キャタピラー (企業)

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キャタピラー
Caterpillar Inc.
キャタピラーロゴ
種類 株式会社
市場情報
NYSE CAT
略称 CAT
本社所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
100 N.E. Adams
St.Peoria, Illinois 61629
設立 1925年
業種 製造業
事業内容 油圧ショベル、ブルドーザ、ホイールローダーなどの建設機械、ディーゼル及び天然ガスエンジン、並びに産業用ガスタービンエンジンの開発・生産・輸入・販売
金融サービスの展開
代表者 Douglas R. Oberhelman (CEO)
資本金 US$ 89,350,000,000[1]
(2013年2月10日現在)
売上高 増加 US$ 65,870,000,000[1]
(2013年5月20日現在)
営業利益 増加 US$ 8,570,000,000[1]
(2012年5月20日現在)
純利益 増加 US$ 5,680,000,000[1]
(2012年2月20日現在)
総資産 増加 US$ 89,350,000,000[1]
(2012年2月10日現在)
従業員数 118,501人
(2014年8月26日現在)
決算期 12月末日
主要子会社 キャタピラージャパン
外部リンク Caterpillar Inc.
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油圧ショベル
エンジン
ダンプカー
ロゴ

キャタピラー (Caterpillar Inc.) は、アメリカ合衆国イリノイ州ピオリアに本拠地を置く企業。建設機械及び鉱業機械ディーゼル及び天然ガスエンジン、並びに産業用ガスタービンエンジン分野における世界最大の製造会社である。1991年からアメリカを代表する企業で構成されるダウ平均株価の銘柄の一社として名を連ね、2013年のフォーチュン500では売上高世界42位にランクされた。

概要[編集]

油圧ショベル、ブルドーザ、ホイールローダーなど、幅広い範囲での建設機械の製造を行っている。また、ディーゼル及び天然ガスエンジン、並びに産業用ガスタービンエンジンの開発、生産、販売も行う。2012年末時点で893億米ドル(日本円で約9兆円)の資産を持ち[1]、リース販売や割賦販売契約などの金融商品の取り扱いをしている。

無限軌道を用いた走行装置をキャタピラー(英語では "caterpillar track" と表記)と称することがあるが、キャタピラーは同社の登録商標である。

歴史[編集]

1925年カリフォルニア州ストックトンのホルト・マニュファクチャリング・カンパニー (Holt Manufacturing Company) と、同じくカリフォルニア州サランドラのC・L・ベスト・ガス・トラクション・カンパニー (C. L. Best Gas Traction Company) のM&Aによってキャタピラー・トラクター (Caterpillar Tractor Co.) が設立された。ホルト・マニュファクチャリング社は、1904年に無限軌道を足回りに使用したトラック・タイプ・トラクタ(Track Type Tractor, 履帯式トラクタ)を世界で初めて製品化した企業であり、「キャタピラー」は同社の履帯式トラクタの商標であった。

19世紀にさかのぼるが、創業時のホルト社とC・L社は蒸気式のトラクタの製造を行っていた。ホルト社は履帯式トラクタだけでなくガソリンエンジンの開発・製造も行っており、合併後キャタピラー社のエンジン製品はガソリンエンジンからより効率の良いディーゼルエンジンへと移っていった。同社は多くの変化を経て、第二次世界大戦の終わりに急激に成長をはじめた。最初のベンチャービジネスは1950年に米国外で開始され、キャタピラー社は国際企業としての発展をしはじめた。

キャタピラー社の製品は、トラック・タイプ・トラクタから、水中掘削機、バックホー油圧ショベル)、ロードローラー、不整地トラック、ホイールローダー、農業トラクター、ディーゼルまたは天然ガスエンジン、ガスタービンにまで及ぶ。これらの機器は、建設、道路工事、採鉱、林業、発電、運輸と素材加工産業で利用されている。 

キャタピラー社の製品は、世界の歴史に影響を与えたことがある。無限軌道トラクターは、第一次世界大戦終期に採用された初期の軍用戦車に影響を与えた。キャタピラー社製装軌車両は建設用車両や陸戦用車両に革命を起こし、戦闘用車両として使われるうちに無限軌道の改良が進んだ。第一次世界大戦時、イギリス軍やオーストリア・ハンガリー軍がホルト社の装軌車両を重砲の牽引用に使い、いくつかの国では戦車の開発が活発化した。イギリスが開発した世界初の戦車であるマーク I 戦車はホルトの装軌車両に着想を得てはいるが、一から設計されていた。しかし、そのすぐ後にフランスドイツで開発された戦車はホルトの装軌車両を改造したものだった。これらの多くの機械はフーバーダムの建設、ユーロトンネルの掘削、ドイツでのベルリンの壁崩壊と都市の建設、それとアメリカ周辺国に影響を与えた。

キャタピラー社への評価[編集]

フォーチュンの『世界で最も賞賛される企業』において、2012年に世界19位、2013年に同19位、2014年に同33位の評価を受けている。2013年には世界的金融誌『バロンズ』(Barron's) で財務体質の面などから世界5位の評価を受けた。ビジネス管理の権威であるトム・ピータース (Tom Peters) が著した1982年のベストセラー In Search of Excellence の中で、優秀な会社のひとつとして挙げられている。

取扱製品[編集]

販売[編集]

キャタピラー社売り上げの半分以上はアメリカ国外の顧客からのものであり、同社の製品は約200か国で販売されている。同社は世界規模のディーラーネットワークを持っており、220あるディーラーのうち63はアメリカ国内に、157は国外に存在している。同社の製品と部品は、米国の42工場と米国外にある58工場で生産されている。その内訳は、オーストラリアベルギーブラジルカナダイングランドフランスドイツハンガリーインドインドネシアイタリア日本メキシコオランダ北アイルランド中華人民共和国ポーランドロシア南アフリカスウェーデンである。

雇用[編集]

2004年第2四半期の後期(5月下旬 - 6月末)におけるキャタピラー社の従業員総数は全世界で7万2,916人だったが、翌2005年の同期にはこれが9,332人増(前年比13 %増)の8万2,248人となった。この大幅な雇用増加の背景には、より高度な仕事における補助要員としておよそ5,000人の時給労働者を追加導入したこと、さらに2,000人近くの補助要員を正社員として正規雇用したこと、新たに約900人の新社員を採用したことなどがある。2001年の『ナッシュビル・ビジネス・ジャーナル』(Nashville Business Journal) 誌によると、キャタピラー社の総従業員の約6割は米国外で勤務している。

日本における沿革[編集]

  • 1960年昭和35年) - 新三菱重工業(後の三菱重工)が建設機械に進出し、明石工場(後の明石製作所)を開設。油圧ショベルを国産化。
  • 1963年(昭和38年)11月4日 - キャタピラー三菱株式会社として発足。出資比率はキャタピラー:新三菱重工=50:50。
  • 1964年(昭和39年) - 新三菱重工、三菱造船、三菱日本重工業の三社が合併し、三菱重工業株式会社となる。
  • 1986年(昭和61年)10月 - 三菱重工が油圧ショベルの事業をエム・エイチ・アイ建機株式会社に営業譲渡し、明石製作所は同社に移管。
  • 1987年(昭和62年)7月 - キャタピラー三菱株式会社がエム・エイチ・アイ建機株式会社を吸収合併し、新キャタピラー三菱株式会社(以下、SCM)に社名変更。
  • 2001年平成13年) - 三菱重工の建設機械事業の大部分が移管。
  • 2007年(平成19年) - 社長が三菱重工からの出向である広瀬正典から、相模事業所出身の平野昭一に交代する。
  • 2008年(平成20年)3月26日 - 三菱重工が、保有するSCM株式の一部を2008年度前期までにキャタピラー社に譲渡し、出資比率を33 %に引き下げると発表[2](社長交代[3]や三菱重工出向者の出処進退についても検討[4])。
  • 2008年(平成20年)8月1日 - 新キャタピラー三菱株式会社からキャタピラージャパン株式会社に社名変更。グループ子会社各社も同時に社名変更。
  • 2012年(平成24年)3月1日 - 三菱重工が、保有するキャタピラージャパンの株式をすべてキャタピラー社に譲渡すると発表[5]。 

事業所[編集]

東京本社[編集]

東京都世田谷区の本社では、人事・総務部門/ディストリビューションサービス部門が設置されている。  

相模事業所(相模開発センター・SDC)[編集]

神奈川県相模原市中央区の相模事業所では、ホイールローダブルドーザー、ミニ油圧ショベルを製造。社内及びキャタピラーグループ向け油圧機器も製造している。国内・世界各地へ部品を供給する部品センターも設置されている。また、2003年(平成15年)に相模開発センター (Sagami Development Center) が設置され、ミニ油圧ショベル・ミニホイールローダの開発を担う世界的中核拠点となっている。

明石事業所(油圧ショベル開発本部・HEDC)[編集]

兵庫県明石市の明石事業所(旧三菱重工明石製作所)では、油圧ショベルとアスファルトフィニッシャ、環境リサイクル機器を生産。明石事業所の敷地内には油圧ショベル開発本部 (Hydraulic Excavator Development Center) が設置されており、キャタピラー社の米国国外で唯一の主要開発拠点としてCATブランドの油圧ショベル開発を担っている。また、主要部品を世界に供給しており、特に旋回ベアリングについては、全てのキャタピラー製品に導入されている。もとは新三菱重工神戸造船所建機専門工場としてスタートし、ここで国産初の油圧ショベル(ユンボ)Y35を生産している。

秩父デモセンター[編集]

埼玉県秩父市の山中に5年の歳月をかけて建設した本格的なデモンストレーション施設で、大型機械も含め50台を配し、100トン級トラックも運用でき、かつ整備工場や視聴覚室、ガラス張りの観覧席など、購入前に実際に機動している建機の姿を見ることが出来るキャタピラー社におけるアジア最大規模の研修施設となっている。

国内向け製品は、グループの販売会社を通じて販売されるが、海外向けの製品は、キャタピラー社の販売網を通じて販売される。

文化事業[編集]

また以前相模事業所では社会人野球チームを有していたが、都市対抗野球大会の南関東予選で敗退し本大会への出場は叶わなかった。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f Caterpillar Inc, Form 10-K, Annual Report, Filing Date Feb 19, 2013”. secdatabase.com. 2013年5月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年1月9日閲覧。
  2. ^ 三菱重、新キャタピラー三菱への出資比率を33%に引き下げ - ロイター、2008年3月6日
  3. ^ キャタピラージャパンの初代社長は旧・新キャタピラー三菱社長の平野昭一。
  4. ^ キャタピラー社が全株式を取得し完全子会社にすることも可能となっており、最終的には三菱重工業は両社に対するエンジン供給等の業務提携のみ継続の見込みである。
  5. ^ キャタピラージャパンの保有株式をすべて譲渡”. 三菱重工. 2012年3月1日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]