イスラエルサッカー協会
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| 名称 | ||||
| ヘブライ語表記 | ההתאחדות לכדורגל בישראל | |||
| 英語表記 | Israel Football Association | |||
| 略称 | IFA | |||
| FIFAコード | ISR | |||
| 歴史 | ||||
| 設立 | 1928年 | |||
| FIFA加盟 | 1929年 | |||
| AFC加盟 | 1956年-1975年除名 | |||
| UEFA加盟 | 1992年 | |||
| 組織 | ||||
| 国または地域 | ||||
| 本部 | ラマト・ガン | |||
| 会長 | Avraham Luzon | |||
| 公式サイト | ||||
イスラエルサッカー協会(ヘブライ語: ההתאחדות לכדורגל בישראל, ラテン文字転写: HaHit'aḥdut leKaduregel beIsrael)は、イスラエルのサッカー統括団体である。略称はIFA。
イスラエル・プレミアリーグ、イスラエル・ステートカップ、トトカップ、サッカーイスラエル代表を組織する。ラマトガンに本部を構える。イギリス委任統治領時代の1928年にエレツ・イスラエル/パレスチナサッカー協会として設立された。
[編集] 歴史
1928年8月にエレツ・イスラエル/パレスチナサッカー協会として設立され、FIFAに加盟を申し込んだ。これは1929年6月6日にエレツ・イスラエル/パレスチナサッカー協会として認められた。最初のエレツ・イスラエル/パレスチナサッカーリーグは1932年に始まった。
1956年にイスラエルサッカー協会はアジアサッカー連盟(AFC)に加盟した。サッカーイスラエル代表はアジア代表として1970年FIFAワールドカップ・メキシコ大会に出場した。だが、イスラエル=アラブ紛争(パレスチナ問題等)により周辺アラブ諸国との関係が悪化し、アラブ諸国(ほかにインドネシアや北朝鮮や中国)を中心としたボイコット(対戦拒否、大会参加拒否)が激化していった。それにより、AFCに所属しながらも1972年よりAFCアジアカップへの出場を辞退せざるを得なくなった。1973年10月に第四次中東戦争が起こると、もはや対戦不可能な状態に陥った。そして、1974年9月14日、アジア大会・イラン大会の開催期間中にイランの首都テヘランで開催されたAFC総会で除名された。なお、このアジア大会でイスラエルは決勝でイランと対戦しており、0-1で敗れた。AFC除名以降は、地域連盟未所属のまま活動することになった。
FIFAワールドカップ予選においては1970年、1974年、1978年にはアジア・オセアニア枠へと組み込まれたものの、1950年、1954年、1966年、1982年にはヨーロッパ枠に組み込まれ、その後、オセアニアサッカー連盟(OFC)の暫定メンバーとして、1986年、1990年はオセアニア予選に参加し、遠方への遠征を強いられることとなった。このためイスラエルサッカー協会は欧州サッカー連盟(UEFA)への加盟を希望しており、1992年にこれが認められた。以後、イスラエルのクラブはUEFAのさまざまなクラブ大会に参加し、イスラエル代表は欧州選手権や欧州代表としてのワールドカップ出場を目指している。なお、UEFA加盟後、サッカーイスラエル代表はFIFAワールドカップおよびUEFA欧州選手権には出場できていない。
[編集] 外部リンク
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