舛岡富士雄

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舛岡 富士雄(ますおか ふじお、1943年5月8日 - )は電子工学の研究者。フラッシュメモリの発明者である。

現在、日本ユニサンティスエレクトロニクス株式会社最高技術責任者(CTO)。Surrounding Gate Transistor(SGT)の開発を行っている。東北大学名誉教授。2007年春の褒章受章者で紫綬褒章が贈られている。

目次

[編集] 来歴

  • 1943年 群馬県高崎市出身。群馬県立高崎高等学校卒。
  • 1971年 東北大学では西澤潤一研究室に属し大学院工学研究科電子工学専攻博士後期課程を修了。工学博士。株式会社東芝に入社。
  • 1980年 NOR型フラッシュメモリを発明。
  • 1986年 NAND型フラッシュメモリを発明。
  • 1994年 東北大学大学院情報科学研究科教授。
  • 1996年 東北大学電気通信研究所教授。
  • 2004年 日本ユニサンティスエレクトロニクス株式会社最高技術責任者(CTO)。

[編集] フラッシュメモリ発明にまつわるエピソード

東芝に入社後、高性能なメモリーを開発したが売れないことに業を煮やした舛岡は、営業職を志願し、アメリカのコンピューター会社を回った。結局全然売る事ができず1年もたたずに営業職からは外される。しかし、この時に何度も営業先に言われた「性能は最低限でいい。もっと安い製品はないのか」という言葉から、性能の向上ばかり考えず需要に見合った機能を持つ製品を低コストで作るべきだと悟る。結果、情報を1ビットごとではなく一括消去するという、あえて性能を落としてコストを4分の1以下にする方法を思いつき、フラッシュメモリが発明されるに至った。[1]

[編集] 研究を続けるため東芝を退社~その後

その後、東芝は舛岡を地位こそ研究所長に次ぐが、研究費も部下も付かない技監(舛岡曰く窓際族)になるよう何度も要請。 研究を続けたかった舛岡は、何とか研究を続けられるよう懇願したが受け入れられず、1994年に東芝を退社した[2]

その後、東北大学大学院や退官後に就任した日本ユニサンティスエレクトロニクス等で、フラッシュメモリの容量を10倍に増やす技術や、三次元構造のトランジスタ(Surrounding Gate Transistor)など、現在も研究者として精力的に研究活動を行っている。

[編集] 裁判

舛岡は自身が発明したフラッシュメモリの特許で、東芝が得た少なくとも200億円の利益うち、発明者の貢献度を20%と算定。本来受け取るべき相当の対価を40億円として、その一部の10億円の支払いを求めて2004年3月2日東芝を相手取り、東京地裁に訴えを起こした。2006年7月27日に東芝との和解が成立、東芝側は舛岡氏に対し8700万円を支払うこととなった。

[編集] 脚注

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[編集] 外部リンク

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