物語

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物語(ものがたり)とは、

概説[編集]

上述のように「物語」という用語・概念は様々な意味で用いられている。

現代日本の若者が「物語」と言うと、しばしば、広辞苑の2番目や大辞泉の3番目に解説された意味、つまり人や事件などの一部始終について散文で語られたものや書かれたもののことを指している。

日本文学の研究者などが「物語」と言う場合は、3番目の中の意味の中でももっぱら狭義のそれを指していることもある。また歌舞伎や人形浄瑠璃の研究者や愛好家が「物語」と言う場合、4番目の意味で用いていることがしばしばある。

「物語」と言うと、広義には、他人に向かって語られること、その内容を、広く指している[注 1]。また、「[要出典]近代小説に対比させて、近代以前の文学作品やその様式のことを「物語」と呼んで区別することもある」という[誰?]

また現在「物語」という語は英語の「en:narrative ナラティブ」の訳語として用いられることもある。また「en:story ストーリー」という語の訳語として用いられることもある[6]。訳語として用いられることによってそれらの概念の混交も起きている。

本記事では、これらの意味・概念を、できるだけ区別しつつ、すべて解説する。

日本の「ものがたり」[編集]

[要出典]源氏物語』など平安時代文学作品においては、そもそも「ものがたり (物語)」という用例には幅広く「お喋り」の用例を含んでいる。例えば、女房同士の「会話」や、赤ん坊が意味をなさない「声」を挙げるのも「ものがたり」である。そのため、もとともと「ものがたり」の語は、「話をすること」そのものと不可分であった、と考えられる[注 2]。文章にならない場合、当時の「お喋り」としての「物語」が現存する可能性はきわめて低い。現存する「物語」として認められる作品以外にも、平安時代には様々な「散逸物語」があったと考えられているが[注 3]、「物語」の語が捉える範囲そのものが現代と違うことに注意を要しよう。

また、それらの「物語」の中には、いわゆる「作り物語」といわれるような架空の登場人物を想定できるもの以外にも、当時の実在の事件や人物を取り上げたものが相当数あった。そして、架空であるか実際の出来事であるか、といったことの境界は、極めて不分明であった。例えば『伊勢物語』のように「物語」と当時の文献で呼ばれている作品であっても、主人公が実在の在原業平その人と一定の期間信じられた上で、親しまれた作品も認められる。「物語」の成立当初は、「実話」と「作り話」双方が「物語」と捉えられ、区別すらし難いものであった。

さらに『源氏物語』のような複雑な作品になると、(1)「物語」作品内における、(2)登場人物の「お喋り」としての「物語」で、(3)「物語」論が取り沙汰される例などもある。これらの(1)~(3)は全て一言に「物語」と定義することも可能である[要出典][注 4]。しかし同一作品で同時に複数の階層における「物語」を意識せざるをえない。これらの問題は「物語」の定義の持つ幅広さを示すと考えられる[要出典]


ナラトロジーと物語[編集]

近代以降の文学理論における物語論(ナラトロジー)の観点からは、筋としてまとめられる言説のことを、広く「物語」と捉える傾向がある。これらは、いわゆる「ナラティブ」の概念の影響を受けた物語研究と考えられる。文学研究の分野では、更に細分化して、「物語言説」「物語内容」「語り」などの視点から取り上げられる。また「プロット」、「ストーリー」、「語り手」と絡めて分析されることも多い。

これらの概念は上述の古典の「物語作品」にあてはめて分析され、有益な結果を生むこともある。それゆえに、古典の「物語」と近現代以降の「物語」の概念の混同が進んだとも考えられる。ただし分析可能であることと、同一の概念であることには差があるため、注意が必要である。


世界の物語の歴史[編集]

ここでは「ナラティブ」を含む、最も広義の「物語作品」の歴史について記述する。

古い物語として有名なのは、古代オリエントの『ギルガメシュ叙事詩』である。長いものは、古代インドの『マハーバーラタ』がよく知られている。

日本文学においては、現存する作品では『竹取物語』が最初の「物語」として知られる。紫式部は『源氏物語』において、これを「物語の出で来始めの祖」と評した。


狭義の「物語」: 平安時代から室町時代日本の物語作品[編集]

作品例

「物語」といった場合、最も狭義には『竹取物語』にはじまり、鎌倉時代の擬古物語に至る古典の物語文学作品そのもののことを指す[要出典]。『伊勢物語』『平中物語』『うつほ物語』『落窪物語』『源氏物語』『栄花物語』『浜松中納言物語』『狭衣物語』『とりかへばや物語』などが挙げられる。

また、後の歴史物語軍記物語や説話物語まで含めることもある。『雨月物語』などの戯作までを指す場合もある。また、『お伽草子』などに含まれるおとぎ話説話昔話民話などを漠然と指して物語と呼ぶこともある。これらの例は、上述の「お喋り」としての「物語」の側面が強く残っている例と考えられる。

種類

日本文学の物語、狭義の物語、は大別すると次のようになる、と広辞苑には解説されている[1]

など

道徳的教訓を含めた、比喩を用いた物語をとくに「寓話」と呼んで区別することもある。

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脚注[編集]

脚注
  1. ^ 日記文学随筆、場合によっては近代以降の私小説などを含む自照的なもの以外を示す。[要出典][誰?]
  2. ^ 現在取り上げられることは少ないが、そのような考えに基づいた玉上琢彌は『源氏物語音読論』を唱えた。
  3. ^ 物語が多かったことをあげている『三宝絵詞』の記述や、『源氏物語』の作中であげられている現存しない作品などによる。
  4. ^ 「更に作中の人物の話を語り伝えた「語り手」の存在そのものも、「物語」と呼びうる[要出典]。」
出典
  1. ^ a b c d e f g h i j k l 広辞苑第五版 p.2652【物語】
  2. ^ a b 大辞泉【物語】
  3. ^ 大辞泉の説明では「作者の見聞や想像をもとに、人物・事件について語る形式で叙述した散文の文学作品。」
  4. ^ 大辞泉【物語】
  5. ^ 大辞泉の解説では「歌舞伎・人形浄瑠璃の演出の一。また、その局面。時代物で、立ち役が過去の思い出や述懐を身振りを交えて語るもの。」
  6. ^ プログレッシブ英和中辞典【story】

関連項目[編集]