番狂わせ

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番狂わせ(ばんくるわせ)とは、予期せぬ事態により物事が順序どおりに進まなくなること、またはスポーツ試合などにおいて戦力や過去の実績で上回る競技者や競技チームに対して格下と見なされる側が、事前の予想を覆して勝利することを指す言葉である[1]。時には「奇跡」とまで表現されることもある[2]

概要[編集]

「番狂わせ」という言葉は江戸時代頃から存在する[3] 。「」とは、物事の順序を指す言葉で[4]、それが「狂う」ことから「予期せぬ事態によって支障が生じる[3]」「志と異なる[3]」「当てが外れる[3]」「異常[3]」「異変[3]」「尋常ではない様[3]」などの意味を持つようになった。

現代社会の日本では、スポーツなどの勝負事において「番狂わせ」という言葉が使用される機会が多いが、これは相撲番付の下位に位置する力士が上位力士に勝利することを指して「番狂わせ」と呼ぶようになったことの影響と言われている[4]。格下と見做されるチームや体格で劣る者が、創意工夫をめぐらせて戦力差を補い、「番狂わせ」を呼び寄せる様は真剣勝負の世界の醍醐味とも評される[5]。その一方で、ラグビーのように強者が順当に勝ち進む可能性が高い競技もあり[5]、身体能力に勝る側に有利に作用するルール改正により、弱者が強者に勝利する可能性がさらに失われている、との指摘もある[5]

類似表現として「大物食い」がある[6]

英語における用法[編集]

カラヴァッジョ『ゴリアテの首を持つダビデ』(1609年 - 1610年) ボルゲーゼ美術館ローマ
『旧約聖書』によると当時若者に過ぎないダビデ王が巨人ゴリアテを投石器で斃し打ち取った。

英語において、日本語の「番狂わせ」に相当する、上位にランクされた他の競技者を打ち負かすことを意味する語として、upset と giant-killing がある。

Upset

本来の語源は定かではないが、通俗的には、1919年にサラトガ競馬場で行われたサンフォードメモリアルステークスにおいて、アメリカ競馬史上最強馬の一頭に数えられる競走馬マンノウォー(1917年生、21戦20勝)を唯一破った馬 Upset (1917年生)に由来すると考えられていた。ところが2002年、『ニューヨーク・タイムズ』 紙のオンライン版[7]データベース全文検索能力を調査していた辞書調査員 George Thompson は、"upset" の動詞名詞の用例をさかのぼって調べたところ、名詞の用例が1877年には存在していたことを突き止めた[8]。ただし、1919年のサラトガ競馬場での事件が upset の用法を広めることになったのは事実である。また、当然に、Upset の馬名の由来になっていた可能性も否定出来ないが、現在でもしばしば大きなスポーツイベントにおける最初の upset の使用として紹介される。

Giant-killing

直訳すれば 「巨人殺し」 で、日本語の 「大物食い」 に当たる。『旧約聖書』「サムエル記」の 「ダビデゴリアテ」 の説話や、『グリム童話』 の 「勇ましいちびの仕立て屋」 のバリエーションの一つで 『ジャックと豆の木』 と共通点の多い『ジャック・ザ・ジャイアント・キラー英語版』から来ている。イングランドで行われている世界最高のカップ戦であるFAカップにおいて4部や5部などの下位リーグのクラブが1部リーグのクラブを破った際などに用いられる[9][10]。日本でもサッカー界のスラング 「ジャイアント・キリング」 として使われている。

主な事例[編集]

選挙[編集]

1936年アメリカ合衆国大統領選挙
現職大統領民主党フランクリン・ルーズベルトが、共和党候補のアルフレッド・ランドンに勝利した。世界恐慌や世界的な政情不安の中、保守的なルーズベルトにこれらの問題を解決する能力はないと評され、過去5回の大統領選の結果を的中させた『リテラリー・ダイジェスト』誌の調査でも再選の見込みはないとされていた[11]
1948年アメリカ合衆国大統領選挙
事前の世論調査により落選確実と見做されていた現職大統領で民主党のハリー・S・トルーマンが、共和党候補のトマス・E・デューイに勝利した。当時の民主党は公民権問題を巡って3派に分裂していたため、共和党が20年ぶりに政権の座に復帰するものと考えられていた[12]

オリンピック[編集]

氷上の奇跡
1980年2月22日に行われたレークプラシッドオリンピックアイスホッケー競技決勝ラウンドのアメリカ合衆国ソビエト連邦英語版戦で、アメリカがソ連を4-3で破った。ソビエト連邦はステート・アマと呼ばれる実質的なプロ集団であり、大会5連覇を目指す強豪であるのに対し、アメリカはミネソタ大学の学生を中心としたアマチュアチームであり出場12チーム中の世界ランキングも7位と、評価が低かった[13]。アメリカは2月24日に行われた最終戦の結果、金メダルを獲得した。
サラエボオリンピックスピードスケート競技男子500m
1984年2月10日、前年の世界選手権金メダリストで優勝候補の黒岩彰(日本)は不調により記録が伸びず、38秒70の記録で10位に終わった[14]。これに対し北沢欣浩(日本)は38秒30の記録を残し2位で銀メダルを獲得した。なお、北沢はそれまで黒岩に勝利した経験がなく[15]、伏兵的な存在だった。
シドニーオリンピックレスリング競技グレコローマンスタイル130kg級決勝
2000年9月27日、オリンピック3連覇とレスリング世界選手権9連覇の記録を保持し「人類最強」と呼ばれていたアレクサンドル・カレリンロシア)は決勝でルーロン・ガードナーアメリカ合衆国)に敗れ大会4連覇を逃した。この敗戦によりカレリンは1988年から2000年にかけて維持していた13年間無敗記録が途絶えた[16]

相撲[編集]

天明2年2月場所7日目 小野川谷風
1778年に行われた63連勝中の大関・谷風と二段目の小野川の取組は、小野川が小股掬いで谷風を下し勝利。この番狂わせにより小野川の名前は世間に知られるようになった[17]
昭和14年1月場所4日目、双葉山安藝ノ海
1939年1月15日に行われた双葉山70連勝ならずの「世紀の一番」。安藝ノ海が双葉山を左外掛けによる奇襲でやぶる。この取り組みまで双葉山は無敵の69連勝を記録、誰もが70連勝の達成を信じて疑わなかった。安藝ノ海は双葉山攻略法を研究しており、それが実った形となった。その模様のラジオ中継では和田信賢の「70古来やはり稀なり」の名言が生まれた。日本のスポーツ史上で最初の号外で伝えられたといわれている。双葉山が敗れた瞬間、国技館では座布団だけでなくビール瓶、果ては火鉢までが宙を舞ったと伝えられる。[18][19]

サッカー[編集]

1950 FIFAワールドカップ アメリカ合衆国イングランド
1950年6月29日ブラジルベロオリゾンテで行われたグループリーグ第2戦でアメリカがイングランドを1-0で下した。イングランドはトム・フィニービリー・ライトらを擁し、第二次世界大戦後から23勝3引分け4敗の記録を残し[20]、地元のブラジルと共に優勝候補に挙げられていた[21]。これ対し、アメリカは全選手がアマチュア選手だった[21]。試合は38分にジョー・ゲーチェンス英語版のヘディングシュートが決まりアメリカが1-0と先制すると、イングランドの反撃を抑え勝利した[22]。「FIFAワールドカップ史上最大の番狂わせ」とも評されている[23]
1966 FIFAワールドカップ イタリア北朝鮮
1966年7月19日、イングランドのミドルズブラで行われたグループリーグ第3戦で北朝鮮がイタリアを1-0で下した。北朝鮮の大会前の評価は低かった[21]が、東側諸国と親善試合を行い強化されたチームだった。試合は34分にイタリアのジャコモ・ブルガレッリが負傷退場し数的不利な状況になると、42分に朴斗翼の得点で北朝鮮が先制。後半もイタリアの反撃を抑えて1-0で勝利した。敗退が決まったイタリアの選手達は帰国後にジェノヴァの空港でファンから腐ったトマトを浴びせられた[21]

ボクシング[編集]

WBAWBCIBF統一世界ヘビー級タイトルマッチ・ジェームス・ダグラスマイク・タイソン
1990年2月11日日本東京ドームで行われた同タイトルマッチで、ダグラスがタイソンに10回KO勝ちを収めて王座を獲得した[24]。タイソンはプロデビュー以来、37戦37勝33KOという記録を残していたが、この試合が初の敗戦となった。

ラグビー[編集]

国際親善試合 サントリーウェールズ代表
2001年6月3日秩父宮ラグビー場で、社会人単独チームであるサントリー(後のサントリーサンゴリアス)対ウェールズ代表戦が行われ、サントリーが45-41でウェールズ代表を破った[25]。なお、ラグビー日本代表2013年6月15日に東京・秩父宮ラグビー場でのテストマッチに勝利するまで一度もウェールズ代表に勝利したことがなかった。

野球[編集]

2010年の日本シリーズ
千葉ロッテマリーンズクライマックスシリーズを優勝し、中日ドラゴンズを相手に史上初となるレギュラーシーズン3位からの日本一達成[要出典]

脚注[編集]

  1. ^ ばんくるわせ【番狂わせ】の意味”. 国語辞書 - goo辞書. 2012年6月16日閲覧。
  2. ^ 国立国会図書館 平成25年企画展示 名勝負!!
  3. ^ a b c d e f g 前田勇 『江戸語大辞典 新装版』 講談社2003年、829頁。ISBN 978-4062653336
  4. ^ a b 小松寿雄、鈴木英夫 『新明解語源辞典』 三省堂2011年、764頁。ISBN 978-4385139906
  5. ^ a b c 生島淳 『スポーツルールはなぜ不公平か』 新潮社2003年、66-73頁。ISBN 978-4106035289
  6. ^ おおものぐい【大物食い】の意味”. 国語辞書 - goo辞書. 2012年6月16日閲覧。
  7. ^ The New York Times - Breaking News, World News & Multimedia
  8. ^ Dave Wilton, "upset" - Wordorigins.org (Sun., Feb. 04, 2007)
  9. ^ Top Tens: Biggest FA Cup giant-killing shocks ... including Manchester United and Arsenal”. ESPN EMEA Ltd (2011年12月2日). 2012年6月16日閲覧。
  10. ^ FAカップ”. J SPORTS. 2012年6月16日閲覧。
  11. ^ アメリカ大統領選挙の番狂わせ(前編)- 標本調査における偏り①”. 統計学習の指導のために(先生向け). 2012年6月16日閲覧。
  12. ^ アメリカ大統領選挙の番狂わせ(後編)- 標本調査における偏り②”. 統計学習の指導のために(先生向け). 2012年6月16日閲覧。
  13. ^ アメリカがソ連を破る『氷上の奇跡』”. スポルティーバ 公式サイト web Sportiva. 2012年6月16日閲覧。
  14. ^ 菅原悦子 『歴史ポケットスポーツ新聞 冬季オリンピック』 大空出版、2009年、98頁。ISBN 978-4903175263
  15. ^ 次世代に伝えるスポーツ物語--スピードスケート・北沢欣浩”. 日本トップリーグ連携機構. 2012年6月16日閲覧。
  16. ^ 菅原悦子 『歴史ポケットスポーツ新聞 オリンピック』 大空出版、2008年、185頁。ISBN 978-4903175140
  17. ^ 菅原悦子 『歴史ポケットスポーツ新聞 相撲』 大空出版、2008年、19頁。ISBN 978-4903175164
  18. ^ 大相撲コラム 番狂わせに至ったある伏線(昭和14年春場所4日目 双葉山VS安藝ノ海)
  19. ^ 『大相撲この一番~“通”が選ぶ思い出の名勝負集』同文書院総合企画室
  20. ^ ジェフリー・ダグラス著、加賀山卓朗訳 『ワールドカップ伝説 奇跡を起こした11人』 朝日新聞社1998年、15-16頁。ISBN 978-4022572615
  21. ^ a b c d 大住良之 『ワールドカップの世界地図』 PHP研究所2002年、39-44頁。ISBN 978-4569620879
  22. ^ World Cup 2010: opening match brings back memories of the day USA humiliated England”. Telegraph (2010年6月5日). 2012年6月16日閲覧。
  23. ^ 後藤健生 『ワールドカップ 1930-2002』 中央公論新社2001年、79頁。ISBN 4-12-203832-4
  24. ^ 1990 -- Buster Douglas knocks out Mike Tyson”. Business Insider. 2012年6月16日閲覧。
  25. ^ ◇サントリーが偉大な歴史を作った◇  - 大野晃のラグビー通信 第20号 2001年6月4日付