修辞技法

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修辞技法(しゅうじぎほう)とは、文章に豊かな表現を与えるための技法。ギリシアローマ時代から学問的な対象となっており、修辞学(レトリック、Rhetoric)という学問領域となっている。これらの多くは文学的感動もあたえる反面、論理より感情に訴えかけるため論争においては議論をこじれさせたり、人身攻撃などにも使われる場合があるので状況によっては注意が必要である。

目次

[編集] 比喩

比喩(譬喩、ひゆ)とは、字・語句・文・文章・出来事・作品全体などの物事を、それと共通項のある別の物事に置き換えて表現する手法である。読み手に対し、例えられる物事を生き生きと実感させる効果を持つ。比喩を用いた修辞法を比喩法という。

[編集] 直喩法

直喩(明喩、シミリー)とは「(まるで・あたかも)~のようだ(ごとし、みたいだ)」のように、比喩であることを読者に対し明示している比喩である。直喩を用いた修辞法を直喩法という。『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり…』で知られる平家物語の序段は、この直喩の典型例である。

用例

  • 赤ん坊の肌はまるで綿飴のようにふわふわだ。
  • 鳥みたいに羽が生えたら自由に空を飛べるのに。
  • 息子は二宮金次郎のごとく、勉学に励んだ。

[編集] 隠喩法 

詳細はメタファーを参照。

隠喩(暗喩、メタファー)に分けられるものは、比喩であることが明示されていない比喩であり、メトニミー(換喩)シネクドキ(提喩)などが含まれる。隠喩を用いた修辞法を隠喩法という。すし詰め状態、団子レース、マシンガントークなどのように定型句となった表現も見られる。

[編集] 換喩法

換喩(かんゆ、メトニミー)とは表現する事柄をそれと関係の深い付属物などで代用して表現する比喩である。換喩を用いた修辞法を換喩法という。

用例

  • バッハが大好きだ。」という文では「バッハ」がバッハの作品を指している。
  • 「そのワインを開けてくれ」という文では、実際開けるのはワインではなく、ワインを入れたボトルの栓である。

[編集] 提喩法

提喩(ていゆ、シネクドキ)とは上位概念下位概念を表したり、逆に下位概念で上位概念に置き換えたりする比喩をいう。換喩との違いは、包含する関係にあるか否かである。提喩を用いた修辞法を提喩法という。たとえば、ある相手に対して「情けない男だ」と告げた時、情けないのはその相手(下位概念)だけであって、男全般(上位概念)を指しているわけではない。また、とり肉といってニワトリの肉を指すのも提喩である。

ほかの用例

  • 紙もすっかり値上がりしたので生活に困る。
    • 会話の状況によって、この紙がトイレットペーパーを指してるのか、それとも何らかの帳面を指しているのかわからないが、紙という上位概念で、下位概念を想起させるものとなっている。
  • これらの比喩が複合することもある。たとえば「右のエース」という表現は、エースで一番を指す暗喩、右で右手で投げる投手を表す換喩を兼ねている。更に、「右のエース」という言葉は、野球のみでしか通用しないので、野球という上位概念の中の下位概念に値することから、この表現自体が提喩となっている。

[編集] 擬態法

擬態法(ぎたいほう)は、表現する事象について、様子を文字として書き表した擬態語や、擬音語・擬声語を用いた修辞法である。「姉はにこにこと笑っていた」という文での「にこにこ」が擬態語に、「犬がワンワンと鳴く」の「ワンワン」が擬声語にあたる。

[編集] 擬態語・擬音語・擬声語

詳細は声喩を参照。

擬態語(ぎたいご)は「様子」、擬音語(ぎおんご)は「音」、そして、擬声語(ぎせいご)は「動物の鳴き声」などを言語化したものである。写生語声喩、仏語でオノマトペ (onomatopee)、若しくは英語でオノマトペア (onomatopoeia) ともいう。擬音語(擬声語)を用いることにより、ものごとを生き生きと表現する効果や、また、ものごとに対し読者が親近感を抱く効果など、さまざまな効果が生まれる。扉が風でガタガタと音を立てるといった擬音語、幼児語では、犬の鳴き声の擬声語であるワンワンのように、そのものの発する声を表す擬声語がそのものの名称として用いられる場合もある。擬態語は「動作様態感覚心理状況」などの様子を文字として表す方法で、傷口がズキズキ痛む、心配でハラハラするなどが例として挙げられる。また、そもそも言語ではないものを言語化しているため、言語によってこれらの語は異なることがある。

[編集] 擬人法

比喩の中でも特に、人でないものを人格化し、人に例える手法を擬人法(ぎじんほう、活喩)という。その場合、読み手に対し、例えられる「人でないもの」に対する親近感を抱かせる効果が生まれる。擬人化擬人観も参照のこと。

  • 「海に出て木枯帰るところなし」(山口誓子

[編集] 擬物法

擬人法と逆に、人の動作や様子を物質に喩える手法があり、これを擬物法、結晶法などと呼んでいる。以下は例文である。

  • 黙々と働く彼の姿は、言うならロボットである。 
  • 彼女の笑顔が、僕にとって元気の薬だ。

[編集] 倒置法

詳細は倒置を参照。

文章は通常、主語目的語述語 の順で記述されるが、この順序を倒置(逆転)させ、目的語を強調する手法のこと。

  • 私は宝の在処を突き止めた。(通常)
  • 私は突き止めた、宝の在処を。(倒置法)

[編集] 反復法

同じ語を何度も繰り返し、強調する。連続して反復する場合と、間隔を置いて反復する場合がある。

  • 「高く高く、青く澄んだ空」
  • 「我が母よ 死にたまひゆく 我が母よ 我を生まし 乳足らひし母よ」(斎藤茂吉

[編集] 体言止め

体言(名詞・名詞句)で文章を終えること。名詞止めとも称する。言い切らずに、文の語尾に付ける終止形を省き、体言で止めて、強調させたり、余韻を残すことをいう。もともとは俳句短歌の技法だったが、1990年代に若年層で流行した。それ以前から星新一をはじめとする小説家が著作で盛んに用いており(例:「私は科学者。実はこの…」)、このことも影響しているであろう。

特に感動を表現するために、例えば「水が流れる」という文の主語述語の順番を逆にして「流れる水よ」のように体言で止める言い方を、喚体句という。

[編集] 反語

実際の主張と異なる内容を疑問の形で書いているが、強い断定を表す。また、肯定の形で表しているが、強い皮肉を表すこともある。

  • 昔は美しい街だったと言っても、だれが信じるだろうか。(いや、誰も信じないだろう)
  • おやおや、ずいぶん丁寧な扱いだこと。(とてもひどい扱いだ)

[編集] 呼びかけ

対象物との密接な関係を表す手法。「~よ」などの形になることも多い。

[編集] 対句

対句(ついく)とは漢詩ことわざなどに多く利用される技法で、2つ以上の語呂の合う句を対照的に用いる。 もともとは漢文の駢儷文におけるテクニックの一つで、日本語では漢字、漢文の伝来とともに使われるようになり、現在においても、日本語の表現方法として無意識に使用されている。 (例)

  • しかあれども、よにつたはることは、ひさかたのあめにしては、したてるひめにはじまり、あらがねのつちにしては、すさのをのみことよりぞおこりける。(古今和歌集
  • 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。」(平家物語

四字熟語での例は枚挙に暇がない。二つの二字熟語を対にする例が多い。

[編集] 押韻

詩歌などで同じ音を決まった場所に繰り返し使うこと(=を踏むこと)。語句の頭の音を揃えることを頭韻、語句の終わりや行末を揃えることを脚韻という。

  • わらかに柳(なぎ)あをめる北上(たがみ)の
    岸辺(しべ)目に見ゆ
    泣けとごとくに(石川啄木

上記の例は頭韻である。  

[編集] 省略法

文章の一部を省略することにより、余韻を残し、読者に続きを連想させる表現技法を言う。専ら、省略した部分にはダッシュリーダーが使われる。

[編集] 緩叙法

詳細は緩叙法を参照。

言いたいことを遠まわしに言って、別の意味を強める表現。例文を次に挙げる。

  • 僕は野球が嫌いだとは言わない。
→主語の人物は野球が嫌いではないが、いい印象を持っていない。そこには、何か本人にとって納得できない部分があり、相手に強く訴えているのは、その納得できない部分である。
  • まあ、今日のところはこのくらいにしといたる。
漫才の定番落ちであるが、これは緩叙法の一つである。本人にとっては、相手のお手並みを拝見するどころか、返り討ちに遭っているわけであるが、敢えてこう答えることで、不利な戦いから逃亡を図りつつも、自分の体面を意地でも守ろうとしているのである。

[編集] 漸層法

同じ事柄に対して、徐々に表現を強めていく手法。以下は解説用の例文である。

  • 非常に強い揺れだった。部屋はすっかり散らかってしまった。扉が開かないので、窓をこじ開けて外に出てみたら思わず息を呑んだ。周りの家という家が軒並み、押しつぶされているのだ。心を落ち着かせ、よく見ると、遠方に濛々と煙が立ち込めているではないか。

→この一連の文章は、あくまで、自身が体験した大地震についての語りである。初めは自分の家のことだけと思っていたところが、だんだんと被害の実態と規模の大きさを目の当たりにしていく様を相手に訴える仕組みになっている。

[編集] 対照法

同じ立場、条件において全く逆の表現を使う手法。以下は例文である。

  • あいつは女には甘いくせ、俺たちにはきつい。
  • 君、この調子では、すぐに新入りに追い越されてしまうよ。

[編集] 反照法

別の場面で全く同じ表現を用いる手法。たとえば冒頭に、「平和な朝だ」と描き、巻末に「平和な朝が帰ってきた」など。 関連性のある表現を用いる場合もある。

[編集] 敷衍(ふえん)

短く話せば済む会話を敢えて長く形容し、意味を強調する手法。以下は例文。

  • この山は、かつて多くの登山家たちを拒んできたほど険しい。

言いたいことは「この山は危険」ということだけであるが、どれほど危険なのかということを強調するため、「多くの登山家たちを拒んできた」という表現が加えられている。

[編集] パロディ

知名度の高い記事や事件などを借用して、文章を面白おかしくしたり、物事を揶揄風刺したりする表現。以下は例文である(ネット掲示板の会話より抜粋)

  • 甲「サイダーに合う食べ物って何かある?」
  • 乙「天ぷらそば」
  • 丙「通だな」
  • 丁「ここには、宮沢賢治がおる」

ここで注意しなければいけないのは、宮沢賢治という人物を把握していないと、何がおかしいのか分からない点である。宮沢賢治は、行きつけの蕎麦屋で天ぷらそばと一緒にサイダーを頼む習慣があったと云われており、そのため「天ぷらそばとサイダー」の取り合わせが宮沢賢治を連想させるものとなっている。しかし、それは一般的な習慣とはいえないものなので、乙に対し、丙と丁は文章上のおかしさを感じているのである。よってパロディを用いる場合は、ある程度知名度が浸透したものを選ぶのが好ましい。

[編集] 畳語法・畳句法・畳音法

言葉を重ねることで、意味を強調する手法。

  • 強い、強すぎる、なんて強いんだ(畳句。強いということを表現する句を並べ、相手が強いことを強調)
  • これこれ、これが欲しかったんだ(畳語。これという語を並べ、これにあたる品が欲しかったことを強調)
  • ガラガラガラガラガラ… (畳音。擬音を並べることで、その様子が長引くことを強調)

[編集] 疑惑法

曖昧とした論述を意図的に用いる手法。きっぱりとした回答を嫌うときのほか、結論を持たずとも、特定の対象を強く印象付けたい時にも用いられる。

[編集] 誇張法

言いたいことを強調して大げさに言う手法。

  • 天地がひっくり返ってもそれはありえない。
  • 死んでもこの土地は手放さない。
  • 耳の穴かっぽじってよく聞け

など。

[編集] 列叙法

ある対象に対して、文章を立て続けに並べる手法。

[編集] 折句

詳細は折句を参照


ほか

[編集] 関連項目