ヒューストン・テキサンズ

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ヒューストン・テキサンズ
Houston Texans
2002年創設
永久欠番 なし
所属地区
  • NFL(2002-現在)
  • AFC(2002-現在)
南地区(2002-現在)
ホームタウン
  • 本拠地

ヒューストンテキサス州

  • スタジアム

Reliantstadium.jpg
リライアント・スタジアム

チームデザイン
  • チームカラー

     ディープ・スティール・ブルー
     バトルレッド
     リバティ・ホワイト

  • チームロゴ

テキサス州旗の三色、赤・白・青の雄牛の頭部

獲得タイトル
  • リーグ・チャンピオン (0回)
  • カンファレンス・チャンピオン (0回)
  • 地区優勝 (1回)

2011

  • ワイルドカード (0回)
球団組織
オーナー: ボブ・マクネア
GM: リック・スミス
ヘッドコーチ: ゲイリー・キュービアック(2006年~)

ヒューストン・テキサンズHouston Texans)は、テキサス州ヒューストンを本拠地とするNFLチームである。AFC南地区所属。ヒューストンにはかつてヒューストン・オイラーズ(現テネシー・タイタンズ)がフランチャイズを置いていたが、1997年テネシー州ナッシュビルに移転した。2002年に拡張チームとしてNFLに参加した。。テキサンズの愛称はテキサス州に根差した馴染みのある名前(ダラス・テキサンズというチームが複数あった。現インディアナポリス・コルツカンザスシティ・チーフス)としてファン投票によって選出されたもの。

目次

歴史 [編集]

NFL32番目のフランチャイズ [編集]

クリーブランド・ブラウンズボルチモアに移転してボルチモア・レイブンズとなった後、NFLコミッショナーのポール・タグリアブーは31番目のフランチャイズをクリーブランドとすることを約束した。32番目のフランチャイズの候補地としてはトロントロサンゼルス、ヒューストンがあげられた。1999年3月16日に行われたNFLのオーナー会議で29-2の賛成多数でロサンゼルスが32番目のフランチャイズと決まったがロサンゼルスに新チームを目指す複数のグループの計画は進まず同年10月6日のオーナー会議で29-0でヒューストンが新フランチャイズとなり2004年のスーパーボウル開催地となることも決定された。

2000年、チームはワシントン・レッドスキンズの元ゼネラルマネージャーチャールズ・キャサリーをGMに起用、2001年1月21日には元カロライナ・パンサーズのヘッドコーチでその後ジャクソンビル・ジャガーズのディフェンスコーディネーターを務めたドム・ケイパーズが初代ヘッドコーチに就任することが発表された。

新チームの愛称としてはオイラーズはテネシー・タイタンズが利用しているので使うことはできず公募の結果、アポロズ、ボブキャッツ、スタリオンズ、トロズ、ワイルドカッターズの6候補に絞られ最終的には1974年にヒューストンにフランチャイズを置いていたワールド・フットボール・リーグチームと同じ、ヒューストン・テキサンズと決まった。

2002年から [編集]

チーム初の公式戦は2002年9月8日にリライアント・スタジアムでのダラス・カウボーイズ戦であった。この試合でルーキーQBのデビッド・カービリー・ミラーへTDパスを通し19-10で勝利した。エクスパンションチームがデビューを白星で飾るのは1961年のミネソタ・バイキングス以来史上2チーム目のことであった。その後5連敗した後、ジャクソンビル・ジャガーズ戦でロード初勝利をあげた。その後、ニューヨーク・ジャイアンツピッツバーグ・スティーラーズ(この試合オフェンスは46ヤードしか獲得できなかった。これはNFLの勝利チームとしては最低の記録であった。)に勝利し4勝12敗でシーズンを終えプロボウルにもゲイリー・ウォーカーアーロン・グレンの2人が選ばれた。この年オフェンスラインがぼろぼろでカーは76回のサックを受けた。

2003年の開幕戦ではマイアミ・ドルフィンズを破りエクスパンションチームとしては初めて2年連続開幕戦を勝利で飾った。チームは前年より1勝しか増やせなかったがこのシーズン第38回スーパーボウル出場を果たしたカロライナ・パンサーズへの勝利、スーパーボウルチャンピオンになったニューイングランド・ペイトリオッツにもオーバータイムに持ち込む接戦を演じた。

2004年、チームは更なる飛躍を期待されたが開幕から3連敗したがカンザスシティ・チーフスオークランド・レイダーズに連勝、同地区のライバル、ジャクソンビル・ジャガーズテネシー・タイタンズから2勝をあげ最終週3勝12敗のクリーブランド・ブラウンズを破り8勝8敗の五分の成績でシーズンを終えることが期待されたが14-22で敗れた。この年2年目のWRアンドレ・ジョンソンがプロボウルに選ばれた。

2005年、チームは開幕から連敗しオフェンスコーディネーターのクリス・パーマーは解任された。ケイパーズヘッドコーチやキャサリーGMへのメディアやファンからの風当たりは強いものとなり、開幕から6連敗したチームはクリーブランド・ブラウンズから初勝利をあげたがその後また6連敗を喫した。最終週のサンフランシスコ・フォーティナイナーズとの試合は敗れたチームがNFLシーズンワースト成績となり翌年のNFLドラフトで全体1位指名が期待されるUSCのRBレジー・ブッシュが指名できるとあって「Bush Bowl」という陰口もたたかれた。この試合に17-20で敗れて2勝14敗でシーズンを終えた。その中で唯一の光明はルーキーのジェローム・マシスがキックオフリターンで2TDをあげてプロボウルに選ばれたことだった。

シーズン終了後ケイパーズヘッドコーチ及びコーチングスタッフの大部分は解雇された。キャサリーGMはしばらくチームに残ったがドラフト終了後にチームを去りリック・スミスが後任となり、新ヘッドコーチにはデンバー・ブロンコスのオフェンスコーディネーターだったゲイリー・キュービアックが就任した。

2006年のドラフトでは全米のメディアはレジー・ブッシュの指名を予想し、地元ヒューストンではローズボウルでそのブッシュのUSCを破り全米チャンピオンになったテキサス大学のQBヴィンス・ヤングの指名を期待した。この2人のいずれがドラフトで指名されることになるか注目されたがチームが全体1位で指名したのはノースカロライナ州立大学のDEマリオ・ウィリアムズであった。リライアント・スタジアムで行われたこのドラフトでファンは失望するとともにブーイングを行った。全米のメディアもマイケル・ジョーダンサム・ブーイが指名された1984年のNBAドラフトを持ち出してこの選択はドラフト史上最悪のものではないかと報道した。ブッシュはニューオーリンズ・セインツに、ヤングはテネシー・タイタンズに入団した。この年ブッシュが加入したセインツはNFCチャンピオンシップゲームまで進出し、ヤングは最優秀攻撃選手に選ばれたのに対してウィリアムズは足底筋膜炎に罹り47タックル、4.5サックに終わった。チームはこの年開幕から3連敗したがテネシー・タイタンズ戦ではオフェンスの獲得ヤードで427対197と圧倒されたもののターンオーバーでボールを5回奪い勝利した。また第41回スーパーボウルを制したインディアナポリス・コルツを27-24で破り10回目の対戦で初勝利をあげた。オフェンスではQBカーが成長しパス成功率68.9%、バッファロー・ビルズ戦では22回連続パス成功の記録を残した。またアンドレ・ジョンソンはリーグトップの103回のレシーブを記録し2度目のプロボウルに選ばれた。またドラフト2巡指名のデミーコ・ライアンズは最優秀新人守備選手に選ばれた。

2007年3月21日、アトランタ・ファルコンズの控えQBマット・ショーブを獲得、元ドラフト全体1位指名選手であるカーはカロライナ・パンサーズに移った。この年チームがドラフト1巡で指名したアモビ・オコイエはドラフト史上最年少選手となった(ドラフト当日19歳)。開幕からチームは連勝し前年から数えると4連勝となった。しかしその後ショーブが負傷して5試合欠場、アンドレ・ジョンソンもひざの負傷で7試合を欠場した。第9週のオークランド・レイダーズ戦ではデュンタ・ロビンソンがシーズン絶望となる負傷、センターのスティーブ・マッキニーも第3週にシーズン絶望となる怪我を負った。またオフシーズンに大型契約を結んだアーマン・グリーンはわずか260ヤードしか走れず故障者リストに入った。こうした状況にもかかわらずチームはホームで6勝2敗の成績を残し創設以来始めて8勝8敗でシーズンを終えた。アンドレ・ジョンソンはキャリア最高の8TDをあげ、2年目のマリオ・ウィリアムズはAFCトップの14サックをあげてチーム記録を更新、デミーコ・ライアンズはプロボウルの先発選手に選ばれた。同地区の対戦成績は1勝5敗に終わり地区最下位であったが地区外のチームに7勝3敗の成績を残した。クリス・ブラウンマイアミ・ドルフィンズ戦でNFL史上初めて1試合で3本の54ヤード以上のFGを決めたキッカーとなった(このうち1本は57ヤードでチーム記録)。

2008年、第2週にホームで予定されていたボルチモア・レイブンズ戦はハリケーン・アイクの影響で延期されたこともあり[1]、ロードでの連戦を強いられ0勝4敗となったがマイアミ・ドルフィンズ戦で4thダウンゴールからショーブが残り3秒でTDランを決めて劇的な勝利を収めるなど3連勝、シーズン終盤にも4連勝を果たし最終週ではプレーオフ争いを演じていたシカゴ・ベアーズを破った。12月1日にはマンデーナイトフットボールに初登場し新人RBスティーブ・スレイトンが130ヤードを走り2TDをあげる活躍を見せるとともにマリオ・ウィリアムズが3サック、アンドレ・ジョンソンも7回のキャッチで75ヤードを獲得し1TDをあげて30-17で勝利した。スレイトンはこの年ドラフトで指名されたRBとしては10人目であったが1,282ヤードを入る活躍を見せた。またアンドレ・ジョンソンはNFLトップの115回のキャッチで1,575ヤードを獲得しマリオ・ウィリアムズ、オーウェン・ダニエルズとともにプロボウルに選ばれた。

2009年チームは5勝3敗で前半を折り返し最終週はニューイングランド・ペイトリオッツを破り9勝7敗と初めて勝ち越ししてシーズンを終えた。プレーオフ進出にわずかに望みをつないでいたが夜行われたゲームでニューヨーク・ジェッツが勝利し9勝7敗でボルチモア・レイブンズと3チームが並んだがカンファレンス内の成績で1勝足らずワイルドカードでの出場はならなかった。この年マット・ショーブはNFL歴代6位となる4,770ヤードのパスを投げQBレイティング98.6の成績を残し、アンドレ・ジョンソンも101回のキャッチで1,569ヤードを獲得した。新人のブライアン・クッシングは最優秀新人選手に選ばれた[2](翌年になり禁止薬物に陽性反応があったため再投票が行われたが再度選出された[3]がお2010年開幕から4試合出場停止の処分を受けた[4]。)。シーズン終了後チームはキュービアックヘッドコーチとの契約を2012年まで延長した。

2010年、QBマット・ショーブがプロボウルに選ばれるなど、オフェンスは好成績を残したが、ディフェンスがリーグ最下位クラスで[5]、6勝10敗と地区3位でシーズンを終えた。

2011年、チームはディフェンスの改善を図るため、ウェイド・フィリップスをディフェンスコーディネーターに迎えた[6]。チームはマリオ・ウィリアムズを開幕から欠き、アンドレ・ジョンソンが怪我により9試合の欠場、マット・ショーブ、マット・ライナートが相次いでシーズン絶望となったが[7]、アリアン・フォスター、ベン・テイトによるラン攻撃、ウェイド・フィリップスディフェンスコーディネーターによって大幅に改善された守備[8]。の活躍などにより、初の地区優勝を果たし、プレーオフ出場を果たした[9]

2012年マリオ・ウィリアムズがフリーエージェントとなり、バッファロー・ビルズへ去った[10]。チームは開幕から5連勝を果たした[11]

シーズンごとの成績 [編集]

Note: 勝 = 勝, 敗 = 敗, 分 = 引分

シーズン 最終順位 プレーオフ
2002 4 12 0 AFC南部地区4位
2003 5 11 0 AFC南部地区4位
2004 7 9 0 AFC南部地区3位
2005 2 14 0 AFC南部地区4位
2006 6 10 0 AFC南部地区4位
2007 8 8 0 AFC南部地区4位
2008 8 8 0 AFC南部地区3位
2009 9 7 0 AFC南部地区2位
2010 6 10 0 AFC南部地区3位
通算勝敗 55 89 0 (2002-2010, レギュラーシーズン)
0 0 - (2002-2010, プレイオフ)
55 89 0 (2002-2010, 通算勝敗)

歴代ヘッドコーチ [編集]

  • ドム・ケイパース(2002年 - 2005年)
  • ゲイリー・キュービアック(2006年 - )

脚注 [編集]

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  1. ^ テキサンズのLBクッシング、守備新人MVPに選出”. NFL JAPAN (2010年1月6日). 2010年5月22日閲覧。
  2. ^ ハリケーンで試合延期のテキサンズが練習再開へ”. NFL JAPAN (2008年9月16日). 2010年5月22日閲覧。
  3. ^ 出場停止のLBクッシング、再投票でも守備新人王”. NFL JAPAN (2010年5月13日). 2010年5月22日閲覧。
  4. ^ 昨季の守備新人王、LBクッシングが4試合の出場停止”. NFL JAPAN (2010年5月8日). 2010年5月22日閲覧。
  5. ^ アダム・ランク (2011年7月26日). “2011年シーズン、6つの注目ポイントとは”. NFL JAPAN. 2012年10月24日閲覧。
  6. ^ テキサンズ、ドラフトは新守備コーディネーターにおまかせ?”. NFL JAPAN (2011年4月22日). 2012年10月24日閲覧。
  7. ^ 第13週を前にしたパワーランキング-前編-”. NFL JAPAN (2011年11月30日). 2012年10月24日閲覧。
  8. ^ アシスタントコーチで成功する元HCは誰?”. NFL JAPAN (2012年6月6日). 2012年10月24日閲覧。
  9. ^ 渡辺史敏 (2012年1月). “渡辺史敏さんのスーパーボウル優勝予想チーム”. NFL JAPAN. 2012年10月24日閲覧。
  10. ^ テキサンズDC、ウィリアムス移籍も堅守維持に自信”. NFL JAPAN (2012年5月8日). 2012年10月24日閲覧。
  11. ^ ロジャース6TDパス、パッカーズがテキサンズの連勝止める”. NFL JAPAN (2012年10月16日). 2012年10月24日閲覧。

外部リンク [編集]