反知性主義

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反知性主義(はんちせいしゅぎ、英語: Anti-intellectualism)とは、本来は知識や知識人に対する批判、およびごく普通の市民が道徳的な能力を持ち、とりたてて教育を受けなくても、誰もが自然に発揮できるという平等思想、そこから転じて国家権力によって意図的に国民が無知蒙昧となるように仕向ける政策のことである。主に独裁国家で行われる愚民政策の一種。

具体例[編集]

古代ローマでは国民が政治に文句を言わないように食事と娯楽を提供し続けた。これは「パンとサーカス」と言われた。

ファシズムの理論家ジョヴァンニ・ジェンティーレは国家至上主義を謳い、個人の自由を否定した。彼は集産主義を進める上で大衆に知識を与えることは不都合だと考えた。

中華人民共和国では大躍進政策文化大革命の際に知識人は敵視され、強制労働が強いられた。大の読書好きであった毛沢東は、国民に対しては「本を読むほど馬鹿になる」と発言し、読書を禁止した。

カンボジアでもクメール・ルージュの時代には眼鏡を掛けていただけで「知識人」のレッテルを貼られて逮捕され、暴力を加えられたり殺害されたりした。

アメリカ合衆国では1950年代マッカーシズムの嵐が吹き荒れて、多くの知識人が検証や批判が行われないまま「共産主義者」のレッテルを貼られて迫害された。

保守的キリスト教徒の間では、人間の知識は限界のあるものであり、万能ではないとする考え方も共有されている。また、進化論に反対するキリスト教原理主義を批判するに当たってこの言葉が用いられることがある。

アメリカの民主主義が「すべての人は平等に創られた」という独立宣言から出発しているため、『ごく普通の市民が(キリスト教的倫理に基づく)道徳的な能力を持っているという平等論がある。その素朴な道徳的感覚は人間に共通に与えられており、高度な教育を受けなくても、誰もが自然に発揮できるとの思想が生まれ、それが民主主義を「衆愚政治」ではなく、特権階級による権力の独占を防ぐ効用があると信じる力となっているとされる[1]

脚注・出典[編集]

  1. ^ 森本あんり、2015、『反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体』、新潮社新潮選書〉 ISBN 978-4106037641

関連項目[編集]