ナイキ

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ナイキ
Nike, Inc.
Logo NIKE.svg
種類 公開会社
市場情報 NYSE: NKE
略称 ナイキ
本社所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
オレゴン州ビーバートンワン・バウワーマン・ドライブ
設立 1968年
業種 その他製品
事業内容 靴、衣料、衣料用品およびアクセサリーのデザイン・マーケティング
代表者 フィリップ・H・ナイト(取締役会会長
マーク・G・パーカー(最高経営責任者代表取締役
資本金 92億2,410万ドル
(2009年11月30日時点)
発行済株式総数 4億8,745万2,384株
(2009年11月30日時点)
売上高 連結: 191億7,610万ドル
(2009年5月期)
営業利益 連結: 86億440万ドル
(2009年5月期)
純利益 連結: 14億8,670万ドル
(2009年5月期)
純資産 連結: 86億9,310万ドル
(2009年5月31日時点)
総資産 連結: 132億4,960万ドル
(2009年5月31日時点)
従業員数 連結: 3万4,400人
(2010年5月31日時点)
決算期 5月末日
主要株主 フィリップ・H・ナイト 37.7%
オークヒル・インベストメント・マネジメント・エルピー 5.6%
(2009年7月15日時点)
主要子会社 コール・ハーン 100%
コンバース 100%
ハーレー インターナショナル 100%
アンブロ 100%
(いずれも間接保有を含む割合)
外部リンク http://www.nike.com/
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ナイキの製品

ナイキ(Nike, Inc.)は、アメリカオレゴン州に本社を置く、スニーカーやスポーツウェアなどスポーツ関連商品を扱う世界的企業。1968年設立[1]ニューヨーク証券取引所に上場。グループ企業に同じくスポーツ用品メーカーのアンブロなどがある。

社名の由来は、社員の一人ジェフ・ジョンソンが夢で見た、ギリシャ神話の勝利の女神「ニーケー (Nike)」から。

歴史[編集]

スタンフォード大学経済学を学んでいた学生フィル・ナイトと、オレゴン大学の陸上コーチであったビル・バウワーマンが前身であるブルーリボンスポーツ(BRS)社を設立。同社は日本からオニツカタイガー(現アシックス)のランニングシューズを輸入しアメリカ国内で販売していた。より高い利益を求め、オニツカタイガーの技術者引き抜きなどを行い、オニツカタイガーの競合社である福岡アサヒコーポレーションでトレーニングシューズを生産、ナイキのブランド名で販売した。提携終了後もオニツカタイガーがビル・バウワーマンのデザインした靴を販売していたため1億数千万円の和解金を受け取る裁判を起こす。

2012年よりリーボックに代わってNFLの公式アパレルとなった[2]

現在、運動靴のみならず多くのスポーツ製品を手がけている。

スウッシュ[編集]

スウッシュ (Swoosh) は1971年商標登録されたナイキのロゴマークである。勝利の女神ニーケーの彫像の翼をモチーフにデザインしたとされている。また、「勢いよく動く」という意味で、その形状は躍動感やスピード感を表現している。日本では「スウォッシュ」と誤読・誤記されることが多い。

ロゴのデザインは1971年、創設者であるフィル・ナイトが会計学の講師をしていたポートランド州立大学で出会った、キャロライン・デビッドソンが制作した。ナイトは、グラフィックデザインを専攻していたキャロラインが製図の課題をしていたところを捕まえ、ロゴのデザインを依頼。まだデザインを仕事にして間もないキャロラインは、スウッシュのデザイン料として僅か35ドルの請求書をナイトに提出した。キャロラインはその後もナイキ初期の多くのツールのデザインを手がけることになった。デザイン制作が代理店に移った後の1983年9月、キャロラインは当時スポーツブランドとしてナイキを成功させていたナイトの呼び出しを受け、ナイトからダイヤモンド入りの金のスウッシュリングとナイキ株を受け取った(具体的な株数は不明)。

主なテクノロジー[編集]

ワッフルソール[編集]

焼き菓子のワッフルからヒントを得て開発されたソールパターン。独特のパターンはクッショニングやグリップに優れておりアスファルトやダートなど様々な路面状況に対応できる。初期プロダクツには「ワッフル」の名を冠するオレゴンワッフル・ワッフルトレーナー・ワッフルレーサーなどがある。他にもLD-1000・LD-V・エリートなど当時のフラグシップモデルに多数採用されていた。

エア[編集]

衝撃を吸収するためのミッドソールの中に仕込んだエアバッグのこと。1978年発表。クッション性を確保するためのエアバッグは、ビニールパックの内部にガスを充填したものであり、搭載位置は試行錯誤の末、ミッドソールの中に仕込むという方法を発明し、ここに完成した。

主な製品[編集]

コルテッツ[編集]

1971年に最初のコルテッツであるレザーコルテッツを発表以来、現在まで生産され続けているナイキを代表するモデル。素材はレザー・ナイロン・スウェードなどがあり、そのバリエーションは多岐にわたる。

エア・フォース1[編集]

AIR FORCE1:「エア」を搭載したバスケットボールシューズ第一号。1982年発売。

エア・ジョーダン[編集]

AIR JORDAN:マイケル・ジョーダン(元・NBAシカゴ・ブルズなど)の名を採ったバスケットボールシューズ。1985年に最初のモデル「エアジョーダンI」が発売された。以降、年1回のペースでモデルチェンジされる。

エアマックス95
エアマックス

エア・マックス[編集]

AIR MAX:ナイキを代表するランニングシューズで初代は1987年に発売された。以降、舗装路におけるランニング・トレーニング用シューズの最上位モデルにその名が冠せられている。特に1995年に発売された通称「エアマックス95」は爆発的に売れ、数多くの偽物の流通や「エアマックス狩り」などもあってマスコミにとりあげられ、社会現象化した[3]ことで良くも悪くもナイキの社名と製品を有名にした。 本来ナイキはネーミングに関して厳格で、市場では区別のためにエアマックスの後に数字や西暦の下二桁を付した名称で認識されたモデルも、正式名は常に「AIR MAX」であったが、近年その傾向は薄れ正式なモデル名にも認知度の高い通称を採用するようになった。

サッカースパイク[編集]

ナイキ社製のスパイクで最上位に位置するのがEliteモデルである。各それぞれの種類のスパイク名の後ろに"ELITE"と名付けられたそれにはスパイク裏にカーボンフィーバーを施し、さらなるパフォーマンスの向上を促す。

TOTAL 90[編集]

正確性、パワーを重点に置いたサッカーシューズ。90がトレードマークでスポーツウェアなどにも採用される。ナイキの中ではポピュラーな種類。主にフェルナンド・トーレスウェイン・ルーニー稲本潤一らが使用。

Tiempo[編集]

カンガルーレザーを使用したボールタッチを重視したサッカーシューズである。ピルロロナウジーニョ、そしてテベスなどが着用。また、Air Legendは中田英寿、ロナウジーニョらの意見を参考に設計された。

Mercurial Vapor[編集]

C・ロナウド、ドログバ他トッププレーヤー着用、ナイキ「マーキュリアル ヴェイパー スーパーフライ」セカンドモデル!前足部内側にグラウンドコンディションに合わせ最大3MM伸縮するスタッドを配置。アッパーに「フライワイヤー」テクノロジーを搭載し、抜群の軽量性とホールド感を実現。

CTR360[編集]

Controlから取った3文字CTRと全方向を示す360を名前にしたシューズ。セスク・ファブレガスアンドレス・イニエスタセルヒオ・アグエロといったボールコントロールの優れた選手達が使用している。ナイキのスパイクの中で最も新しいシリーズである。

その他[編集]

ショックス[編集]

かかとなどにコラム(柱)を搭載し、クッション性と反発性を高めたシューズ。2000年に発売され、2001年にはビンス・カーターのシグネイチャーモデル「Nike Shox VC」が発売された。

社風[編集]

ナイキは今までにスポーツシューズを数多く世に送り出し、商業的に成功している。 自社工場を持たない委託生産方式を採り、小売店への出荷は基本的に買取制とし、厳密なマーケティングに基づき余分な在庫を持たないなどの方針を採っている。しばしば奇抜かつ斬新なデザインを提案する。

工場の人権問題[編集]

ナイキは製品デザインは自社で行うが、自社工場を持たずに生産は外部の工場に委託している。以前より、ナイキは海外工場において労働力の不当な搾取をしていると噂されていた。1997年NGOによって実際にナイキのベトナムなど東南アジアに所在する委託工場における、児童労働、低賃金労働、長時間労働、セクシャルハラスメント強制労働などの問題点の存在が明らかになる[4]。こうした事実を知った、アメリカ合衆国のNGO団体および学生たちは、大学キャンパスやインターネットを使用し、ナイキの社会的責任を批判[4]。運動は製品の不買や訴訟問題に発展した[4]

これに対してナイキは1999年にグローバル・アライアンスを設立し世界各国の自社を含む多国籍企業における労働環境の調査を行い労働環境の改善に対して迅速に取り組めるよう対応している[5]

宮下公園改修問題[編集]

渋谷区は区内の宮下公園が老朽化したため改修を計画したが、不況下で財源難だったため2009年6月にナイキ(ナイキジャパン)に対して命名権を売却し有料公園として改修する方針を決めた[6][7]。ナイキは同公園を「宮下NIKEパーク」と命名する代償として年間1700万円を支払い改修費用を全額負担することとなったが、改修工事に際し多数のホームレスを立ち退かせるなどしたため[8]市民団体などによって反対運動が行われている[6]

スポンサー活動[編集]

テレビ番組[編集]

タイガー・ウッズとのスポンサー契約[編集]

2009年12月14日、フィル・ナイト会長は、不倫スキャンダルで注目を集めるタイガー・ウッズとのスポンサー契約を継続する考えを示した。また、米国スポーツ専門誌「Street & Smith's SportsBusiness Journal」にて、「彼は本当に偉大な存在。彼のキャリアが終わりになる時、今回の軽率な行為は小さな過ちだったと振り返られるだろう。しかし、今、メディアは話を大きくしている」とも語った[9]

日本での活動[編集]

  • 日本ではナイキジャパン
ナイキストア
  • 2001年から埼玉西武ライオンズのユニフォームサプライヤーとなった。このユニフォームの左胸にスウッシュが入ったが、これが日本プロ野球で初めてブランドロゴがユニフォームに入った例である。

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]