ヨアン・グルキュフ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ヨアン・グルキュフ Football pictogram.svg
Yoann Gourcuff 20.jpg
名前
本名 Yoann Miguel Gourcuff
愛称 プチ・ジダン[1]、貴公子
カタカナ ヨアン・ミシェル・グルキュフ
ラテン文字 Yoann GOURCUFF
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
生年月日 1986年7月11日(28歳)
出身地 ロリアン
身長 186cm
体重 79kg
選手情報
在籍チーム フランスの旗 オリンピック・リヨン
ポジション MF(OH)
背番号 8
利き足 右足
代表歴2
2002-2003
2003
2004-2005
2006-2008
2008-
フランスの旗 フランスU-17
フランスの旗 フランスU-18
フランスの旗 フランスU-19
フランスの旗 フランスU-21
フランスの旗 フランス
12 (2)
4 (1)
17 (7)
18 (4)
27 (4)
2. 2011年3月25日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ヨアン・グルキュフYoann Miguel Gourcuff, 1986年7月11日 - )は、フランスロリアン出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィルダー

経歴[編集]

クラブ[編集]

元サッカー選手で指導者であった父のクリスティアン・グルキュフFCロリアンで監督をしていたことから、同チームのユースに所属。その後、父と共にスタッド・レンヌのユースへ移り、2003年に同チームでプロデビューした。2005年に開催されたU-19欧州選手権ではハットトリックを決める活躍などでチームの優勝に貢献、一躍ヨーロッパのビッグクラブから注目を集める存在となった。2005-06シーズンは19歳ながら背番号10を背負うと、国内リーグでは7得点を決め、UEFAカップでも印象的なプレーを残した。

オフシーズンにはアーセナルバレンシアアヤックスなど多くのクラブが獲得合戦を繰り広げたが、2006年5月27日に移籍金450万ユーロ(約6億3000万円)[2]イタリアACミランへ移籍した。

2006-07シーズンのチャンピオンズリーググループリーグ第1節AEKアテネ戦でチャンピオンズリーグ初得点を決めた。しかしながらアンドレア・ピルロジェンナーロ・ガットゥーゾなどの実力者の前にレギュラーポジションを掴めず、2008年6月4日に出場機会を求めて母国のFCジロンダン・ボルドーへレンタル移籍した。

2008-09シーズンには12得点10アシストでチームの10シーズンぶりのリーグ制覇に貢献し、リーグ・アン最優秀選手に選ばれた。その活躍が評価され、レアル・マドリードなどのクラブが興味を示したが、ボルドーが完全移籍オプションの移籍金1340万ユーロをミランに支払い、完全移籍した[3]2009年にはフランス年間最優秀選手賞に選出された。

2010年8月23日オリンピック・リヨンへ2200万ユーロ(約24億1000万円)で移籍した[4]。背番号は29。由来は故郷フィニステール県の県番号にちなんだもの。移籍後は度重なる負傷によりベンチ外になることが多く、2014年夏には減俸に同意した上で残留した[5]

代表[編集]

フランス代表としては、UEFA U-19欧州選手権優勝メンバーの一人である。UEFA U-21欧州選手権も経験している。2008年8月20日スウェーデン戦でA代表デビューすると、この試合で高い評価を受けた。10月11日ルーマニア戦でフランク・リベリーのパスを受けて豪快なロングシュートを決め、代表初得点を記録した。2010 FIFAワールドカップではリベリーからいじめを受けたと報じられ[6][7]、またプレーでもグループリーグ第3戦の南アフリカ戦で前半26分にレッドカードを受け一発退場するなどいいところがなく、チームも1勝もできぬまま大会を去った。その後も代表の試合に出場してはいるものの、EURO2012[8]2014 FIFAワールドカップには招集されていない。

人物[編集]

強靭ではないが、人一倍持久力があり、疲労や故障を起こしにくい[9]と評されている。

端正な顔立ちから女性はもちろんゲイにも人気があり、2010年に行われたフランスのゲイ雑誌『テチュ』のアンケートでは「リーグ・アンで最もセクシーな選手」の1位に断トツで選ばれた[10]。また礼儀正しく[6]、インタビューなどでも真面目な受け答えをすることから年配層にも印象が良く「貴公子」[6]や「理想の花婿」と呼ばれている[10]

一方で性格は父のクリスティアン・グルキュフが「内向的で人とは違う」と表現したのをはじめ、パオロ・マルディーニが「自己管理ができておらず、チームに馴染もうとしない」[1]カルロ・アンチェロッティが「才能はあるがとても自己中心的で変な奴」と言ったように批判が多い[10]。前述のW杯におけるいじめも、彼の性格が招いたものではないかと報じられた[10]

所属クラブ[編集]

フランスの旗 FCジロンダン・ボルドー 2008-2009 (loan)

個人成績[編集]

2009年8月、トレーニング中のグルキュフ
クラブ シーズン リーグ 背番号 リーグ戦 カップ戦 欧州カップ戦 合計
試合 得点 試合 得点 試合 得点 試合 得点
フランスの旗 レンヌ 2003–04 リーグ・アン - 9 0 - - - - 9 0
2004–05 リーグ・アン 25 21 0 - - - - 21 0
2005–06 リーグ・アン 10 36 6 - - 5 0 41 6
合計 66 6 - - 5 0 71 6
イタリアの旗 ACミラン 2006–07 セリエA 20 21 1 4 0 9 1 34 2
2007–08 セリエA 20 15 1 2 0 3 0 29 1
合計 36 2 6 0 12 1 54 3
フランスの旗 ボルドー 2008–09 リーグ・アン 8 37 12 5 1 7 2 47 15
2009–10 リーグ・アン 8 29 6 5 1 8 2 42 9
2010–11 リーグ・アン 8 3 0 0 0 0 0 0 0
合計 69 18 10 2 15 4 94 24
フランスの旗 リヨン 2010–11 リーグ・アン 29 24 3 0 0 0 0 0 0
合計 24 3 0 0 0 0 0 0
リーグ1 159 27 10 2 20 4 165 30
セリエA 36 2 6 0 12 1 54 3
合計 195 29 16 2 32 5 243 36

(2010年8月24日更新)

タイトル[編集]

フランス代表でのグルキュフ

クラブ[編集]

代表[編集]

個人タイトル[編集]

  • リーグ・アン年間最優秀選手賞 : 2008-09
  • リーグ・アンベストイレブン : 2008-09, 2009-10
  • リーグ・アン・ゴール・オブ・ザ・イヤー : 2008-09
  • フランス年間最優秀選手 : 2009

脚注[編集]

  1. ^ a b インテリで内向的な超イケメン、グルキュフの苦悩”. スポーツニッポン (2011年4月29日). 2012年12月29日閲覧。
  2. ^ ワールドサッカーダイジェスト、日本スポーツ企画出版社、 2010年2月4日号、67頁
  3. ^ グルキュフがボルドーに完全移籍livedoorスポーツ、2009年5月29日
  4. ^ リヨンが仏代表MFグルキュフ獲得で合意 日刊スポーツ 2010年8月25日
  5. ^ ラカゼットが契約延長、グルキュフは減俸に合意 Goal.com 2014年9月3日
  6. ^ a b c “貴公子”グルキュフ、リベリとの関係を問われ激怒Livedoorスポーツ 2010年9月13日
  7. ^ 代表復帰のリベリに仏サポーターから大ブーイングの洗礼 Livedoorスポーツ2011年3月30日
  8. ^ ブラン監督「グルキュフには不確定要素が多過ぎた」 Soccer King 2012年5月31日
  9. ^ 「悦びに満たされて」ワールドサッカーダイジェスト、日本スポーツ企画出版社、 2010年2月4日号、68-71頁
  10. ^ a b c d “理想の花婿”グルキュフがどうして嫌われる?Livedoorスポーツ 2010年12月9日

外部リンク[編集]