サムスン電子

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サムスン電子
Samsung Electronics Co., Ltd.
Samsung Logo.svg
Samsung headquarters.jpg
サムスン電子本社
種類 株式会社
市場情報 韓国証券取引所(005930, 005935)[1]
ロンドン証券取引所 (SMSN LI, SMSD)
ルクセンブルク証券取引所 (SAMDR)
本社所在地 韓国の旗 韓国
ソウル特別市瑞草区瑞草洞1320番地
設立 1969年
業種 電気機器
代表者 イ・ゴンヒ(会長)
チェ・ジソン(代表取締役副会長)
イ・ジェヨン(社長兼COO
資本金 8975億ウォン(2010年12月末)
売上高 連結154兆6300億ウォン(2010年)
営業利益 連結17兆2960億ウォン(2010年)
純利益 連結16兆1460億ウォン(2010年)
総資産 134兆2887億ウォン(2010年)
従業員数 連結:19万人(2010年)
関係する人物 ユン・ジョンヨン(前、副会長兼CEO)
外部リンク 日本サムスン公式ページ
特記事項:各種決算指標は2010年12月期
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サムスン電子
各種表記
ハングル 삼성전자
漢字 三星電子
片仮名
現地語読み
サムソンジョンジャ
韓国式ローマ字 Samseongjeonja
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サムスン電子(サムスンでんし、三星電子、Samsung Electronics)は、韓国最大の総合家電電子部品電子製品メーカーで、サムスングループの中核企業である。

目次

[編集] 歴史

ニューヨークマンハッタンにあるタイム・ワーナーセンタービル内のサムスン体験館に描かれているサムスンのロゴ。
2008年ベルリンIFAでブースを構えたサムスン
2009年、ラスベガスで毎年開催される世界最大の見本市コンシューマー・エレクトロニクス・ショーにブースを構えるサムスン電子。

[編集] 創業から1980年頃まで

1938年の日本統治時代の朝鮮で設立されたサムスン電子の親会社であるサムスングループは、食品と衣服が主力事業であった。

1969年1月にサムスン電子工業株式会社が設立され、12月には三星三洋電機が設立、 電子産業に進出した。これは、当時急速に拡大していた韓国国内の需要市場をターゲットにした決定であった。1970年1月には三星NECが設立され、白物家電やAV機器の生産が行われた。1977年には韓国半導体を買収して半導体事業に参入し、1980年3月に韓国電子通信を買収した。1980年頃からは海外に次々と現地販売法人が設立され、ポルトガルアメリカには工場が設立された。

[編集] 1980年頃から2000年代まで

半導体事業での躍進

1983年2月に、創業者の 李秉喆 (イ・ビョンチョル)が「東京攻略宣言」を発表しDRAM事業への進出を開始した。これによりサムスン電子の東京支店が同年に開設され、日本から韓国へ半導体製造装置の輸入を開始した[2]。翌1984年には米国と日本に続き世界で3番目の64kのDRAMを開発し、光州電子を合併して、サムスン電子工業からサムスン電子に会社名が変更された。

一方、日本の東芝は、1984年に舛岡富士雄NOR型フラッシュメモリを発明、1985年に米国企業の4倍の容量を持つ画期的な世界最大の1MのDRAMを開発、1987年にNAND型フラッシュメモリを発明し、世界の半導体市場に名乗りを上げていた[3]。1986年、東芝半導体事業本部長の川西剛(後の代表取締役副社長)は、東芝の国際担当専務の仲介でサムスン電子からの訪韓の誘いを受け、訳も分からないまま訪韓し、李秉喆会長や幹部総出のVIP歓迎を受けた[3]。同業他社の歓待を受けるということの意味を理解していたか否かは定かではないが、川西はサムスンの建設途中の半導体工場を見せられた見返りに、最新鋭の東芝の大分工場を見せなければいけない結果となった[3]。同1986年にサムスン電子も突如1MのDRAMを開発に成功し、その後、東芝の大分工場の生産ラインを統括する製造部長がサムスンにスカウトされ、大分工場と同じ設備を持つ製造工場がサムスンに建設されることになった[3]。また、サムスンは1987年5月にアメリカと日本に研究所を設立し、1988年に半導体事業の売上高が905百万ドルに達し半導体メーカー売上高ランキングでは18位に躍り出た。

1988年には半導体企業トップ10社のうち6社が日本企業だったが、1991年のバブル崩壊の直撃を受けて日本の半導体企業は資金繰りが悪化、メモリー事業撤退や工場閉鎖など大掛かりなリストラが行われた。ここで韓国政府のバックアップもあり、サムスン電子はリストラされた日本の半導体企業の技術者たちを技術顧問として高給で雇い、待遇に不満のある日本の半導体企業の日本人技術者を高給を餌に週末毎に訪韓させ最新技術を獲得していった[3]。バブル崩壊後、サムスン電子には東芝のほかにも、松下電器三洋電機シャープNECなどの77人の日本人が技術顧問で在籍しており、サムスン電子の外国人技術者の殆どは日本人だった[3]。日本人顧問の業務内容としては、家電事業、AV機器事業、半導体事業などで使用している製造装置の現況調査、人事情報を基にした日本電機企業の組織図の作成、東芝出身の顧問にはフラッシュメモリの技術提供、資金難に陥った東芝にフラッシュメモリの共同開発を勧める提案などがあった[3]

こうした中、東芝はバブル崩壊の影響で銀行の融資が受けられないのと、90年初期はまだフラッシュメモリの市民権が低く、期待されていたほどの市場規模が形成されていなかった事と、頑張ればサムスン電子には負けないだろうという根拠の無い甘い見通しを立て、1992年にサムスン電子との間でフラッシュメモリの共同開発と技術仕様・製品情報の供与契約を締結した[3]。翌1993年に、サムスン電子は韓国初の6Mフラッシュメモリを開発、1995年には、バブル崩壊の余波で資金難に陥った東芝はやむなくサムスン電子と64Mフラッシュメモリ技術の共同開発で提携をした(ただし、これは大半が日本の技術で出来ており、今日でも大半の部品や製造装置を日本から輸入する依存状況は変わっていない)[3]

このように日本から技術者を獲得をすることによって驚異的な早さでサムスン電子のDRAM技術が発展し、追い詰められた東芝社内では技術者の韓国への週末出張が問題となり赤狩りのようなパスポートのチェックが行われていたが[3]、結局、技術者や内部情報の流出によって日本の技術が韓国や中国に奪われることになった。こうした状況を受けて1991年に半導体メーカー売上高ランキングでサムスン電子は売上高が1473百万ドルで12位だったが、1995年には売上高が8329百万ドルで6位と急上昇をした。この一連の事象は、過去の成功体験にあぐらをかいた東芝を初めとする日本企業の戦略・市場見通しの甘さ・サムスン電子に対する根拠無き過信と驕り、サムスン電子の先見性の高さなどが象徴される事例となった。

なお、その後、フラッシュメモリの全世界の市場規模は金額ベースで2001年に約8億ドルだったものが2004年には約72億ドル規模と急増しており、その後は更に加速度的に市場規模が拡大している。サムスン電子はこの流れに乗って半導体事業に莫大な投資をして大量生産をすることで、投資判断が小規模で遅い日本企業の半導体シェアを奪って行った。こうしてサムスン電子は、半導体売上高ランキングで米国のインテルに次ぐ2位の地位を2002年から2011年まで維持するようになっている。

[編集] 2000年代から現在まで

世界最大の電機メーカーへ

韓国国内でのサムスン電子の位置づけは、1990年代までは主要企業の中の一社に過ぎず、サムスン電子の目標も、競合または憧れの対象である世界のトップを行く日本企業へのキャッチアップを図ることであったが、上述の半導体事業での躍進などもあって2000年代以降は韓国国内の事業規模や韓国経済に与える影響面で圧倒的であるのみならず、世界の電機メーカーの中でも随一の大企業に成長した。

特に1997年のアジア通貨危機は、逆説的にサムスン電子を強力な企業に成長させるきっかけとなった。通貨危機で韓国の大企業30社のうち16社が破綻し、サムスン電子も韓国政府から公的資金が注入される事態となり、倒産寸前にまで追い込まれたが、破綻を避けるために広範な構造改革と効率的な経営計画に踏み切ることに成功し、サムスンは半官半民の韓国の将来をかけた企業として、さらに日本企業から日本人技術者を次々に買収していった。これにより、サムスン電子はグローバル企業への成長を加速させた[4]インターネット・バブル崩壊後の2000~2003年にもサムスン電子は純益伸び率5%を記録した。

また、サムスン電子は、90年代から半導体で得た莫大な利益を、2000年代前半当時としては次世代産業であったLCD事業や携帯電話事業に迅速かつ大規模に投資を行い、徹底的なマーケティング戦略と大規模なコマーシャル活動を交えながら、安価であるが高品質でデザイン性に優れた製品をリリースしたことから[5]、様々な製品の世界市場でシェアを伸ばした。例えばマーケティングでは、1996年には「TOPスポンサー計画」を通じてオリンピックの公式パートナーになり、1998年には長野冬季五輪の公式スポンサーとなり、2000年代以降は継続して五輪のスポンサーを務めている[6]

2009年に、サムスン電子は売上高基準でドイツシーメンスと米国のHPを超え、世界最大のIT・家電メーカーとなった[7][8]。2009年のサムスンのシェアは、薄型テレビと半導体メモリで世界第1位[9][10]、携帯電話が世界第2位[11]、白物家電でも上位を占めている。また、同年には、2020年の目標として売上高4,000億ドル達成を目指すビジョン2020を掲げた[12]。これを実現するために、既存のセット・部品中心の情報、通信、AV事業(Infotainment)に、ソフトウェアとソリューションを中心とした医療/バイオ、環境/エネルギー、利便性/癒しなど暮らしの質を向上させるライフケア(Lifecare)を新たな事業領域に盛り込み、「21世紀型のビジネス構造」への変身を図っている。

サムスン電子の時価総額は2011年12月現在で162兆ウォンであり[1]、19万人の社員を抱え、世界各地に65生産法人・130販売法人を展開している多国籍企業である。韓国最大の企業であり、ライバル企業のLGエレクトロニクス等と共に、韓国経済界で大きな位置を占めている。サムスングループ内には、総合電子部品メーカーのサムスン電機、デジタルカメラや製造装置や軍事機器などを生産するサムスンテックウィン、薄型テレビ用パネルや二次電池などを生産するサムスンSDIなど、数多くの関連企業を保有している。

特に大きなシェアを持つ製品は、薄型テレビや液晶ディスプレイ有機EL、携帯電話、リチウム電池、半導体(DRAM、フラッシュメモリ)、デジカメビデオカメラプリンターSSD、白物家電、ホームシアターなどである。

ソニーとサムスン電子は、合弁で液晶パネルを製造するS-LCDを韓国の忠清南道に設立していたが、ソニーのテレビ部門8年連続赤字などが響き合弁を解消した。全ての株式をサムスンに売却する事になった[13]

2011年現在、サムスンとアップルの訴訟合戦が起こっており、サムスン電子の製品がアップルのiPadiPhoneのデザインや特許を真似をしたとしてサムスン電子を提訴している。またサムスン電子もアップル製品がサムスン電子の特許を侵害しているとして提訴をしている。裁判ではアップルが勝訴したり敗訴したりしており泥沼化している[14]

[編集] 代表的な製品

サムスン電子の代表的製品一覧を参照。

[編集] テレビ

サムスン電子の薄型テレビの世界シェアは台数ベース、金額ベースともに長年世界1位である。2009年には金額ベースで世界市場シェアの24%、台数ベースで18.9%を記録している[15]

[編集] 液晶パネル・液晶モニター

サムスン電子は、「薄さ」を追求した技術開発を行っている。2007年10月に初めて厚さ10mmの40インチ液晶テレビパネルを発表し、故障率はある程度高いが2008年10月には7.9mmの開発に成功し世界初の記録を更新している。2009年には世界で最も薄い3.9mmの40インチ型LEDテレビ向け超スリムパネルの開発に成功し「ニードルスリム(Needle Slim)」と命名された。

[編集] 携帯電話

GALAXY Tab(SC-01C)

2007年に携帯電話の世界シェアで米国のモトローラを超えて、世界第2位の携帯電話メーカーになった[16]。2010年の世界シェアは20.2%であった[17]。2012年にはノキアを抜き世界最大の携帯電話メーカーになることが濃厚になった[18]

日本ではドコモと提携をし、2010年3月にスマートフォンGalaxy S(GT-I9000)を発表した。また同年11月には、タブレットPC型android端末、GALAXY Tab(SC-01C)も合わせて投入された[19]

[編集] リチウム電池

2010年にサムスン電子のリチウム電池の世界シェアが三洋電機を抜き1位になった。LG化学のリチウム電池世界シェアもソニーを抜き3位になった[20]

[編集] 半導体

2002年から半導体メーカー売上高ランキングで世界2位である。DRAMやフラッシュメモリ、SSD、MCP、システムLSIチップ、モバイル向け半導体など、多種多様な半導体を生産しており、サムスン電子の半導体はiPhoneiPodiPadPSPWiiPS3Xbox 360 などにも搭載されている。

前述のとおり、半導体こそ今日のサムスンに成長させた立役者である。1983年当時、70代半ばという高齢の創業者の李秉喆(イ・ビョンチョル)会長が反対陣営を押し切って半導体事業に進出すると決定した事は、現在では韓国で企業家精神の模範として評価されている。李秉喆は半導体事業への進出理由として『半導体事業は、資源がほとんどない韓国の自然条件に適しているだけでなく、付加価値が高い』ことを挙げ、また、『高度の技術を要する製品を開発することこそ、第2の跳躍を果たす上で唯一の道であると確信する』と述べていた。

日本から半導体製造装置や技術者を買い上げることでサムスン電子の技術水準は目指しい速度発展し、半導体事業の立ち上げからわずか10か月で、64KのDRAMを世界で3番目に開発し、1992年に64MのDRAMを開発した。そして1994年と1996年に256Mと1GのDRAMを連続し開発し、半導体を韓国の代表産業として育て上げた。2002年にNANDフラッシュ部門でトップとなり、2006年には世界初の50ナノDRAMと2007年の30ナノNANDをリリースし、トップ企業に台頭した[21]

2010年には半導体世界シェアは2位になり[22]、同年に半導体に対する投資規模を11兆ウォンへと、特にメモリ半導体施設への投資を当初の計画額5兆5,000億ウォンから9兆ウォンへと増やした[23]。また7月から世界で始めて30ナノ級の2Gb(ギガバイト)のDDR3(Double Data Rate 3)DRAMを量産し始めた[24]

もう一つ注目される分野は、サムスンの社名がほとんど知られていなかったファウンドリ分野である。同分野への進出から5年が経った2010年に、サムスン電子はメモリ事業に続き、ファウンドリ事業を半導体成長の新たな稼ぎ頭とするために、攻撃的な歩みを見せている[25]

[編集] デジタルカメラ・デジタルビデオカメラ

デジタルカメラ・カムコーダー分野も集中的に攻略している分野である。「World’s First & Best」機能のプレミアムカメラを目指している「WB550」とデュアル液晶ディスプレイを適用したST550、64GBのSSDを搭載したフルHDカムコーダー「HMX-H106」をリリースしている。

サムスンのデジタルカメラ世界シェアは、2005年は9位。2006年は5位。2007年は3位である[26]。2009年には、コンパクトカメラ部門で世界シェア3位を記録し、プレミアム製品を中心に売上構造が改善している[27]。2010年にはレンズ交換式のミラーレスデジタル一眼NX10を世界各国で発売した。

日本のペンタックスとは、銀塩カメラ時代から技術交流があり[28]、2005年10月には、ペンタックスとサムスンテックウィンは一眼レフカメラ分野で共同開発を発表し、2006年10月に、この成果となるサムスン初となるデジタル一眼レフカメラGX-10を発売した。ペンタックスがHOYAに吸収合併された後も、サムスンと共同開発で提携を続けていたが、その後技術交流の効果が見られず、提携が解消されている[29]

一方、デジタルビデオカメラの2007年の世界シェアは5位であった。

[編集] プリンター/複合機

2007年からプリンター/複合機事業についても中核事業とした。2006年の出荷台数の世界シェアは9位、2007年のレーザ方式のプリンター/複合機の出荷台数の世界シェアは2位、2009年にはA4レーザープリンターが世界シェアで2位に浮上し、モノレーザープリンター・複合プリンター、カラーレーザープリンター・複合プリンターなどの分野でも世界第1、第2位のシェアを記録した[30][31][32]。特に、レーザー複合プリンター部門では初めて世界トップとなり、世界的な景気低迷の中でも2008年対比で販売量を増やし、急成長を遂げた[33]

[編集] その他のAV機器

ホームシアター部門で北米市場とヨーロッパ市場で共にシェア1位である。またブルーレイディスクプレイヤーで北米市場でシェア1位である。

[編集] 白物家電

韓国のzipelページを参考 北米と欧州、CIS地域では、プレミアム冷蔵庫とドラム型洗濯機、エアコンなどが好調を見せている。(サムスン電子による2009年第1四半期 実績発表 生活家電部門を参考)

プレミアム製品と普及型製品に二分化している家電製品市場でプレミアムブランドのイメージを定着させているが、新興市場では現地の生活と文化に合わせた特化技術を採用する戦略をとっている。

[編集] 実績

研究開発費(単体) 設備投資費(連結) 米国特許取得件数
2009年 7兆6000億ウォン 8兆5000億ウォン 2位
2008年 6兆9000億ウォン 1兆1500億円 2位
2007年 63億ドル 90億ドル 2位
2006年 60億ドル 108億ドル 2位
2005年 53億ドル 99億ドル 5位
2004年 46億ドル 74億ドル 6位
2003年 29億ドル 56億ドル 9位
2002年 24億ドル 35億ドル 11位
2001年 18億ドル 31億ドル 5位

[編集] 決算

[編集] 連結業績の推移

金額はウォン表示。サムスン電子による業績のソースを参照。

連結売上高 連結営業利益 連結純利益
2010年 154兆6,300億₩ 17兆2,970億₩ 16兆1,470億₩
2009年 138兆9,940億₩ 11兆5,780億₩ 9兆6,500億₩
2008年 121兆2,940億₩ 6兆320億₩ 3兆550億₩
2007年 98兆5,080億₩ 8兆9,730億₩ 7兆530億₩
2006年 85兆4,256億₩ 9兆80億₩ 5兆9,620億₩
2005年 80兆6,295億₩ 7兆5,750億₩ 10兆7,900億₩
2004年 81兆9,600億₩ 11兆7,610億₩ 7兆6,400億₩
2003年 64兆8,200億₩ 6兆2,960億₩ 7兆9,260億₩
2002年 58兆4,000億₩ 9兆2,460億₩ 7兆4,210億₩
2001年 46兆4,400億₩ 3兆9,510億₩ 5兆5,526億₩
2000年 43兆5,280億₩ 9兆600億₩ 6兆30億₩
1999年 32兆880億₩ 5兆3,890億₩ 3兆1,750億₩
1998年 25兆7,720億₩ 2兆8,660億₩ -362億₩
1997年 22兆6,820億₩ 2兆3,220億₩ -610億₩

[編集] 単体業績の推移

金額は、ウォン表示。サムスン電子による業績のソースを参照。

単体売上高 単体営業利益 単体純利益
2009年 89兆7,730億₩ 6兆3,490億₩ 9兆6,490億₩
2008年 72兆9,530億₩ 4兆1,340億₩ 5兆5,260億₩
2007年 63兆1,760億₩ 5兆9,430億₩ 7兆4,250億₩
2006年 58兆9,700億₩ 6兆9,340億₩ 7兆9,300億₩
2005年 57兆4,600億₩ 8兆600億₩ 7兆6,400億₩
2004年 57兆6,324億₩ 12兆170億₩ 10兆7,867億₩
2003年 43兆5,800億₩ 7兆1,930億₩ 5兆9,600億₩
2002年 40兆5,115億₩ 7兆2,450億₩ 7兆518億₩
2001年 32兆3,804億₩ 2兆2,950億₩ 2兆9,400億₩
2000年 34兆2,800億₩ 7兆4,350億₩ 6兆100億₩
1999年 26兆1,180億₩ 4兆4,820億₩ 3兆1,700億₩
1998年 20兆840億₩ 3兆1,000億₩ 313億₩
1997年 18兆4,650億₩ 2兆8,560億₩ 124億₩
1996年 15兆8,750億₩ 1兆4,470億₩ 164億₩

サムスン電子の決算情報や財務状況、投資家への情報は、英語のサムスン電子ウェブサイト[34]や、韓国語のサムスン電ウェブサイト[35]で確認する事が出来る。

大体の情報を英語のサムスン電子ウェブサイトで確認できるが、特に韓国語のサムスン電子HPでは詳細な財務情報などを確認する事が出来る。また、サムスン電子の1年間の通期決算は12月末に集計され、約1か月後に発表される。

[編集] 日本におけるサムスン

[編集] 日本法人

日本では、東京に本社を置く日本サムスンを展開し、サムスン電子やサムスングループ内の企業の輸出入、及びサムスン関連事業を展開している。2007年の売上高は、1兆2,062億円[36]

また、サムスン横浜研究所[37]や大阪支店など、複数の拠点を展開している。日本の研究所ほかに、韓国はもちろん、イギリスやポーランド、イタリア、イスラエル、ロシア、インド、中国、日本、アメリカ、ブラジルなど、世界18か国に研究所を保有しており、1か国に数か所の研究所を保有している国もある[38]。また、生産では韓国工場の他にも世界11か国以上に工場を保有しており、グローバル戦略を展開している。

[編集] 撤退(一部)

日本でのサムスンの家電製品の売上げは不振を極め、2000年頃に白物家電販売から撤退した。その後も薄型テレビなどのAV機器は販売していたが、 2007年11月、サムスン電子は家電製品の販売を日本市場から撤退すると発表した[39]。 日本では収益が少なく、アメリカ市場やヨーロッパ市場などに経営資源を集中するためとみられている。[40]。 家電製品の撤退以降も、法人向け製品や個人向けの液晶モニター、HDD、SDD、電子部品、半導体メモリーなどを日本で販売している。日本国内で販売しているサムスン製携帯電話については、日本サムスンの販売ではない。

原音では「サムソンジョンジャ(=サムスン電子:삼성전자)」に近い発音である。日本では「サムスン」という。これは、日本進出時、既にサムソンを名乗る会社が複数あったため、日本語におけるローマ字表記に準拠したものと言われている。 中国においては、社名を漢字表記し、「三星电子sān xīng diàn zi、サンシンディエンズ)」と読ませている。

[編集] 事業部門及び生産品目一覧

[編集] 事業部門

日本サムスン電子の公式ページの事業概要を参照。

サムスンの事業部門は、大きく完成品と部品に分けられる。
完成品部門は、携帯電話や個人向けPC、テレビ、家電製品、モニター、MP3プレーヤー、プリンター、カメラ、そして、冷蔵庫、エアコン、洗濯機、オーブン、掃除機などの家電製品群で構成されている。
部品部門は、半導体液晶ディスプレイに分けられる。
半導体分野は、世界第1位を記録しているメモリ部門と急成長中のシステムLSI部門、ストレージシステム部門で構成されている。
メモリ部門は、デジタル情報保存用の集積回路をデザイン・生産する分野として、世界市場でDRAM、SRAM、NANDフラッシュ、NANDフラッシュベースのデータ保存機器であるSSDsの先発者である。また、DRAMとSRAMを一つのチップでまとめたフュージョンメモリを開拓し、ナノ技術を商用化する一方で、新たなメモリ装置とマルチチップパッケージ商品を開発するために攻撃的な歩みを見せている。
システムLSI分野でサムスン電子は、ロジックとアナログ集積回路装置をデザインし、生産する分野として、3つの主要領域、つまり、モバイルソリューション、家庭向け・メディアソリューション、ASIC&ファウンドリーサービスで構成されている。DDI、ナビゲーション向けAP、MP3 SoCの品目は、世界シェアトップを記録している。
ストレージシステム分野では、ノートPC・デスクトップPC、デジタルカムコーダー、MP4プレイヤー、その他多数の消費者家電製品とモバイル製品に使用される高容量、高性能のハードディスクドライブ生産の先発企業である。最近は、超コンパクト型の高容量外付けハードドライブも生産している。サムスン電子は、より軽く、より静かで、エネルギーの効率性が改善されたハードディスクドライブを作り出す技術の開発において著しい成果を上げている。 サムスンの液晶ディスプレイ分野は、テレビ、DIDs、ノートPC、デスクトップPCのモニター向けパネルを生産する。最近、市場が一層拡大している次世代のプレミアム製品である超軽薄型、Edgelit(側面発光)バックライト型の液晶ディスプレイパネルでトップメーカーであり、LED‐バックライトパネルのデザインと240Hzの液晶ディスプレイ技術開発で先頭を走っている。

[編集] 生産品目一覧

サムスン電子の公式ページの生産品目一覧を参照。

[編集] 電子製品

オムニア

[編集] 家電製品

[編集] 電子部品

[編集] デザイン

サムスン電子の急成長は、最先端の流行を反映したデザインが支えている。サムスンは、90年代初頭からデザイン経営を強化してきた。ソウル市瑞草(ソチョ)区にある43階建ての本社ビル内にデザインセンター1)が設置されており、創業当時2人だったデザイナーが2005年には510人、2010年現在は900人余りにまで増加した。サムスンは、2年周期でデザインを見直している。最初の1年は流行を分析して商品戦略を計画し、2年目に新たなデザインを作り出している。[42]

このようなデザイン強化への取り組みは、デザイン部門で非常に高い評価を受け、2006年から国際的に権威のある種々のデザイン祭で210の賞を受賞した。[43]iF、IDEAなどでも多数の受賞実績を誇っている。2009年のIDEAでは、8つの賞を受賞し、賞を最も多く受賞した企業となった。[44]また、iFでも最多の受賞企業として名をはせている。 2010年の「iF Product Design Award」でもサムスン電子は21の製品が賞を受賞し、最多の受賞企業となった。また、iFで主催する5つのアワード(製品、素材、コミュニケーション、パッケージ、コンセプト分野)の2年間の実績を累積集計して発表するランキングでは、デザイナーの創造性と累積受賞実績の両分野で1位を記録した。[45]

CMでは富士山や寿司など日本色の強いものを使うこともあり、日系企業だと誤解しているという統計もある[要出典]

[編集] 環境

現在、サムスン電子は、2013年まで売上高ベースの温室効果ガスを2008年対比で50%削減し、製品のエネルギー効率を40%向上させる目標を定め、グリーン経営を進めている。サムスン電子は、グリーン経営のビジョンとして「Creating New Value Through Eco-Innovation(エコ革新活動による新たな価値創出)」をスローガンとする「Planet First」を発表した。中核的な推進課題として、事業所と製品使用時の温室効果ガスの削減、エコ製品の販売拡大などを提示した。[46][47]

特に、国内の事業所に温室効果ガス低減設備を導入し、2010年上半期基準で温室効果ガスの排出量を2008年対比で31%削減した。液晶ディスプレイ事業部は、7月15日にSF6(六フッ化硫黄)を削減するCDM(クリーン開発メカニズム)事業の国連承認を取得するなど持続的な温室効果ガス低減に向けた取り組みを実践している。[48]


[編集] ロゴ

サムスン電子の社名である「サムスン」は、「大きく、明るく、光る3つの星」を意味する。社名の「三」という数字は、漢語で「大きく、強い」という意味があり、「星」には、「明るく、高く、光る」という企業の祈願が盛り込まれている。漢字を使用する国では、幸運が伴う社名であることに気付くはずである。[49] サムスンのロゴデザインは、柔軟性と単純さを強調しており、宇宙と世界の舞台を象徴する楕円をやや斜めにし、動的で革新的なイメージを表現している。 サムスンの共通カラーである青色は、安定感と信頼感を与えるカラーとして、顧客に親しみのある企業を目指す意志が込められており、社会に対する責任感を象徴している。英文のロゴデザインは、技術主義を通じた顧客志向への意志、ハイテク企業のイメージを現代的な感覚で表現している。[50][51]

[編集] 沿革

  • 1973年 - 三星三洋電子設立(現・サムスン電機)。
  • 1973年12月 - サムスン家電工場を竣工。
  • 1974年 - 三星電子東京事務所が開設
  • 1974年3月 - 冷蔵庫「SR-180、SR-201TD」生産開始。
  • 1974年12月 - 洗濯機 「SEW-200W」生産開始。
  • 1975年 - サムスンジャパン株式会社 設立
  • 1975年10月 - 白黒テレビ生産が100万台を突破。
  • 1975年11月 - モニター工場を竣工。
  • 1977年 - 三星電気(株)を吸収合併。
  • 1978年7月 - アメリカに現地販売法人「SEA」を設立。
  • 1979年7月 - 電子レンジ「RE-7700」生産開始。
  • 1980年3月 - 韓国電子通信株式会社を買収。
  • 1980年5月 - エアコンの生産を開始。
  • 1980年9月 - ポルトガルの最初の現地生産法人「SEP」竣工。
  • 1982年6月 - ドイツに現地販売法人「SEG」設立。
  • 1982年9月 - ポルトガルの最初の現地生産法人「SEP」竣工。
  • 1982年12月 - 韓国電子通信、サムスン半導体通信株式会社に商号変更。
  • 1983年3月 - パソコン「SPC-1000」生産開始。
  • 1983年 - サムスン電子株式会社 東京支店 開設
  • 1983年 - 半導体製造装置の対韓輸出開始
  • 1984年2月 - 三星電子(株)と改称。
  • 1984年 - 光州電子(株)を合併。
  • 1984年 - 1M DRAMを開発。
  • 1984年 - 11月にイギリスに現地販売法人「SEUK」設立。
  • 1984年12月 - アメリカに現地生産法人「SII」設立。
  • 1987年5月 - 海外の研究所(アメリカ・サンタクララ、日本・東京)を設立。
  • 1987年9月 - オーストラリアに現地販売法人「SEAU」設立、カナダに現地販売法人「SECA」設立。
  • 1987年10月 - イギリスに現地生産法人を竣工、生産開始。
  • 1987年 - 李健熙(イ・ゴンヒ)が2代目会長に就任。
  • 1988年 - 三星半導体通信(株)を吸収合併、第二創業宣言「21世紀に超一流企業に」。
  • 1988年10月 - フランスで販売会社「SEF」設立、タイに現地生産法人「TSE」設立、メキシコに現地生産法人「SAMEX」竣工、生産開始。
  • 1988年11月 - にサムスン半導体通信を吸収合。
  • 1992年 - サムスン横浜研究所 設立
  • 1992年2月 - チェコスロバキア(当時)に現地生産法人を設立。
  • 1992年7月 - 中国・天津にVTR生産法人を設立。
  • 1992年9月 - 東芝の技術提供の基、世界最初の64M DRAMを開発。
  • 1995年4月 - 東芝と64Mフラッシュ・メモリー技術で戦略的提携。
  • 1996年3月 - アメリカ・テキサス州オースチンに半導体工場を着工。
  • 1998年 - 日本サムスン設立。
  • 1998年2月 - 長野冬季オリンピックの無線通信部門の公式パートナー参加。
  • 2001年3月 - Dell社と戦略的提携。
  • 2001年7月 - AOLタイムワーナー(当時)と戦略的提携を締結。
  • 2003年 - 輸出額30兆ウォン(約3兆円)、韓国の総輸出額の14.57%、フラッシュメモリで世界一に。
  • 2004年 - 純利益で100億ドル突破。
  • 2004年4月 - ソニーと合弁で液晶パネル製造会社S-LCD設立。
  • 2004年4月 - 東芝と光ディスク装置の合弁会社 東芝サムスンストレージテクノロジーを設立。
  • 2004年12月 - サムスン電子とソニー、相互特許使用契約の締結。

[編集] 関連項目

サムスンはイングランドプレミアリーグチェルシーFCとスポンサー契約を交わしている。写真の選手はサッカードイツ代表ミヒャエル・バラック

[編集] 関連企業

[編集] 参考文献・注記

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  4. ^ ニッポンに圧勝したサムスンのグローバル戦略@IT MONOist 2008-09-09, 上島 康夫
  5. ^ サムスン電子のデザイン方針
  6. ^ サムスンとスポーツスポンサーシップtechnoloGeekO, 2010/6/11
  7. ^ <オピニオン>ハリー金の韓国産業ウォッチ①世界一サムスンへの視線、東洋経済日報 2010-02-12、ディスプレイバンク日本事務所 金 桂煥 代表
  8. ^ サムスン電子、トップ電子メーカーに、総合ニュース 2010-01-08
  9. ^ 3Dテレビ“日韓戦”が白熱 「世界初」の称号奪いサムスンが先行産経新聞, 2010-03-09
  10. ^ サムスン電子と東芝が上位を維持、2009年第4四半期の NAND型フラッシュ売上高EETIMES, 2010-02-03
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  22. ^ 2010年の世界半導体市場の売り上げは、2,994億ドルに
  23. ^ サムスン電子、『攻撃投資』…設備18兆、R&D8兆ウォン”KOTRA, 2010-05-18”
  24. ^ サムスン電子が30ナノ級DRAM量産開始”wowkorea, 2010-07-21”
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  43. ^ 受賞状況”日本サムスン”
  44. ^ サムスン、2009年IDEA賞を8点受賞 国際的なデザインエクセレンスを強化”日本サムスン, 2009-07-30”
  45. ^ IF賞で5製品入賞、サムスンが最多記録” NNA.ASIA, 2010-04-26”
  46. ^ サムスン電子、エコマネジメント2013イニシアティブを発表”日本サムスン, 2009-07-23”
  47. ^ サムスン電子、2013年に温室ガス排出量半減”wowkorea, 2009-07-20”
  48. ^ YONHAP NEWS AGENCY (2010年7月20日). “サムスン電子、温室効果ガス2年間で31%削減”. 聯合ニュース. http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2010/07/20/0200000000AJP20100720001700882.HTML 2011年1月12日閲覧。 
  49. ^ 韓国10大企業名とロゴの意味(韓)koreadaily, 2010-06-07
  50. ^ サムスン ロゴマーク日本サムスン
  51. ^ サムスン電子のロゴの歴史

[編集] 外部リンク

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