フランチェスコ・トッティ

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フランチェスコ・トッティ
名前
愛称 イル・プリンチペ(王子様)
プポーネ(大きな赤ちゃん)
エル・ビンボ・デ・オロ(ゴールデン・ベイビー)
ラテン文字 Francesco Totti
基本情報
国籍 イタリア
生年月日 1976年9月27日(32歳)
出身地 ローマ
身長 180cm
体重 82kg
選手情報
在籍チーム イタリアの旗 ローマ
ポジション ST、CFMF
背番号 10
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ App (G)
1992- ローマ 395 (165)
代表歴
1998-2007 イタリア 58 (9)
1. 国内リーグ戦に限る。2008年4月19日現在。
Template(ノート 解説)サッカー選手pj
ウィキメディア・コモンズ

フランチェスコ・トッティFrancesco Totti1976年9月27日 - )は、イタリアローマ出身でセリエAASローマ所属のサッカー選手。ポジションはFW、攻撃的MF

イタリア代表2007年7月20日に代表引退を表明)。

目次

[編集] 略歴

1976年の9月27日、フランチェスコ・トッティはローマにあるサン・ジョバンニに生まれる。父親のエンツォは銀行員、母親フィオレッラ、そして兄のリッカルドの4人家族。生後9ヵ月で歩き始め、この頃からすでにゴムボールを蹴って遊んでいたという。父親のエンツォは熱狂的なローマのサポーターで、フランチェスコが1歳になると、ローマのロゴのついた本物のサッカーボールをプレゼントした。父親の影響もあって、フランチェスコは週末に家族や友人とスタジオ・オリンピコへ駆けつけるのが最大の楽しみとなり、ジュゼッペ・ジャンニーニの一挙手一投足を追い、彼の妙技に歓喜していたのだという。

ローマ一筋でプレイするトッティ

1992年シーズンにわずか16歳でASローマのトップチームでデビューし、1995年にはレギュラーを確保。甘いマスクで、生粋のローマ育ちのロマニスタであることから、ファンからはジュゼッペ・ジャンニーニに次ぐ「ローマの王子様(イル・プリンチペ)」と呼ばれ特別な存在となっている。20歳代前半にしてキャプテンとなりチームを牽引。当初はFWだったが攻撃的MFにコンバートされてから才能が開花し、シュートを積極的に打つなど得点意識が高い一方で、質の高いパスを出せるようになり、万能型の世界的な選手へと成長した。2006-2007シーズンではワントップ気味で起用されているがそこでもポストプレーを初めとする多くの役割をこなし自身初のセリエA得点王を獲得、同時にヨーロッパトップスコアラーに与えられるゴールデンブーツ賞を獲得した。

代表レベルでは、2000年の欧州選手権でセンセーショナルな活躍を見せ、以後イタリア代表の中心選手となったが、2002年ワールドカップの韓国戦ではシミュレーションをとられ退場(後にFIFAが誤審を認める)、EURO2004では、予選リーグ、デンマーク戦でクリスティアン・ポウルセンの顔面にを吐いたシーンが映像に残ったため3試合出場停止処分を受け、それぞれイタリア敗退の原因を作り活躍できなかった。

しかしドイツW杯では、決勝トーナメント一回戦(vsオーストラリア)でPKを決めるなど本調子でないもののイタリアの優勝に貢献した。

2006年2月前半、好調のトッティは9連勝というクラブ新記録達成に貢献。しかし、10連勝をかけたエンボリ戦において、開始まもなくバックチャージをうけ転倒し、足に骨折、靭帯損傷と大怪我を負う。手術は上手くいったとはいえ、イタリア国民、そしてリッピ率いる代表もトッティのW杯出場は不可能だろうと考えていた。しかしトッティはリハビリを続け、脅威の回復力を見せた。そして、セリエAの最終節のACミラン戦でピッチに復帰。その後のドイツW杯にも出場している。2007年、代表引退を発表した。

年々聞くことは減ったが、2000-2001年に優勝して以来、バロンドールに強い憧れを持っている。それ故、「ローマでもう一度、スクデットを獲って、バロンドールを獲る。」と語っていたこともあるほど。しかし、2005年には「2000-2001年は運が良かった。良い選手がいたから優勝できた。今度は実力でスクデットを獲りたい。」と語っており、近年は優勝を強く意識しているようである。

[編集] プレースタイル

優れたテクニック、パスセンス、得点力に加え、強靭なフィジカルを併せ持つ。ダイレクトボレーシュートやヘディングシュートも得意とする。また、フリーキックも得意でありアウトサイドカーブをかけたキックを得意としている。ボールコントロールがよく、身体の使い方が巧いので、味方の選手が多少のパスミスをした時や、相手のプレスにあってもしっかりボールをキープすることができる。稀にドリブル突破を仕掛けることもある。

十八番はダイレクトパスやヒールパス、チップキック。中でもチップキックはUEFA欧州選手権2000の準決勝オランダとのPK戦で決めて(PKではパネンカと言う)以来強いこだわりを持っており、自らクッキアイオ(イタリア語でスプーンの意。ループシュート)と名づけるほどの入れ込みようである。日本ではそのままクッキアイオ、またはスプーンキックとも訳されることがある。また、自伝のタイトルともなっている。

ポジションは、元々はトップ下を本職としていたが、チーム事情によりセカンドトップセンターフォワードとして出場することが多くなった。ルチアーノ・スパレッティがローマの監督に就任してからは彼の掲げた"ゼロトップシステム"の中でワントップを見事にこなしてみせ、得点王をとるなどストライカーとしての才能も開花させている。

[編集] 人物

トッティ(2002年)

ローマでプレーすることにとてもこだわりがある。04-05シーズンにはレアル・マドリード、ACミランという錚々たるビッグクラブから破格の移籍金でのオファーを受けていたが、すべてのオファーを断りローマにとどまった。世界トップレベルと呼ばれる選手でありながら、決してビッグクラブとは言えないローマにとどまっている事に対し、勿体ないという意見も多数存在するものの、トッティ自身はインタビューで「ローマから移籍はしないし引退後もローマに残り続けるよ。この街のサポーター達が俺を作ってくれたんだ、ファンの愛情ってどんなビッグタイトルの価値より勝るものなんだ」と語っており、ファンからの信頼も厚い。

ユーロ2004のデンマーク戦においてクリスティアン・ポウルセンの執拗なマークに怒り、唾を吐くなど精神的な脆さが以前のトッティには見受けられた。しかし2005年に結婚し息子も生まれたことにより、精神的な強さを見せるようになってきている。普段は控えめな好青年とされている。 ちなみにこれはトッティの精神的な弱さからであったが、イタリアでは、既にエース的な存在であったトッティということもあり、逆にポウルセンを目の敵として見る場合が非常に多い。実際にポウルセンのユヴェントス移籍に関して、イタリア中から抗議の一報が届き、純粋なユーヴェファンからも激しく罵られた。

また、アントニオ・カッサーノが入団したときは、トッティは自ら兄貴分をかって出た。二人の息のあったコンビネーション・プレーはファンの間でも人気が高く、そこにヴィンチェンツォ・モンテッラを加えた3トップは当時のセリエAにおいて屈指の攻撃布陣を形成するに至った。しかし、カッサーノの問題児ぶりは解消されず、トッティに対しても傲慢さを見せるようになり、2005年の秋にトッティは兄貴役を解消した。しかし、自身もかつては問題を起こしていた時期があったこと、ローマで優勝したいとの思いから、その後もカッサーノの説得を試みるものの、翌年、カッサーノはレアル・マドリードに移籍してしまった。そのため、関係は最悪である。

一方で非常にお茶目な性格であり、このような二面性からファンも多い。

[編集] その他

  • ローマではとても愛されている存在であり、トッティがあるレストランで財布を落としたが、拾い主はお金を盗るどころかトッティの家までわざわざ財布を届けた。
  • 日本でいう"ウイニングイレブン"では自身の能力の評価に満足している模様。ナイジェリア代表を愛用しているらしい。たまに自身をレアル・マドリードに移籍させて遊んでおり、曰く「僕には白ユニが似合う」。(そのためか、ASローマを使うときはアウェーにすることが多いらしい)。
  • 今や十八番のチップキックによるPKはEURO2000準決勝のPK戦においてウイニングイレブンの技を真似て実践、成功したことに端を発する。チームメイトには「二度とやるな」と怒られたらしいが、2006年ワールドカップオーストラリア戦でロスタイムに奪ったPKを蹴る際も一瞬だけだがやろうかと思った、と述べている。
  • 漫画「キャプテン翼」の大ファンで、登場人物の日向小次郎の放つ雷獣シュートを実際に練習し、骨折したという噂も囁かれている。また、試合中にキャプテン翼の真似をしたら、マルディーニに「キャプテン翼の真似してるんじゃない!」と怒られたこともある。
  • 昔、ドッキリ番組で友人とレストランに入り、セクシーなレストランの奥さんに挑発されて服を脱いだ事がある。
  • トッティの話すイタリア語はローマ訛りが強く、イタリアのコメディアン達は皆トッティの喋り方を真似するらしい。また天然ボケのような発言も多く、イタリアでは「おバカなキャラクター」で定着し、サポーターからも「プポーネ」(「大きな赤ちゃん」の意)と呼ばれている。フジテレビではその情報をいち早くキャッチしすぽると!の『サッカーの頂』(現在終了)のコーナーナレーターが「トッティなのら~」という頭の悪いキャラのセリフでトッティの出来事を紹介していた。同局のフットボールCXではセリエAを青嶋達也フジテレビアナウンサー)が担当し、トッティのダイジェストシーンには「○○○なのら~」というナレーションがついた。ちなみにトッティのこのようなキャラクターは日本でも本(「トッティ王子のちょっぴしおバカな笑い話」)として紹介されている。この本は元々イタリアで彼をネタにした小話を自身公認の元に刊行された前代未聞の本であり、売上は彼の要望で全て慈善団体へ寄付されている。
  • EURO2004の合宿中、足の付け根を痛めその原因を当時契約していたナイキのスパイクであると発言。これに対して、ナイキはスパイクではなくイタリア代表のスポンサーであるプーマのソックスが原因と抗議し、大会終了後にナイキ側から契約を破棄された。その後トッティはディアドラと契約している。
  • 私生活では長年交際していたタレントのイラリー・ブラージ2005年6月18日に結婚。2005年11月6日に第一子となる長男、クリスティアン(Cristian)が誕生した。
  • (日本の)一部のサッカー専門誌が、トッティの結婚、子供の誕生等のプライベートの充実と選手としての成熟を評して「ローマの王子様、イタリアの王様へ」と題したことがあるが、ローマの王子様のイメージが強かったため定着しなかった。
  • 好きな食べ物はきゅうり
  • トッティは漫画Roma君の登場人物である。
  • 2006年ワールドカップでは自慢の長髪をばっさりとカットし、ファンを驚かせた。それ以降は短髪にしている。
  • できるならば38歳ぐらいまでプレーしたいと語り、引退後はダニエレ・デ・ロッシにキャプテンを継いでもらいたいと考えている。
  • PKも上手いが06-07シーズンは失敗が目立った。
  • クラブではもちろんのこと、イタリア代表でも背番号10番を背負う(EURO2000では20番)。そしてこのナンバーに強いこだわりをもっており、2002年ワールドカップではデル・ピエロに掛け合って背番号を譲ってもらうなどプライドが高い。

[編集] 個人成績

EURO2000決勝
国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
イタリア リーグ戦 イタリア杯 オープン杯 期間通算
1992-93 ローマ セリエA 2 0 - -
1993-94 ローマ セリエA 8 0 2 0
1994-95 ローマ セリエA 21 4 4 3
1995-96 ローマ 20 セリエA 28 2 1 0
1996-97 ローマ 17 セリエA 26 5 1 0
1997-98 ローマ 10 セリエA 30 13 6 1
1998-99 ローマ 10 セリエA 31 12 3 1
1999-00 ローマ 10 セリエA 27 7 2 0
2000-01 ローマ 10 セリエA 30 13 2 1
2001-02 ローマ 10 セリエA 24 8 1 1
2002-03 ローマ 10 セリエA 24 14 5 3
2003-04 ローマ 10 セリエA 31 20 - -
2004-05 ローマ 10 セリエA 29 12 7 3
2005-06 ローマ 10 セリエA 24 15 2 0
2006-07 ローマ 10 セリエA 35 26 6 2
2007-08 ローマ 10 セリエA 25 14 4 3
2008-09 ローマ 10 セリエA 24 13 - -
通算 イタリア セリエA 419 178 46 18
総通算 419 178 46 18

[編集] 獲得タイトル・記録

コッパ・イタリアを掲げるトッティ(2008年)

[編集] クラブ

[編集] 代表

[編集] 個人

  • FIFA 100
  • ASローマ クラブ歴代最多得点記録
  • セリエA最優秀若手選手 1999
  • イタリア最優秀選手 2000, 2001, 2003, 2004, 2007
  • セリエA最優秀選手 2000, 2003
  • EURO 2000大会選定優秀選手
  • ヨーロピアン・スポーツ・マガジン選定ベストイレブン 2000-01、2003-04、2006-07
  • 2006 FIFAワールドカップ・オールスターチーム(優秀選手賞)
  • セリエA得点王 2006-07
  • ゴールデンブーツ 2006-2007
  • セリエAフェアプレー賞 2007-08

[編集] 関係事項

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 外部リンク

先代:
ルカ・トーニ
セリエA得点王
2006-2007(26得点)
次代:
アレッサンドロ・デル・ピエロ
先代:
ルカ・トーニ
ゴールデンブーツ受賞者
2006-2007
次代:
クリスティアーノ・ロナウド