血液型性格分類
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血液型性格分類(けつえきがたせいかくぶんるい)とは、血液型と人の性格との間に特定の関連性を見出し、性格を分類すること、およびそのような分類が既に可能であるとする説。日本と一部の東アジアの国で広まった都市伝説で特段の科学的根拠はない。
狭義にはABO式血液型による分類を指すが、白血球型なども含めた血液型全般による分類を指すこともある。[1]
「血液型気質相関説」とも呼ばれる。また能見正比古など「血液型人間学」というトンデモ表現を用いる人もいる。またマスメディアでは血液型の単語を出さなくとも、暗黙の了解でセコイ行為が行われている。 2ちゃんねる、ウィキペディア、その他個人サイトなどでは、詳細事実不明の有名人の血液型や、血液型の持論を展開し捏造する行為が後を絶たない。
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[編集] 概要
最も広く流布しているのは、ABO式血液型によって人の性格を分類できるという説である。
当初は日本人の医学者、教育学者、心理学者などにより学説として研究されたが、その後にその妥当性を巡って学会で議論が起き、紆余曲折を経た後、学会で否定された[2]。
だが、この説を説く一般向けの本が多数出版されたことや近年日本のマスコミにより繰り返し流布されたことによって、日本、韓国、台湾等一部地域で、それを信じる人やそれを信じているかのような言説が増えた。それらの国々では「血液型」は今や経済的価値を生み出すコンテンツの一種となっており、無数の関連商品及びソフトが市場に流通している。
血液型と性格との間に特殊な関連を設定した統計的な検証も行われてはいるが、そのような関連を裏付けるような統計データは得られてはいない。
科学的な根拠が存在しない仮説であるにも関らず、一部の人達の間で科学的な説として扱われることがあるので、今日では疑似科学の1つに数えられる[3]。
また、社会心理学では、血液型気質相関説をとりあげ、このような説が社会に流布してしまう仕組みや、このような説が流布することによって人々の認知にどのようなひずみが生じるのか研究している論文などが活発に書かれている。
こうした学問の世界での検証結果や研究成果はなかなか一般世間には伝わっておらず、最近までテレビ番組等のマスメディアにおいて話題としてさかんに用いられていた。また、今でも世間ではABO式血液型と性格を関連付けて語る事が一時の興として行われていたりする。だが、これらは不当な偏見や差別その他の様々な問題を生む要因を孕んでいるとして、問題視されている。
[編集] 血液型と気質の関連研究
血液型と気質との関連に関する研究は、1916年に医師の原来復らによるものが最初とされている[4]。
昭和初期になって、東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)教授であった教育学者古川竹二による一連の研究が広く注目を浴びた。
古川の最初の論文は、1927年に『心理学研究』誌上に発表された「血液型による気質の研究」で[5]、その後に研究の集大成として1932年に『血液型と気質』が出版された。同書の内容が古川学説とされることが多い。主な手法は、ABO式血液型別の質問項目(自省表)をそれぞれ10項目程度ずつ作成し、質問紙法により血液型との一致率を測定するものである。古川自身によると、自省表は80%以上の一致率があるとされた。これとは別に、職業別にABO式血液型分布を調査し、職業特性と比較したりした[6][7]
古川学説は、当時金沢医科大学教授であった古畑種基らに支持され、心理学だけではなく、医学、教育など多くの分野で注目を集め、その影響下に多くの論文が書かれた[8]。このため数多くの追試が行われたが、例外が多過ぎるため古畑も懐疑的になり、結局、当時の学会でも否定された。
大日本帝国陸軍においても上記の影響を受け、血液型から将兵の気質・能力を分類する事で、部隊編成の際に最も適した兵科・任務にあてる事ができるとの考えから、各部隊から将兵の調書を集め研究が行われたが、期待した結果は全く得られなかった。また、戦時大量動員の際に一人ひとり血液型を検査・分類するのは不可能に近かったため、結局は採用されずに終わった[要出典]。
第二次大戦後は長らく取り上げられることがなかったが、1971年に能見正比古(姉が古川の教え子であった)が古川の研究を引用し、学会向けの論文ではなく、『血液型でわかる相性』[9]等一連の世間向けの著作を発表・出版。これにによって世間に広く知られる元凶になった。この本で説を根拠づけるために能見正比古は様々な調査の数値挙げていたのだが、学者らの多くの追検証の結果、そもそもその数値の大半がおそらくデタラメなものであったことがわかっている[10])。さらに、能見正比古の没後は息子の能見俊賢が、父親の研究を元に、多くの著書を出版した[11]
古川竹二や能見親子などの研究内容や主張には科学的・統計的に見て実証性や再現性がなかったが、さらに近年の実証的研究によっても彼らの主張を裏付けるデータは得られていない。
台湾や韓国でも若干数、血液型と性格に関する論文が書かれている。 [12]
英米でも、学術的な研究が若干ある。
[編集] 血液型性格分類の一般世間での広がり
日本・韓国・中華人民共和国(中国大陸)・台湾など主に東アジアを中心に流布している。
アメリカでの一般世間向けの本としてはピーター・ダダモが血液型別ダイエット本「EAT RIGHT 4 YOUR TYPE」で血液型分類に基づくダイエット法を紹介しベストセラーになったが、この本は血液型による性格判断ではない[13]。この本のような視点でABO式血液型による分類が話題になることはあるが、基本的に「血液型と性格」という観点から話題にすることはない。
他国へ普及しない原因については様々な憶測・推測がある[14]。
[編集] テレビでの扱い
テレビ番組は、頻繁に血液型気質相関説を紹介していた。例えば上村晃弘らの調査によると、地上アナログ放送では2004年2月21日からの一年間だけでも、約70本もの血液型性格関連説に関するTV番組が放映されたという[15]
その後、科学的根拠が立証されていない疑似科学を事実のように決め付けて放送することに対して人々からの批判が強まった。2004年には放送倫理・番組向上機構(BPO)より勧告が出され、2005年2月より同種の番組は減少している。以後は、血液型性格分類を真実であるかのように扱った番組は抑制される傾向にある。また、いくつかの番組で血液型性格分類に否定的な内容も放送している。
[編集] 血液型性格分類が題材にされた代表例
- 1985年、シンガー・ソングライターのさだまさしによるヒット曲「恋愛症候群」(及び同年の「もーひとつの恋愛症候群」)では恋愛感情を血液型で分析した歌詞が話題となった。
- 同じく1985年、コミックバンドのバラクーダーが「演歌・血液ガッタガタ」[16]を発売。ABO式の各血液型の特徴とされる性格を歌詞にして男性が女性を揶揄する内容。後に、女性お笑いコンビのピンクの電話が、同じ曲で男女の立場を入れ替えた歌詞の「血液ガッタガタPARTⅡ」[17]を発売。2曲とも、4つの血液型すべて「嫌いな性格」と歌っている。
- 2002年、大学入試センター試験の「現代社会」の設問において、下記の大村政男による血液型性格分類についての調査結果が資料問題として使われたことがある(バーナム効果を示す調査)。
- 韓国では2005年、映画「B型の彼氏」が公開された。翌年には日本でも公開された。
- 2006年松岡圭祐の小説「ブラッドタイプ」が出版された(血液型性格分類のブームが過熱しすぎた日本を描いたもの)[18]。
[編集] 血液型性格分類の問題点および諸議論
血液型の分類にはABO型以外にもRh+-型やMN型など様々な分け方がある。ABO型の分類は赤血球に関するものだが、白血球についてはヒト白血球型抗原(HLA)型と呼ばれる種類があり、その組み合わせは数万種類あると言われている。
[編集] 医学・心理学的検証
[編集] 脳への影響
脳にはABO血液型物質は存在しない。また実際に人間の気質に影響を与えるモノアミン酸化酵素と血液型とは関係ない。[19]
[編集] 疾患への影響
白血球のHLA型により罹患しやすい疾病はあることが知られており、ABO型においても罹患しやすい「病気」に影響があるとの報告は多数あるが、その多くは再現性がなく、胃腸管に関するいくつかの形質との間に弱い相関関係が認められること以外は、信頼できないとされる[20]。 前出の「血液型別ダイエット」もこの一環で提唱されたものであり、決して性格の違いを問うものではない。この考え方が正しいとすれば、血液型はまず体質に影響を及ぼし、次いで体質が性格や人格形成に影響を及ぼすものであると考えられなくはないと主張するものもいる。しかしその場合は、気質に影響するものとして血液型だけを取り上げる行為は、他の明確に判明している気質に影響する遺伝子を無視した形になり、矛盾は免れない。
[編集] 心理学
心理学の分野において、血液型と性格(パーソナリティ)との関連について、一部の人々の間で流布しているようなステレオタイプ的関連性は確認されていないという事実がある。
様々な研究結果で血液型とパーソナリティの明確な関連性があるという結果が出なかったため、「血液型と性格に関係はほとんどない」というのが心理学の分野での常識になっている。
パーソナリティの類型論(体型など、本来パーソナリティとは関係ない要素をパーソナリティと結びつけようとする理論)の誤りの事例のひとつとして、心理学教育の場で血液型性格判断が紹介されることが少なくない。
[編集] 統計的検証
そもそも統計的調査以前に、もっと初歩的な段階でものごとに誤った関連づけをしておいて自説を説く人もいる[21]。
テレビや雑誌などの媒体で、統計の素人(テレビのスタッフやライターなど)が少人数対象の調査などを行って、多少の統計的なブレをとらえて、"関連性が出た"、と短絡的に強引に結論を出すことが時々あった。それを聞かされて(読まされて)、実際に関連性があるのだと思い込んだ(思い込まされた)一般人も多かった。
だが、統計調査を行う時は、母集団の数を十分確保することと、母集団を偏り(バイアス)なく選定することが理想であり、それができない場合には(通常、できないのだが)安易に結論は得られないことは当然のことである。
TVなどで時折流される血液型性格分類の"調査"とされるものは、前提となるデータ自体が、有意な統計とは呼べない、少人数を相手にしたものであったり、極端に被験者の性質が偏っていたり、単なる局地的アンケート調査であったり、すでに血液型の類型の概念がひどく刷り込まれた人で、なおかつ設問が(バイアスが入り込みやすい)不適切なものだったりした。
学者による、十分な数の母集団で、十分管理された統計においては、複数年にわたって特定の血液型と特定の性格に明確な関連性を示すデータが得られたことはない。[22]
また、能見親子のデータの収集は、能見の著書『血液型でわかる相性』の読書カードを送り返してきた人だけを対象に行ったものだと息子の俊賢が語っており、それでは最初から母集団に大きなバイアスがかかっており、その集団に対して、バイアスがかかっていないのを前提とした通常の統計法を用いたこと自体が間違っていたのだ、と村上宣寛は指摘している[23]。血液型性格分類は、この点について、第三者による追試・査読を経て有意な関係性を証明できた事は今のところはない、というのが常識である。
[編集] データの確度
能見の説が学術の体を為していないという批判も存在する。特定の血液型に偏った人口構成になっている各国と比べて、4種類の血液型いずれもが一定数の割合を占めているアジア諸国の方が多様な性格の人で構成されているなどというデータも存在せず、まだまだ血液型と気質の間に特定の関連性を発見することはできていない。心理学的見地からも「血液型と性格に科学的因果関係は発見できていない」ということが常識[24]とされている。
[編集] マスメディアでの取り扱い
性格分類の肯定者の中には「血液型による性格分類は根拠がないという立証はされていない」(ゆえに間違いではない)といった理屈を述べる人もいた。テレビ番組制作側も、こうした意見を後ろ盾に血液型性格分類を扱う番組を作っていたこともある。実際、BPOへの苦情に対し、一部のテレビ局はそのような趣旨の回答をしていた。 だが、「根拠がないという証拠はない → 間違いではない」という推論は誤謬である[25]。要は、検証されていない情報、単なる憶測を、そういういいかげんな情報にすぎない、ということを明示せず、まるで確定した事実であるかのような表現でメディアが流していたことが問題だ、と心ある多くの視聴者からは判断されている。
[編集] 過去の経験的・観察的事例に基づく意見
[編集] 骨髄移植での事例
骨髄移植によって血液がドナーのものに変わった時に、性格または気質に明確な変化があるのかといった問題もある。4類型するための性格についての基準が何かなどに関しても極めて問題が多い。相手の血液型に対して事前に情報を得て、相手を知った錯覚に陥った場合、適切な人間関係を構築する上で障害となる可能性もある。
[編集] 論争の現状
血液型性格分類についての論争は、1970年代から現在まで続いており、従来は心理学や医学的な見地からの反対論がほとんどであった。が、近年では大脳生理学や遺伝子工学的な見地による賛成論もある。[要出典]一般の話題になることから、マスメディアにもたびたび取り上げられ、賛成、反対それぞれの立場から何度も実験が行われている。
古川竹二をはじめ能見親子などの研究手法については、学術・統計学の立場で見た場合は正しいものとは言えないことはすでに学者の間では知られており、批判されている。 ただし、正しい学術的・科学的手法においては、単に手法の欠点を言葉で指摘するだけでは当の仮説自体の真偽の判定はできず、実際に調査して仮説の真偽を判断せざるを得ないものなので[26]、結局、学者らによって実際に統計的調査が何度も行われており、その結果現在に至るまでいずれでも明らかな相関は見られず、現在までそれらの仮説は棄却され続けている。[27] ただし、証拠の不在が反証にならないというのは哲学的には一理ある説であるがこの論法は疑似科学の援護に詭弁としてよく使われる。この詭弁の反論として指摘されるのは冷蔵庫を開ける前に中にバナナがあるかないかを主張するのは誤りであるが、冷蔵庫を開けて後に中にバナナがないと確認された後で、これがバナナの不在証拠にはならないとの主張は理に欠くということである。現代医学においては精神科医が広範は心理的症状および特徴の分別をカルテに記録することが行われている。それに拘らず血液型と心理的偏向の関連を確認するような統計結果あるいは臨床結果が医学および心理学の学術論文として存在しないということは、「興味を特に引く部分」の点検が様々なされてきたにも拘らず特段の関連性は見られないということである。つまり「現状では特定の関連は知られていない」というだけでなく、「明快な関連がない」ということである。特に一部の人々の間で認識されている血液型性格分類論に科学的な根拠は存在しない。
[編集] 社会心理学からの研究
ABO式血液型と性格の間に明確な関係は見られない、という多くの結果を踏まえて、社会心理学[28]では近年、血液型気質相関説を研究の題材としてとりあげ、このような説が社会に流布する仕組みや、このような説が流布することによって人の認知にどのようなひずみが生じるのか、あるいは血液型相関説を「信じているように振舞う人の動機は何か」といった角度から研究されており、論文が多数書かれている(因みに、そのような研究をするために、念のためにABO式血液型と性格の間に関連が有るかを、あらためて実際に被験者を選び統計をとり検証することもあるが、そこでも両者には明確な関連は見られていない)。近年では、「血液型」および「性格」という言葉がタイトルに含まれる論文では、こういった社会心理学側からの論文が主流になりつつある。
[編集] 文献
発表年順
- 大村政男 - 『血液型と性格』松籟社、1990/10 、ISBN 457124021X。(1998/04、ISBN 4571240341)
- 松田薫 - 『「血液型と性格」の社会史―血液型人類学の起源と展開』河出書房新社、1991/05、ISBN 4309241247 (1994/07 改訂第2版 ISBN 430924145X)
- 山崎賢治&坂元章 - 『血液型ステレオタイプによる自己成就現象~全国調査の時系列分析~』(日本社会心理学会第33回大会発表論文集)、1992年、(心理学者による肯定的な結果)
- 白佐俊憲&井口拓自 - 『血液型性格研究入門―血液型と性格は関係ないと言えるか』川島書店、1993/05、ISBN 4761005076(二人の心理学者による検討)
- 前川輝光 - 『血液型人間学―運命との対話』松籟社、1998/07、ISBN 4879841951 - 肯定的な見解
- 詫摩武俊&佐藤達哉編 - 『現代のエスプリ 血液型と性格―その史的展開と現在の問題点』至文堂、1999/07、ISBN 4784353240(海外の学術文献リスト他)
- 村上 宣寛 - 『「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た』日経BP社、2005/3、ISBN 4822244466
- WU Kunher, LINDSTED Kristian D., LEE Jerry W., 2005, Blood type and the five factors of personality in Asia, (Personality and individual differences) , ISSN 0191-8869 CODEN PEIDD9[29]
[編集] ABO式以外の血液型と性格・気質の相関についての研究を含むもの
- Cattell, R.B. et.al.(1980)The realation of blood types to primary and secondary personality factors.(Mankind Quarterly 21, 35-51)(ABO式血液型、MN, Rh, P, Kell, Duffy, Colton, 血清型5種、酵素型5種との一時的および二次的性格要因との関係があるかどうかの研究)
- Harburg, E. et. al.(1982)Twelve blood markers and measurement of temperament. (J.Psychiat.140, 401-409)(ABO式血液型、MN,Rh, P,S,Kell,Kidd,Duffy,Lewis,血清型3種と気質との関係があるかどうかの研究)
[編集] 脚注 / 出典
- ^ 溝口元「ABO式以外の血液型と性格との関連をめぐって」p. 7(日本性格心理学会大会発表論文集、No.2(19931115) )
- ^ 出典: 松田薫『「血液型と性格」の社会史』
- ^ 2006年3月、田崎晴明・学習院大教授(統計物理学)の提案により、血液型性格分類なども含めて「科学的に見える非科学」にどう対応すべきか考えるシンポジウムが日本物理学会(佐藤勝彦会長)によって愛媛大学(松山市)で開かれた。
- ^ 脚注: 原来復(1882-1922)はドイツに留学しデュンゲルン博士のもとで学んだ。当時のイギリス・ドイツでは優生学(人間を遺伝によって選別しようという人種差別的発想を多く含む学問や疑似科学類)が大きな影響力を持っており、その優生学の根拠づけに血液型も利用されようとしていた。「白人は血液型が...型だから優秀なのだ。アジア人は血液型が....型だから劣るのだ」といったような説明(現在の水準で見れば間違った説明)などがまことしやかに学説として唱えられていた(出典:松田薫『血液型と性格の社会史』、大村政男『血液型と性格』など) そのような時代背景のもとで原来復は生きていた。
- ^ 脚注. 古川は東京女高師に訓導(教師)として任官し、児童の選抜(入学試験)にも関わることになって、知能検査を補うものとして気質に着目した。古川は児童の親などから何か言われたようなふしがあり、根拠を説明するために気質論が必要になった、ともされる。(出典: 佐藤達哉、渡邊芳之「古川竹二の血液型気質相関説の成立を巡って」p.59。1995, Vol.3, No.1)
- ^ 村上 宣寛『「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た』日経BP社、2005/3、ISBN 4822244466
- ^ 血液型性格判断の謎
- ^ 脚注. 古川説の影響力の大きさについて。1928年(昭和3年)から1935年(昭和10年)の間に、血液型気質相関説の影響下に書かれた論文の数は、医学、心理学、教育学などを分野を中心に総計約290にもおよぶと言う(出典:溝口元、1986「古川竹二と血液型気質相関説」(生物科学,38, 9-20)および 佐藤達哉、渡邊芳之「古川竹二の血液型気質相関説の成立を巡って」p.53,性格心理学研究 vol.3, No.1(19950331) pp.51-65 )
- ^ 能見正比古: 血液型でわかる相性. 青春出版社, 1971, 283p. ISBN 4413011015
- ^ 後に多くの学者らが、ABO血液型と性格の相関関係を検証するために、わざわざ新たに被験者を選び調査をし統計をとり統計学的に分析しているが、毎度、統計的には有意差が出ないのである。この仮説(つまり、「ABO血液型と性格の間に彼らが具体的に主張した特定の関連性」について)は棄却されるのが妥当だということである。
一例を挙げると、村上宣寛なども実際に学生と調査してみたが、やはり有意差は出なかったと述べている(村上 宣寛『「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た』日経BP社、2005/3、ISBN 4822244466) - ^ 脚注:これら能身親子による著書には、その科学的態度に対して批判の声がある
- ^ 脚注: 台湾の論文の例。WU Kunher, LINDSTED Kristian D., LEE Jerry W., 2005, Blood type and the five factors of personality in Asia, (Personality and individual differences) , ISSN 0191-8869 CODEN PEIDD9 台湾や韓国でも、同国での血液型性格診断ブームも視野に入れ、研究者がテーマに選ぶようになった。
- ^ 脚注: ダダモは自然療法医であり、この書物は厳密で学術的な検証を経た書物ではなく、一般世間向けに書かれたダイエット本である。同書は1998年には翻訳本として日本にも上陸した。
- 『ダダモ博士の血液型健康ダイエット』 集英社、1998、ISBN 4087603326
- 『ダダモ博士のNEW血液型健康ダイエット』集英社、2004、ISBN 4087604330
- ^
- ^ 出典:上村晃弘、サトウタツヤ「擬似性格理論としての血液型性格関連説の多様性」p.34(パーソナリティ研究、2006、第15巻第1号 33-47) この論文の末尾には(論文中で言及されている)TV番組名が20ほど一覧として記載されている。
- ^ 「演歌・血液ガッタガタ」作詞:岡本圭司、作曲:ベートーベン鈴木
- ^ 「血液ガッタガタPARTⅡ」作詞:岡本圭司・ピンクの電話
- ^ 脚注: 小説「ブラッドタイプ」について。白血病の女性が骨髄移植により血液型がB型に変わるのを嫌い(骨髄移植は白血球抗原(HLA)型の一致が必要とされるため、赤血球の型であるABO式の血液型より優先される)、輸血を拒否し生命の危機に陥るなど、迷信に基づく騒動が頻出、臨床心理士らがその非科学性をどう証明し混乱を鎮めるか、というストーリーである。尚、この小説を執筆する前に、「究極の血液型心理診査」]という血液型性格診断を行うウェブサイトを立ち上げて、それをのべ450万人が利用し、診断後にこのサイトの血液型診断が当たっているのかという問いに対して、9割以上の利用者が「この血液型性格診断は当たっている」と答えた。だが、後に松岡がこのウェブサイトについての仕掛けを公表し、この血液型性格診断のサイトは心理診断は行っているものの血液型の問いに関する分析はプログラム上で全く行っていないことを明らかにした。
- ^ Beitchman J, Mik H, Ehtesham S, Douglas L, Kennedy J (2004). “MAOA and persistent, pervasive childhood aggression.”. Mol Psychiatry 9 (6): 546-7. DOI: 10.1038/sj.mp.4001492.
- ^ Risch NJ. Searching for genetic determinants in the new millennium. Nature. 405(6788):847-56, 2000
- ^ 脚注:学問的な訓練を受けていない人が犯しがちなミスに関するいくつかの注意点。
- 安易な逆向きの推論はできない。
- 仮にある説を使って日本人のA型の人を言い当てられても、それだけでは仮説の正当性の根拠にはならない。
- ^ ある年度だけ見ると、わずかに相関があるかのようなデータも含まれることもまれにあるが、同一調査を4年、5年に渡っておこなうと、反対の向きの相関を示すかのようなデータも得られるのである。つまり、単なる統計的な偏差である。もし毎年毎年、5年でも10年でもコンスタントに一定方向の相関が見られるならば、それを相関があると言うのだが、そのようなデータは得られていない。
- ^ 村上宣寛『「心理テスト」はウソでした』pp.37-38
- ^ 広島修道大学人文学部助教授 中西大輔氏のページ「血液型性格判断をやめよう」 - 。血液型性格判断の持つ問題点や差別性が心理学者の立場から詳説されている。
- ^ 脚注:学者らからは、詭弁の一種だと判断されている。「根拠がないという証拠はない → これは真偽不明の情報だ、これは仮説にすぎない、間違っている可能性がある」ならば論理的である。「間違いではない」としてしまうのは論理的な誤謬、もしくは相手を煙にまくための詭弁である。
- ^ 脚注:実際に調査せざるを得ない理由。不適切なデータを根拠になかば当てずっぽうに立てられた仮説でも、(偶然にも、結果として)正しかった事例は科学史上は存在する。例えば、近年の研究では、メンデルの遺伝に関する説などは、データを不適切な方法で扱ったまま、直感に沿って主張されたことが明らかになっている。それでも、結果としてその仮説自体はほぼ正しかった。つまり、手法の不備を指摘するだけでは、仮説自体の真偽そのものについては完全に否定しきれるものではなく、(面倒ではあっても)実際に緻密に再調査・追試験をせざるを得ないのである。
- ^ 脚注:統計的に調査し、仮説を棄却している文献類。
- WU Kunher, LINDSTED Kristian D., LEE Jerry W., 2005, Blood type and the five factors of personality in Asia(血液型と外向性の間に相関があるかどうかを統計的に調査し、あるとの仮説を棄却している論文の1つ)
- 村上 宣寛『「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た』日経BP社、2005/3、ISBN 4822244466
- ^ 社会心理学は偏見やステレオタイプや認知のひずみといった問題を重要な研究テーマとしている学問である。
- ^ Blood type and the five factors of personality in Asiaのアブストラクト - 台湾の論文。この調査では、血液型と外向性の関連性を否定する結果が出た。そのかわり、女性のBMI(=肥満度)と外向性の間に関連性あり、との結果が出た。

