コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック

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コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック(「現代的キリスト教音楽」の意味、CCMまたは、inspirational musicとも言われる。)はキリスト教信仰に関係した事柄に歌詞に重点を置いたポピュラー音楽の分野である。この語は、ナッシュビル、テネシーに基礎を置いたポップ、ロック、ワーシップキリスト教音楽産業、また以下のアーティストについて言及する時に典型的に用いられる。

アバロンAvalon,バーローガール en:BarlowGirl, ジェレミー・キャンプen:Jeremy Camp, キャスティング・クラウンズen:Casting Crowns, スティーブン・カーティス・チャップマンen:Steven Curtis Chapman, ディビッド・クラウダー・バンドen:David Crowder Band, エイミー・グラント,ナタリー・グラントen:Natalie Grant,ジャーズ・オブ・クレイ en:Jars of Clay, マーシーミーen:MercyMe, ニューボーイズen:Newsboys, クリス・トムリンen:Chris Tomlin, ヒルズソングen:Hillsong, マイケル・W・スミス,レベッカ・セント・ジェイムスen:Rebecca St. James, サード・ディen:Third Day, トビーマックen:tobyMac, ポール・バロックen:Paul Baloche,リンカーン・ブリュースターen:Lincoln Brewster,ジョセ・ヴィラネヴァ三世en:Jose Villanueva III, ロメル・ゲベラen:Rommel Guevarra, ジャナ・ガスィラオen:Janna Gasilao,ゲーリー・ヴァレンチャノen:Gary Valenciano、その他多くのアーティストがいる。 産業はビルボードの「トップ・クリスチャン・アルバムズ」 と 「ホット・クリスチャン・ソングス」 iTunes Storeの 「クリスチャン&ゴスペル」分野と同じくらいに

歌詞的にキリスト教であるとしているすべてのポピュラー音楽がコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックなのではない。例えば、多くのパンク、ハードコアとホーリー・ヒップ・ポップは明白に信仰に関係した事柄を扱うがナッシュビル産業ではない。

また、 ボブ・ディラン, バーズ, ライフハウス,U2 のようないくらかの主流派のアーティストは彼らの作品の中に、キリスト教のテーマを扱ってきたが、CCM ではない。

背景[編集]

コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックは1960年代から1970年代初期のジーザス運動リバイバルのイ間に、ポピュラー・ミュージックの感覚で最初に来た。最初のポピュラーな「ジーザス・ミュージック」アルバムは、ラリー・ノーマンにより、キャピトル・レコードより最初にリリースされた「この岩の上に(Upon This Rock)」である。伝統的とも南部ゴスペルとも異なった、この新しいジーザス・ミュージックはロックンロールとフォールロックから生まれた。この運動の先駆者は、使途行伝二章、アンドレア・クローチと弟子達、愛の歌、ペトラ。バリー・マクギアーなどを含む。小さい、ジーザス・ミュージック文化は、1980年代までに、何百万ドルの企業に成長した。1990年代には、エイミー・グラント、DCトーク、マイケル・W・スミス、ジャーズ・オブ・クレイなどのCCMのアーティストは主流のトップ40位のラジオで流れる。現在、クリスチャン・ミュージックの販売は、クラシック、ジャズ、ラテン音楽、ニュー・エイジ、サウンドトラック音楽を引き継いでいる。

論争[編集]

コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックは1960年代より、様々な方法で論争の種になってきた。キリスト教大学のボブ・ジョーンズ大学は、寮生にCCMを聞く事を禁じた。他の人は、クリスチャンポップ・ロックが音楽が普通ではない現象になるという単純な原理を見つけた。それは、ロック音楽が歴史的に性的、乱交、反抗、麻薬、アルコールの使用と関係付けられて来ており、他のトピックはキリスト教に対する反神論的であると考えられるからである。

日本のCCM[編集]

ロックシンガーの小坂忠滝元順らのグロリアシンガーズと出合ったことにより、ミクタムレコードを設立して、日本独自のCCMの流れを作り上げた。それは、Jゴスペルと呼ばれる。

さらに古くは織田恭博&ザ・メッセンジャーズがある。伝統的な賛美歌や聖歌中心であった日本の教会音楽の中に、ドラムを入れたバンドスタイルでフォーク、ソフトロックによって多くの若者たちにCCMの音楽的影響を与えた最初のグループ。そのスタイルは米国南カリフォルニアのカルバリーチャペル・コスタメサを中心に活動したCCMバンド「Love Song」を模倣したものだった。楽曲の多くはLove Songが造り出した作品の日本語バージョンであったが、Phil Keaggyその他の海外クリスチャンアーティストの作品も紹介しつつ、米国Maranathaレコードとの正式契約を機に輸入ゴスペルレコード販売会社「ホザナミュージック(株)」を設立。当時では珍しかった数々のCCMレコードをダイレクトに輸入し全国の教会に広めていった。国内外の多くの教会をはじめ、学校やショッピングモール、病院、大使館、ラジオ、テレビでもそれぞれの環境に合わせて演奏し、メッセンジャーズの活動は正に日本におけるその後の若者向け教会音楽:コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックの基礎を築き上げる働きだったといえる。(注)CCMが特に若者限定の音楽という意味でないことは言うまでもない。

日本の著名なCCM[編集]

日本でも知られる世界のCCM[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]