エディンソン・カバーニ

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エディンソン・カバーニ Football pictogram.svg
Edinson Cavani 2011.jpg
名前
本名 エディンソン・ロベルト・カバーニ・ゴメス
愛称 "エル・マタドール"(闘牛士)
カタカナ エディンソン・カバーニ
ラテン文字 Edinson Roberto Cavani Gómez
基本情報
国籍 ウルグアイの旗 ウルグアイ
イタリアの旗 イタリア
生年月日 1987年2月14日(26歳)
出身地 サルト
身長 188cm
体重 78kg
選手情報
在籍チーム イタリアの旗 ナポリ
ポジション FW
背番号 7
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2000-2007
2006-2010
2010-
ウルグアイの旗 ダヌービオ
イタリアの旗 パレルモ
イタリアの旗 ナポリ
25 (9)
109 (34)
95 (66)
代表歴2
2006-2007
2012
2008-
ウルグアイの旗 ウルグアイ U-20
ウルグアイの旗 ウルグアイ U-23
ウルグアイの旗 ウルグアイ
14 (10)
3 (3)
45 (13)
1. 国内リーグ戦に限る。2011年6月12日現在。
2. 2012年11月14日現在。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

エディンソン・ロベルト・カバーニ・ゴメスEdinson Roberto Cavani Gómez1987年2月14日 - )はウルグアイサッカー選手セリエAナポリ所属。ポジションはFW。名前は雑誌などでもエジソンやエディソンと記されることが多いがエディンソン(Edinson)である。

目次

来歴 [編集]

ウルグアイ時代 [編集]

ダヌービオでデビューし、同年には19歳ながらレギュラーとして13得点を記録した。2006年2月にはイタリアで行われたビアレッジョ・トーナメントに出場して活躍し、インテルが獲得に乗り気だったが、設定された移籍金50万ユーロが高すぎるとして獲得には至らなかった[1]ユヴェントスレアル・マドリードPSVアイントホーフェンパレルモが争奪戦を繰り広げ、激しい争奪戦の末、2007年1月31日、移籍期限最終日に移籍金500万ユーロでパレルモに移籍した[1]

セリエA(パレルモ、ナポリ) [編集]

セリエAデビュー戦となるフィオレンティーナ戦で相手のクリアボールをペナルティーエリア外からワンタッチボレーシュートで直接決め、その試合の後、ファン・バステンの再来と評された。その後も出番を与えられこのシーズン2得点(7試合)の活躍を見せた。

ただ、2007-08シーズンは3トップのサイドで起用されたため期待に応えられなかった。

2008-09シーズンはアマウリの移籍によりレギュラーとして3トップの中央や2トップでプレーし好調を維持、リーグ戦チームトップタイの14得点を記録した。

2010-11シーズン前に同じセリエAの古豪ナポリに500万ユーロでレンタル移籍した(1600万ユーロでの買取りオプション付き)[2]。移籍後はセリエA第19節のユヴェントス戦や第31節のラツィオ戦でハットトリックを達成するなどゴールを量産し続け、最終的にシーズン通して35試合に出場し26ゴールをあげ自身は得点ランキング2位となった。この活躍もありチームはリーグ戦を3位で終え、2011-12シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。シーズン終了後、ナポリは買取りオプションを行使し、完全移籍となった。
また、このシーズンはUEFAヨーロッパリーグにも出場しグループリーグ第5節のユトレヒト戦ではハットトリックを達成した。勝たなければグループリーグ敗退という状況で迎えた最終節のステアウア・ブカレスト戦では後半ロスタイムにコーナーキックからヘディングシュートで決勝ゴールをあげ、チームを決勝トーナメントへ導いた。しかし、決勝トーナメント1回戦のビジャレアル戦ではゴールを奪うことは出来ずチームも敗退した。

2011-12シーズンもゴールを量産し続け、最終的にシーズン通して35試合に出場し23ゴールをあげ自身は得点ランキング3位となった。

代表歴 [編集]

代表でのカバーニ

ウルグアイU-20代表として背番号9とキャプテンマークを背負い臨んだ南米ユース選手権において7得点を記録し、ブラジルのアレシャンドレ・パトなどを抑えて得点王に輝く。チームは3位に終わりU-20ワールドカップへの出場権は得たものの北京オリンピックへの出場権は逃した。

セリエAでの初年度を終えた後の2007 FIFA U-20ワールドカップでは不本意な成績に終わったチームにおいて3得点をマークし実力を見せつけた。

U-20やクラブでの活躍を受けて2008年2月6日のコロンビア戦でウルグアイ代表デビューを果たし、この試合で代表初得点を挙げた。

FIFAワールドカップ・南アフリカ大会ではディエゴ・フォルランルイス・スアレスに次ぐFWとして出場。3位決定戦のドイツ戦では同点ゴールを挙げた。2010年7月27日、親善試合のアンゴラ戦で途中出場で83分にチームの先制ゴールを記録した。

2010年10月8日のインドネシアとの親善試合で代表で初めてのハットトリックを達成。

所属クラブ [編集]

クラブ シーズン リーグ カップ 国際大会 合計
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ダヌービオ 2005 10 4 5 3 15 7
2005-06 15 5 15 5
通算 25 9 5 3 0 0 30 12
パレルモ 2006-07 7 2 7 2
2007-08 33 5 2 0 2 0 37 5
2008-09 35 14 1 1 36 15
2009-10 34 13 3 2 37 15
通算 109 34 6 3 2 0 117 37
ナポリ 2010-11 35 26 2 0 10 7 47 33
2011-12 35 23 5 5 8 5 48 33
通算 70 49 7 5 18 12 95 66
通算 204 92 18 11 20 12 242 115

脚注 [編集]

  1. ^ a b footballista、ソルメディア、2009年3月4日号、24頁
  2. ^ http://news.livedoor.com/article/detail/4892908/

外部リンク [編集]