フェルナンド・ムスレラ
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フェルナンド・ムスレラ |
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| 名前 |
| 本名 |
ネストル・フェルナンド・ムスレラ・ミコル |
| ラテン文字 |
Fernando MUSLERA |
| 基本情報 |
| 国籍 |
ウルグアイ |
| 生年月日 |
1986年6月16日(25歳) |
| 出身地 |
モンテビデオ |
| 身長 |
190cm |
| 体重 |
74kg |
| 選手情報 |
| 在籍チーム |
ガラタサライ |
| ポジション |
GK |
| 背番号 |
25 |
| 利き足 |
右足 |
| クラブチーム1 |
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| 代表歴 2 |
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1. 国内リーグ戦に限る。2011年5月22日現在。
2. 2011年11月15日現在。
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ネストル・フェルナンド・ムスレラ・ミコル(Néstor Fernando Muslera Micol, 1986年6月16日 - )は、ウルグアイ出身のサッカー選手。ポジションはゴールキーパー。
[編集] 経歴
2007年夏、パスポート問題のために契約が難航していたフアン・パブロ・カリーソの代役として、ナシオナル・モンテビデオからSSラツィオへ、移籍金300万ユーロで移籍した。デビュー戦となった9月16日のカリアリ・カルチョ戦は3-1と勝利に貢献するも、10月6日のACミラン戦では5失点を喫し、以降はベテランのマルコ・バロッタに正GKの座を奪われてしまった。結局、2007-2008シーズンは9試合の出場にとどまった。
2008-2009シーズンは、背番号を1から自身の生年である86に変更。シーズン前半はカリーソが正GKを務めていたが、カリーソの不調もありその座を奪取。カリーソを退団に追い込んだ。
2011年7月19日、トルコのガラタサライへ移籍した[1]。
[編集] 代表
早くから近未来のウルグアイ代表の正GKとして期待されていた。ラツィオで好調を維持したことにより、ウルグアイ代表に招集をされ、2009年10月10日、エクアドル代表とのアウェーゲームで初出場を果たした。2010_FIFAワールドカップ出場を賭けたコスタリカ代表とのプレーオフでは好セーブを連発し、2試合で1失点に抑え、本大会出場を決めた。
[編集] 所属クラブ
[編集] 脚注