ルース・ベネディクト

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ルース・ベネディクト (1937年)

ルース・ベネディクト(Ruth Benedict、1887年6月5日 - 1948年9月17日)は、アメリカ合衆国文化人類学者。ニューヨーク生まれ。日本文化を説明した『菊と刀』の著者として知られる。

人物[編集]

大学はヴァッサー大学に学んだ。卒業は、1909年である。その後1919年コロンビア大学大学院で学び始め、フランツ・ボアズの指導を受け、PhDを取得、1923年教員の1人となる。彼女の教え子の1人であるマーガレット・ミードと恋仲にあったのではないかとの憶測をミードの娘が母の死後に述べたが、その事実は示す証拠はない。彼女は、1930年代の初めまでアン・シングルトン(Anne Singleton)のペンネーム文も書いていた。

彼女の『文化の型』(1934年)は、あらゆる人間社会の中で現れてくる行動の型が形作られるすじ道を記述する中での文化の相対主義を表現したものであった(彼女の批評家たちは、これを全体の中の「ごく些細な一部」という言い方をするが、それは文化の型が何であるかを理解せずに行われた発言である。)。

1936年、彼女は助教授に昇任した。ベネディクトは、アメリカ合衆国が第二次世界大戦に参入するに当たって戦争に関連した研究や助言のために、招集した代表的な社会人類学者の1人となった。

彼女のあまり知名度の高くない著作に、彼女がジーン・ウェルフィッシュと共に書いたパンフレットがある。これはアメリカ軍のために人種的な偏見について学問的な解説を企てたものである。軍は、軍事的な効率と関係する人種的に動機付けられた行動に関心を持っていたのだが、この著作物は、それについての完全な説明を網羅するまでには至っていない。

ミードと恋愛関係があったとの主張は、ヒラリー・ラプスリー『マーガレット・ミードとルース・ベネディクト ふたりの恋愛が育んだ文化人類学』(明石書店)に詳しい。ただし、ミードが同性愛であったことは事実として確認されているがベネディクトが同性愛者であったかは確認されていない。ミードの娘が憶測としてその可能性を指摘したに過ぎない。

第二次世界大戦後[編集]

1946年戦時中の調査結果をもとに代表作『菊と刀』を出版する。

彼女は戦後も教育活動を続け、死のわずか2ヵ月前にようやく正教授に任じられた。1948年9月17日、ニューヨークで亡くなっている。

著書[編集]

共著[編集]

  • The Races of Mankind, with Gene Weltfish, (Public Affairs Committee, 1943年).

日本語参考文献[編集]

  • M.ミード編著 松園万亀雄訳『人類学者ルース・ベネディクト その肖像と作品』 社会思想社 1977
  • 西義之 『新・「菊と刀」の読み方 戦後日本と日本人の変容の歴史を再点検する』 PHP研究所 1983
  • マーガレット・M.カフリー 福井七子,上田誉志美訳『さまよえる人ルース・ベネディクト』 関西大学出版部 1993
  • 副田義也『日本文化試論 ベネディクト『菊と刀』を読む』 新曜社 1993
  • ポーリン・ケント『『菊と刀』のうら話』 国際日本文化研究センター 1998
  • 森貞彦『『菊と刀』再発見』 東京図書出版会 2002
  • ヒラリー・ラプスリー 伊藤悟訳『マーガレット・ミードとルース・ベネディクト』 明石書店 2002
  • 森貞彦『みなしご「菊と刀」の嘆き 学界の巨頭たちが犯した大過』 東京図書出版会 2003
  • 森貞彦『「菊と刀」注解 増補改訂版(上・下)』 オンブック 2010

関連項目[編集]