主人公

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主人公(しゅじんこう)とは、フィクション作品(小説映画ドラマ漫画アニメゲーム等)のストーリー中心となり物語を牽引していく人物・キャラクター主役とも言う。

作品名としての「主人公」は#作品名としての「主人公」を参照のこと。

目次

[編集] 定義の種類

物語の解釈は受け手により異なる為、万人が納得する主人公を定めることは難しい。また、群像劇など主人公が複数いる物語・主人公がいない物語も考えられる。想定しうる主人公の定義を以下に列挙する。

[編集] 一人称における主体の人物

小説等の文学作品の場合、一人称における主体、つまり文章中の「私」を主人公とすることが少なくない。こういったケースの場合、物語を主観的に見る人間は主人公である「私」と「読者」であることが殆どであるため、明確に主人公を求めることができる。それを逆手にとって、「実は主人公ではなかった」「実は二者以上の視点が混在していた」等のケースで、ミスリードを行う作品も存在する。

しかし三人称小説の場合、この意味での主人公は存在しないことになる。

[編集] 制作者の表明

制作者が登場人物紹介・あとがき・インタビュー等において主人公であると表明した人物を主人公とする。また、制作者自らが主人公は二人(もしくはそれ以上)だと表明する場合がある。

[編集] キャストの先頭に表示

キャスト表示において主役を先頭に表示する慣習があることから、キャストの先頭に表示されたものを制作者が意図した主人公とする。ただし、制作者が主人公を一人に設定していない場合には演じる役者の格によってキャスト表示の順番が決まることがある。また、洋画においては役者のキャリアや、アルファベット順に表記するのが通例であり、この限りではない。

[編集] 最初に登場した人物

プロローグを除き、多くの物語では主人公が最初に登場することから最初に登場した人物を主人公とする。ただし、演出やストーリーの都合等から遅く登場する主人公もいる。

[編集] 行為項

ウラジーミル・プロップはロシアの民話を整理し、登場人物たちを「敵対者」「贈与者」「助手」「王女とその父」「派遣者」「主人公」「ニセ主人公」の7種の「行動領域」に分類した。グレマスは「主体」「対象」「恵与者」「受益者」「補助者」「敵対者」の6種の「行為項」に分類した。これらの構造主義物語論においては、主人公は他の登場人物たちとの関係、ないし物語上の機能として定義される[1]

[編集] 問題を解決する者

広義のドラマ(問題の発生とその問題の解決)を骨格とする物語では、物語上の最大の問題の解決に最も貢献した者を主人公とする(例:化け物退治の物語において、化け物を倒した者)。悲劇では問題は解決しないため被害の描写が多い者を悲劇の主人公とする。

[編集] 主題の実行者

物語の主題を実行する者を主人公とする。受け手により主題の捉え方が違う場合がある。

[編集] 越境する者

ユーリ・ロトマンは物語世界の空間を「内(我々)」と「外(彼ら)」に分け、内・外の境界を越える人物を主人公とした[2]

[編集] 物語の個性を象徴するもの

他の物語と差別化する、その物語の固有の個性を象徴するものを主人公とする(例として、人物ではなく沈没船や町の名前など象徴的な物体を主人公とする場合がある)。これはキーパーソンに属するものでもある。

[編集] 操作可能なキャラクター

コンピューターゲームでは操作可能なキャラクターを主人公とする。格闘ゲーム等、ゲームの種類(ジャンル等)によっては、登場人物が全員主人公である、との見解もありうる。

[編集] 描写の量と質

他の登場人物より明らかに多く描写されている、または優遇されている人物を主人公とする。

[編集] 感情移入の対象

受け手が感情移入できる対象を主人公とする。基本的に少年漫画の恋愛物では男が主人公、少女漫画の恋愛物では女が主人公と考えられる。

[編集] 特異な才能の持ち主

主人公は他の登場キャラクターに比べ、ずば抜けて高い潜在能力(高い知力、腕っ節の強さ、人心掌握に長ける等)や変身能力(主に特撮番組の主人公)等の特別な力を持つ場合がある。

逆に『ドラえもん』の野比のび太のように、他のキャラクターに比べて能力的に見劣りしたりする「落ちこぼれ」の主人公、全くの素人の状態から物語中で経験を積み重ねることで才能を開花させていく主人公、一見平凡に見えて人をひきつける魅力を持つ主人公もいる。

[編集] 善人

善良な心・優しい心の持ち主や、正義の味方など。悪人的な設定のある人物が主人公である作品でも、純粋で美しい心の持ち主であったり、主人公以上の悪人が出てきて結果的に主人公は義賊的な存在となるケースが多い。或いは、いたずらっ子・悪ガキを主人公とする作品でも、主人公は兄弟思いだったり小動物には優しいなどとった、柔和なエピソードが組まれることが多い。

しかし、ある事を機に悪人(悪役・敵役)と化してしまう主人公も存在する。

[編集] 主人公が大量に存在する、または存在しない

主に歴史物語などに多く、主人公が寿命や殺害などされたりして途中で主人公の変更が著しく多い場合。また、多彩な中心人物からの目線で見る場合などがある。

トランスフォーマー』シリーズのように、非常に多数の登場人物を用意し、受け手一人ひとりに「自分にとっての主人公」を決めさせるという例もある(『DEATH NOTE』の例と異なり、善と悪はハッキリしている)。『クッキングパパ』や『三丁目の夕日』のように、本来は主人公自体はいるが多くの話によっては事実上の主人公を別のキャラクターにする例もある(いずれも一話完結型)。また、『ぼくらの』のようにストーリーの中で主人公が大量にいる例もある。

国内のドラマに関して、制作側は群像劇をこの方式に当てはめて解説しており、上記のように視聴者が感情移入しやすい登場人物を主人公とする手法を図っていた。

[編集] 物語の個性を象徴するもの

他の物語と差別化する、その物語の固有の個性を象徴するものを主人公とする(例として、人物ではなく沈没船や町の名前など象徴的な物体を主人公とする場合がある)。これはキーパーソンに属するものでもある。

[編集] 主人公と狂言回し

主人公と混同されがちなキャラクターに狂言回しがある。狂言回しは物語の登場人物でありながら、物語の受け手に近い立場で描かれることが多い。物語上の立場は物語によって様々で、完全な第三者の場合もあれば、主人公に近しい重要人物の場合もある(また、稀に主人公自身が担当することもある)。

推理小説など、文章による媒体では特にその役割故に、読者には混同を招く場合がある(また、そのように著者が先導している)。

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[編集] 端役ならびに準主役との関係

準主役(または準主人公)は物語の上で、主人公に近しい扱いで描かれる格の登場人物を指す事が多い。主人公に近しいパートナー役や、主人公と対立する人物など多種に及ぶ。脇役と呼ばれる人物との違いとして、準主人公の主観によって物語の進行が行われるパターンが多々存在する。なお、物語進行上のキーパーソンに割り当てられる事も多いが、この場合はあくまで準主人公としての役が基盤にあるものであり、脇役に重要な役割が当てられているのとは多少立場が異なる。作者あるいは作品によっては、本来の主人公に対するもう1人の主人公と言い換えられる場合がある(先述の#制作者の表明による)。

[編集] 題名と主人公の名の関係

登場人物の人名が題名になっている作品では、基本的にその人物が主人公となる(『ゲゲゲの鬼太郎』の鬼太郎などが有名)。ことにオペラ演劇ではその題名役はタイトルロールと呼ばれる。

例外として、登場人物の人名が題名になっている作品でも、主人公が別にいる場合もある。有名な作品では『ジュリアス・シーザー』(主人公はブルータス)がある。これは、当時、劇中で最も身分の高い登場人物をタイトルロールにする習慣があったためらしい。

子供向けの作品などでは、子供にわかりやすくするための配慮として、青年・一般向けのものでもSF的要素をもった作品では非日常的存在を強調する目的で、「主人公の側に現れた非日常的存在」をタイトルにすることがあるため、主人公と題名が異なることがある。有名な作品では藤子不二雄藤子・F・不二雄)作品が挙げられ、氏の作品以外にもそれらが主人公の家に居候する「ドラえもん型」というジャンルが確立している(但し「ドラえもん型」の場合、主題の捉え方によっては居候する側を主人公とする見方もあることに注意)。

[編集] 主人公と視点人物

主人公は、視点人物であることもあるし、そうでないこともある。一人称小説で一人称が主人公の場合、多くは視点人物である。一人称の現れる小説であっても、それが傍観者や観察者であって主人公が別にいる場合がある。その有名な作品に『シャーロック・ホームズシリーズ』がある。また三人称「局外の語り手」[3]による語りでは、主人公がいたとしても視点人物ではない。

[編集] 主人公の交代

当初のストーリー展開から大きくかけ離れてしまった関係で、本来は主人公でない登場人物が実質的な主人公になってしまう場合や、キャラクターの人気の変動から元々はサブキャラクターだった登場人物が、主人公に「昇格」する場合がある(「フクちゃん」「ののちゃん」など)。また、原作とその二次作品とで主人公が変更される場合もある。物語の展開上、主人公としての地位が他のキャラクターに継承される作品も少なくない。

三国志演義』などが有名な例で、明確ではないが劉備の亡き後は諸葛亮が主人公のようになっている。その他にも、1部が終われば主人公が変わってくるという物語も存在する(『ジョジョの奇妙な冒険』など)。また、特殊な一例として、『キャプテン』においてはタイトル通り、野球部の歴代キャプテンに就任したキャラクターが順次、主人公となる。『プロレススーパースター列伝』はその名のとおり、著名プロレスラーを主人公とした列伝形式をとっているため、馬場猪木編→フレアー編→タイガーマスク編などといったかたちで主人公が次々と交代する。

[編集] 作品名としての「主人公」

  • さだまさしの代表曲の一つ。1978年発表のアルバム『私花集』の終曲。1988年3月25日にシングル発売された。作詩・作曲:さだまさし 編曲:ジミー・ハスケル)。
    • シングルとしてはヒットしていないが、テレビやラジオの企画で行われるファンの人気投票では、『関白宣言』などの数あるヒット曲を抑え、毎回第1位を獲得している(セールス面でヒットした曲とファンが支持する曲が違うことは、さだ以外の歌手でも見られることではある)。1993年NHK紅白歌合戦で、さだが熱唱した。
    • 1983年には当時中日ドラゴンズ内野手だった田尾安志がカバーし、シングルとして発売した。
  • 漫画・アニメ『さよなら絶望先生』に登場するキャラクター、日塔奈美(声:新谷良子)のキャラクターソング。個性が強い本作のキャラクター中、全く個性がない「普通少女」の、ベタな「夢オチ」の曲。作詞は只野菜摘、作曲・編曲は川田瑠夏。
  • 馬場俊英の曲の一つ。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 小森陽一(1991)「主人公」『読むための理論: 文学...思想...批評』世織書房。
  2. ^ Yu. ロトマン(1969)『文学と文化記号論』IX章、磯谷孝編訳(1979)、岩波書店(岩波現代選書)。
  3. ^ F. シュタンツェル(1979)『物語の構造:〈語り〉の理論とテクスト分析』 前田彰一訳(1989)、岩波書店。