ステレオタイプ

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ステレオタイプ(英語:Stereotype,フランス語:Stéréotype)とは、元々社会学の用語で、紋切型態度とも言う。印刷のステロ版(鉛版)印刷術が語源で、判で押したように同じ考えや態度や見方が、多くの人に浸透している状態を言う。ステロタイプとも言う。

日本語では、思考や観念、ものの見方・捉え方、表現の方法などについてもステレオタイプが使用される。決まり文句(クリシェ)なども、類型的・紋切り型な思考のありようの表現であるのでステレオタイプである(なお、クリシェ cliché という言葉は、フランス語では、ステロ版のことを意味するので、言葉が一見違うが、同じ内容を持つと言える)。

目次

[編集] 概説

[編集] 古典的な類型性

漫画の悪役像

ステレオタイプは、物語フィクションなどで造形される人物像にその典型的な形が見られる。勧善懲悪の物語では、善役はいかにも善役らしい姿や言動があり、他方、悪役は同様にいかにも悪役らしい姿や言動で表現される。

大衆向けの娯楽目的の小説映画ドラマなどでは、人物造形がステレオタイプなだけではなく、物語の構成やプロット、展開・結末などもステレオタイプになっているのが一般である。漫画アニメなどでは、「Boy meets girl, and fall in love」という言葉があるが、これは最近の物語におけるステレオタイプではなく、古代の青春恋愛物語である『ダフニスとクロエー』においても同じような構成になっている。

これらはステレオタイプというより寧ろ、神話類型Cat:神話類型)にも通じる、物語の基本的な類型構造で、人間心理の普遍的・先天的なありようとも関係すると考えられる。しかし近代において、大衆社会マスコミュニケーションが成立すると、政治的、経済的、あるいは社会的な目的において、過剰に単純化され類型化されたイメージが広く一般の人にも流布するようになり、文字通り、紋切り型な把握や観念や思考となって定着するようになった。

[編集] 現代日本のステレオタイプ

現代においては、マスコミメディアが特定の意図を持った宣伝広告を行ったり、それらが流通させる情報が多数の人に同じように共有される結果、様々な意味でステレオタイプな事態が生じている。

おたく像について「肥満体もしくは筋肉の無い痩せた体つき・内面的・偏愛的・酷い服装・バンダナに紙袋にポスター」などの「典型」を当てはめたり、政治家像について金権政治的なイメージを第一に挙げたり、官僚などを全く仕事をしないで税金を私的に使い込む人、サラリーマンについて平凡でぺこぺこしている「善良」「庶民」の代表格としたり、マスコミについて左翼勢力の巣窟であるとしたり、経営者を横暴で搾取的なイメージ、もしくは利潤の為にロビー活動しかしない層など、本来各個人の価値観はどのカテゴリーにおいても幅広く分布しており、一概に特殊な価値観や指向性を持つ社会層の集合体であるはずがないのだが(社会調査によれば実態はむしろ逆で、どのカテゴリー層においても生活スタイルや性格・価値観類型の分布状況は、多少の偏りがあるものの全体的に驚くほど近似的である[1]。価値観の選別でも行われない限り、特定のカテゴリーの集団がそのまま似通った価値観を持つ人間の集まりであるはずが無い。ましてや「おたく」「サラリーマン」「公務員」などの広範的カテゴリーが母集団での分布図と大きく差異が出る訳がないのである)、現代大衆社会においては強い影響力を持つマスコミの報道や議論構成が本質的に強くこの発想に依存しており、メディア寡占の強い日本ではこの思考枠組みが極めて広く用いられているのが一般的である。また、そのマスコミについても、世俗的で反権力を標榜しながら自己組織の権威を強要する横暴なステレオタイプ像、大衆に対して敵愾心を煽ってけしかける卑劣なイメージなど、彼らそのものに典型像を持たれていることも多い。

特に差別意識(精神疾患患者に犯罪予備軍的なイメージ像、オタクなどにも同様)が根底にある場合も多く、マスコミでは「視聴者に喜ばれるから」「分かりやすいから」等の理由で意図的にそのイメージ像に則った報道を行うことが非常に多いが、その結果、カテゴリー集団が社会的マイノリティー化されてその他一般大衆との間で摩擦を引き起こしたり、思想的には全く無関係なイデオロギー色を帯びたり、適切な議論を遠ざけ感情的解釈(妥当とは言えない法規制や、根拠のない権利濫用など)や集団を作り出したりする原因ともなっている。

[編集] ステレオタイプな観念の特徴

ステレオタイプは、現代では多くの人が持つ観念に、その代表的な例が存在する。これらの観念は偏見差別意識と関係し、先入観タブロイド思考とも関連している。「紋切り型」という言葉が示すように、個々人が抱く考え方・観念に個性が乏しく、同じような考え方やものの見方が、多数の人において類型化されて共有されている。

何故、そういうステレオタイプな思考やものの見方が妥当と確信するのか、ということについても、メディアがそう述べているとか、まわりの人がみなそう言っているとか、自分自身で主体的に反省して吟味することが殆どなく、外部の意見やものの見方をそのまま無批判に取り入れ、鵜呑みにしていることが一般である。その為、観念や確信に客観的根拠がなく、底が浅く、また複雑なものごとを単純化している結果、当人は十分に理解しているとの錯覚を持っているが、迷妄であって、固定観念になっている場合も多々ある。

[編集] イデオロギーとしてのステレオタイプ

20世紀となって、大衆化社会の成立とマスメディアの擡頭に伴い、政治的な大規模宣伝や商業主義思想が広く流布した。1930年代にドイツにおいて政権を掌握したヒットラーは、「嘘は大きいほどに人は信じる」「嘘も百度言えば真実となる」とのテーゼを実践し、マスメディアを使った宣伝を最大限に利用して、「アーリア民族優位説」や「ユダヤ人諸悪根源説」など実証的根拠のない妄説を広く信じさせた。その背景には西欧東欧にこのような妄説を支持する偏見差別構造が元より存在し、ユダヤ人への差別や虐殺などは過去に幾度も実例が存在した。ヒトラーは自らが望んだというよりは民衆が「そうに違いない」とする偏見を後押しし、政治的躍進に利用した部分が強い。現にヒトラーの人種論は一定せず、その時々で都合よく変遷している。

ソビエト連邦においては、レーニンの後を襲って政権を掌握したスターリンが、独裁恐怖政治を行い、コミュニズムによって理想の社会が実現されると喧伝し民衆の支持を得たが、そこで宣伝された内容は必ずしも実現しなかった。またコミンテルンを通じて「共産主義は絶対に正しく、反対する人間は絶対に間違っている」とする固定観念が流布し、それは同時にステレオタイプにもなった。第二次世界大戦での勝利後の1948年のソ連における独裁政権を諷刺したジョージ・オーウェルの小説『1984年』においては、「黒白思考」というものが登場する。党が示す真理に適うかどうかを瞬時に判断できる、すなわち「黒」か「白」かを個人的な反省や吟味抜きに自動的に産出する思考法は、ステレオタイプの持つ「合理性」を描きつつ、それを皮肉っている。またスターリンは政敵の信用を失わせる方法としてステレオタイプを利用したレッテル張りを好み、正当な反論よりこうした偏見による中傷の方が大衆は信じるものとしていた。

米国では、1940年代末より、現実的なソ連の脅威論を背景として上院議員ジョセフ・マッカーシーが、過剰な反共演説を行い赤狩りを誘発させたが、その背景には共産主義であるとのステレオタイプ観念が存在した。それと表裏の関係において、悪なる共産主義と戦う米国は善の国家であり、自由主義民主主義正義であるとのステレオタイプも生まれた。


これらの歴史を反省して、戦後の欧米諸国のマスコミや日本のごく一部の識者などでは、このステレオタイプの思考形態を脱却することが知識的だという前提意識が広がっている。

[編集] ステレオタイプの例

ステレオタイプは日常的に広く流布しているのが通常で、同じステレオタイプ観念を持っている人同士では、互いの既存観念は盲点にもなるので気づきにくい。また、日常的な判断において、一々詳細で複雑な反省や吟味を行うのは手間がかかるため、タブロイド思考に見られるように、ものごとの単純化と、その命題の真理性の保証を、俗信迷信と同様に、広く世のなかでいわれているなどに依拠することが多い。次のような考えはステレオタイプの例でもある。なお、ここに記述されているものはあくまでステレオタイプなので、これらに当てはまる者もいれば、そうでない者も多くいるということを頭の隅に置きながら読むとよい。

  • 日本においては、第二次世界大戦の敗北の後、思想・良心の自由を保証する憲法が制定され、共産主義思想も合法となった。しかし当時の日本共産党は、政治の場において、保守政党や、当時の社会党などの政治的主張に対し、ことごとく反対するという態度を取った。これは共産主義を綱領とする以上、必然的に出てきた結果であるが、世間では「共産党」という言葉は、ステレオタイプに、「何でも反対する者」の代名詞になった。またソビエト連邦が共産主義革命によって成立した事から、“アカ(つまり共産党員)は革命で政府転覆を狙っている、危険思想の持ち主”という印象操作が流布される事になった。また明治維新以後大日本帝国憲法制定までは、藩閥政府を批判した制憲議会論者が“自由民権の危険人物”と扱われている。
  • フランスは17世紀以降、文化政策に精力を注ぎ、それに見合う文化人も輩出し、またフランス革命において自由博愛人権を唱えた。フランスは18世紀19世紀においては西欧随一の文化国家となった。為に、日本ではフランスをステレオタイプに文化国家と称え、首都パリは芸術の香りも高い「花の都」などと称したが、これは一面のみで、フランスもアルジェリアでの蛮行があり(宗主国であった)、パリにもスラム街はあり、近年は度々暴動が起きている。
  • 日本を含め多くの国では、警察官軍人は通常制服を着ている。日本の警察官の制服はあまりファッション性がない(制定されていない事もあるが、各種の功労・技能・記念章を着ける習慣がない)が、多くの国では、軍人などの制服は威圧性があり特権性を誇示するような華麗なものになっている。普段の制服以外に正装があり、肩章飾緒階級章略綬や、その他、装飾性が非常に高い。この為、制服を着ているのは軍人や警察官だというステレオタイプ観念が一般にある。そして、当の軍人や警察官も、制服を着ると人格が変化したように軍人や警察官らしい威厳ある態度や言動となる(市民からの尊敬・服従は権力のシンボルとしての制服に対して表されているに過ぎない)。これは紋切型態度の一種である。

[編集] 人間やキャラクターの類型化

以下のステレオタイプな人間把握はほとんど科学的な裏付けがまったくないものであり、偏見差別を助長する原因となっている。

[編集] 性別・身体的特徴などによるステレオタイプ

  • 男性女性 - 男性は能動的で冷静、論理的で勇気があり、大雑把で粗野な面がある。他方、女性は感情的で視野が狭く、浅薄で受動的であるが繊細で根気強く、弱者に対する慈しみがある等。また、男性は青色、女性は赤色、というイメージ等。“弱き者よ、汝の名は女なり”なる言葉が存在する(『ハムレット』)。
  • 血液型性格分類 - A型は几帳面、B型は熱血漢、O型は大雑把、AB型は天才肌等の性格であるなど。血液型は最初に血液から発見されたことに由来しているだけで、タンパク質を構成する物質のこと。性格とは直接は無関係で、相関関係は立証されていないが、気質を構成するとの説が日本では一般に知られている。人間だけでなく、動物や植物にも存在する。
  • 星座占い - ある星座生まれの人は、激しい情熱を持つ、別の場合、勇気がある、また友情を大切にする星座生まれ。
  • 肥満の人 - いわゆるデブタレントと呼ばれる人物たちの影響でが好きと思われがちだが、実際に肥満の原因はそれぞれである。運動能力に関して言えば、運動そのものが苦手であるか人一倍力持ちであるかのどちらかと思われがちである。
  • 低身長の人 - 牛乳魚介類といったカルシウムが豊富な食品が苦手である、実年齢より幼く見られがちであるなど。
  • 赤毛の人 - 20世紀以前のヨーロッパにおいては、他の人よりも劣った、縁起の悪い存在と考えられていた。当時の文学作品の中では、悪人ないし愚鈍な人物として描かれることが多かった。子供の登場人物の場合、いじめなど、周囲から理不尽な扱いを受ける場面がしばしば登場する(例:『赤毛のアン』『にんじん』など)。
  • 家族家庭 - 貧困家庭の父親は、粗野で酒飲み、母親は、パーマヘアで体系が肥満等。金持ち家庭の父親は、髭を生やしていたり口調がフランス訛りで嫌味な性格、母親は、尖った眼鏡に語尾に「ザマス」をつけ子供を甘やかせる等があるが、父親に関しては、どちらの家庭も禿げ頭である事が多い。子供は、貧民及び一般家庭は、いじめられっ子やガキ大将が多く勉強及びスポーツが苦手だったり等がある、逆に金持ちの子供は、嫌味で自分を自慢したりマザコンであったりする事が多い。
  • スポーツマンと運動音痴 - スポーツマンは陸上も球技も水泳もあらゆるスポーツが得意で喧嘩にも強い。明るくて熱血。豪放磊落で大胆。芯が強い。女性はサバサバしていて男性的な性格。運動音痴は本が好き、物静か、眼鏡を掛けているなど。

[編集] 肌の色によるステレオタイプ

日本においては、白めの肌を持つ人間に対して「ネクラ」「オタク」などといった消極的なステレオタイピングがしばしば行われる。特に色白の男性に対しては、脆弱で内向的、酷い場合には小児性愛者猟奇殺人者といった印象付けがなされることがある。

逆に黒めの肌が「健康的」と捉えられる傾向がある。大衆文化における好例としては、「ふしぎの海のナディア」が挙げられる。この作品の主人公たる少女ナディアのデザインに用いられた褐色の肌は、その健康的な印象の強調のために採用されたものである、とのことを、その生みの親の一人であった貞本義行が明かしている。

同様の傾向は北欧諸国にも見られる。特に若者の間に広く見られ、美容の手段としての日焼けが広く受容されている。

[編集] 人種・国籍によるステレオタイプ

第二次世界大戦中の反日宣伝広告にみられるステレオタイプな日本人像
  • 日本人
    • 狩猟民族で個人主義的な西洋人に対して、日本人は農耕民族で集団行動が得意。
    • 以下については県民性も参照。
    • 北海道人 - 開放的、素朴、おおらか。田舎に住んで牧場を経営しているなど。
    • 東北人 - 言葉に強い訛りがあり、純朴で正直、粘り強い努力家、など。いわゆる「田舎者」の典型として描かれやすい。
    • 東京人 - 眼鏡を掛け、寡黙でおとなしく、小柄で、真面目。時間に細かく常に早歩き、洗練されている、など。いわゆる「都会人」の典型として描かれやすい。
    • 横浜人 - 横浜生まれであるとのプライドが高い、ハイカラ。欧米文化が早く伝わった地域のため「○○は横浜が最初」という言葉を好む。語尾に「じゃん」と付ける。
    • 名古屋人 - 保守的で堅実。普段の生活はつましく、節約上手。俗物で見栄っ張り。結婚式が派手。愛車は白いトヨタ車、運転マナーが悪いなど。
    • 関西人 - お金に細かく(「がめつい」)、商売上手。地元以外でも関西弁でまくしたてる、お笑い好き、駄洒落をよく言う、騒々しい、せっかち、納豆が嫌い、阪神ファンである、など。これらのステレオタイプは、主に大阪人を対象としたものである場合が多い。
      • 大阪人 - 「またも負けたか8連隊、それでは勲章9連隊」。大阪弁、交通マナーが悪い、派手好き。大阪の主婦(いわゆる「大阪のおばちゃん」)は、逞しく金銭感覚に優れる、アニマル柄の服を着ているというイメージもある[2]
      • 京都人 - 上品で物腰が柔らかだが、慇懃無礼で腹黒く、本音を明かさない、「いけず」など。
    • 広島人 - 広島弁の印象やヤクザ映画のイメージから、気性が荒く乱暴と見なされやすい。
    • 九州人 - 九州男児。大酒呑み、男尊女卑、大柄で野卑、逞しく一本気な性格など。鹿児島人は西郷隆盛を愛している。
    • 沖縄人 - 陽気でおおらか、何事にも大雑把でのんびりしている(「テーゲー気質」)、リズム感があり歌唱力に優れるなど。
    • 田舎者と都会人 - 田舎者は素朴で優しくズーズー弁で話す、都会人は洗練されているが合理主義で人情味に欠ける。典型的な田舎のイメージは東北地方で、典型的な都会のイメージは東京都であることが多い。
  • 中国人 - 商売上手、目が細くどじょう髭を生やし辮髪を結っている、中国四千年の秘薬・秘技を受け継いでいる、チャイナ服を着ている、反日的、カンフーが得意、大胆。
  • 韓国人・朝鮮人 - キムチが好物、吊り眼で頬が角張っている。怒りっぽく喧嘩早い。移民でも民族意識が強い、反日反中的など。
  • 東洋人 - 挨拶のとき必ず合掌お辞儀をする。理数系の学科が得意[3]。声が大きくて喧嘩腰、あるいはとても物静かのどちらかの極端なパターン。瞑想仏教修行)をするので精神が安定している、空手柔道拳法など徒手格闘術の達人である、他。
  • アメリカ人 - 米国からはマクドナルドに代表されるファーストフードハリウッド映画、テレビのシットコムなどが世界的に広まったため、これらのイメージがステレオタイプとして反映されることが多い。肥満体もしくは筋肉質で大食だが、味音痴。早口でしゃべり、ジョークを好む(アメリカン・ジョーク)、など。文化的な影響力が強く英語が世界的に普及していることから、アメリカ国外でも英語以外話したがらない、など。
  • イギリス人(=アングロ・サクソン人) - 理想が高い、紳士的で保守的(ジェントルマン)。ブラックジョークを好む。ロックを好むもやしっ子。午後に紅茶を飲む。など。
    • アイルランド人 - 酒好き、喧嘩っ早い、人懐っこいなど。歴史的経緯からイギリス人を嫌っている。赤毛
    • スコットランド人 - ケチ、愚鈍。イギリス人を嫌うのはアイルランド人同様。
  • ドイツ人(=ゲルマン人) - 科学機械に強い。傲慢で几帳面。男性は逞しい体格、女性は金髪。服装は野暮ったく、生真面目でユーモアを解さない。
  • フランス人 - 芸術を好み、お洒落でプライドが高い。フランス語にこだわり英語を使いたがらない上、アメリカ文化を異常に嫌悪している。ペダンティック、食通メトロセクシャルなど。
  • イタリア人 - 陽気な性格。楽天的で細かいことを気にしない。情熱的で女好き。何事もルーズ。犯罪に走りやすい(スリマフィア)、芸術に明るい、男性は容姿端麗で女性に優しいなど。
  • ロシア人 - 男性は大柄な肉体(クマに例えられることが多い)をしている。若い女性は美人だが、年配の女性は太っている。ウォッカを呑む酔っぱらい。物が壊れたら叩いて正常にするなど。
    • ソ連人 - 共産主義者、血も涙もない冷酷な性格、など。『悪の帝国発言』の項にもあるとおり、当時のアメリカ合衆国においてこのようなステレオタイプが形成されていた。
  • オランダ人 - 小児性愛者LGBTなど。これらはオランダが『世界有数の性の解放区』とも呼ばれることに由来するところが大きい。また、自由で少数派に寛容な性格。
  • ギリシャ人 - 哲学的。古代ギリシャは男色が美徳とされたためアナルセックスが好き、など。
  • フィンランド人 - 男女同権論者。内気で恥ずかしがり屋。無口で、独特の抑揚のない言語で不機嫌そうにしゃべる。唯一の社交の場はサウナ
  • ヨーロッパ人 - メトロセクシャル、人種差別主義者社会主義者、小児性愛者、不細工、猟奇的、陰気、など。これらはアメリカ合衆国におけるステレオタイプで、特に『ユーロトラッシュ』などの蔑称が用いられがちである。逆にアジアの一部においては、ヨーロッパ人には美男美女が多いなどの肯定的なステレオタイプもある。
  • ラテンアメリカ人 - 女性は極めてセクシーであるがどうしようもなく頭が悪い、男性は絶倫で同じく頭が悪い、男女ともに極めて陽気、など(アメリカ合衆国におけるステレオタイプ)。
  • ユダヤ人 - 知的で利口。ナード。金勘定にうるさい、ずる賢く他人を見下す。白人ではあるが独特の外見を持つとされている(鉤鼻、大きな頭など。実際には黒人のユダヤ人もいる)。老齢の男性は眼鏡を掛けて髭を生やしている。
  • アラブ人 - 敬虔なイスラム教徒でテロリストになりやすい。ベールをかぶりラクダに乗っている。女性は全身をベールに包んでいるか、逆に過度に露出の多い服装。など。
  • インド人 - 頭にターバンを巻いている(シク教徒のイメージ)。寡黙で瞑想にふける(インド哲学のイメージ)、計算が得意で数学に強い(『0』を発見した国というイメージ)。好物はカレーで食事はスプーンなどの食器を用いず素手で食べる。
  • 黒人アフリカ系アメリカ人を含む) - スポーツ、特に球技や陸上競技が得意で俊足。一方、知的ではない。リズム感が優秀である。絶倫。貧しく犯罪に走りやすい、ジョック的、ゲットー育ちのギャングスタ、大柄で声が低い、など。特に良く出てくるのは「アフリカの過酷な大自然の中で自らの身体能力のみを頼りに挑戦的に生活し続けている」というものである。
  • 金髪美女 - 金髪の美女は頭が悪く、人を簡単に信じて騙されやすい(「キューティ・ブロンド」より)。逆に、悪女や性格の悪い女である。
  • 宇宙人 - タコ型(火星人のイメージとして用いられる事が多い)やグレイタイプ。恒星間航行技術など人類の及ばない高度な文明を持つ。凶暴で、地球(人類)に襲いかかる。人間に近い種族は尖がった耳や触角を伴っており、大方は西洋人の顔つき。

[編集] 職業によるステレオタイプ

  • 文系と理系
    • 理系 - 白衣を着ていることが多く、服装は垢抜けない。ポップカルチャーにおける科学者のステレオタイプに大きな影響を及ぼした人物として、アインシュタインがいる。ぼさぼさの白髪に白衣を着ているというイメージ[4]は多くのフィクションや映画で使われた (実際には、彼は白衣は着なかった。詳細は en:Albert Einstein in popular cultureを参照)。ほかにも、精神的に不安定で常識がなく不潔な格好をしている。寡黙、真面目、合理的、落ち着いている、冷たい、理屈っぽい。普通の人には困難な計算を暗算で即答してしまう。なぜか専攻以外のことにも詳しい万能科学者が多い。たった一人で新しいロボットや兵器等を開発する。いつも何かを研究している。スポーツはあまり得意ではない。あらゆる機械を整備・修理できる。愛車はスポーツカー旧車。眼鏡着用。黒人が少ない。男性の場合は、オタクロリコンが多く、女性の場合は知的で有能。高潔で有能で化学専攻。眼鏡をはずせば美人。
    • 文系 - 情緒豊かで人間味溢れるが計算が苦手。男性の場合は二枚目半で遊び好き、小金もちだが学力に乏しい。女性の場合はオシャレでプライドが高く、専攻は大抵文学か仏文学
  • 学級委員 - 男はメガネを掛けているガリ勉で女はいわゆるツンデレ
  • 不良 - 一昔前はサングラスリーゼントという風貌で、ロックンロール(矢沢永吉横浜銀蝿など)とバイクを好むをされていたが、現在は茶髪にメッシュを入れ、ヒップホップを好むとされている。映画やマンガに於いては親や社会への不満から非行に走っているが根は優しい子と描かれることが多い。
  • タクシー乗務員 - 演歌を好み、ラーメン屋に詳しい。
  • マッドサイエンティスト - 奇妙な装置の間で、フラスコを手に、「世界は天才である私の前にひれ伏すのだ」などと呟く。
  • 魔女 - 若々しい美女に化けるが、その正体は醜い老婆で、嫉妬心に駆られて陰謀を企み、魔術を使い破滅する。
  • 賢者 - 長身の容姿端麗な老人で、白いを生やし、長い木のを持ち、厳かな口調で予言を述べる。
  • 警察官 - 威圧的かつ権力を悪用する。あるいは真面目で優しくいつも正義の味方等。白い自転車に乗ってパトロール。
    • 田舎の村の警察官は交番駐在所勤務で村のお年寄りたちから「駐在さん」と慕われており、自転車で村をパトロールし、とりわけ地蔵がイタズラをされると凄い剣幕で犯人を捜し始める。
  • 刑事 - トレンチコートを着て、鳥打帽をかぶっている。張り込み時の食事はあんパンと牛乳。尋問の際は相手を怒鳴り散らし暴力を振るうか、逆にゆっくり優しく問いただし落ち込む相手を宥め、出前で用意したカツ丼を食べるように勧める。映像作品において前者はコワモテでど真面目、後者は温厚、女性刑事であることが多い。俊足、喧嘩に強い、自動車の運転が上手い。
  • 泥棒 - 黒々とした口ひげを蓄えており、手拭いで頬被りをし、唐草模様風呂敷を背中に背負っている。
  • 軍人 - 国益の為なら民間人の犠牲など眼中に入れない、官僚主義的、上官や政府の命令には絶対服従。日本の戦前の軍人を描く際には坊主頭丸刈り)で髭を生やしているケースが多い。
  • 殺し屋 - 人間らしい感情を持たない冷酷な人物である、サングラスをかけて煙草を吸っている、引き受けた仕事は絶対に遂行し、標的を逃がさないなど。
  • 囚人 - 白と黒の横縞模様が入った囚人服を着て足かせ・手かせを填められている。

[編集] 趣味・嗜好、性指向によるステレオタイプ

  • おたく -幼女少女に性的な好奇心を抱く、性犯罪者が多い。また、趣味に収入の多くを注ぎ込む(=買い物の際に大金を持ち歩く)、腕力が弱そうというイメージから「おたく狩り」と呼ばれる強盗事件が起きるようになった。おたくの大半は、眼鏡をかけていたり、肥満体系が多くアニメキャラクターのTシャツを着ていたり頭にバンダナをしていたりと言うパターンが多い。
  • 同性愛者 - ゲイの男性は、「アタシそう思うわ~」など「オネエ言葉」で話す、あるいは坊主頭で髭が濃く、筋肉質の体(女より女らしい、男より男らしいのどちらか、あるいは見た目が男性的で行動が女性的というパターン)。また、ゲイの男性は性的欲求が強く(セックスの事しか考えておらず)、周囲の多数の男性へ常に色目を向けているといったキャラクター像も、娯楽番組・漫画・映画の作品などで広く使用されている。他に、「男が好きな男=女になりたい男」といった性的指向性自認の混同もよく見られる。 レズビアンの女性についても、やはり「言動が男性的」 「男装を好む」などといったものがある。

[編集] ステレオタイプ観念と類似概念

ステレオタイプは、人々が、根拠薄弱な観念をパターン的かつ判で押したように共有している状態を言う。ここで重要なことは、そのような観念がある範囲で広く、大勢の人に共有されていることなどである。しかし、これらの特徴を満たさない概念で、ステレオタイプと混同される概念が多数ある。それらの概念を次に挙げる。

  • 思いこみ」とは、どのような観念も後天的なものは、最初は思い込みで成立するのである。従って、ステレオタイプな観念も思い込みとして出発する。しかし、思い込みは色々なものがあり、そのなかで、紋切り型で、浅薄で、広く流布している観念をステレオタイプというため、思い込みはステレオタイプと同等ではない。
  • 固定観念」は、思い込みの一種であるが、ある特定の観念に個人が固着し、他の人の説得や、反論や、実際に世のなかで起こっていることを見ると、そういう思い込みは妥当しないのではないかと通常は思えるにも拘わらず、なお、特定の思い込みを変えないような観念を言う。ある観念が正しいか間違っているか、その確信が、反証に出会っても容易に変化しないものが固定観念である。固定観念のなかには、独特で複雑な、思想的にも錯綜したものが存在する。
  • 先入観」とは、まだ経験していない、未知の人物や事象などに対し、明瞭な根拠ではなく、曖昧な情報や憶測から、特定の見方や解釈、価値判断などを行っている場合をいう。「パリ芸術の都」であるというような思い込みは、情報が少なく、実際に海外旅行が珍しかった時代には、ステレオタイプとして、また先入観として信じられてもいた(パリ症候群はこの幻想が破られて発症する)。しかし、現代では、パリでもアンチ新自由主義の暴動が起きる、また犯罪が多い都市である、アラブ人が大勢いる都市などの先入観が存在している。
  • 偏見」は、しばしばステレオタイプで固定観念で、しかも先入観である場合がある。偏見は、事実とは異なる、一面的で偏った考えやものごとの把握をいい、ステレオタイプとなっている偏見もあれば、固定観念となっている偏見もある。しかし、偏見でないステレオタイプな観念も多数あり、同様に、固定観念ではない偏見もある。先入観として偏見を持っていた場合、あるいはステレオタイプで偏見を持っていた場合、前者は具体的な経験や新しい知識を得ることで偏見から脱することがあり、後者も、誰かからの指摘を受けたり、書籍を読んだりすることで、自分でよくよく考えてみると、従来の考えが偏っていたことが自覚できることがある。
  • 生物学における「反射」は、刺激に対し意思による決定を含まない単純な経路で応答が起こることをいう。従って応答は紋切り型になる。反射には先天的に形成されているものもあれば後天的に学習されるものもある。また、人間の日常的な行動の中で、意識に上らないまま制御されるものは数多くあり、それらには大脳高次運動野が関与する場合があることが知られている。反射が紋切り型の応答を結果することから、ステレオタイプな行動/返答を揶揄して「条件反射」「脊髄反射」(すら経由しないという侮蔑の意味が強い)と呼ぶ場合がある。

[編集] 関連項目

[編集] 出典

  1. ^ ISBN-10: 4886113192
  2. ^ アニマルファッション東阪一致!?か?
  3. ^ 1993年の調査によれば、米国におけるSATの数学テストの成績は、アジア人がおおむね他の民族に比べて高い [1]
  4. ^ 1946年のTIME誌の表紙 [2]