弁論術 (アリストテレス)

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弁論術』(べんろんじゅつ、: Ῥητορική (Rhētorikē): Rhetorica: Rhetoric)は、アリストテレスによって書かれたレトリック修辞学弁論術)についての著作。レトリックの歴史を論じる際に真っ先に名前が挙げられる古典傑作であり、演説が重要な社会的役割を果たす欧米社会の知識階層においては、当然のごとく踏まえられている教養の1つになっている。

予備知識[編集]

レトリックの意味[編集]

レトリック(レートリケー)は、現代日本においては「修辞学」と訳され、単に言葉を飾り立てるだけの技術ばかりが注目されがちだが、アテナイをはじめとする古代ギリシャにおける元々の意味は、議会法廷公衆の面前などにおいて、聴衆を魅了・説得する、あるいは押し切るための、実践的な「雄弁術」「弁論術」「説得術」であり、アリストテレスがこの書で論じているのも、まさにその意味でのレトリックである。

なお、このレートリケー(弁論術)は、元々はシケリアの法廷弁論として発達したものであり[1]、その創始者・大成者は、コラクス及びその弟子のテイシアスとされる[2]

弁証術(ディアレクティケー)と弁論術(レートリケー)[編集]

アリストテレスの師であるプラトンの弁論術(レートリケー)に対する批判的な見解は、『ゴルギアス』や『パイドロス』等で明瞭に述べられている。

ゴルギアス』においては、プラトンは弁論術(レートリケー)が、本来「人々の魂を善くする」ことを目的としているべき「政治術」の一部門である「司法・裁判の術」に寄生し、対象に対する知識・技術を持ち合わせないまま、人々の短絡的な「快」につけ込んで無知な人々を釣り、真実や魂を善くすることから彼らを遠ざけ、その目を覆い隠してしまうだけの、ただの「熟練の業」に過ぎず、醜く劣悪なもので、技術(テクネー)と呼べるようなものでもない、「化粧法」「料理法」「ソフィストの術」と並んで「迎合」(コラケイアー)と呼ぶべきものだとして批判している。

パイドロス』においても、プラトンは弁論術(レートリケー)が、対象についての真実を知らないまま、相手の魂を事物の真相から逸らして誘導していくことを目的とし、相手がどう考えるかばかりを追求していくだけの、「言論(ロゴス)の技術(テクネー)」と呼ぶに値しないものであると批判し、対照的に、定義・綜合・分析(分割)を備え、雑多な情報から対象のただ1つの本質的な相を導き出していける弁証術[3]弁証法問答法、ディアレクティケー)こそが、真に「言論(ロゴス)の技術(テクネー)」と呼ぶに値するものであると述べている[4]。彼が対話篇で描く「弁論家・ソフィスト達を論破するソクラテス」というモチーフは、全てその「小手先の弁論術(レートリケー)に対する弁証術(ディアレクティケー)の優位」を表現するためのものである。

(更にプラトンは、その弁証術(ディアレクティケー)を通じた真実の把握は、「並々ならぬ労苦」を伴うものであり、それがたかだか人間を説得するという「矮小な目的」の下になされるべきではなく、「神々の御心にかなうように」、すなわち「純粋に真実を恋い慕い、より善い魂を成就する[5]」という「大きな目的」の下になされるべきであると説き、弁論術(レートリケー)という構想そのものを拒絶・破棄している[6]。これが彼の考えた「哲学者」(愛知者、ピロソポス)像である。)


それに対してアリストテレスは、プラトンのように「弁論術(レートリケー)そのものを拒絶・破棄する」ところまではいかず、弁論術(レートリケー)を弁証術(ディアレクティケー)と相通ずる技術(テクネー)として認めはしたものの、基本的な構えとしては上記のプラトンの考えを継承しており、従来の印象操作的・扇情的な部分ばかりが強調されてきた指南書を批判しつつ、それらとは一線を画し、説得推論(≒弁証術(ディアレクティケー))を技術の中心に据え、バランスがとれた形で弁論術(レートリケー)に関わる全体像を描き出し、秩序立てようと努めている[7]

構成[編集]

全3巻から成る。

  • 第1巻 - 全15章
    • 第1章 - 序論 (技術としての弁論術)
    • 第2章 - 弁論術の定義
    • 第3章 - 弁論術の種類
    • 第4章 - 議会弁論
    • 第5章 - 幸福
    • 第6章 - 善いもの
    • 第7章 - より大いなる善・利益
    • 第8章 - 国制
    • 第9章 - 演説的弁論
    • 第10章 - 法廷弁論
    • 第11章 - 快楽
    • 第12章 - 不正を成す者と被る者
    • 第13章 - 不正行為の分類
    • 第14章 - より大きな不正行為
    • 第15章 - 弁論術に本来属さない説得
  • 第2巻 - 全26章
    • 第1章 - 聞き手の心への働きかけ
    • 第2章 - 怒り
    • 第3章 - 温和
    • 第4章 - 友愛と憎しみ
    • 第5章 - 恐れと大胆さ
    • 第6章 - 恥と無恥
    • 第7章 - 親切と不親切
    • 第8章 - 哀れみ
    • 第9章 - 義憤
    • 第10章 - 妬み
    • 第11章 - 競争心
    • 第12章 - 年齢による性格1 - 青年
    • 第13章 - 年齢による性格2 - 老年
    • 第14章 - 年齢による性格3 - 壮年
    • 第15章 - による性格1 - 家柄の良さ
    • 第16章 - 運による性格2 -
    • 第17章 - 運による性格3 - 権力幸運
    • 第18章 - 共通の論点1
    • 第19章 - 共通の論点2 - 各論
    • 第20章 - 共通の説得手段1 - 例証
    • 第21章 - 共通の説得手段2 - 格言
    • 第22章 - 共通の説得手段3 - 説得推論
    • 第23章 - 説得推論の論点
    • 第24章 - 見せかけの説得推論
    • 第25章 - 説得推論の反駁
    • 第26章 - 説得推論の注意事項
  • 第3巻 - 全19章
    • 第1章 - 第3巻の主題
    • 第2章 - 表現の優秀性
    • 第3章 - 生彩の無い表現
    • 第4章 - 譬え
    • 第5章 - 表現の良さ
    • 第6章 - 表現の重厚さ
    • 第7章 - 表現の適切さ
    • 第8章 - リズム
    • 第9章 - 文体表現の構成
    • 第10章 - 洗練された表現
    • 第11章 - 生き生きとした表現と、味のある表現
    • 第12章 - 表現方法の種類
    • 第13章 - 言論の部分
    • 第14章 - 序論
    • 第15章 - 抽象
    • 第16章 - 陳述
    • 第17章 - 説得(証拠立て)
    • 第18章 - 質問・答え、冗談
    • 第19章 - 結びについて

内容[編集]

巻別[編集]

本書は三巻から成り、各巻の内容は以下の通りとなっている。

  • 第一巻 - 弁論術についての概論、三種の弁論それぞれについての論点の整理
  • 第二巻 - pathos(感情)やethos(人柄)、反駁、注意事項など補足的な内容
  • 第三巻 - リズム、文体など表現方法

三種の弁論[編集]

アリストテレスは、弁論を以下の3種類に分類し、それぞれの相違点や共通点を述べている。

  • 議会弁論 - 何事かを奨励・慰留させる弁論
  • 演説的弁論 - 人を賞賛・非難する弁論
  • 法廷弁論 - 告訴・弁明する弁論

三種の説得手段[編集]

本書では、説得のあり方について、以下の3つの側面から考察されている。

  • logos(ロゴス、言論) - 理屈による説得
  • pathos(パトス、感情)- 聞き手の感情への訴えかけによる説得
  • ethos(エートス、人柄)- 話し手の人柄による説得

上記した通り、アリストテレスはこの3つの内、logos(言論)を中心に据え、最も多くの記述を費やしているが、pathos(感情)やethos(人柄)の側面についても、それなりの記述を費やし、説明している。

(なお、この分類は、プラトン魂の三分説における「理知(logos)」「欲望(epithymetes)」「気概(thymos)」に概ね対応し、また、近代社会学の父であるマックス・ヴェーバーによって提示された社会支配の三形態、「合法的支配」「伝統的支配」「カリスマ的支配」とも重なる。)

日本語訳[編集]

脚注・出典[編集]

  1. ^ 『プラトン全集 10』 p239 岩波書店
  2. ^ 『パイドロス』 プラトン/藤沢令夫, 岩波文庫 p181
  3. ^ プラトンの言う弁証術(ディアレクティケー)は、ゼノンソクラテスの頃の元々の素朴な「対話」「質疑応答」といった意味に加え、定義・綜合・分析(分割)を備えた「推論」技術という意味も含んだものに変質・拡張されている点に注意が必要 - 『パイドロス』 266B-C (岩波文庫 p111)
  4. ^ 『パイドロス』 プラトン/藤沢令夫, 岩波文庫 p96-132
  5. ^ プラトンはオルペウス教ピタゴラス教団の宗教観に影響を受けており、天上界から堕ちてきて輪廻転生を繰り返す不滅の魂(プシュケー)が、真実を探求して徳を積めば、他の魂より一足早く天上界に帰還できると考えていた。詳しくは『国家』『パイドロス』等を参照。
  6. ^ 『パイドロス』 プラトン/藤沢令夫, 岩波文庫 p131-132
  7. ^ 「弁論術」アリストテレス/戸塚七郎訳 岩波文庫 p22-30

関連項目[編集]

外部リンク[編集]