ハネウェル

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ハネウェル
Honeywell International, Inc.
種類 公開会社 NYSE: HON
本社所在地 Flag of the United States.svg アメリカ合衆国
ニュージャージー州モリスタウン
設立 1906年
1999年アライドシグナルと合併
事業内容 航空宇宙/軍需産業、制御システム、
特殊素材、輸送システム
売上高 314億USドル (2006年)
従業員数 116,000
外部リンク www.honeywell.com
  

ハネウェルHoneywellNYSEHON、日本語読みでは「ハニウェル」とも)は、1886年に設立されたアメリカ多国籍企業であり、電子制御システムや自動化機器を製造販売している。 現在10万人を超える従業員を抱える巨大企業である。

アメリカ航空宇宙局ボーイングアメリカ国防総省に技術サービスやアビオニクスを提供している会社である。 本部はニュージャージー州のモーリスタウン。

目次

[編集] 歴史

[編集] 黎明期

  • 1927年 ファクトリーオートメーション技術の先駆者マーク・ハネウェルMark C. Honeywell )が1906年 が設立したハネウェル・ヒーティング・スペシャルティーズ(Honeywell Heating Specialties Company )と、ウィリアム・R・スウェット(William R. Sweatt )の会社ミネアポリス・ヒート・レギュレータ(Minneapolis Heat Regulator Company )が合併してミネアポリス・ハネウェル・レギュレータ(Minneapolis Honeywell Regulator Co. )となった。この時代はサーモスタット(自動温度調節装置)の専門企業であった。

[編集] ビンガーの経営

  • 1943年ジェームズ・H・ビンガー(James H. Binger )がハネウェルに引き抜かた。ビンガーは医師の息子としてミネソタ州セントポールで育った。イェール大学で経済学を学び、ミネソタ大学で法律を学んだ。卒業後ミネアポリスの法律事務所に就職し、ハネウェルはそこのクライアントであった。1961年には社長就任、1965年には会長に就任した。
  • ビンガーはハネウェルの会長に就任するに当たり、売り上げよりも利益を重視して販売手法を改善した。また海外進出にも積極的で、全生産量の12%を海外で生産するようになった。また、社名を ミネアポリス・ハネウェル・レギュレータから現在のハネウェル(Honeywell )に変更した(Time.comの記事)。
  • ビンガーは1978年に会長を引退したが、亡くなるまで相談役にとどまった。後任はハネウェル・コントロール・システムズ(Honeywell Control Systems )の初代社長エドソン・スペンサー(Edson Spencer )である。

[編集] 光学機器の輸入

  • 1950年代から1970年代中盤まで、ハネウェルはペンタックス株式会社のカメラと写真関連機器の輸入元でもあった。その製品はアメリカではハネウェル・ペンタックス(Honeywell Pentax )の名で販売された。

[編集] コンピューター製造への参入・撤退

  • 1954年レイセオンとの合弁でメインフレーム製造の事業に進出。1960年にエレクトロニック・データ・プロセッシングを設立。1963年にハネウェル・インコーポレーテッドに社名変更。
  • 1960年代、ハネウェルはコンピュータ業界で「白雪姫と7人の小人」の一社に数えられた。IBMが白雪姫であり、小人にはハネウェルの他にバロースCDCGENCRRCAUNIVACが数えられる。日本電気1962年ハネウェルとコンピュータに関する技術提携契約を結んだ。ハネウェルのH200シリーズIBM 1401に対抗するマシンとして成功し、日本電気はこれをNEAC2200シリーズとして発売、日本でのシェアを急速に伸ばすこととなった。
  • 1970年、ハネウェルはゼネラル・エレクトリックのコンピュータ部門を買い取った。これに伴って会社組織が再編され、ハネウェル・インフォメーション・システムズ(Honeywell Information SystemsHIS)とハネウェル・コントロール・システムズ(Honeywell Control Systems )とに分かれた。RCAがそのコンピュータ事業をUNIVACに売却すると、「7人の小人」は5社に減り「BUNCH」と呼ばれるようになった。
  • 1986年、フランスのコンピューター製造会社「ブル」(Bull)、日本電気との合弁会社「ハネウェル・ブル」を設立。
  • 1991年、ハネウェルはコンピュータ部門HISをブルに売却し、コンピューター事業から完全撤退した。

[編集] 軍需産業

ハネウェルが軍需産業に参入したのは第二次世界大戦の時であり、当時は航空機の部品を製造していた。ベトナム戦争のころから様々な製品を製造するようになった。クラスター爆弾ミサイル誘導システムナパーム弾地雷などである。1968年頃Honeywell project と呼ばれる市民運動が起き、ハネウェルの兵器製造を止めさせようとしたことがある。

1990年、ハネウェルは軍需部門をAlliant Techsystemsとしてスピンオフさせた。ただし、現在でもハネウェルはジェットエンジンなどの航空宇宙関連製品を製造している。

1996年、ハネウェルはDuracraftを買収し、扇風機、加湿器、空調機器など家電市場に参入した。家電部門は後にKaz Incorporatedに売却された。

[編集] 航空宇宙分野への進出

[編集] アライドシグナルとの合併

  • 1998年に航空宇宙、自動車用製品、工業材料の大手メーカーであったアライドシグナルAlliedSignal )と合併。現在の「Honeywell International, Inc.」の名称となった。アライドシグナルの方が規模が大きくまた本社はアライドシグナルの本拠地ニュージャージー州モーリスタウンに置かれたが、合併後の社名はブランド名としてよく知られているハネウェルとなった。

[編集] 特殊素材

ハネウェルの特殊素材事業の起源は化学者ウィリアム・H・ニコルズ(William H. Nichols )が1870年に創業した硫酸製造会社である。19世紀末にニコルズはいくつかの企業を経営しており、アメリカにおける化学産業を牽引していた。1920年、投資家Eugene Meyer の協力を得てニコルズの会社は大きく成長し始めた。彼らは5つの中小企業を吸収合併して Allied Chemical & Dye Company を設立し、後に Allied Chemical Corp. と改称した。同社は後にアライドシグナルの一部となり、ハネウェルの特殊素材事業を担うこととなった

[編集] GEとハネウェルの合併未遂

ハネウェルはGEが450億ドルでハネウェルを買収するという内容で2001年ゼネラル・エレクトリック(GE)との合併を検討したことがある。これは2000年に航空機エンジン製造のユナイテッド・テクノロジーズからの420億ドルでの買収提案を阻止するための提案であった。合併はアメリカ当局には認可されたが、ヨーロッパ委員会が独占禁止法に基づく審査によって合併を阻止した。

これは、両社の合併によってジェットエンジンやアビオニクスなどの分野でいろいろな製品を組み合わせて販売することにより寡占化が起きて他の企業が存続できなくなることを危惧したためである。

2007年、GE はハネウェルとよく似た事業内容のSmiths Aerospaceを買収した。[1]

[編集] Six Sigma Plus

ハネウェルは、シックス・シグマリーン生産方式といった品質管理手法を積極的に導入しており、これを Six Sigma Plus と称している。最近、ハネウェルはトヨタ生産方式の導入も発表した。

[編集] 環境問題

2006年、ハネウェルは水銀スイッチの生産を停止することを発表した。これにより毎年水銀11,300kg、2800kg、クロム酸1500kgの削減となる。特に水銀は米国内の全使用量の5%である[2]。ハネウェルは米国内の大気汚染に責任のある企業の44位とされており、毎年425万kgの有害物質を大気中に放出している[3]アメリカ環境保護庁(EPA)によると、スーパーファンド法に指定された有害産業廃棄物排出拠点が最も多い企業がハネウェルである[4]2001年、ハネウェルは以下の件について 15万ドルの罰金と77万2千ドルの賠償金の支払いに合意した[5]

2003年、ニューアークの連邦判事はハネウェルに対して「公衆衛生と安全に対する切迫した損害と環境への大きな損害のリスク」としてクロム廃棄物の除去のために4億ドルの拠出を命じた[6]。同年、ハネウェルはイリノイ州 Lisle でのトリクロロエチレン汚染で裁判となるのを避けるため360万ドルを支払った[7]。2004年、ニューヨーク州は74,000kgもの水銀などの有害物質がオノンダガ湖に投棄された件で、ハネウェルに対して浄化費用4億4800万ドルの支払いを求めたことを発表した[8]。2005年、ニュージャージー州は100箇所以上のクロム汚染地域の浄化を求め、ハネウェルを含む3社を訴えた[9]。クロムは肺癌潰瘍皮膚炎を引き起こすとされている金属である。

[編集] 事業部門

  • 航空宇宙
  • 自動化と制御ソリューション
  • 特殊素材
  • 輸送システム
    • 自動車のターボチャージャーで有名なギャレット・システムズ(Garrett Systems )はこのグループ。

[編集] 社会貢献

ハネウェルは社会貢献にも積極的で、Hometown Solutionsと呼ばれるプログラムを実施している[10]。このプログラムでは、従業員ボランティアと寄付により、科学や数学の研究への資金提供、ハリケーン「カトリーナ」によって倒壊した建物の再建、"Got2bSafe"[11] と呼ばれる National Center for Missing and Exploited Children [12] への長年の協力関係などが行われている。Got2bSafeによって生まれた書籍は72,000以上の米国内の学校に配布された[13]

[編集] ミノルタ・ハネウェル特許訴訟

1987年、ミノルタ(現:コニカミノルタ)とその現地法人を相手取りオートフォーカス技術に対して同社の特許4件の侵害と技術移転に関する契約違反を主張し裁判となり、1992年2月ニュージャージー州連邦地方裁判所は特許侵害を認め、結果的にミノルタ側はハネウェル側に約165億円を支払うことになった。これは貿易摩擦問題・サブマリン特許問題などの複雑な時代背景のもとに起こったものであり、アメリカの訴訟社会の厳しさ、訴訟戦術の重要性、知的財産権のあり方などについて複雑な反響を巻き起こすこととなった。

詳細は「ミノルタ・ハネウェル特許訴訟」を参照

[編集] 脚注

  1. ^ "Smiths To Sell Aerospace Ops To GE For $4.8B." McGrath, S.; Stone, R. ウォールストリート・ジャーナル. 2007年1月15日
  2. ^ Environmental Protection Agency
  3. ^ Political Economy Research Institute
  4. ^ Center for Public Integrity analysis of EPA documents
  5. ^ Environmental Protection Agency
  6. ^ ‘’New York Times’’ 17 May 2003
  7. ^ “Chemical Company Pays $3.6 Mil. to Settle Suits,” ‘’Chicago Sun-Times,’’ 6 September 2003 qtd. in knowmore.org
  8. ^ “Lake Cleanup to Be Ordered in Syracuse,” ‘’New York Times’’, 29 Nov. 2004
  9. ^ “New Jersey Sues to Force 3 Companies to Clean Up Chromium Pollution at 106 sites,” ‘’New York Times,’’ 4 May 2005
  10. ^ Honeywell website information
  11. ^ Got2bSafe website
  12. ^ http://www.missingkids.com/
  13. ^ http://www.honeywell.com/sites/hhs/nationalcentre.htm

[編集] 外部リンク