浄土真宗本願寺派
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浄土教 |
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| 天台浄土教 融通念仏宗 浄土宗 浄土真宗 時宗 |
| 如来 菩薩 |
| 阿弥陀如来 観音菩薩 勢至菩薩 |
| 経典 |
| 「浄土三部経」 『仏説無量寿経』 曹魏康僧鎧訳 『仏説観無量寿経』 劉宋畺良耶舎訳 『仏説阿弥陀経』 姚秦鳩摩羅什訳 |
| 思想 基本教義 |
| 末法思想 称名念仏 |
| 関連人物 |
| 釈尊 十大弟子 龍樹 天親 曇鸞 道綽 善導 懷感 少康 空也 源信 良忍 源空(法然) 証空 弁長 幸西 長西 隆寛 親鸞 性信 真仏 唯円 如信 覚如 蓮如 一遍 聖戒 他阿 |
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浄土真宗本願寺派(じょうどしんしゅうほんがんじは)は、浄土真宗の一派。
目次 |
[編集] 概要
宗祖親鸞聖人の墓所である大谷廟堂(現・大谷本廟)を発祥とする本願寺(西本願寺)を本山とする。末寺数は10497か寺を数える。信者数約694万人は浄土真宗(真宗)の各宗派中最大であり、また、仏教系の宗教法人の中でも最大数を誇っている。宗教法人全体でも、神社本庁についで2番目に多い。(2000年12月31日現在)。
明治時代の初期に西欧の三権分立をまね立法(宗会)・行政(宗務所)による施策決定システムを持った。これは、明治政府の構築のモデルともなった。
絶大な権力を持つ本願寺派門主の第22世鏡如(大谷光瑞)は、シルクロード探検隊を送ったり、海外布教や、学生の教育に力を尽くしたが、それらの大きな費用負担が本願寺の財政を危機に陥れたため、鏡如は門主引退に追い込まれた。
本願寺派は再び危機を招かぬように、門主大谷家の権限を制限することを決定した。大谷家は権力中枢から、象徴へとその地位を変えた。門主は本願寺住職という地位と共に「法灯を伝承して、この宗門を統一し、宗務を統裁する」(宗法第6条)と定められており、法人を代表するのは宗会(議会)で選出された宗務総長である(真宗十派の中で本願寺派のみ「総長」と称する)。
[編集] 宗派名の制定
浄土真宗本願寺派という宗名が正式に定められたのは1877年(明治10年)。真宗大谷派(「お東さん」)との区別のため、「お西さん」と呼ばれることもある。ちなみに本山の本願寺も、一般的に「西本願寺」と呼ばれたり、本願寺派という意味で「本派本願寺」と呼ばれることがある。
[編集] 浄土真宗の教章
宗派の教義などを平易に表現するため、1967年、第23代門主勝如により制定され、2008年に一部改正された。
| 宗名 | 浄土真宗 |
|---|---|
| 宗祖 | 親鸞聖人 |
| 本尊 | 阿弥陀如来(南無阿弥陀佛) |
| 経典 |
|
| 教義 | 阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩み、この世の縁が尽きるとき浄土に生まれて仏となり、迷いの世に還って人々を教化する。 |
| 生活 | 親鸞聖人の教えにみちびかれて、阿弥陀如来のみ心を聞き、念仏を称えつつ、つねにわが身をふりかえり、慚愧と歓喜のうちに、現世祈祷などにたよることなく、御恩報謝の生活を送る。 |
| 宗門 | この宗門は、親鸞聖人の教えを仰ぎ、念仏を申す人々の集う同朋教団であり、人々に阿弥陀如来の智慧と慈悲を伝える教団である。それによって、自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する。 |
[編集] 歴代門主
「門主」の呼称は、本願寺が門跡寺院となった永禄二年(1559年)以降である。
- 親鸞 (1173 - 1262)宗祖
- 如信 (1235 - 1300)
- 覚如 (1270 - 1351)
- 善如 (1333 - 1389)
- 綽如 (1350 - 1393)
- 巧如 (1376 - 1440)
- 存如 (1396 - 1457)
- 蓮如 (1415 - 1499)中興の祖とされる
- 実如 (1458 - 1525)
- 証如 (1516 - 1554)
- 顕如 (1543 - 1592)戦国時代に織田信長などと対立
- 准如 (1577 - 1630)東西本願寺に分立
- 良如 (1612 - 1662)
- 寂如 (1651 - 1725)
- 住如 (1673 - 1739)
- 湛如 (1716 - 1741)
- 法如 (1707 - 1789)
- 文如 (1744 - 1799)
- 本如 (1778 - 1826)
- 広如 (1798 - 1871)
- 明如 (1850 - 1903)海外開教を実施
- 鏡如 (1876 - 1948)大谷探検隊を派遣
- 勝如 (1911 - 2002)正信偈を改譜
- 即如 (1945 - )現門主
[編集] 別院・教堂
本山直属寺院を別院・教堂という。門主が住職であるが、別院は輪番、教堂は主管が代務住職となる。本山の直属ではあるが財政的には独立採算をとっているため、近年は門徒数の減少などから財政困窮により廃寺寸前の教堂も少なくない。そこで、2007年の長期振興計画によって、廃止合併が現在進められている。
歴史的経緯などから東北地方は仙台、関東は東京(築地)にのみ存在するのに対し、北陸・中部以西の西日本は全府県にある。
- 札幌別院 - 札幌市中央区北3条西19丁目2-1
- 江差別院 - 桧山郡江差町本町212
- 帯広別院 - 帯広市東三条南5丁目3
- 小樽別院 - 小樽市若松町1丁目4-17
- 函館別院 - 函館市東川町12-12
- 仙台別院 - 仙台市青葉区支倉町1-27
- 築地別院 - 東京都中央区築地三丁目15-1
- 長野別院 - 長野市西後町1653
- 松本別院 - 松本市蟻ヶ崎四丁目4-10
- 国府別院 - 上越市国府一丁目7-1
- 新潟別院 - 長岡市与板町与板乙4356
- 富山別院 - 富山市総曲輪二丁目7-12
- 井波別院 - 南砺市井波町畠方2955
- 福光教堂 - 南砺市福光974-2
- 高岡会館 - 高岡市東上関446
- 金沢別院 - 金沢市笠市町2-47
- 福井別院 - 福井市松本四丁目9-21
- 吉崎別院(吉崎御坊) - あわら市吉崎一丁目201
- 円陵教堂 - 坂井郡丸岡町谷町二丁目25
- 岐阜別院 - 岐阜市西野町三丁目1
- 笠松別院 - 羽島郡笠松町柳原町100-3
- 池野教堂 - 揖斐郡池田町六之井1808-1
- 名古屋別院 - 名古屋市中区門前町1-23
- 三河別院 - 岡崎市十王町一丁目25
- 伊勢教堂 - 伊勢町倭町49-1
- 八幡別院 - 近江八幡市北元町39-1
- 赤野井別院 - 守山市赤野井町326
- 近松別院 - 大津市札の辻4-26
- 長浜別院 - 長浜市南呉服町13-31
- 八日市教堂 - 東近江市八日市町9-16
- 金亀教堂 - 彦根市中央町3番46号
- 顕道会館 - 京都市下京区油小路通花屋町上ル西若松町248
- 山科別院 - 京都市山科区東野狐藪町2
- 西山別院 - 京都市西京区川島北裏町29
- 北山別院 - 京都市左京区一乗寺薬師堂町29
- 至心教堂 - 京都市下京区東中筋通六条下ル学林町303-1
- 奈良教堂 - 奈良市七条一丁目11-4
- 津村別院(北御堂) - 大阪市中央区本町四丁目1-3
- 堺別院 - 堺市堺区神明町東三丁目1-10
- 尾崎別院 - 阪南市尾崎町二丁目8-19
- 鷺森別院 - 和歌山市鷺森1
- 日高別院 - 御坊市御坊100
- 神戸別院(モダン寺) - 神戸市中央区下山手通八丁目1-1
- 豊岡教堂 - 豊岡市中央町15-22
- 江並教堂 - 岡山市江並132-3
- 新見教堂 - 新見市新見字水船屋775
- 山陰会館 - 松江市大正町443-1
- 備後会館 - 福山市東町二丁目4-5
- 広島別院 - 広島市中区寺町1-19
- 山口別院 - 山口市小郡花園町3-7
- 塩屋別院 - 丸亀市塩屋町四丁目6-1
- 徳島教堂 - 徳島市富田浜一丁目36
- 高松教堂 - 高松市東田町6-1
- 四恩教堂 - 木田郡三木町大字井戸4108-6
- 道後教堂 - 松山市道後緑台9-43
- 高知別院 - 高知市追手筋一丁目7-4
- 鎮西別院 - 北九州市門司区別院6-1
- 門司教堂 - 北九州市門司区庄司町4-3
- 大牟田別院 - 大牟田市上町一丁目6-10
- 福岡会館 - 福岡市中央区黒門3-2
- 別府別院 - 別府市北浜三丁目6-36
- 佐賀会館 - 佐賀市城内一丁目2-2
- 長崎会館 - 諌早市新道町50-3
- 比田勝教堂 - 対馬市上対馬町比田勝869
- 熊本別院 - 熊本市坪井二丁目3-32
- 人吉別院 - 人吉市七日町25
- 四日市別院 - 宇佐市四日市1410
- 藤山教堂 - 日田市花月藤山町36
- 宮崎別院 - 宮崎市柳丸町79-1
- 鹿児島別院 - 鹿児島市東千石町21-38
- 沖縄別院 - 浦添市伊祖五丁目10-1
- かつて存在した別院
- 大泊別院 - 樺太大泊町楠渓町、1945年のポツダム宣言受諾により廃寺。
- 三条別院 - 新潟県三条市、現在は与板別院と統合して新潟別院となる。
- 与板別院 - 現在は新潟別院
- 角坊別院 - 京都市右京区山ノ内御堂殿町25、現在は本願寺飛地境内「角坊」
- 黒野別院 - 岐阜県岐阜市黒野404-1、現在は老人福祉施設「黒野あそか苑」。同施設建設にあたっては補助金不正受給で逮捕者も出した。
- 萩別院 - 萩市西田町、1980年3月失火により建物を全焼。現在は山口別院萩支院として境内地に幼稚園などが建つ。
- 台湾別院 - 台北市新起町1-1、廃寺。
- 朝鮮別院 - 京城府若草町、旧称京城別院、廃寺。
- 関東別院 - 大連市若草山、廃寺。
- 上海別院 - 上海市乍浦路471、廃寺。
- 奉天別院 - 奉天市加茂町、廃寺。
- 新京別院 - 新京特別市祝町、廃寺。
[編集] 教務所
本願寺派では、全国を5連区、32教区(31の教区と沖縄開教区)に分けて教務所を設置し、533の組(そ)に地域割りしている。
教務所は本山宗務所の出先機関として事務全般を取り扱うほかに、各教区の開教・布教拠点としての役割を担う。
別院と併設されることが多く、この場合に教務所長は原則として別院輪番が兼職する。
- 第1連区
- 第2連区
- 富山教区教務所(富山別院)
- 高岡教区教務所(高岡会館)
- 石川教区教務所(金沢別院)
- 福井教区教務所(福井別院)
- 岐阜教区教務所(岐阜別院)
- 東海教区教務所(名古屋別院)
- 第3連区
- 滋賀教区教務所(八幡別院)
- 京都教区教務所(顕道会館)
- 奈良教区教務所(奈良教堂)
- 大阪教区教務所(津村別院)
- 和歌山教区教務所(鷺森別院)
- 兵庫教区教務所(神戸別院)
- 第4連区
- 山陰教区教務所(山陰会館)
- 四州教区教務所(塩屋別院)
- 備後教区教務所(備後会館)
- 安芸教区教務所(広島別院)
- 山口教区教務所(山口別院)
- 第5連区
- 北豊教区教務所(鎮西別院)
- 福岡教区教務所(福岡会館)
- 大分教区教務所(別府別院)
- 佐賀教区教務所(佐賀会館)
- 長崎教区教務所(長崎会館)
- 熊本教区教務所(熊本別院)
- 宮崎教区教務所(宮崎別院)
- 鹿児島教区教務所(鹿児島別院)
- 沖縄県宗務事務所(沖縄別院)
[編集] 海外
海外開教は第21代門主明如により提唱され、アジアを中心にハワイ、北米への開教使派遣、寺院建立が行われた。
1940年代にピークを迎えたが、第二次世界大戦の敗戦と共にアジア開教地は壊滅している。現在の台湾開教地は戦後復興されたものである。
以下は現在の開教拠点である。
- 開教区
- 開教地
- メキシコ開教地
- オーストラリア開教地
- 台湾開教地
- ネパール開教地
- ヨーロッパ開教地区
- ドイツ浄土真宗協会
- スイス浄土真宗協会
- ベルギー浄土真宗協会
- オーストリア浄土真宗協会
- 英国浄土真宗協会
- ポーランド浄土真宗サンガ
- かつて存在した海外開教拠点
- 朝鮮開教教務所
- 台湾開教教務所
- 満州開教教務所
- 支那布教総監部
- 樺太開教監督事務所
- 南洋開教監督事務所
[編集] 関係教育機関
- 龍谷総合学園 (西本願寺系の学校法人によって構成されているグループ)
- 学校法人京都女子学園
- 学校法人進徳学園
- 行信教校
[編集] 関係医療機関
- あそかビハーラクリニック(城陽市)(大日本仏教慈善会財団によるターミナルケア関係の施設)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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