サウジアラムコ

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サウジアラムコ
Saudi Aramco
本社所在地 サウジアラビアの旗 サウジアラビア
ダーラン
設立 1933年
業種 石油・ガス
事業内容 石油・天然ガスの探査、開発および生産
関連するパイプライン、輸送および加工業務
原油、石油および化学品の供給や取引、精製、販売および輸送
代表者 ハリド・アル・ファリハCEO
アリ・ヌアイミ石油鉱物資源相
売上高 1998億ドル(2006年)
従業員数 51,356 (2006)
主要株主 サウジアラビア政府 100%
外部リンク 公式サイト(英語)
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サウジアラムコSaudi Aramcoأرامكو السعودية Aramku al-Saūdīyah‎)は、サウジアラビア王国の国営石油会社。保有原油埋蔵量、原油生産量、原油輸出量は世界最大。

沿革[編集]

前史[編集]

1928年に締結された赤線協定によって、旧トルコ帝国の領土内であるサウジアラビアでは、イラク石油会社英語版(通称IPC))の株主であったエクソンとモービルは他の株主(アングロ・ペルシャ石油英語版(現 BP)、ロイヤル・ダッチ・シェルフランス石油(通称CFP)、カルースト・グルベンキアン)の承諾を得ずに単独で石油を開発することができなかった。

欧米資本の進出[編集]

1933年5月29日、米国の国際石油資本スタンダード・オイル・オブ・カリフォルニア英語版(通称ソーカル、SoCal。現:シェブロン)の子会社であるカリフォルニア・アラビアン・スタンダード・オイル・カンパニー英語版(通称カソック、CASOC)がサウジアラビアのイブン・サウド国王との合意書に調印し、同国の石油利権を獲得した。利権の対価は毎年5,000ポンドと石油が出た場合にその収入で返済する50,000ポンドの貸付であった。

1936年カリフォルニア・アラビアン・スタンダード・オイル・カンパニー英語版(CASOC)は米国のテキサコ(現:シェブロン)と50%ずつ株式を保有する合弁会社になり、1938年3月、ダーランで石油を掘り当てた(ダンマン油田)。1944年1月31日カリフォルニア・アラビアン・スタンダード・オイル・カンパニー英語版(CASOC)は社名をアラビアン・アメリカン・オイル・カンパニー英語版(通称アラムコ)に変更した。

赤線協定廃止とOPEC設立[編集]

1948年、赤線協定を廃止する合意が成立したため、2社がアラビアン・アメリカン・オイル・カンパニー英語版(通称アラムコ)の株主に加わり、カリフォルニア・アラビアン・スタンダード・オイル・カンパニー英語版(CASOC)とテキサコは50%ずつ保有していたアラビアン・アメリカン・オイル・カンパニー英語版(通称アラムコ)の株式の比率を30%に下げ、スタンダード・オイル・オブ・ニュージャージーエッソ/後のエクソン、現 エクソンモービル)が30%、ソコニー・ヴァキューム・オイル・カンパニー英語版(後のモービル。現:エクソンモービル)が10%保有することになった。アラムコ4社と呼ばれるようになる。

1949年ラスタヌラ製油所英語版の操業を開始した。同製油所の原油処理量は55万B/Dと世界最大級である。1950年12月30日、アラムコとサウジアラビア政府が新協定(利益折半協定)に調印。

1960年OPEC結成を契機に1960–70年代には産油国で石油会社を国有化する動きが進んだが、サウジアラビア政府は急激な完全国有化政策を取らなかった。

国有化へ[編集]

1962年3月、アハマド・ザキ・ヤマニがサウジアラビアの石油鉱物資源相に就任し、アラムコ4社(ソーカル、テキサコ、エクソン、モービル)に呼びかけ、政府によるアラムコへのParticipation(事業参加)についての交渉が行われた。

1971年2月14日、サウジアラビア、クウェートイランを含む湾岸産油6か国とエクソン、ロイヤル・ダッチ・シェル、フランス石油など、湾岸地域で操業する国際石油会社13社との間で、原油価格変更のルールと新しい利益配分比率を定める「テヘラン協定」(Tehran agreement)が締結された。

1973年10月、第四次中東戦争。12月、政府の25%経営参加に合意する「リヤド協定」が成立。

1980年には、政府の100%事業参加(実質的な完全国有化)を実現した。

1986年10月、ヤマニは突然石油鉱物資源相を解任された。

サウジアラムコ設立[編集]

後任のヒシャム・ナーゼル英語版石油鉱物資源相によってアラムコの完全国有化が進められた。1988年11月8日、サウジアラビア政府は旧アラムコの操業権利・資産などを引き継ぎ、国営石油会社「サウジアラビアン・オイル・カンパニー」(サウジアラムコ)を設立した。主な事業内容は石油・ガスの探鉱、開発、生産、販売などであった。「アラムコ」とはアラビアン・アメリカン・オイル・カンパニー英語版の略称であり、国営石油会社の略称に他国である「アメリカ」の名称を残していることに特徴がある。

1993年7月1日、サウジアラムコは国営企業のサマレックを吸収。国内石油精製事業と石油製品の販売を事業に加えた。

最高石油・鉱物評議会[編集]

同社は、最高石油・鉱物評議会(SupremeCouncil for Petroleum and Mineral Affairs)が決定する全般的政策・事業計画の下に事業を行っている。最高石油・鉱物評議会とは、2000年1月に設立された石油、ガス、その他炭化水素資源に関する国家政策やサウジアラムコの事業計画などを審議・決定する国家の最高意思決定機関であり、アブドッラー国王を議長、スルタン皇太子兼副首相を副議長とし、サウード外務大臣、ナイミ石油鉱物資源相をはじめとする関係閣僚など合計12名から構成されている。

日本との関係[編集]

  • 2000年2月、アラビア石油がサウジアラビアにおける利権失効。
  • 2004年5月、住友化学とサウジアラビアでの世界最大級の石油精製・石油化学統合コンプレックス建設に向けた覚書を締結。
  • 2004年8月、昭和シェル石油の株式の9.96%をロイヤル・ダッチシェルグループから譲り受ける。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]