ファーギー (歌手)

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ファーギー
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基本情報
出生名 Stacy Ann Ferguson
出生 1975年3月27日(39歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国カリフォルニア州
ジャンル ポップR&Bヒップホップ
職業 歌手シンガーソングライターダンサー俳優
レーベル A&M、インタースコープ、will.i.am ミュージック・グループ
共同作業者 ウィル・アイ・アムブラック・アイド・ピーズ
公式サイト www.fergie.com

ファーギー・デュアメル(Fergie Duhamel、1975年3月27日 - )は、アメリカ合衆国歌手、元子役。人気ヒップホップグループのブラック・アイド・ピーズの紅一点として、またおしゃれセレブリティとして注目を集めている。夫は俳優のジョシュ・デュアメル。なお、出生名はステイシー・アン・ファーガソン (Stacy Ann Ferguson) だが、2013年8月16日に法的に改名した[1]

生い立ち[編集]

1975年3月27日、アメリカのカリフォルニア州アシエンダ・ハイツに生まれる。メキシコ、スコットランド、アイルランド、アメリカインディアンの系統[2][3]。家族構成は父パット(Pat)、母テリー(Terri)、妹ダナ(Dana)との4人家族。

パットは「グラマラス」(ファーギーのソロ・アルバム『プリンセス・ファーギー』からの3rdシングル)のミュージック・ビデオに出演したり、テリーがファーギーに対して電話でインタビューするラジオ番組にドッキリで出演したりしている。また、ファーギー自身は「学校の成績が良くないと両親からサポートしてもらえなかったから、高校時代の私の成績はオールAよ」、「ママは私の歌声は何もしなくても凄く良いと思っていたから、私が歌のレッスンをして歌い方がダメになってしまわないように、ダンスのレッスンだけをさせたの」と両親の事を語っている。

経歴[編集]

幼年・子役時代[編集]

1983年から1986年にかけて、アニメスヌーピー』のサリー・ブラウン役を2年、ルーシー役を1年務める。1984年から1989年まで子供番組『キッズ・インコーポレイティッド』にレギュラー出演。

ワイルド・オーキッド時代[編集]

1995年に子供の頃からの友人であるステファニー・ライドルとレニー・サンドストームと共にポップR&B系グループワイルド・オーキッドを結成。

1998年頃、ロサンゼルスブラック・アイド・ピーズのライブを見てファンになる。1999年頃にはワイルド・オーキッドのメンバーと『グレイト・プリテンターズ』というテレビ番組にレギュラー出演を果たしている。

子役として幼い頃から仕事をしていたため、常に自分の気持ちを抑えるようにしていたファーギーはこの頃からエクスタシーをやり始め、その後メタンフェタミン覚醒剤)に手を出し、中毒になってしまう。体重は41kgにまで減少し、友達には拒食症だと嘘をつき、そのことを隠していたという。このため子役時代に稼いだお金をすべて使い果たし、実家に帰っている。

その後、催眠療法セラピーによってかの薬物を克服してままならないときにワイルド・オーキッドのメンバーに自分の今までやっていたことを告白し、3rdアルバムの先行シングルには参加することを約束した上で活動停止状態だったワイルド・オーキッドから正式に脱退する。(しかし、先行シングルリリース後、3rdアルバムは発売中止になってしまい、ファーギーはショックを受ける。)

BEP時代[編集]

アップル・デ・アップ(左)、ファーギー(右)(2005年)

気持ちを新たにしたファーギーは、無一文となってしまったため仕事を探し、コンサートクラブでバック・シンガーやダンサーの仕事をし始めた。そうした中で、以前から大ファンであったブラック・アイド・ピーズがパフォーマンスする会場と仕事先が重なり、パフォーマンスを終えたウィル・アイ・アムに思い切って自分の連絡先を書いたメモを渡したのだという。当時ファーギーはブラック・アイド・ピーズといつか一緒に仕事をしたいと思っていて、自分のソロアルバムを出すという夢があり、それに参加してもらいたいと思っていたという。

こうしてファーギーはブラック・アイド・ピーズと交流し始め、友達になる。3rdアルバム制作中のウィルが“「シャット・アップ」のフィーチャリング・アーティストを探しているときに友人から「ステイシーを使えば?」と薦められ、最初はファーギーの歌唱力を疑っていたものの、いざレコーディングを始めるとすぐに曲は完成したらしい。その上、幾つかの曲でもバック・ヴォーカルを努めたことで、「ツアーをするのに女性バック・ヴォーカルも必要になるから一緒に来てくれないか」と誘われ、さらに話が発展して周囲の人々からメンバーとして加わるよう勧められる。

2003年より正式にブラック・アイド・ピーズに加わり、グループ名が"Black Eyed Peas"から"The Black Eyed Peas"になる。ブラック・アイド・ピーズの3rdアルバム『エレファンク』発売。「ウェア・イズ・ザ・ラヴ?」、「シャラップ」、「ヘイ・ママ」、「レッツ・ゲット・イット・スターティッド」などのヒット曲が生まれ、一気にブレイクする。

BEP(2006年)撮影:Renato Souza

2005年、4thアルバム『モンキー・ビジネス』発売。「ドント・ファンク・ウィズ・マイ・ハート」や「パンプ・イット」、「ドント・ライ」、「マイ・ハンプス」など、ファーギーをフィーチャーした曲が軒並みヒットする。

ソロデビュー[編集]

2006年9月、7歳の頃からの夢であった1stソロアルバム『プリンセス・ファーギー』を発売。2007年2月、アメリカファッションブランドのキャンディーズの2007年スプリング・キャンペーン・ガールに抜擢され、「グラマラス」がイメージ・ソングとなった。

私生活[編集]

1998年頃、人気ポップ・グループイン・シンクのリードヴォーカルを務めていたジャスティン・ティンバーレイクと付き合っていた。当時ファーギーは23歳、ジャスティンは17歳で、二人ともヒップホップが好きで「BEPってクールだよね」とよく話し合っていたという。

2007年12月、俳優のジョシュ・デュアメル婚約。2009年1月10日、カリフォルニア州マリブにて結婚式を挙げた。

雑記[編集]

BEPは、ファーギーの加入を機にブレイクしたという見解が一般的によく見られるが、少なくとも、ファーギーは、そのようには考えてはおらず、むしろ、BEPに救われたのはファーギー自身であり、2006年9月21日に、ニューヨークで行われたソロアルバム・リリース記念パーティーでは、メンバーのウィルに「私を信じてくれてありがとう。郊外に住んでるただの女の子から何かを見つけてくれて、理解してくれて本当にありがとう。」と、感謝の気持ちを述べている。

ファーギーのファッションスタイルは、自身でも語っているように、チョラの影響を強く受けている。チョラとは、南アメリカボリビアチリペルーなどの国で、メスティーソ白人インディオ混血)を指す言葉であるが、そのステレオタイプに「チノ・パンツをはき、ノースリーブのシャツを着て、しばしば入れ墨をしている」人を言う。この服装は、ファーギーのファースト・シングル「ロンドン・ブリッジ」で見ることができる。さらに、ファーギーが、2005年頃よくしていた長い三つ編みは、チョリータの伝統的な髪型であり、この影響を受けてのものと思われる。他には、アディダスのジャージを好んで着用し、ベルトのバックルやボトムスのバックポケットのステッチにFergieの頭文字の「F」を入れたりすることも有名。

ファーギー(2007年マッチミュージック・ビデオ・アウォーズにて)、撮影: ロビン・ウォング

ピアス・ホールが、全身で15個ある。両耳に7個ずつと右眉に1個あいている。この眉ピアスは、ドラッグを克服するという決意を込めてあけられたもので、それ以外のピアスも、すべて何かを達成した記念にあけたもの。

自分の体で、一番好きなところは、絶対に太らないで、美脚セレブリティ第1位に選ばれたことがあるほどの美脚の持ち主。一番嫌いなところは、すぐに太るお腹

髪が乾燥しやすく、髪をアップにして結うときなどは、食用のオリーブ油を塗っている。

グループの紅一点という存在であるという共通点があることから、ノー・ダウトの女性ヴォーカリストのグウェン・ステファニーとよく比較されるが、このことについてはお互いに「素敵な女性と比較されて光栄だ」と言っている。

ファーギーにとって、ノートは必需品。何か思ったことを書き留めたり、スケジュールや詩、絵などを書くことが大好きだからとのこと。

ミュージカル映画『アニー』が好きで、小さい頃から“トゥモロー”をよく歌っている。人生で初めて買ったアルバムは『アニー』のサウンドトラックである。

歌手のアラニス・モリセットが、BEPの大ヒット曲「マイ・ハンプス」のパロディビデオを作り、インターネット上で話題になったときに、ギャグにされたファーギーは、アラニスに「アラニス、あなたは天才よ。ファーギー」というメッセージと共に、お尻の形をしたケーキを贈った。※“マイ・ハンプス”の中では「ハンプ=お尻」の意。

ネリー・ファータドと、ディスバトルをしたことがある。

2005年7月29日に行われた「San Diego Street Scene 2005」のライブ中に、思わずお漏らしをしてしまうハプニング。最初は「股間の染みは汗じみであって、おしっこではない。」と否定していたが、後になって「渋滞に巻き込まれてトイレにいけなかったのね、あれはお漏らしでした。」と素直にお漏らししたことを認めた。

ディスコグラフィー[編集]

ソロアルバム[編集]

ソロシングル[編集]

コラボレーション[編集]

映画出演作品[編集]

外部リンク[編集]

出典[編集]

  1. ^ Fergie -- My Fergalicious Name Change is Complete”. TMZ.com (2013年8月16日). 2013年8月19日閲覧。
  2. ^ Fergie Singer, age 32 Independent, The (London)”. BNET.com. 2008年9月28日閲覧。
  3. ^ Tannenbaum, Rob (2007年12月17日). “Fergie: Woman of the Year”. 2008年9月28日閲覧。 Blender