宮下公園

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宮下公園(みやしたこうえん、渋谷区立宮下公園)は、東京渋谷にある公園である。渋谷区神宮前6丁目に所在する。愛称は平仮名表記の「みやしたこうえん」。座標: 北緯35度39分40秒 東経139度42分06秒 / 北緯35.6612度 東経139.7017度 / 35.6612; 139.7017

宮下公園と明治通り

概要[編集]

JR山手線渋谷-原宿間の線路と明治通りに囲まれた細長い形状の公園である。公園は近接する鉄道の築堤とほぼ同じ高さに持ち上げられた人工地盤上に整備されており、下層の一階部分は駐車場となっている。

初めは1930年昭和5年)頃、東京市都市計画による公園として現在地に開設されたが、現在北側に隣接する「神宮通り公園」と同様に線路の築堤の元にあり、道路と同じ高さに設置されたていた。それが東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)頃に、近接する渋谷川穏田川)の暗渠[1][2]とともに公園を高架の人工地盤とされ、その下の地上部分に駐車場が設置された。この際には、「東京初の空中公園」として話題になったという[3]

2006年平成18年)にはフットサルコート新設開設、2010年(平成22年)9月から再整備のために一時閉鎖の後、翌年4月に再開した。再整備によりエレベーターが設置されるなどバリアフリー化され、有料のクライミング用ウォールやスケート場が新設されるとともに、人工芝2面のフットサル場も改修された。また、開園時間を毎日正午から午後10時半とし、深夜から午前中にかけては閉鎖される形態となった[4][5]

公園再整備(2011年)[編集]

フットサルコート

宮下公園は再整備を経て、2011年(平成23年)に新装開園したが、ここに至る経緯には紆余曲折があった。

公園は近隣地区において貴重な緑地となっていたものの、1990年代以降には多数のホームレスが生活していた[6]。また、各所の老朽化もあることから再整備が計画されたが、渋谷区2009年(平成21年)6月、公園の命名権ナイキ・ジャパンに売却するとともに公園の改修費用の全額を同社の負担とし、有料公園として改修する方針を公表した[7][8]。10年間の契約で命名権を取得したナイキ・ジャパンは、公園を「宮下ナイキパーク」と命名、さらにスケートボード場やクライミング施設、エレベーターなどの整備費として年間1,700万円を支払うこととなった。一方、渋谷区はそれまで公園に住んでいたホームレスのシェルターへの入所支援や、立ち退きの手伝いを行った[6]

これらの渋谷区の方針に対して、説明が不十分である、公共の場である公園を私企業たるナイキのための閉鎖空間化・宣伝媒体として使用すること[9]、ホームレスの強制排除[8]などを問題視するアーティスト[6]市民団体2010年(平成22年)4月ごろから反対運動を行っている[9][7]。反対派はホームレス立ち退き後の公園を占拠し、カフェと称してコーヒーなどを振舞っていたほか[10]、破れた傘や壊れた自転車などをオブジェと称して公園内に設置していた[6][9]。反対派による動画共有サイトなどでの宣伝を通して海外の一部反グローバリズム運動団体がこの動きを支持し、各国の日本大使館前やナイキ店舗前でデモを行った[6]

これらの反対運動により改修工事は延期され、渋谷区は反対派の公園占拠により区民が公園を利用できなくなっていると反対派を批判した[6]。区は2010年(平成22年)9月15日に公園の出入り口9箇所のうち7箇所を閉鎖し、同月24日に行政代執行を実施してテントなどを撤去し[11]改修工事を開始した。10月14日になり、ナイキは命名権料を支払った上で宮下NIKEパークの名称を使用せず、改修後も宮下公園の名称を存続させることを表明した[12]

2011年(平成23年)4月21日に反対派の3団体とホームレス1名が渋谷区を相手取り、路上生活者の生活とアーティストの表現活動の場を奪った行政代執行は違法であり、また精神的苦痛を受けたとして、600万円の賠償を求めて東京地裁に提訴した[13]

改修工事が終わり、2011年(平成23年)4月30日に公園はリニューアルオープンした。再オープン当日は多くの利用者でにぎわったが、改修反対派が公園前でデモを行い、警察が出動する騒ぎになった[14]

宮下町[編集]

この公園のある一帯はかつて宮下町と呼ばれ、公園の名称もこの地名に因んでいる。宮下町は1932年(昭和7年)の渋谷区成立時に定められた町域で、渋谷川(現在の旧渋谷川遊歩道路、通称キャットストリート)に沿った南北に細長い低地部が相当し、その東側の高台である美竹町には当時、広大な梨本宮邸があったことから「宮下」の名が付いた。

「梨本宮邸の下の区域[3]」を意味したこの町名は1966年(昭和41年)の住居表示施行とともに消滅、現在は渋谷区神宮前6丁目と渋谷1丁目のそれぞれ一部となっている。

その他[編集]

アクセス[編集]

渋谷駅より徒歩5分(東口方面)

利用時間[編集]

9時 - 22時 節電のため当面の間18時で閉園

施設利用料金[編集]

フットサル場[編集]

  • 4,000 - 7,000円(1時間)
  • 夜間照明使用料:30分250円

スケート場[編集]

  • 一般:200円(2時間)
  • 小中学生:100円(2時間)

クライミングウォール[編集]

  • 一般:350円(2時間)
  • 小中学生:200円(2時間)

脚注[編集]

  1. ^ 「春の小川」の流れた街渋谷 pp. 83 - 86
  2. ^ このときに暗渠化、下水道化されたのは、明治通りの宮下公園と反対側の地点までで、その地点から明治通り下に建設された下水道に流路が変更された。公園脇から宮益橋(東急百貨店前)までは、そのまま雨水渠とされ、1970年(昭和45年)になって暗渠化された。
  3. ^ a b 今尾恵介 「失われた地名を手がかりに東京町歩き」 特集・東京の地名 町それぞれの物語 『東京人』(都市出版株式会社) 第20巻第5号 平成17年5月3日発行
  4. ^ 再開直前の2011年(平成23年)3月に発生した東日本大震災にともなう節電の必要性から、当初は午後6時半までに制限される
  5. ^ 渋谷・宮下公園が30日改修オープン、産経新聞、2011.4.28
  6. ^ a b c d e f 2009年6月11日渋谷ナイキパーク計画、反対運動で立ち往生 東京、2010年5月15日、AFP
  7. ^ a b 2009年6月11日「宮下公園」の命名権をナイキに譲渡計画 渋谷区 産経新聞(リンク切れ)
  8. ^ a b 渋谷区立宮下公園のネーミングライツをナイキジャパンが獲得 - 日経BP(リンク切れ)
  9. ^ a b c “ナイキ公園化”で反対派が宮下公園占拠 渋谷区が出入り口部分閉鎖
  10. ^ 小川てつオ著 「このようなやり方で300年の人生を生きていく - あたいのルンルン沖縄 一人旅」
  11. ^ “行政代執行:宮下公園のテント撤去 東京・渋谷”. 毎日新聞. (2010年9月24日). http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100924k0000e040022000c.html 2010年9月24日閲覧。 
  12. ^ “使用料払っても…ナイキ、宮下公園命名権使わず” (日本語). 読売新聞. (2010年10月15日). http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101014-OYT1T01383.htm 2010年10月15日閲覧。 
  13. ^ 渋谷区行政代執行は違法と提訴 ナイキによる宮下公園整備で共同通信2011/04/21
  14. ^ スケート場やクライミングウォールも完備 渋谷・宮下公園が改修オープン、オリコン、2011年04月30日

参考文献[編集]

  • 渋谷区郷土博物館・文学館編 『「春の小川」の流れた街・渋谷-川が映し出す地域史』 渋谷区郷土博物館・文学館、2008年9月。

外部リンク[編集]