Billboard 200
Billboard 200はアメリカにおける売り上げ上位200位のアルバムとEPの人気チャートである。週刊でビルボードに載っている。頻繁にアーティストの人気度を伝えるのに使われる。しばしば、録音したものは「ナンバーワン」であると認知されることで、アルバムが少なくとも1週は大きな売り上げとなる。
チャートの順位はアメリカにおけるセールスのみ(小売りもデジタルも両方)に基づいている。セールスの集計期間は月曜に始まり土曜に終わる。新しいチャートは編集されて公式にビルボードから発表されるのは木曜であり、日付は次の週の土曜日になっている。
基本的に新しい商品はアメリカの市場において火曜日に発売される。デジタル・ダウンロードはアルバム全体が一度に買える場合はBillboard 200のチャートに含まれる。アメリカの小売りで発売されていないアルバム(輸入盤も含む)はチャートに載らない。ウォルマートやスターバックスのような小売店で独占的に発売されている場合はチャートに載せるのに不適当という、長いこと存在したポリシーが2007年12月7日に廃止され、そのことが12月17日付けから反映されるようになった。[1]
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歴史 [編集]
ビルボードはアルバムチャートを1945年から発表するようになった。最初はわずか5位までであったアルバムチャートは毎週発表されたわけではなく、時に新しいものが発表されるまで3週間から7週間ほど掛かった。隔週(ただ少々のギャップはあった)で、15位までのBest-Selling Popular Albums chart(最も売れたアルバムチャート)が1955年に出現した。ロックンロールが興ると共に、ビルボードは1956年3月24日から週刊でBest-Selling Popular Albums chartを始めた。順位は10位までから30位までの間で色々だった。新しい週刊チャートにおいて最初の1位を獲得したアルバムはハリー・ベラフォンテの『ベラフォンテ』であった。チャートは1956年の後半にBest-Selling Pop Albumsに、そして1957年にBest-Selling Pop LPsへ名前が変更された。
1959年5月25日からビルボードはランキングを2つに分割した。Best-Selling Stereophonic LPsはステレオアルバムのチャート(30位まで)であり、Best-Selling Monophonic LPsはモノラルアルバムのチャート(50位まで)である。2つはそれぞれStereo Action Charts (30位まで)と Mono Action Charts (40位まで)に1960年名前が変更された。1961年1月にはそれぞれAction Albums—Stereophonic(15位まで)とAction Albums—Monophonic(25位まで)となった。3ヵ月後には2チャートはTop LPs—Stereo(50位まで)とTop LPs—Monaural(150位まで)となった。
1963年8月17日、ステレオチャートとモノラルチャートは150位のチャートに統合され、Top LPsと呼ばれるようになった。1967年4月1日にはチャートは175位まで拡張され、1967年5月13日には200位まで拡張された。1972年はアルバムチャートの名前がTop LPs & Tapesと変更され、1984年にはTop 200 Albumsと改名され、1991年にTop Pop Albumsと再度改名され、1991年にはThe Billboard 200 Top Albumsとなり、現在のタイトルであるThe Billboard 200になったのは1992年3月14日からである。
カタログ・アルバム [編集]
1960年、ビルボードは古くなったアルバムもしくは廉価盤の売り上げをランクにしたチャートを既存のものと共存して発表するようになった。このEssential Inventoryチャートはステレオ・モノラルアルバムに分離され、メインのステレオ・モノラルアルバムに登場していたタイトルを強調していた。モノラルアルバムはMono Action Chartに40週以上いる場合Essential Inventory—Mono chart(25位まで)に移動し、ステレオアルバムはStereo Action Chartに20週以上いる場合Essential Inventory—Stereo chart(20位まで)に移動した。
1961年1月、Action ChartがAction Albums—Monophonic(24位まで)とAction Albums—Stereophonic(15位まで)になった。9週以上チャートにいるアルバムは、Essential Inventoryに移動された。200位まで存在し、計算して作られたランキングではなかった。このリストはTop LPsチャートがデビューする1963年まで発行された。
1982年、ビルボードはMidline Albums chartという古くなったアルバムと廉価版のチャートを発行し始めた。チャートは50位まで存在し、2週間毎(後に3週間毎)に発行されることが基本だった。
1991年3月25日、ビルボードはTop Pop Catalog Albums chartを初公開した。現在このチャートに入る基準はBillboard 200に18ヵ月以上登場し、100位以下に落ちたアルバムである。[2]カタログ・ステータスを満たしたアルバムはBillboard 200にチャートインすることは無い。
ホリデーアルバム [編集]
ビルボードはホリデーアルバムに関する方針を数回調整してきた。ホリデーアルバムは1963年にクリスマスアルバムのリストができるまでは、メインのアルバムチャートにランクインする資格があった。クリスマスアルバムのリストに登場したアルバムはTop LPsチャートには載らなかった。1974年、このルールは元に戻されホリデーアルバムは再びメインチャートに登場するようになった。
1982年、クリスマスアルバムチャートはよみがえったが、このチャートに登場したタイトルはTop Pop Albums chartに登場する資格が無くなったわけではなかった。1994年、チャート名がTop Holiday Albumsに変更された。2006年の時点でチャートは50位まで有り、1年の終わりの頃のホリデーシーズンに数週間掲載される。現在の方針ではホリデーアルバムはTop Holiday AlbumsとBillboard 200に同時掲載されることが認められている。しかし、それはアルバムが発売された最初の年に限ってのことである。次の年からはTop Holiday Albumsに再びランクインはできるが、同時に登場できるのはTop Pop Catalog Albums chartのみになってしまう。
ニールセン・サウンドスキャン [編集]
1991年5月26日からBillboard 200の順位はニールセン・サウンドスキャンの売り上げデータから決めている。2008年現在、約14000のレコード販売店がデータを提供している。この値はレコードレーベルではなく小売店売り上げの合計でできているので、一般的にはRIAAのゴールド・プラチナ・ダイアモンドアルバムの認定よりも低い値が出る傾向にある。(RIAAの認定は発送ではなく出荷で決められている)
年間チャート [編集]
ビルボードの「チャート年(chart year)」は12月最初の週から11月最後の週までで集計される。ずれた集計期間はビルボードが年間チャートを計算し、12月最後の週の号に載せるために考慮されて行われている。ニールセン・サウンドスキャンを利用する前は年間チャートはBillboard 200における順位を逆数にしたポイントを基に計算されていた。(例として、曲が200位に1週いた場合は1ポイント、199位に1週いた場合は2ポイントとして1位に1週いた場合200ポイントまで上がっていく仕組みである)他の要素として曲が合計何週チャートにいたかと最高順位が計算され合計が出されていた。
ビルボードがニールセン・サウンドスキャンからエアプレイの情報を得るようになってから、年間チャートは非常に分かりやすくなり、累積的に積み重なる年間売り上げ合計となった。こうすることである特定の年における最も人気のある曲がよりはっきりと分かるようになった。仮想上、3月に9週1位になったアルバムは1月に6週3位になったアルバムよりも少ない売り上げになる可能性がある。面白いことに、人気がチャート年の締め切りである11月や12月にピークを迎えたアルバムは、多くの場合年間チャート順位が期待されていたよりも低く出る。それはまだその年のチャートに出ていることで、累積ポイントが2つのチャート年の間で分けられてしまっていることもあるからだ。
チャートの利用 [編集]
Billboard 200は、ラジオ局にとってリスナーが興味のある音楽の目安として有用である。小売店にとってはどのアルバムを店の最も目立つ場所に置くかを決定する手助けとなっている。航空会社による機内での音楽サービスといったものでも、ビルボードチャートを放送する曲の決定に利用している。
限界 [編集]
チャートはリストに挙がったアルバムの売り上げと合計の売り上げを省略しており、それが比較測定を不可能にしている。例として、ある週の1位になったアルバムが前の年の同じ週、1位になったアルバムと同じだけ売り上げているかどうかである。これはまた、どれだけアルバムが成功したかを一つのチャートで比較することを不可能にしている。つまりは、ナンバーワンのアルバムが50位のアルバムより数千枚多く売り上げたのか、数ダース(1ダースは12枚)程度しか多くないのかを測定する方法が無い。全ての音楽ジャンルは一緒にされているのだが、分割されたビルボードのチャートが細分化された市場向けにある。2007年末のポリシー変更までCD売り上げの減少とインターネットによる楽曲購入の広がりはBillboard 200の有用性をさらに減少させてしまっていた。
アーティストのマイルストーン [編集]
Most charted albums [編集]
アルバムが多くチャートインしたアーティスト。
- エルヴィス・プレスリー(114)
- フランク・シナトラ(83)
- ジョニー・マティス(73)
- ウィリー・ネルソン(57)
- バーブラ・ストライサンド(54)
Most top-ten albums[3] [編集]
アルバムがトップテンに多くチャートインしたアーティスト。
- ローリング・ストーンズ(36)
- フランク・シナトラ(32)
- ビートルズ(31)
- バーブラ・ストライサンド(29)
- エルヴィス・プレスリー(28)
Most number-one albums [編集]
ナンバーワンアルバムが多いアーティスト。
- ビートルズ(19)
- ジェイ・Z(11)
- エルヴィス・プレスリー(10)
- ローリング・ストーンズ(9)
- バーブラ・ストライサンド(8)
- ガース・ブルックス(8)
- ブルース・スプリングスティーン(8)
Most cumulative weeks at number one [編集]
合計ナンバーワン週数が多いアーティスト。
- ビートルズ(132)
- エルヴィス・プレスリー(67)
- ガース・ブルックス(51)
- マイケル・ジャクソン(50)
- ホイットニー・ヒューストン(50)
- キングストン・トリオ(46)
アルバムのマイルストーン [編集]
Most weeks at number-one [編集]
ナンバーワン週数が長いアルバム。
- (54週)ウエスト・サイド物語 - サウンドトラック (1961-62)
- (37週)スリラー - マイケル・ジャクソン (1983-84)
- (31週)カリプソ - ハリー・ベラフォンテ (1956)
- (31週)南太平洋 - サウンドトラック (1958)
- (31週)噂 - フリートウッド・マック (1977)
- (24週)サタデー・ナイト・フィーバー - サウンドトラック (1978)
- (24週)パープル・レイン - プリンス (1984)
- (21週)プリーズ・ハマー・ドント・ハーテム - M.C.ハマー (1990)
- (20週)ボディガード - サウンドトラック (1992)
- (20週)ブルー・ハワイ - エルヴィス・プレスリー (1961)
Most weeks on the chart [編集]
チャートに長く登場したアルバム。メインチャートのみで、カタログチャートの週数は考慮に入れていない。
- (741週)狂気 - ピンク・フロイド
- (490週)Johnny's Greatest Hits - ジョニー・マティス
- (480週)マイ・フェア・レディ - オリジナル・キャスト
- (331週)オペラ座の怪人 - オリジナル・キャスト
- (302週)つづれおり - キャロル・キング
- (295週)Heavenly - ジョニー・マティス
- (283週)オクラホマ! - サウンドトラック
- (282週)サッドネス・永遠の謎 - エニグマ
- (281週)メタリカ - メタリカ
- (277週)王様と私 - サウンドトラック
- (277週)ヒムス - テネシー・アーニー・フォード
その他のマイルストーン [編集]
- サウンドスキャンを利用し始めて(1991年-現在)最初のナンバーワンアルバムはマイケル・ボルトンの『タイム、ラブ・アンド・テンダネス』である。
- サウンドスキャンを導入した1991年5月25日の前・後で1位を獲得している唯一のアルバムはR.E.M.の『アウト・オブ・タイム』である。
- 初めて初登場1位を成し遂げたアルバムはエルトン・ジョンの『キャプテン・ファンタスティック』エルトン・ジョンは『ロック・オブ・ザ・ウェスティーズ』においても初登場1位を繰り返した。同アルバムは2作目の初登場1位を達成したアルバムである。エルトン・ジョンは2連続で初登場1位のアルバムを持つアーティストにもなった。ホイットニー・ヒューストンの2枚目のアルバム『ホイットニーII 』は女性アーティストで初登場1位を成し遂げた最初のアルバムになった。
- 1960年代初頭、ボブ・ニューハートはBillboard 200において1位と2位のアルバムを同時にチャートインさせた。それは『The Button-Down Mind』と『The Button-Down Mind Strikes Back』である。1991年にも同様の出来事があった。ガンズ・アンド・ローゼズが『ユーズ・ユア・イリュージョン I』と『ユーズ・ユア・イリュージョン II』で達成した。2004年にはネリーが『スーツ』『スウェット』で達成した。
- 2008年現在、ピンク・フロイドの『狂気』はチャートに1600週以上・約31年掲載されている。アルバムはBillboard 200においては741週掲載された。残りはTop Pop Catalog Albums chartに掲載されている。ライバルはボブ・マーリーの『レジェンド~ザ・ベスト・オブ・ボブ・マーリー』であり、900週以上掲載されている。(Billboard 200とTop Pop Catalog Albumsの合算)
- ポーラ・アブドゥルの『あいつにノック・アウト(Forever Your Girl)』はチャートに登場してから64週かけて1位に上り詰めた。アルバムが1位になるまでに最も時間がかかった記録である。
- 1980年代初頭、レッド・ツェッペリンの9枚のアルバム全てが再発売され、Billboard 200のチャートに登場した。その当時、単一のアーティストが最もチャートへ同時にアルバムを登場させた記録となった。記録はパール・ジャムが大半のコンサートをアルバムとして発売し始めてから破られた。
- スキッド・ロウの『スレイヴ・トゥ・ザ・グラインド』は初登場1位を達成した最初のヘヴィ・メタルのアルバムとなった。
- EPのみで1位になった作品としてはアリス・イン・チェインズの『アナザー・サイド・オブ・アリス』やリンキン・パークとジェイ・ZがコラボレーションしたEP、『コリジョン・コース』(2004年)がある。
- ブリトニー・スピアーズはデビューしてから4枚のアルバムを連続で1位にし、5枚のアルバムを2位以内にチャートインさせた唯一の女性アーティストである。
- 初めてラップ・ヒップホップミュージックでBillboard 200においてナンバーワンになったアルバムはビースティ・ボーイズの『ライセンスト・トゥ・イル』(1987年)である。
- 1年のうちに2枚のアルバムを1位にしたアーティストはビートルズ、レッド・ツェッペリン、DMX、ジェイ・Z、ガース・ブルックス、2パック、ガース・ブルックスである。
- 3連続でBillboard 200に初登場1位のスタジオ・アルバムを出したことがあるアーティストは次の7組になる。ヴァン・ヘイレン、U2、メタリカ、パール・ジャム、デイヴ・マシューズ・バンド、ステインド、そして直近ではディスターブドである。
- 5連続で初登場1位のスタジオ・アルバムを出した唯一のバンドはメタリカである。
- 日本人でチャートインしたアーティスト:坂本九「Sukiyaki And Other Japanese Hits」14位(1963), 冨田勲 「Moussorgsky:Pictures At An Exhibition」49位(1975), オノ・ヨーコ 「Season Of Glass」49位(1981), 冨田勲 「Snowflakes Are Dancing」57位(1974), ツトム・ヤマシタ 「Go」60位(1976), LOUDNESS 「Lightning Strikes」64位(1986), 冨田勲 「Holst:The Planets」67位(1977), Utada 「This Is The One」69位(2009), 冨田勲 「Firebird」71位(1976), LOUDNESS 「Thunder In The East」74位(1985), YMO 「Yellow Magic Orchestra」81位(1980), オノ・ヨーコ 「It's Alright (I See Rainbows)」98位(1982), DIR EN GREY 「Uroboros」114位(2008), DIR EN GREY 「Dum Spiro Spero」135位(2011), 喜多郎 「My Best」141位(1986), E・Z・O 「E・Z・O」150位(1987), 喜多郎 「Kojiki(古事記)」159位(1990), Utada 「Exodus」160位(2004), YMO 「Multiplies」177位(1980), 喜多郎 「Tenkyu」183位(1987), 喜多郎 「Peace On Earth」185位(1996), LOUDNESS 「Hurricane Eyes」190位(1987), 喜多郎 「An Enchanted Evening」199位(1995)
参考文献 [編集]
- Joel Whitburn Presents the Billboard Albums, 6th edition, ISBN 0-89820-166-7
- Whitburn, Joel (1991), The Billboard Book of Top 40 Albums (Revised and enlarged 2nd ed.), Billboard Books, ISBN 0-8230-7534-6
- ビルボードのオンラインアーカイブサービス
脚注 [編集]
- ^ Peters, Mitchell (2007年11月6日). “Revised Chart Policy Lands Eagles At No. 1”. Billboard 2007年11月6日閲覧。
- ^ Peters, Mitchell (2008年1月8日). “New Chart Parameters for Billboard, Nielsen SoundScan”. Billboard magazine 2008年1月8日閲覧。
- ^ Fred Bronson's Chart Beat Chat for May 18, 2007