンでも優勝候補の最有力候補と見られていたが、1回戦でフルセットで敗れた。この敗戦は彼女にとって初めてのグランドスラム大会での1回戦敗退であった。しかし、ウィンブルドン決勝でアグニエシュカ・ラドワンスカ に 6-1, 5-7,6-2 で勝利し、2年ぶり5度目の優勝を果たした。これにより4大大会女子シングルス優勝は14回になった。同年のロンドンオリンピックでは、決勝でマリア・シャラポワに 6-0, 6-1 で完勝し、シングルスで初の金メダルを獲得した。またこの勝利によりシングルスでの生涯ゴールデンスラムを達成し、男女を通じて史上初めてシングルス、ダブルスのゴールデンスラム達成者となった。さらに全米オープンでは決勝で世界ランキング1位のビクトリア・アザレンカを 6-2, 2-6, 7-5 で下し、全米オープン4度目の優勝を飾った。最終戦のWTAツアー選手権でも決勝でマリア・シャラポワを 6–4, 6–3 で破って3年ぶり3度目の優勝を遂げ、2012年シーズンをシングルスツアー7勝、通算58勝4敗、世界ランキング3位で終えた。勝ち星、勝率ともにグランドスラム3冠を達成した2002年を上回り、彼女にとって生涯最高といってもよい年となった。

2013年[編集]

シーズン初戦のブリスベーンの大会にて、決勝でアナスタシア・パブリュチェンコワをストレートで破り優勝した。全豪オープンでは4回戦までに合計8ゲームしか失わず好調に勝ち進んでいたが、準々決勝にてアメリカの新鋭スローン・スティーブンスにフルセットで敗れ、ベスト8に終わった。次のドーハの大会で準決勝に進出したことにより、翌週2月18日付の世界ランキングで1位に返り咲くことが決まった。31歳4カ月でのランキング1位はクリス・エバートが1985年に記録した30歳11ヶ月の史上最年長記録を塗り替えることとなった。5月12日に行われたムチュア・マドリード・オープンの決勝にてマリア・シャラポワに勝利したことにより、シングルスのツアー通算50勝を達成した。またセリーナの赤土のクレーコートでの優勝は2002年の全仏オープン以来である。次のBNLイタリア国際の決勝でビクトリア・アザレンカを6-1、6-3で破り、2002年以来の2度目の優勝を飾った。この勝利によりツアー4大会連続優勝、マッチ連勝を24まで延ばした。この連勝記録は彼女が2002年と2003年にそれぞれ記録した自己最高の21連勝を上回るものである。全仏オープンでは準々決勝のスベトラーナ・クズネツォワに対して1セットを失ったが、それ以外は全てストレート勝ちで決勝へ進んだ。決勝では第2シードのマリア・シャラポワを6-4, 6-4のストレートで破り、2002年以来11年振り2度目の優勝を飾り、グランドスラムのシングルスタイトルを16とした。また31歳256日での優勝は、全仏オープンではオープン化以降で最年長となり(グランドスラムでは1990年マルチナ・ナブラチロワのウィンブルドン優勝が最年長)、11年振りの優勝は全仏オープンでの最長記録となった。さらにこの勝利により自己の連勝記録を31に延ばした。ディフェンディングチャンピオンとして臨んだウィンブルドンでは、上位シード選手達が次々と敗れる中、圧倒的な優勝候補と見られていたが、4回戦でドイツのザビーネ・リシキにフルセットで敗れ、2連覇はならなかった。また自己最高を記録していた連勝記録は34でストップした。ウィンブルドン後の初戦のスウェーデンオープンでは決勝で地元のヨハンナ・ラーソンを6-4, 6-1で破り優勝し、今季ツアー7勝目となった。8月に行われたロジャーズ・カップでは、準決勝のアグニエシュカ・ラドワンスカ戦の第1セットでタイブレークに持ち込まれた以外は危なげなく勝ち上がり、決勝戦ではノーシードのソラナ・チルステアを6-2、6-0で下し優勝した。これで今期8勝目となり、2002年に記録したシーズン自己記録にならんだ。またこの勝利によりWTAツアーでのタイトル獲得数を54とし、モニカ・セレスを抜いて単独5位となった。全米オープンでは、準々決勝でカルラ・スアレス・ナバロに1ゲームも与えず完勝するなど、わずか16ゲームしか失わずに決勝へ進んだ。決勝は2年連続でビクトリア・アザレンカとの対戦となり、昨年と同様にフルセットの接戦の末、7-5,6-7,6-1でアザレンカを破り優勝した。全米オープンは5度目の優勝となり、グランドスラムでは通算17勝目となった。またオープン化以降の全米オープン最年長優勝者となり、優勝賞金の260万ドルに加えて、全米オープンシリーズの優勝ボーナス100万ドルを加えた360万ドルを獲得した。これで今シーズン9勝目、通算では55勝目となり、リンゼイ・ダベンポートと並び4位タイとなった。チャイナ・オープン (テニス)では決勝でエレナ・ヤンコビッチを6-2、6-2で危なげなく下し、今期10勝目を上げた。今期の最終戦となったWTAチャンピオンシップスではラウンドロビンで3戦全勝し、準決勝ではエレナ・ヤンコビッチを、決勝ではリー・ナをそれぞれフルセットで下し、ジュスティーヌ・エナン以来の大会連覇を達成した。2013年シーズンはグランドスラムは全仏オープンと全米オープンの2勝にとどまったものの、11タイトル、78勝4敗、勝率95%、獲得賞金1238万ドルとそれぞれ自己最高の成績を残した。特に獲得賞金は女子としては史上初めて1000万ドルを超え、男子を含めても史上4人目の快挙となった。

ダブルス[編集]

ヴィーナスと組んだ4大大会ダブルス優勝は13度あり、オリンピックでもシドニー北京ロンドンの3大会で金メダルを獲得している。姉妹とも五輪通算4個の金メダルを獲得しており、これは男女通じてテニス選手としては史上最多である。 初めて姉妹ダブルスで4大大会に出場した1998年全豪オープンでは、3回戦で日本雉子牟田直子&宮城ナナ組に敗れるなど振るわなかったが、1999年全仏オープンの女子ダブルス決勝でマルチナ・ヒンギス&アンナ・クルニコワ組を破って初優勝して以来、姉妹で組めば無敵の強さを誇っていた。しかし、2003年ウィンブルドン女子ダブルス3回戦でエレーナ・デメンチェワ&リナ・クラスノルツカヤ組に敗れ、その後は姉妹のどちらかが体調不良となる大会が多く、なかなかこのペアで試合にエントリーできなくなっていたが、2008年ウィンブルドンでは決勝まで勝ち進み、リサ・レイモンドアメリカ)&サマンサ・ストーサー組を 6-2, 6-2 で圧倒、6年ぶり3度目の女子ダブルス優勝を果たした。2009年全豪オープンで6年ぶり3度目の優勝をし、ウィンブルドンから2010年全仏オープンで4大大会女子ダブルス4連勝を達成した。

プレースタイル[編集]

セリーナ・ウィリアムズは姉のビーナスとともに、女子テニス界にパワーテニスを持ち込んだ選手であると言われる。彼女たちのショットを見て“女子テニスの中に男子が混じっているようだ”と評されたことさえあったほどである。特に、サービスのスピードは男子選手並みである。とはいえ、姉妹でダブルスでのキャリア・グランドスラムを達成したことからも分かるように、パワー一辺倒のプレーではなく、様々なショットをバランス良くこなし、その中で強打を生かすというプレーが見られる。 ただセリーナは、試合中にエキサイトすることも多々あり(上述の全米オープン等)、その行動が度々物議を醸している。


WTAツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 74回 (57勝17敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 1999年2月28日 フランスの旗 パリ カーペット (室内) フランスの旗 アメリ・モレスモ 6–2, 3–6, 7–6(7–4)
優勝 2. 1999年3月14日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード ドイツの旗 シュテフィ・グラフ 6–3, 3–6, 7–5
準優勝 1. 1999年3月29日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 2–6, 6–4, 4–6
優勝 3. 1999年8月15日 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス ハード フランスの旗 ジュリー・アラール=デキュジス 6–1, 6–4
優勝 4. 1999年9月12日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード スイスの旗 マルチナ・ヒンギス 6–3, 7–6(7–4)
優勝 5. 1999年10月3日 ドイツの旗 ミュンヘン ハード アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 6–1, 3–6, 6–3
準優勝 2. 2000年2月7日 フランスの旗 パリ カーペット (室内) フランスの旗 ナタリー・トージア 5–7, 2–6
優勝 6. 2000年2月21日 ドイツの旗 ハノーファー カーペット (室内) チェコの旗 デニサ・チェラドコワ 6–1, 6–1
優勝 7. 2000年8月13日 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス ハード アメリカ合衆国の旗 リンゼイ・ダベンポート 4–6, 6–4, 7–6(7–1)
準優勝 3. 2000年8月20日 カナダの旗 モントリオール ハード スイスの旗 マルチナ・ヒンギス 6–0, 3–6, 0–3 途中棄権
優勝 8. 2000年10月8日 日本の旗 東京 ハード フランスの旗 ジュリー・アラール=デキュジス 7–5, 6–1
優勝 9. 2001年3月17日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード ベルギーの旗 キム・クライシュテルス 4–6, 6–4, 6–2
優勝 10. 2001年8月19日 カナダの旗 トロント ハード アメリカ合衆国の旗 ジェニファー・カプリアティ 6–1, 6–7(7–9), 6–3
準優勝 4. 2001年8月27日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 2–6, 4–6
優勝 11. 2001年11月4日 ドイツの旗 ミュンヘン ハード アメリカ合衆国の旗 リンゼイ・ダベンポート 不戦勝
優勝 12. 2002年3月3日 アメリカ合衆国の旗 スコッツデール ハード アメリカ合衆国の旗 ジェニファー・カプリアティ 6–2, 4–6, 6–4
優勝 13. 2002年4月1日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード アメリカ合衆国の旗 ジェニファー・カプリアティ 7–5, 7–6(7–4)
準優勝 5. 2002年5月6日 ドイツの旗 ベルリン クレー ベルギーの旗 ジュスティーヌ・エナン 2–6, 6–1, 6–7(5–7)
優勝 14. 2002年5月19日 イタリアの旗 ローマ クレー ベルギーの旗 ジュスティーヌ・エナン 7–6(8–6), 6–4
優勝 15. 2002年6月9日 フランスの旗 全仏オープン クレー アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 7–5, 6–3
優勝 16. 2002年7月7日 イギリスの旗 ウィンブルドン アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 7–6(7–4), 6–3
優勝 17. 2002年9月8日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 6–4, 6–3
優勝 18. 2002年9月22日 日本の旗 東京 ハード ベルギーの旗 キム・クライシュテルス 2–6, 6–3, 6–3
優勝 19. 2002年9月29日 ドイツの旗 ライプツィヒ カーペット (室内) ロシアの旗 アナスタシア・ミスキナ 6–3, 6–2
準優勝 6. 2002年11月11日 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス ハード ベルギーの旗 キム・クライシュテルス 5–7, 3–6
優勝 20. 2003年1月26日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 7–6(7–4), 3–6, 6–4
優勝 21. 2003年2月9日 フランスの旗 パリ カーペット (室内) フランスの旗 アメリ・モレスモ 6–3, 6–2
優勝 22. 2003年3月29日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード アメリカ合衆国の旗 ジェニファー・カプリアティ 4–6, 6–4, 6–1
準優勝 7. 2003年4月7日 アメリカ合衆国の旗 チャールストン クレー ベルギーの旗 ジュスティーヌ・エナン 3–6, 4–6
優勝 23. 2003年7月6日 イギリスの旗 ウィンブルドン アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 4–6, 6–4, 6–2
優勝 24. 2004年4月4日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード ロシアの旗 エレーナ・デメンチェワ 6–1, 6–1
準優勝 8. 2004年6月21日 イギリスの旗 ウィンブルドン ロシアの旗 マリア・シャラポワ 1–6, 4–6
準優勝 9. 2004年7月19日 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス ハード アメリカ合衆国の旗 リンゼイ・ダベンポート 1–6, 3–6
優勝 25. 2004年9月26日 中華人民共和国の旗 北京 ハード ロシアの旗 スベトラーナ・クズネツォワ 4–6, 7–5, 6–4
準優勝 10. 2004年11月8日 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス ハード ロシアの旗 マリア・シャラポワ 6–4, 2–6, 4–6
優勝 26. 2005年1月29日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード アメリカ合衆国の旗 リンゼイ・ダベンポート 2–6, 6–3, 6–0
優勝 27. 2007年1月27日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード ロシアの旗 マリア・シャラポワ 6–1, 6–2
優勝 28. 2007年3月31日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード ベルギーの旗 ジュスティーヌ・エナン 0–6, 7–5, 6–3
準優勝 11. 2007年10月14日 ロシアの旗 モスクワ ハード (室内) ロシアの旗 エレーナ・デメンチェワ 7–5, 1–6, 1–6
優勝 29. 2008年3月9日 インドの旗 バンガロール ハード スイスの旗 パティ・シュナイダー 7–5, 6–3
優勝 30. 2008年4月5日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード セルビアの旗 エレナ・ヤンコビッチ 6–1, 5–7, 6–3
優勝 31. 2008年4月20日 アメリカ合衆国の旗 チャールストン クレー ロシアの旗 ベラ・ズボナレワ 6–4, 3–6, 6–3
準優勝 12. 2008年7月5日 イギリスの旗 ウィンブルドン アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 5–7, 4–6
優勝 32. 2008年9月7日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード セルビアの旗 エレナ・ヤンコビッチ 6–4, 7–5
優勝 33. 2009年1月31日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード ロシアの旗 ディナラ・サフィナ 6–0, 6–3
準優勝 13. 2009年4月5日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ 3–6, 1–6
優勝 34. 2009年7月5日 イギリスの旗 ウィンブルドン アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 7–6(7–3), 6–2
優勝 35. 2009年11月1日 カタールの旗 ドーハ ハード アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 6–2, 7–6(7–4)
準優勝 14. 2010年1月15日 オーストラリアの旗 シドニー ハード ロシアの旗 エレーナ・デメンチェワ 3–6, 2–6
優勝 36. 2010年1月30日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード ベルギーの旗 ジュスティーヌ・エナン 6–4, 3–6, 6–2
優勝 37. 2010年7月3日 イギリスの旗 ウィンブルドン ロシアの旗 ベラ・ズボナレワ 6–3, 6–2
優勝 38. 2011年7月31日 アメリカ合衆国の旗 スタンフォード ハード フランスの旗 マリオン・バルトリ 7–5, 6–1
優勝 39. 2011年8月14日 カナダの旗 トロント ハード オーストラリアの旗 サマンサ・ストーサー 6–4, 6–2
準優勝 15. 2011年9月11日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード オーストラリアの旗 サマンサ・ストーサー 2–6, 3–6
優勝 40. 2012年4月8日 アメリカ合衆国の旗 チャールストン クレー チェコの旗 ルーシー・サファロバ 6–0, 6–1
優勝 41. 2012年5月13日 スペインの旗 マドリード クレー ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ 6-1, 6-3
優勝 42. 2012月7月7日 イギリスの旗 ウィンブルドン ポーランドの旗 アグニエシュカ・ラドワンスカ 6–1, 5-7, 6–2
優勝 43. 2012年7月15日 アメリカ合衆国の旗 スタンフォード ハード アメリカ合衆国の旗 ココ・バンダウェイ 7-5, 6-3
優勝 44. 2012年8月4日 イギリスの旗 ロンドン五輪 ロシアの旗 マリア・シャラポワ 6–0, 6–1
優勝 45. 2012年9月9日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ 6–2, 2–6, 7-5
優勝 46. 2012年10月28日 トルコの旗 イスタンブール ハード (室内) ロシアの旗 マリア・シャラポワ 6–4, 6–3
優勝 47. 2013年1月5日 オーストラリアの旗 ブリスベン ハード ロシアの旗 アナスタシア・パブリュチェンコワ 6–2, 6–1
準優勝 16. 2013年2月17日 カタールの旗 ドーハ ハード ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ 6–7(6), 6–2, 3–6
優勝 48. 2013年3月30日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード ロシアの旗 マリア・シャラポワ 4-6, 6-3, 6-0
優勝 49. 2013年4月7日 アメリカ合衆国の旗 チャールストン クレー セルビアの旗 エレナ・ヤンコビッチ 3-6, 6-0, 6-2
優勝 50. 2013年5月12日 スペインの旗 マドリード クレー ロシアの旗 マリア・シャラポワ 6-1, 6-4
優勝 51. 2013年5月19日 イタリアの旗 ローマ クレー ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ 6-1, 6-3
優勝 52. 2013年6月8日 フランスの旗 全仏オープン クレー ロシアの旗 マリア・シャラポワ 6–4, 6-4
優勝 53. 2013年7月21日 スウェーデンの旗 バスタード クレー スウェーデンの旗 ヨハンナ・ラーソン 6-4, 6-1
優勝 54. 2013年8月11日 カナダの旗 トロント ハード ルーマニアの旗 ソラナ・チルステア 6-2, 6-0
準優勝 17. 2013年8月18日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ 6–2, 2-6, 6–7(6)
優勝 55. 2013年9月8日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ 7-5, 6-7,6-1
優勝 56. 2013年10月6日 中華人民共和国の旗 北京 ハード セルビアの旗 エレナ・ヤンコビッチ 6-2, 6-2
優勝 57. 2013年10月27日 トルコの旗 イスタンブール ハード (室内) 中華人民共和国の旗 李娜 2–6, 6–3, 6-0

ダブルス: 23回 (22勝1敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 1998年2月23日 アメリカ合衆国の旗 オクラホマシティ ハード
(室内)
アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ ルーマニアの旗 カタリナ・クリステア
オーストラリアの旗 クリスティン・カンス
7–5, 6–2
優勝 2. 1998年10月12日 スイスの旗 チューリッヒ カーペット (室内) アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 南アフリカ共和国の旗 マリアン・デ・スウォート
ウクライナの旗 エレナ・タタルコワ
5–7, 6–1, 6–3
優勝 3. 1999年2月21日 ドイツの旗 ハノーファー カーペット (室内) アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ フランスの旗 アレクサンドラ・フセ
フランスの旗 ナタリー・トージア
5–7, 6–2, 6–2
優勝 4. 1999年6月6日 フランスの旗 全仏オープン クレー アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ スイスの旗 マルチナ・ヒンギス
ロシアの旗 アンナ・クルニコワ
6–3, 6–7(2–7), 8–6
準優勝 1. 1999年8月8日 アメリカ合衆国の旗 スタンフォード ハード アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ アメリカ合衆国の旗 リンゼイ・ダベンポート
アメリカ合衆国の旗 コリーナ・モラリュー
4–6, 1–6
優勝 5. 1999年9月12日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ アメリカ合衆国の旗 チャンダ・ルビン
フランスの旗 サンドリーヌ・テスチュ
4–6, 6–1, 6–4
優勝 6. 2000年7月9日 イギリスの旗 ウィンブルドン アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ フランスの旗 ジュリー・アラール=デキュジス
日本の旗 杉山愛
6–3, 6–2
優勝 7. 2000年9月28日 オーストラリアの旗 シドニー五輪 ハード アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ オランダの旗 クリスティ・ボーグルト
オランダの旗 ミリアム・オレマンス
6–1, 6–1
優勝 8. 2001年1月26日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ アメリカ合衆国の旗 リンゼイ・ダベンポート
アメリカ合衆国の旗 コリーナ・モラリュー
6–2, 4–6, 6–4
優勝 9. 2002年7月7日 イギリスの旗 ウィンブルドン アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ スペインの旗 ビルヒニア・ルアノ・パスクアル
アルゼンチンの旗 パオラ・スアレス
6–2, 7–5
優勝 10. 2002年9月24日 ドイツの旗 ライプツィヒ カーペット (室内) アメリカ合衆国の旗 アレクサンドラ・スティーブンソン スロバキアの旗 ヤネッテ・フサロバ
アルゼンチンの旗 パオラ・スアレス
6–3, 7–5
優勝 11. 2003年1月24日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ スペインの旗 ビルヒニア・ルアノ・パスクアル
アルゼンチンの旗 パオラ・スアレス
4–6, 6–4, 6–3
優勝 12. 2008年7月5日 イギリスの旗 ウィンブルドン アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ アメリカ合衆国の旗 リサ・レイモンド
オーストラリアの旗 サマンサ・ストーサー
6–2, 6–2
優勝 13. 2008年8月17日 中華人民共和国の旗 北京五輪 ハード アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ スペインの旗 アナベル・メディナ・ガリゲス
スペインの旗 ビルヒニア・ルアノ・パスクアル
6–2, 6–0
優勝 14. 2009年1月30日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 日本の旗 杉山愛
スロバキアの旗 ダニエラ・ハンチュコバ
6–3, 6–3
優勝 15. 2009年7月4日 イギリスの旗 ウィンブルドン アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ オーストラリアの旗 サマンサ・ストーサー
オーストラリアの旗 レネ・スタブス
7–6(7–4), 6–4
優勝 16. 2009年8月2日 アメリカ合衆国の旗 スタンフォード ハード アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ チャイニーズタイペイの旗 詹詠然
ルーマニアの旗 モニカ・ニクレスク
6–4, 6–1
優勝 17. 2009年9月14日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ ジンバブエの旗 カーラ・ブラック
アメリカ合衆国の旗 リーゼル・フーバー
6–2, 6–2
優勝 18. 2010年1月29日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ ジンバブエの旗 カーラ・ブラック
アメリカ合衆国の旗 リーゼル・フーバー
6–4, 6–3
優勝 19. 2010年5月15日 スペインの旗 マドリード クレー アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ アルゼンチンの旗 ヒセラ・ドゥルコ
イタリアの旗 フラビア・ペンネッタ
6–2, 7–5
優勝 20. 2010年6月3日 フランスの旗 全仏オープン クレー アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ チェコの旗 クベタ・ペシュケ
スロベニアの旗 カタリナ・スレボトニク
6–2, 6–3
優勝 21. 2012年7月7日 イギリスの旗 ウィンブルドン アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ チェコの旗 アンドレア・フラバーチコバ
チェコの旗 ルーシー・ハラデツカ
7–5, 6–4
優勝 22. 2012年8月5日 イギリスの旗 ロンドン五輪 アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ チェコの旗 アンドレア・フラバーチコバ
チェコの旗 ルーシー・ハラデツカ
6–4, 6–4

4大大会優勝[編集]

セリーナの女子シングルス[編集]

大会 対戦相手 試合結果
1999年 全米オープン スイスの旗 マルチナ・ヒンギス 6-3, 7-6
2002年 全仏オープン アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 7-5, 6-3
2002年 ウィンブルドン アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 7-6, 6-3
2002年 全米オープン アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 6-4, 6-3
2003年 全豪オープン アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 7-6, 3-6, 6-4
2003年 ウィンブルドン アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 4-6, 6-4, 6-2
2005年 全豪オープン アメリカ合衆国の旗 リンゼイ・ダベンポート 2-6, 6-3, 6-0
2007年 全豪オープン ロシアの旗 マリア・シャラポワ 6-1, 6-2
2008年 全米オープン セルビアの旗 エレナ・ヤンコビッチ 6-4, 7-5
2009年 全豪オープン ロシアの旗 ディナラ・サフィナ 6-0, 6-3
2009年 ウィンブルドン アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 7-6, 6-2
2010年 全豪オープン ベルギーの旗 ジュスティーヌ・エナン 6-4, 3-6, 6-2
2010年 ウィンブルドン ロシアの旗 ベラ・ズボナレワ 6-3, 6-2
2012年 ウィンブルドン ポーランドの旗 アグニエシュカ・ラドワンスカ 6-1, 5-7, 6-2
2012年 全米オープン ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ 6-2, 2-6, 7-5
2013年 全仏オープン ロシアの旗 マリア・シャラポワ 6-4, 6-4
2013年 全米オープン ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ 7-5, 6-7, 6-1
テニス4大大会女子シングルス優勝記録
順位 優勝回数 選手名
1位 24勝 オーストラリアの旗 マーガレット・スミス・コート
2位 22勝 ドイツの旗 シュテフィ・グラフ
3位 19勝 アメリカ合衆国の旗 ヘレン・ウィルス・ムーディ
4位タイ 18勝 アメリカ合衆国の旗 クリス・エバート | アメリカ合衆国の旗 マルチナ・ナブラチロワ
6位 17勝 *アメリカ合衆国の旗 セリーナ・ウィリアムズ
7位タイ 12勝 アメリカ合衆国の旗 ビリー・ジーン・キング | フランスの旗 スザンヌ・ランラン (注:国際大会以前の全仏選手権6勝を含む)
9位タイ 9勝 アメリカ合衆国の旗 モーリーン・コノリー | ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗アメリカ合衆国の旗 モニカ・セレシュ
*は現役選手

姉妹の女子ダブルス[編集]

混合ダブルス[編集]

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 通算成績
全豪オープン 2R 3R 4R QF A W A W 3R W QF W W A 4R QF 58–8
全仏オープン 4R 3R A QF W SF QF A A QF 3R QF QF A 1R W 46–10
ウィンブルドン 3R A SF QF W W F 3R A QF F W W 4R W 4R 70–9
全米オープン 3R W QF F W A QF 4R 4R QF W SF A F W W 72–9

参照[編集]

  1. ^ Serena Williams recounts embolism scare: 'I could not breathe' http://content.usatoday.com/communities/entertainment/post/2011/03/serena-williams-hospitalized-after-pulmonary-embolism/1#.UZG2ebU8CSo

外部リンク[編集]