セルティックFC
| セルティックFC | |||
|---|---|---|---|
| 原語表記 | Celtic Football Club | ||
| 愛称 | The Hoops, The Bhoys, The Celts, The Tic | ||
| クラブカラー | 緑、白 | ||
| 創設年 | 1888年 | ||
| 所属リーグ | スコティッシュ・プレミアリーグ | ||
| 所属ディビジョン | 1部 | ||
| ホームタウン | グラスゴー | ||
| ホームスタジアム | セルティック・パーク | ||
| 収容人数 | 60,832 | ||
| 代表者 | ブライアン・クイン | ||
| 監督 | |||
| 公式サイト | 公式サイト | ||
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| ■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ | |||
セルティック・フットボール・クラブ(英語: Celtic Football Club, LSE: CCP)は、スコットランド南西部の都市グラスゴーを本拠地とするサッカークラブチーム。クラブは1887年に創設され、1888年に初試合を行った。セルティックは同じグラスゴーを本拠地とするレンジャーズとライバル関係にあり、これら2つのクラブはまとめてオールドファームとして知られている。
セルティックはスコティッシュ・プレミアリーグを44度、スコティッシュカップを36度、スコティッシュリーグカップを14度制覇している。1967年に史上初の五冠を達成した。この年はイギリスのクラブとして初めて[1][2]ヨーロピアンカップを制覇しただけでなく、スコティッシュリーグ、スコティッシュカップ、スコティッシュリーグカップ、グラスゴーカップを制した。また、1970年ヨーロピアンカップ決勝と2003年UEFAカップ決勝にも進出した[3][4][5]。
目次 |
概要[編集]
名称のセルティックとは「ケルト人」あるいは「ケルトの、ケルトに属する」を意味する。ケルト系のアイルランドと同じく、チームカラーに緑と白、エンブレムにあしらわれたシャムロックとケルト色を打ち出している。ホームスタジアムはセルティック・パーク。
1888年に創立され、スコティッシュ・プレミアリーグに所属。同じグラスゴーを本拠地とするレンジャーズと2強を形成し、この2強は「オールドファーム」(Old Firm)と呼ばれている。レンジャーズは16世紀のスコットランドで起こった宗教改革によって多数派となった長老派(プロテスタント系)の支持が多く、セルティックはカトリック系で19世紀にアイルランドからジャガイモ飢饉を逃れ渡ってきたアイルランド移民の子孫の支持が多い。また、同じ背景を持つアイルランドや北アイルランドにも根強い人気を誇る。このようにレンジャーズとセルティックの関係は宗教的なもののみならず、英国連合の政治的、民族的な関係をも含む複雑な背景がある。
ジョック・ステイン監督に率いられた1966-1967シーズンにはUEFAチャンピオンズカップ(現UEFAチャンピオンズリーグ)を優勝。これはイギリス勢初のビッグイヤー獲得で、セルティックサポーターにとって大いなる誇りとなっている。しかし、その後イギリス経済が不況に陥りその影響がスコットランドに及ぶと、財政難に陥り運営が難しくなった。そして有名選手を集められない、質の高いサッカーを行なえないなどの結果を招き、スコティッシュ・プレミアリーグの人気が低迷することとなった。その後不況から脱出したとはいえ、例年の優勝争いの固定化や他国リーグの人気向上といった他の要因も絡んで、スコティッシュ・プレミアリーグはかつてのような人気はもはや見られなくなった。そのため、セルティックはヘンリク・ラーションなどの有力選手を集めてかつてのように復活しようとしたのである。 2002-03シーズンのUEFAカップでは決勝に進出したが、ポルトに敗れ準優勝に終わった。現在イングランドプレミアリーグへの参加を希望しており、今後の動向に注目が集まっている。 2006-07シーズンのUEFAチャンピオンズリーグのグループリーグではマンチェスター・ユナイテッドをホームゲームで破るなどして、クラブ史上初の決勝トーナメント進出を決めた。その一方でアウェーゲームが完全な鬼門となっており、大会名が改称された1992年から一度も勝てずにいた。2012年10月2日、グループリーグ第2戦のスパルタク・モスクワ戦に3-2で勝利し、UEFAチャンピオンズリーグのアウェーゲーム初勝利をあげた。
2005-06シーズンから2008-09シーズンまで中村俊輔が、2007-08シーズンから2009-10シーズンまで水野晃樹が所属していた。
歴史[編集]
セルティック・フットボール・クラブは1887年11月6日、グラスゴー、カルトン、イースト・ローズ・ストリート(現在のフォーブス・ストリート)にあるセント・メアリー教会ホールにおける会合で、アイルランド人マリスト会修道士ウォルフリッドによって正式に結成された[6]。結成の目的はウォルフリッドが始めた慈善事業「Poor Children's Dinner Table」のための募金を集めるためであった[7]。募金を集める手段としてクラブを結成するウォルフリッドの動きは、これより数年前にエディンバラにおいて移民アイルランド集団のために結成されたハイバーニアンの例に大きく発想を得ていた。ウォルフリッドはクラブのアイルランドならびにスコットランド系であることを反映するよう意図した「セルティック celtic」という名称を提案し、同会合で採用された。クラブには公式の愛称「The Bhoys」がある。しかし、セルティック広報部によれば、新たに設立されたクラブは「the bold boys」として多くの人々に知られていたという。チームが描かれ「The Bould Bhoys」と呼ばれている20世紀初頭の絵はがきは、この特有のつづりの知られている初めての例である。この余分なhの起源は定かではないが、アイルランド訛りによる発音を模していると考えられている[8]。
1888年5月28日、セルティックはレンジャーズと初の公式戦を行い、5対2で勝利した[9]。ニール・マッカラムがクラブの初ゴールを決めた。この日にプレーした選手はハイバーニアンから雇った選手によって主に構成されていた。
セルティックの初のユニフォームは白シャツと緑の襟、黒のズボン、エメラルドグリーンの靴下からなっていた。クラブの最初のクレストは赤色の卵形の背景の緑のケルト十字という単純なものであった。
1889年、セルティックは初めて開催されたスコティッシュカップ決勝に進出したが、2対1で敗れた。クラブは1892年も再びスコティッシュカップ決勝に進出し、クイーンズ・パークを5対2で破り優勝を果たした。数カ月後、クラブは本拠地をセルティック・パークに移し、次のシーズンはスコティッシュ・リーグ・チャンピオンシップを初制覇した[9]。
1897年、クラブは有限責任私会社となりウィリー・マレーが初の「秘書役兼監督」に任命された。1905年から1910年の間に、セルティックはスコティッシュ・リーグ・チャンピオンシップを6連覇した[9]。1907年と1910年はスコティッシュカップも同時に制した。これは初のスコティッシュカップとリーグの二冠であった[9]。第一次世界大戦中、セルティックはリーグを4連覇し、1915年11月から1916年4月までは無敗を誇った[9][10]。
元選手でキャプテンのジミー・マクグローリーは1945年にチームを引き継いだ。マクグローリーの下、セルティックは女王エリザベス2世の戴冠を記念して1953年5月に開催された一度限りの大会であるコロネーションカップにおいて、アーセナル、マンチェスター・ユナイテッド、ハイバーニアンを破り優勝した。
1957年10月19日、セルティックはグラスゴー、ハムデン・パークで行われたスコティッシュリーグカップ決勝でレンジャーズを7対1で破った。このスコアは今でも、イギリスの国内カップ戦決勝の最多得点差である。
元セルティックキャプテンジョック・ステインは1965年にマクグローリーの後を引き継いだ。ステインはセルティックを1966年から1974年までリーグ9連覇に導いた。これは1997年に(レンジャーズによって)並ばれるまで世界記録であった。
1967年はセルティックのアンヌス・ミラビリス(素晴しい年)であった。クラブは参加した全ての大会(スコティッシュリーグ、スコティッシュカップ、スコティッシュリーグカップ、グラスゴーカップ、ヨーロピアンカップ)を制覇した。ステインのリーダーシップの下、クラブは1967年5月25日、リスボンのエスタディオ・ナシオナルにおいてインテルナツィオナーレを2対1で破った。セルティックはヨーロッパ王者となった初のイギリスのクラブ(スペイン、ポルトガル、イタリア以外で初)となった。現在でも、決勝に進んだ唯一のスコットランドのチームである。この時の選手達は後に「リスボン・ライオンズ」として知られるようになった。ジミー・ジョンストン、ボビー・レノックス、ボビー・マードックはこのチームの一員であり、現在セルティックの偉大な選手の一人として称えられている。次の年、セルティックはインターコンチネンタルカップでアルゼンチンのラシン・クラブに敗れた。
セルティックは1970年に再びヨーロピアンカップ決勝に進出したが、ミラノ、サン・シーロで行われた決勝でフェイエノールトに2対1で破れた。
1980年代における国内でさらなる成功にもかかわらず、クラブの当座貸越が500万ポンドを上回った結果として、スコットランド銀行は1994年3月3日に管財人が訪問することをセルティックに通知した。しかし、国外に住んでいる実業家ファーガス・マッキャンがクラブの統制権を手に入れて、創設以来クラブを支配してきた一族を追放した。メディアの報道によれば、マッキャンがクラブを引き継いだのは、破産が宣告される数分前であった[11]。有限責任私会社セルティックPLCとしてのクラブビジネスを再構成し、セルティック・パークの全席座席付き60,832人収容のスタジムへの再開発を監督した。1998年、オランダ人のビム・ヤンセンの下、セルティックは再びタイトルを手にし、レンジャーズがセルティックの9連覇の記録を破るのを阻止した[12]。
ノッティンガム・フォレストでヨーロピアン・カップを制したマーティン・オニールが2000年6月にクラブを引き継いだ[13]。オニールのリーダーシップの下、セルティックは5年間でスコティッシュ・プレミアリーグを3度制覇した[14]。オニールの初年度には国内三冠を達成し[15]、ジョック・ステイン以来三冠を達成した2人目の監督となった[16]。
2003年、UEFAカップ決勝を観戦するために8000人あまりのセルティックファンがセビリアへ旅した[17][18]。ヘンリク・ラーションが90分以内に2得点をあげたにもかかわらず、セルティックは延長戦の後FCポルトに3対2で破れた[19]。数多くのセルティックサポーターの立派な振舞いはセビリアの人々から幅広い賞賛を受け(一人のサポーターも逮捕されなかった)、セルティックファンはFIFAとUEFAのフェアプレー賞を受賞した[3][4]。
ゴードン・ストラカンは2005年6月にオニールの後を継ぐことが発表された。就任初年度にSPLのタイトルを手にした後[20]、ストラカンはリーグ3連覇を果たしたセルティック3人目の監督となった。また、ストラカンはセルティックを初となるUEFAチャンピオンズリーグノックアウトステージ(2006-07)に導き[21]、次の2007-08も2年連続でノックアウトステージに進んだ[22]。ストラカンはSPLのタイトルを逃した後、2009年5月にクラブを去った[23]。2009年6月にトニー・モウブレイが監督に就任し[24]、1年後にニール・レノンが後を継いだ[25]。2010年11月、セルティックはセルティック・パークでアバーディーンを9対0で破り、スコッティッシュプレミアリーグの最多得点差記録を更新した[26]。
サポーター[編集]
熱狂的なサポーターが世界中にいることで知られる。世界中にセルティック・サポーターズ・クラブがあり、クラブも公式に認めている。日本には2001年7月に発足した東京CSCがあり、主にアイリッシュパブで集まり、試合を観戦しサポートしている。
セルティックのサポーターがYou'll Never Walk Aloneを歌うことは世界的に知られておりクラブも公式に曲の使用を認めスタジアムで使用している。セルティックパークでは選手の入場前にこの曲が流れサポーターが曲に合わせて熱唱する、やがて曲が消えサポーターの声だけがスタジアムに響くという演出が毎試合行われるほか、この曲はセルティックサポーターの代名詞のようになっており2007-2008シーズンのチャンピオンズリーグベスト16のセカンドレグではアウエーの カンプ・ノウでバルセロナの手によりこの曲が流されるという粋な計らいがあった。また中村俊輔の退団時には彼に対してのメッセージとしても使用された。意味は「あなた(達)は一人ではない(私たちも一緒だ)」である。
タイトル[編集]
国内タイトル[編集]
- スコティッシュ・プレミアリーグ : 44回
- 1893, 1894, 1896, 1898, 1905, 1906, 1907, 1908, 1909, 1910, 1914, 1915, 1916, 1917, 1919, 1922, 1926, 1936, 1938, 1954, 1966, 1967, 1968, 1969, 1970, 1971, 1972, 1973, 1974, 1977, 1979, 1981, 1982, 1986, 1988, 1998, 2001, 2002, 2004, 2006, 2007, 2008, 2012, 2013
- スコティッシュカップ : 36回
- 1892, 1899, 1900, 1904, 1907, 1908, 1911, 1912, 1914, 1923, 1925, 1927, 1931, 1933, 1937, 1951, 1954, 1965, 1967, 1969, 1971, 1972, 1974, 1975, 1977, 1980, 1985, 1988, 1989, 1995, 2001, 2004, 2005, 2007, 2011, 2013
- スコティッシュリーグカップ : 14回
- 1957, 1958, 1966, 1967, 1968, 1969, 1970, 1975, 1983, 1998, 2000, 2001, 2006, 2009
- U18 スコティッシュ・プレミアリーグ : 2回
- 2000, 2003
- U19 スコティッシュ・プレミアリーグ : 5回
- 2004, 2005, 2006, 2010, 2011
- U21 スコティッシュ・プレミアリーグ : 3回
- 2002, 2003, 2004
- リザーブ スコティッシュ・プレミアリーグ : 8回
- 2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008, 2009
- スコティッシュ・ユースカップ : 11回
- 1984, 1987, 1989, 1996, 1997, 1999, 2003, 2005, 2006, 2010, 2011
- グラスゴー・カップ : 28回
- 1891, 1892, 1895, 1896, 1905, 1906, 1907, 1908, 1910, 1916, 1917, 1920, 1921, 1927, 1928, 1929, 1931, 1939, 1941, 1949, 1956, 1962, 1964, 1965, 1967, 1968, 1970, 1975*, 1982
*1975年はレンジャースと2-2 引き分けで両チーム優勝
国際タイトル[編集]
- UEFAチャンピオンズカップ(現UEFAチャンピオンズリーグ) : 1回 (1967)
- UEFAチャンピオンズカップ : 準優勝 (1970)
- インターコンチネンタルカップ : 準優勝 (1967)
- UEFAカップ : 準優勝 (2003)
- コロネーションカップ : 1回 (1953)
過去の成績[編集]
- 2001-02 スコティッシュ・プレミアリーグ 優勝
- 2002-03 スコティッシュ・プレミアリーグ 2位
- 2003-04 スコティッシュ・プレミアリーグ 優勝
- 2004-05 スコティッシュ・プレミアリーグ 2位
- 2005-06 スコティッシュ・プレミアリーグ 優勝
- 2006-07 スコティッシュ・プレミアリーグ 優勝
- 2007-08 スコティッシュ・プレミアリーグ 優勝
- 2008-09 スコティッシュ・プレミアリーグ 2位
- 2009-10 スコティッシュ・プレミアリーグ 2位
- 2010-11 スコティッシュ・プレミアリーグ 2位
- 2011-12 スコティッシュ・プレミアリーグ 優勝
- 2012-13 スコティッシュ・プレミアリーグ 優勝
現所属メンバー[編集]
- 2013年2月10日現在
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ローン移籍[編集]
- in
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- out
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2011-12シーズン移籍[編集]
詳細は「:en:List of Scottish football transfers 2011–12」を参照
歴代監督[編集]
| 氏名 | 国籍 | 期間 |
|---|---|---|
| ビリー・マーレー | 1897年4月1日 - 1940年1月31日 | |
| ジミー・マクステイ | 1940年2月1日 - 1945年7月31日 | |
| ジミー・マクグローリー | 1945年8月1日 - 1965年7月31日 | |
| ジョック・ステイン | 1965年8月1日 - 1978年5月31日 | |
| ウィリアム・ワッデル | 1969年 - 1972年 | |
| ビリー・マクニール | 1978年8月1日 - 1983年8月1日 | |
| デビッド・ヘイ | 1983年8月1日 - 1987年5月20日 | |
| ビリー・マクニール | 1987年5月20日 - 1991年5月22日 | |
| リアム・ブレイディ | 1991年6月19日 - 1993年10月7日 | |
| ルー・マカリ | 1993年10月7日 - 1994年6月16日 | |
| トミー・バーンズ | 1994年7月12日 - 1997年5月31日 | |
| ビム・ヤンセン | 1997年7月1日 - 1998年5月11日 | |
| ジョゼフ・ベングロシュ | 1998年7月1日 - 1999年 | |
| ジョン・バーンズ | 1999年 - 2000年 | |
| ケニー・ダルグリッシュ | 2000年2月10日 - 2000年6月1日 | |
| マーティン・オニール | 2000年6月1日 - 2005年5月31日 | |
| ゴードン・ストラカン | 2005年5月31日 - 2009年5月31日 | |
| トニー・モウブレイ | 2009年6月16日 - 2010年3月25日 | |
| ニール・レノン | 2010年3月25日 - |
歴代所属選手[編集]
詳細は「:Category:セルティックの選手」を参照
ロニー・シンプソン 1964-1970
パット・ボナー 1978-1995
ゴードン・マーシャル 1991-1998
シェイ・ギヴン 1992-1994
ラブ・ダグラス 2000-2005
アルトゥール・ボルツ 2005-2010
ビリー・マクニール 1957-1975
トミー・ゲメル 1961-1971
ジム・クレイグ 1965-1972
ブライアン・オニール 1991-1997
トム・ボイド 1992-2003
トッシュ・マッキンリー 1994-1999
ジョン・ヒューズ 1995-1996
ジャッキー・マクナマラ 1995-2005
アラン・スタッブス 1996-2001
ヨハン・ミャルビー 1998-2004
ジョース・ヴァルゲーレン 2000-2005
スティーヴン・マクマナス 2000-2010
ボボ・バルデ 2001-2009
スタニスラフ・ヴァルガ 2003-2006
イジー・ヤロシーク 2006-2008
ガリー・コールドウェル 2006-2010.1
アンドレアス・ヒンケル 2008.1-2011
ジョン・クラーク 1958-1971
ボビー・マードック 1959-1973
ポール・マクステイ 1981-1997
ピーター・グラント 1982-1997
ジョン・コリンズ 1990-1996
サイモン・ドネリー 1993-1999
フィル・オドネル 1994-1999
モルテン・ヴィークホルスト 1995-2002
クレイグ・バーリー 1997-1999
ポール・ランバート 1997-2005
コリン・ヒーリー 1998-2003
リュボミール・モラフチーク 1998-2003
エイヤル・ベルコヴィッチ 1999-2001
リアム・ミラー 1999-2004
スティリアン・ペトロフ 1999-2006
ニール・レノン 2000-2007
アラン・トンプソン 2000-2007.1
エイダン・マクギーディ 2003-2010
ジュニーニョ・パウリスタ 2004
ロイ・キーン 2005-2006
中村俊輔 2005-2009
トーマス・グラヴェセン 2006-2008
エファンデル・スノ 2006-2008
水野晃樹 2007-2010
フレドリック・ユングベリ 2011
バーティー・オールド 1955-1961, 1965-1971
スティーヴ・シャルマーズ 1959-1971
ジョン・ヒューズ 1960-1971
ジミー・ジョンストン 1961-1975
ボビー・レノックス 1961-1978, 1978-1981
ウィリー・ワレス 1966-1971
ケニー・ダルグリッシュ 1969-1977
チャーリー・ニコラス 1990-1995
ピエール・ファン・ホーイドンク 1995-1997
アンドレアス・トーム 1995-1998
パオロ・ディ・カーニオ 1996-1997
ヘンリク・ラーション1996-2004
ダレン・ジャクソン 1997-1999
レジ・ブリンカー 1997-2000
マーク・バーチル 1997-2001
マーク・ヴィドゥカ 1998-2000
ボビー・ペッタ 1999-2003.12, 2004.6-2005
ジョン・ハートソン 2001-2006
クリス・サットン 2000-2006
スティーブン・パールソン 2004-2007
アンリ・カマラ 2005
クレイグ・ベラミー 2005
マチェイ・ジュラフスキ 2005-2008
ヤン・フェネホール・オフ・ヘッセリンク 2006-2009
スコット・マクドナルド 2007-2010
ショーン・マロニー 2008-2011
ロビー・キーン 2010
脚注[編集]
- ^ A Sporting Nation – Celtic win European Cup 1967 BBC Scotland
- ^ Celtic immersed in history before UEFA Cup final Sports Illustrated, 20 May 2003
- ^ a b Celebrating Celtic pride in the heart of Andalusia FIFA.com, 15 December 2003
- ^ a b Celtic fans 'Europe's best' BBC Sport, 28 August 2003
- ^ Finalists relishing Hampden visit BBC Sport, 4 May 2007
- ^ Coogan, Tim Pat (2002). Wherever Green Is Worn: The Story of the Irish Diaspora. Palgrave Macmillan. p. 250. ISBN 978-1-4039-6014-6.
- ^ Wagg, Stephen (2002). British football and social exclusion. Routledge. p. 196. ISBN 978-0-7146-5217-7.
- ^ Sean Ingle; Scott Murray (2000年7月5日). “Knowledge Unlimited”. the guardian 2013年1月20日閲覧。
- ^ a b c d e “Brief History”. Celtic FC. 2011年11月19日閲覧。
- ^ “Celtic FC's series of 62 matches unbeaten in Division One”. www.rsssf.com. 2012年5月26日閲覧。
- ^ “Celtic chairman John Reid pledges to keep the club's finances under control”. The Telegraph. (2009年10月30日) 2011年7月23日閲覧。
- ^ Celtic get by with a little help from their Scandinavians BBC Sport, 9 May 1998
- ^ O'Neill confirmed as Celtic manager guardian.co.uk, 1 June 2000
- ^ O'Neill sees a brilliant new era for Celtic under Strachan The Guardian, 26 May 2005
- ^ Celtic lift cup to complete Treble BBC Sport, 26 May 2001
- ^ O'Neill vows to stay and savour Celtic in Europe The Telegraph, 19 March 2001
- ^ Celtic in Seville Observer Sport Monthly
- ^ Celtic 2–3 FC Porto ESPN Soccernet, 21 May 2003
- ^ Porto end Celtic's Uefa dream BBC Sport, 21 May 2003
- ^ Celtic 1 Heart Of Midlothian 0: Strachan's joy as Celtic are crowned champions The Independent, 6 April 2006
- ^ Celtic 1–0 Man Utd BBC Sport, 21 November 2006
- ^ Milan 1 Celtic 0: Inzaghi delight as Celtic defeat turns into celebration Belfast Telegraph, 5 December 2007
- ^ Gordon Strachan stands down at Celtic The Telegraph, 25 May 2009
- ^ Tony Mowbray confirmed as new manager of Celtic guardian.co.uk, 16 June 2009
- ^ Lennon the way forward for Celtic UEFA.com, 9 June 2010
- ^ Celtic hit nine past Aberdeen in record SPL victory guardian.co.uk, 6 November 2010
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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