タグ・ホイヤー

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TAG Heuer S.A.
企業形態 Wholly owned subsidiary
業種
  • Watchmaking
  • licensing
前身 Uhrenmanufaktur Heuer AG
設立 St-Imier, Switzerland (1860年 (1860))
創業者 Edouard Heuer
本部 スイスヌーシャテル
事業地域 Worldwide
代表者等
  • Jean-Christophe Babin, President & CEO
  • Jack W. Heuer, Honorary President
製品
  • TAG Heuer Monaco chronograph
  • Reflex sunglasses
  • Meredist mobile phone
株主 LVMH Moët Hennessy Louis Vuitton S.A.
ウェブサイト tagheuer.com
脚注: [1]

タグ・ホイヤーTAG Heuer )は、スイスの高級時計メーカーである。

概要[編集]

ドイツ系スイス人で、ベルン州ブリュック出身のエドウアルト・ホイヤードイツ語版1840年 - 1892年)が1860年に設立した。設立当初からストップウオッチや、クロノグラフといったスポーツウオッチの開発に力を注いでおり、クロノグラフの歴史に貢献している。近年では、トゥールビヨンや磁気を利用した新たなムーブメントの開発を行っている。

1985年までの社名はホイヤーであった。クオーツショックで資金難だったところをマンスール・オジェ率いるTAGグループ(現 Techniques d'Avant Garde )からの資金援助を受け、現在の社名に変更。その後1999年9月にLVMHが同社の株式の50.1%を取得し、現在はLVMH傘下となっている。

2003年まではF1の公式計時を担当していたが、同年限りでF1の公式計時から撤退する一方で、2004年よりインディカー・シリーズの公式計時を担当している。

歴史[編集]

  • 1840年2月15日 - ビール近郊のブラグで[2]創業者のエドウアルト・ホイヤー(Edouar Heuer )が産まれた[3]
  • 1856年 - 創業者のエドウアルト・ホイヤーがサンティミエの時計メーカーLs.Kierneur&Filsに入社[4]
  • 1859年 - エドウアルト・ホイヤーがスザンナ・マグダレナ・シェルツと結婚した[5]
  • 1860年 - エドウアルト・ホイヤーによりスイスのサンティミエでエドウアルト・ホイヤー・ウォッチメーカーズ設立[6]
  • 1861年 - 創業者の長女ルイズ・ホイヤー(Louise Heuer )が産まれた[7]
  • 1869年 - ビールに移転した[8]
  • 1871年 - 創業者の長男シャルル・ホイヤー(Charles Heuer )が産まれた[9]
  • 1876年 - ロンドンに支社を設立した。
  • 1878年 - ルイズ・ホイヤーが入社した[10]。時計メーカー向けの宝飾加工を行なっていたフリッツ・ラムベレが事業に参加し、ホイヤー・ラムベレ&カンパニー・ビエンヌ&ロンドンを設立[11]
  • 1882年 - クロノグラフで特許取得[12]。懐中時計のクロノグラフの製造を開始した[13]。ロンドン支店閉鎖[14]
  • 1885年 - フリッツ・ラムベレが独立し、エド・ホイヤーに商号変更した[15]
  • 1892年 - エドウアルト・ホイヤー死去[16]
  • 1896年 - シャルル・ホイヤーの長男シャルル・ホイヤーJr.が産まれた[17]
  • 1901年 - シャルル・ホイヤーの次男ウベール・B・ホイヤー(Hubert B. Heuer )が産まれた[18]
  • 1916年 - シャルル・ホイヤーJr.が入社。世界初の100分の1秒まで計測可能なストップウオッチ『マイクログラフ』を開発。
  • 1920年 - アントワープオリンピックの公式計時を初めて担当。高級ブランドだったユール・ヤーゲンセンを購入した。
  • 1923年 - シャルル・ホイヤーの次男ウベール・B・ホイヤーが入社[19]。シャルル・ホイヤー死去[20]
  • 1929年 - ホイヤーのロゴが作成された[21]
  • 1932年 - ジャック・W. ホイヤーが産まれた[22]
  • 1953年 - 日本で商標登録した[23]
  • 1964年 - クロノグラフの製造会社レオニダスと合併、正式な社名はホイヤー=レオニダスとなる[24]
  • 1967年 - 自動巻クロノグラフ、キャリバー11の開発を始めた[25]
  • 1969年 - 角型時計としては世界初の防水クロノグラフ『モナコ』、世界初の自動巻きクロノグラフ『クロノマチック』などを発表[26]
  • 1971年 - スクーデリア・フェラーリのF1公式計時を初めて担当、当時のドライバーはクレイ・レガツォーニジョー・シフェール[27]スティーブ・マックイーンが映画栄光のル・マン中で『モナコ』を着用し、オーバーオールにホイヤーのロゴをつけて出演した[28]。スイススキー連盟と契約を締結、スイススキーチームがホイヤーのクロノグラフを使用するようになった[29]
  • 1974年 - シャルル・ホイヤーJr.死去[30]
  • 1982年 - ピアジェの傘下に入る。4代目ジャック・W. ホイヤーが社長から退任し、創業者一族による経営は途絶えた。ジャック・W. ホイヤーはその後コンピューター関係の仕事に携わった。
  • 1985年 - ピアジェの傘下から離れ、TAGグループからの資金援助を受けて『ホイヤー』から『タグ・ホイヤー』に社名を変更。
  • 1999年 - LVMHの傘下に入る。
  • 2001年 - CEOジャン・クリストフ・ババンの懇請で、ジャック・ホイヤーが名誉会長に就任。
  • 2004年 - インディカー・シリーズの公式計時を初めて担当。
  • 2013年 - ジャン・クリストフ・ババンがブルガリCEOに就任し、代わってステファン・リンダーがCEOに就任[31]。ジャック・ホイヤーが11月17日(81歳の誕生日の前日)を以て名誉会長を退任する予定[32]

代表モデル[編集]

  • アクアレーサー(Aquaracer
  • カレラ(Carrera
    • グランドカレラ(Grand Carrera
  • エレノア(Erenoa
  • F1(1986年発売[33]) - 樹脂を使用したモデル[34]
    • F1クロノグラフ
  • キリウム(Kirium
  • リンク(Link )アイルトン・セナが愛用していた「Se/l」コレクションの後継機としてリリースされた。
  • モナコ(Monaco ) - 1971年映画『栄光のル・マン』中、主役のスティーブ・マックイーンが装着したことで知られる。古くからモータースポーツの計時を担当していたホイヤー社(現在のタグ・ホイヤー)と縁のあるサーキットがモナコであり、そのグランプリに敬意を表し、ホイヤー社は新たなモデルを開発。それがマイクロローターを採用した世界初の自動巻きクロノグラフムーブメント「クロノマティック」を搭載。後に、復刻モデルが多数リリースされ、豊富なモナコ・ファミリーがラインナップされた。
  • モンツァ(Monza
  • フォーミュラ(Formula
  • S/el(セル、スポーツ・アンド・エレガンスの略称、1987年発売[35])現在は廃番。リンクに継承された。
    • S/elレザー(1991年発売[36]) - 革バンドを採用した[37]
    • S/elクロノグラフ(1988年発売) - クォーツモデルの一部で1/100秒までの計測が可能[38]
  • 1000シリーズ(1000Series 、1985年発売[39]
  • 1500シリーズ(1500Series 、1990年発売[40]) - 入門用の手頃な価格のモデル[41]
  • 2000シリーズ(2000Series 、1983年発売[42]) - 基本ラインでクォーツと自動巻があり、200m防水[43]。現在は廃番。アクアレーサーに継承された。
    • 2000クロノグラフ(1988年発売) - クォーツモデルの一部で1/100秒までの計測が可能。
  • 3000シリーズ(3000Series 、1985年発売[44]
  • 4000シリーズ(4000Series 、1990年発売[45]
  • 6000シリーズ(6000Series 1991年発売[46]) - 最高級ライン[47]
    • 6000ゴールド(1994年発売[48]) - ケース素材にK18ゴールドを採用、クロノメーター規格に合致した自動巻を搭載する[49]

その他[編集]

F1にてTAGグループであるマクラーレンチームのスポンサーとしても長期にわたり活動している関係で、アイルトン・セナ片山右京キミ・ライコネンなどF1ドライバーの名前を冠したモデルを多数発売しているほか、F1以外でもタイガー・ウッズの名前を冠したモデルなども存在する。

スポンサー活動[編集]

タグ・ホイヤーはラグビーワールドカップFIAフォーミュラE選手権MXGPエミレーツ・オーストラリアン・オープンタリスカー・マスターズなどのオフィシャルタイムキーパーとして務めている。またかつてはタイガー・ウッズもこの時計を身につけたが、不倫スキャンダル問題で契約を解除した。

アンバサダー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Key Numbers | TAG Heuer, tagheuer.com, retrieved on 12 January 2012.
  2. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.36。
  3. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.31。
  4. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.36。
  5. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.31。
  6. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.36。
  7. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.31、p.36。
  8. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.36。
  9. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.31、p.37。
  10. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.36。
  11. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.36。
  12. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.36。
  13. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.36。
  14. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.36。
  15. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.36。
  16. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.31、p.37。
  17. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.31。
  18. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.31、p.38。
  19. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.38。
  20. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.31。p.38。ただしp.37は1920年とする。
  21. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.38。
  22. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.31。
  23. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.40。
  24. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.40、p.41。
  25. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.41。
  26. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.41。
  27. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.41。
  28. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.41、年表では1970年だが栄光のル・マンの公開は1971年。
  29. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.41。
  30. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.31、p.37。
  31. ^ タグ・ホイヤーの新CEOにステファン・リンダーが就任2013年5月7日、2013年7月10日閲覧
  32. ^ 『カレラ完全マスターBOOK2013』P.5
  33. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.43。
  34. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.135。
  35. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.43、p.99。
  36. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.43。
  37. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.111。
  38. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.105。
  39. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.43。
  40. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.43。
  41. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.129。
  42. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.43。
  43. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.121。
  44. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.43。
  45. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.43、117。
  46. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.43。
  47. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.89。
  48. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.43。
  49. ^ 『タグ・ホイヤー物語』p.89。

参考文献[編集]

  • 『タグ・ホイヤー物語』ワールドフォトプレス
  • 『TAG Heuer カレラ完全マスターBOOK2013』、WATCHNAVI2013年夏号

外部リンク[編集]