タブロイド思考

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タブロイド思考(タブロイドしこう)とは、複雑なものごとを皮相的に単純化・類型化して把握する思考の有り様である。何が原因であるのかについて、深く考え分析すると単純に断言することができず判断が難しいような事象や出来事をステレオタイプな枠で捉える思考である。

概説[編集]

社会人間の事象は、きわめて複雑な連関構造を持っており、何かが起こったとき、その原因などを調べて行くのは、非常な手間がかかり、また妥当な認識に達するのも困難なことが多い。

これに対し、事象の本質的な複雑さを考慮することなく、また深く吟味したり分析したりすることなく、類型的な思考の分類や、決まり文句などで、その事象の原因やありようを理解したような気分になるのが、タブロイド思考である。

例えば、物価高騰したという社会的な事象があれば、その理由は「大企業が金儲けに奔走しているためである」とか、それと対比的に「怠け者の貧乏人を支援するため、不要な社会福祉などがあるからである」などという決めつけが、この思考の類である。

ものごとの根本の複雑な相互関係の分析にまで至るのは、一般的な人間の思考にとっては非常に負担が多く、困難である。しかし、「よく分からない」では、自分の無能さが露呈されるようで好ましくなく、また「分からない」という状態も不安定な心理であるため、「その答えは、即ちこれである」というような単純明快な図式的回答を、批判的態度などなく受容するような思考のことを主に言う。

社会的な風潮への同調[編集]

タブロイド思考は、ものごとを単純化して考えるが、こういう「単純化」そのものが、一種の社会的な流行の上に乗っていることがある。政治経済の問題から社会問題、あるいは個人消費生活や、趣味、遊びの流行に至るまで、社会的な「標準的規範」というものが設定されるケースが多々ある。

このような規範が果たして妥当なのか否か、個人が自主的な判断や吟味を試みようとすると、資料収集や思考に大きな努力が必要となることがある。しかも、こうして主体的に考察し思考してみても、明確な答えが得られないのが普通である。このような場合、もっと楽な方法として、社会で流布し、流行しているものを、そのまま受け入れ模倣し、なぜそれを肯定するのかの理由は、「社会常識である」というように考えると、これは思考停止の一種である。

語源[編集]

大衆紙は興味本位で惹き付け、「真相」を提示するが…

タブロイド思考という言葉は、通常の新聞よりもサイズの小さな「タブロイド型新聞」から来ている。電車のなかなどで読むには、コンパクトな大きさの新聞が都合がよいので、このようなサイズの新聞があるが、これらの新聞は興味本位の記事を売り物にする大衆紙が多く、何かの社会的事象や事件を伝えても、その詳細や、立ち入った分析は行わず、短い文章で読者が理解しやすいように、類型的な決めつけを行うような新聞が多かった。

タブロイド新聞の記事を読んでいると、世のなかの複雑な事象が、単純な原理で解明でき説明できるような錯覚にも陥る。タブロイド新聞が行うのと同じような論理の省略、分析の省略によって、ものごとを、その皮相的な外見から決めつけて答えを出すような思考を、タブロイド思考というのである。

なお、このような報道を行う「タブロイド紙」は基本的に英国のものだが、2000年代以降の英国では、タイムズインデペンデントガーディアンといったインテリ向けの論説を売りにする高級紙(一般紙)もタブロイド判やそれに近い小型サイズへの切り替えを行っており、判型だけを基準とした「タブロイド紙=大衆紙」という図式は成り立たなくなりつつある。ただし高級紙では小型化した後の判型を「コンパクト版」と呼ぶなどしていわゆるタブロイド紙との区別は明確にしており、「タブロイド」という表現が上記のような「大衆紙でありがちな、単純化された物の見方」を含意することは、今のところ、以前と変わっていない。

関連項目[編集]