医療事故

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医療事故(いりょうじこ、: medical accident)は、一般に医療に関する事故をいう。

目次

[編集] 厚生労働省による定義

厚生労働省リスクマネージメントスタンダードマニュアル作成委員会「リスクマネージメントマニュアル作成指針」によると、次のように定義されている。なお、医療過誤は医療事故の一類型とされている。

医療に関わる場所で、医療の全過程において発生するすべての人身事故で、以下の場合を含む。なお、医療従事者の過誤、過失の有無を問わない。
ア 死亡、生命の危険、病状の悪化等の身体的被害及び苦痛、不安等の精神的被害が生じた場合。
イ 患者が廊下で転倒し、負傷した事例のように、医療行為とは直接関係しない場合。
ウ 患者についてだけでなく、注射針の誤刺のように、医療従事者に被害が生じた場合。

[編集] 医療事故の例

  • 例1:患者が廊下を歩行中に転倒し怪我をした。
市中においては当人の自己責任とされる事でも病院内においては医療者が患者の安全を確保しなければならない[1]。それと引き換えに、患者は医療者の指示を厳守する義務を負う。
  • 例2:看護師が自分の手に針を刺し、事故を生じた。
B型肝炎などのように、医療者にとって感染により命にかかわる場合も存在する(あるいはHIVを例に出したほうが分かりやすいかも知れない)。また、特に女性看護師はストーカー行為やセクハラ行為、患者による暴力行為の危険にも晒されており(→モンスターペイシェント)、このような事案のどこまでを医療事故とするかの線引きは難しい。

[編集] 具体的な医療事故

人の命に重く関わる医療現場や医療製造において事故は絶対にあってはならない事ではあるが、過去には病院での機械の取り扱いミス、麻酔ミス、薬剤投与ミスなどのヒューマンエラーや食品会社、製薬会社の製造した食品や薬での薬害を原因とする事故など、様々な医療事故が起きてしまっている。しかし、これら過去の事故を教訓とした医療の発達により、現在では医療事故そのものが激減しているのもまた事実である。

  • 1927年8月5日…神奈川県川崎市や大阪府のクロム加工工場で、クロムの強い毒性が原因の皮膚病が蔓延。当初は奇病や伝染病とされ、医師の誤診も重なって死者と重症者が100人以上になってしまった。
  • 1936年3月5日…東京電灯付属病院(現・東京電力病院)。37歳主婦が歯の治療でレントゲン撮影中に感電して即死。技師看護師も重軽傷を負った。原因は不明だが、機械の高圧線の漏電の可能性が高いと当時の警察や新聞が伝えている。
  • 1948年12月…全国規模でジフテリアBCGの予防接種による中毒者が続出。児童を中心に重い後遺症に苦しむ患者が続出し、特に京都では68名もの死者が発生。戦後まもない状況でワクチンの無毒化が十分でなかった事が原因。
  • 1950年…この頃よりアンプル入りかぜ薬事件が発生。市販薬、特にアンプルに入った風邪薬でのアレルギー症状による中毒患者が日本各地で相次いだ。厚生省は会社側の利益を守るためにあえてこの状況を見過ごしていたため、なかなか実態を把握できず、1962年になってようやく商品の発売停止や回収命令を出しているが、製造禁止にはしなかったためにそれ以降も普通に販売され、死者や中毒者が相次いだ。結局製造と販売が全面的に中止されたのは1965年に入ってからである。
  • 1951年8月2日…福井県、国立鯖江病院(現・公立丹南病院)。女性看護師が2人の入院患者の治療としてブドウ糖注射をしようとしたところ、誤って麻酔用の劇薬(ベルカイン)を注射したため、2人とも昏睡状態になり、わずか数分間で即死。
  • 1955年…この年より突然の神経障害で視覚障害や歩行困難が起きる原因不明の奇病スモン病が発生する。その後1967年から1968年にかけて患者が大量に発生して社会問題に。1970年4月5日新潟大学医学部の椿忠雄教授がスモン病の原因が整腸剤成分の一つである「キノホルム」である事を突き止め、同年9月7日に「キノホルム」を含んだ整腸剤(武田薬品のエンテロ・ヴィオフォルム錠など)の製造と販売が中止された。ただし「キノホルム」はアルツハイマーの特効薬であるため、諸外国の医療現場では現在でも頻繁に使用されている。
  • 1955年8月24日森永ヒ素ミルク中毒事件が発生。西日本を中心に6月頃より中毒症状の患者が確認されていたが、7月に入ってから患者数が爆発的に増えていった。当初は奇病と言われていた中毒症状だったが、この日に岡山大学医学部の原因究明チームが森永乳業の粉ミルクが原因である事を突き止め、厚生省に報告。これをきっかけに全国で大きく報道された。
  • 1956年…1月頃より全国で治療用のペニシリン注射によるショック死事故が相次ぎ大きな社会問題に。推定死者100人以上と言われる。(詳しくは医原病を参照)
  • 1956年5月15日東京都立駒込病院東京大学法学部長の尾高朝雄が歯の治療の際、麻酔用ペニシリン注射の直後にショック症状を引き起こして死亡。この事故がきっかけで医療事故が大きく報道されるようになった。
  • 1956年5月17日…大阪府の小学校で、校医が予防接種としてツベルクリン注射をする際、児童107人に誤ってBCGを接種してしまい、発熱者や入院者が続出して問題になった。
  • 1962年5月17日ドイツで開発された睡眠薬サリドマイド」において、副作用で両手足の欠損(アザラシ肢症)を中心とした奇形症候群の新生児出産を多発させている事から販売中止になる。サリドマイドは日本でも睡眠薬やつわり防止用の錠剤薬として「イソミン」と言う商品名で発売され、この薬を服用した女性や妊婦からアザラシ肢症を患った新生児が生まれる被害が相次ぎ、各地で訴訟が起きた。被害者は300名以上。しかし、「サリドマイド」は1990年代に入ってからは多発性骨髄腫などのガン治療に非常に有効である事が判明し、長年に渡って輸入を続けてきた。一時期はこれが問題になったこともあるが、2008年10月16日にはガン治療用の薬としての安全性が認められ、再び国内での製造販売許可を受けている。また、催奇性の解明の研究が積極的に進められていて、2010年に入ってからはそのメカニズムも判明されており、現在では副作用の無い新しいタイプの「サリドマイド」の研究と開発が進められている。だが、それでも当時の被害者やその家族たちの傷は深く、「サリドマイド」の復活を快く思われていないのも確かな現状である。
  • 1964年5月29日…国立東京第一病院(現・国立国際医療研究センター)。36歳男性が水虫放射線治療を受けた際、技師が放射線量を規定より多く当ててしまったため被曝して重度の皮膚ガンとなり、両足を切断する事故が発生。病院側がミスを認め、多額の賠償金を支払う事で和解した。この事故をきっかけに皮膚病の放射線治療を取りやめる病院が相次ぎ、代わって皮膚病や水虫用の治療薬(内服薬や軟膏などの外用薬となる抗真菌薬)が本格的に開発されることになっていった。
  • 1965年2月20日大正製薬エスエス製薬がこの年に製造、販売したアンプル入り液体風邪薬でアレルギーなどの中毒症状を訴える患者が多発し、社会的な大問題に発展した。厚生省は1962年に最初の販売停止と回収命令を出したものの、会社側の利益を考慮して製造禁止命令にはしなかったため、会社側は販売停止はおろか回収すらほとんど行っておらず、1962年以降も在庫が普通に売られていて安易に買うことが出来ていた。これらを服用した患者がアミノピリンやスルピリンなどを原因とするアナフィラキシーショックによって6年間で38名が死亡し、その他にも失明難聴麻痺などの重い後遺症を残した患者も相次いでいた事が明らかになったため、この日までに厚生省が全国販売禁止と一斉回収命令を出し、5月7日に全製薬会社に正式に製造禁止命令を通達した。この事件以降はアンプル入り液体風邪薬は姿を消し、各製薬会社はアレルギー症状の出ない非ピリン系の錠剤や顆粒薬、粉薬の製造や販売に切り替えるようになった。
  • 1965年12月…東日本地域でインフルエンザ予防接種を受けた幼児や児童5名が重度のインフルエンザを発症し、相次いで死亡。ワクチンのウイルスを十分に弱めていなかったのが原因とされた。
  • 1966年4月2日千葉大学腸チフス事件が発覚。
  • 1966年4月21日…岩手県、岩手県立南光病院。てんかんの新薬を投与された患者42名のうち3名が副作用が原因で死亡。その後の調査でこの新薬がまだ実験段階だった事が明るみになり、当時「軽はずみな人体実験」と社会で激しく糾弾され、国会でも厳しく追及された。
  • 1967年8月…東京都、東京都立築地産院(1999年に廃院し、東京都立墨東病院と統合)。33歳女性が女児を出産後、出血多量で死亡。医師の輸血ミス。
  • 1968年10月16日…この年、カネミ倉庫で製造された食用油こめ油)で内臓疾患や皮膚病を患った中毒患者が大量発生した。カネミ油症事件で、厚生省はこの日カネミ倉庫に食用油の製造と販売の禁止命令を出した。
  • 1969年4月4日東京大学医学部附属病院。治療用の高圧酸素タンクが機械の漏電によるスパークが原因で爆発炎上。機械を操作していた医師と看護師、タンク内で治療を受けていた患者2名の計4名が爆風に巻き込まれたりして焼死。
  • 1969年4月27日千葉大学医学部附属病院。32歳男性患者の採血を行った際、看護師の機械の取り扱いミスで静脈に空気が逆流してしまう。男性は意識不明の重体となり、約1ヶ月後に死亡。裁判で病院側の敗訴が確定し、罰金刑を受ける。
  • 1971年11月20日鳥居薬品が製造した冠血管拡張剤(狭心症の薬)「コラルジル」を長期服用した患者が、薬の副作用で重い肝臓障害や血液の異常になるケースが多発し問題になる。コラルジル中毒症は外見からでは判断が出来ず、服用を中止しても治りにくい病気で、被害者は数百人とも数万人とも言われるが不明。厚生省の調べで11名の死者を出している事が判明するが、実際には数百人の死者を出したとも言われている。後に患者26名が国と鳥居薬品を相手取って訴訟を起こし、鳥居薬品は3億円と言う非常に多額の賠償金を支払っている。
  • 1972年9月19日関西医科大学付属病院(現・関西医科大学附属滝井病院)。血液型がO型の男児が誤ってAB型を輸血されて死亡。担当医師が書類送検される。
  • 1973年ごろ…乳幼児への筋肉注射の副作用として大腿四頭筋短縮症が多発し、社会問題となる。
  • 1973年2月28日…兵庫県、西宮市立中央病院。男性患者が十二指腸潰瘍の手術を受けた際、手術中に酸素を送るはずが笑気ガス(亜酸化窒素)を送ってしまう。執刀医がガス管を繋ぎ間違えたのが原因。患者は約1年間の昏睡状態の末、意識が戻らず翌年1月に死亡。
  • 1973年4月5日…岩手県、岩手県立大船渡病院。院内で悪性の膿疱疹が蔓延。21名が感染し、4名死亡。病院の管理体制の不備が原因。
  • 1973年4月29日…東京都、町田市立中央病院(現・町田市民病院)。手術後に死亡した女性入院患者の火葬した遺体から手術用鉗子が発見され、手術中に置き忘れた物ではないかとして問題になる。
  • 1975年3月22日…広島県呉市、産婦人科病院(開業医)。院内で新生児28人と母親17人がサルモネラ菌に集団感染。新生児4名が死亡、2名が脳性麻痺の後遺症を患う。病院の管理体制の甘さを指摘され、この病院はその後閉鎖された。また元院長は患者側に多額の賠償金を支払っている。
  • 1975年7月10日…広島県因島市、開業医。この病院で神経痛などで関節にステロイド注射を打ってもらった患者を中心に骨関節結核が蔓延。結果的に96名が感染する集団感染となり、うち14名が死亡。院内でも院長や担当医師、看護師が結核に感染し、このうち院長が死亡したため病院は閉鎖された。注射器の消毒が不十分だったとされている。広島県では3月にも病院内の集団感染があったばかりで、厚生省や広島県の保健所の管理体制の甘さに多くの批判が飛んだ。
  • 1975年7月31日…関東地方を中心に細菌感染症用の抗生物質「クロマイ」を大量に投与され、副作用で再生不良性貧血を発症する患者が多発し問題に。国や製薬会社を訴訟で訴えた家族もいた。
  • 1975年12月22日腎臓病の特効薬として使われた「クロロキン」を含んだ錠剤「キドラ」を服用し、副作用で重篤な視覚障害となるクロロキン網膜症を発症した患者が続出して大きな社会問題になる。クロロキン網膜症は視神経や眼球内の毛細血管が侵されて視力悪化を招く病気で、一度発症すると二度と治らずに病状が進行してしまう恐ろしい薬害病。被害者は失明者を含めて1300人以上におよび、1988年6月、クロロキン剤を発売した製薬会社6社が被害者に40億7600万円の賠償金を支払うことで和解が成立した。
  • 1976年7月26日…和歌山県、和歌山日赤病院(現・日本赤十字社和歌山医療センター)。10歳男児が扁桃腺扁桃炎)の手術後に吐血し、窒息して急死。病院側の手術ミスが指摘され、両親が病院と医師を相手取って訴訟を起こした。
  • 1976年9月29日…奈良県、奈良県立医科大学附属病院。女性患者が子宮外妊娠手術の際、医師の機器の取り扱いミスから酸素ではなく笑気ガスを患者に送ってしまう。女性は意識不明のまま、約2ヶ月後に死亡。
  • 1976年12月6日…新潟県、新潟鉄道病院(現・JR新潟鉄道健診センター)。38歳女性が子宮筋腫の手術後、女性看護師が投薬ミスで食欲を増進させる薬を大量に飲ませてしまう。女性は直後にショック症状を引き起こして昏睡状態となり死亡。
  • 1976年12月25日…京都府、石野外科病院(現・脳神経リハビリ北大路病院)。入院、手術後に急死した43歳男性の火葬遺体から手術用鉗子が発見される。
  • 1977年2月19日…宮城県、石巻赤十字病院。33歳男性患者が椎間板ヘルニアの手術を受けた際、執刀医が誤って腹部の動脈を傷付けた事に気付かないまま手術を終わらせる。男性は手術後、動脈が切れて腹部内出血多量で急死。執刀医は責任を痛感し、剃刀で引責自殺してしまった。
  • 1977年2月25日…広島県の病院で、糖尿病を患っていた男性患者に医師が誤って高血圧治療薬を投与してしまう。男性は遷延性意識障害に陥り、事実上の植物人間状態になってしまった。
  • 1977年3月…宮崎県、大迫外科病院(現在は存在せず)。12歳男児の盲腸手術の際、医師が麻酔前後の注意を怠った事が原因で男児を遷延性意識障害にしてしまう事故が発生。
  • 1977年7月8日…埼玉県、高木外科内科病院(現。高木クリニック)。男性糖尿病患者の糖検査の際、看護師がブドウ糖を投与するところを誤って結核の治療薬を投与して死亡させる事故が発生。
  • 1977年12月22日…福島県、磐城共立病院(現・いわき市立総合磐城共立病院)。手術後に急死した男性入院患者の体内から手術用の鉗子が発見される。
  • 1978年4月30日…国立東京第二病院(現・独立行政法人国立病院機構東京医療センター)。発熱のために入院していた3歳女児に医師が薬を投与した際、投薬効果の出ない抗生物質を投与したため、女児は容態が悪化して細菌性心膜炎を発症し、数日後に死亡した。
  • 1978年9月25日…結核治療薬として用いられていた抗生物質「ストレプトマイシン(通称ストマイ)」を服用した男性が副作用が原因で重度の難聴に陥り、男性は国と製薬会社を相手取って訴訟を起こし、約800万円の賠償金支払い判決が下された。
  • 1979年6月16日…大分県、九州大学温泉治療学研究所付属病院(現・九州大学病院別府先進医療センター)。当時の大分合同新聞の社長であった長野正(67歳)の胆嚢検査の際、医師が誤って内視鏡十二指腸を傷付けてしまう。長野社長は腹膜炎急性腎不全を併発してしまい、約2ヶ月後に死亡した。その後の裁判では病院側の検査ミスを全面的に認め、病院に3億1000万円の賠償判決を出している。
  • 1979年10月30日…宮崎県、開業医。54歳医師が11歳男児の盲腸手術の際に誤って大腸を切り取り、男児を出血多量で死亡させる事故が発生。医師は執行猶予付きの有罪判決を受けている。
  • 1980年5月23日…東京都、三井記念病院。50歳代の女性心臓病患者にヤギでの生体実験で生存最長記録を作った人工心臓を取り付け、わずか2日間で急死させた事が5月30日に明るみになり、実験段階の機器を人体に使って死亡させた事が人体実験であると問題視され論議を呼んだ。
  • 1982年2月…北海道、札幌医科大学医学部付属病院(現・札幌医科大学附属病院)。高血圧症で通院治療中の73歳女性患者が、医師より糖尿病薬を投与されて意識不明の重体になり、その後遷延性意識障害になってしまった。この事故が1983年7月9日に明るみになり、問題になる。
  • 1982年4月6日…東京都、公立学校共済組合関東中央病院。5歳男児の手術の際、医師が誤って通常の2倍以上の麻酔薬を投与する事故が起きる。男児は遷延性意識障害となり、約2ヶ月後に死亡。
  • 1982年4月20日…東京都八王子市、歯科医院(開業医)。院長(69歳)が3歳女児の歯の治療の際、歯にフッ化ナトリウムフッ素)を塗るところを誤って劇薬のフッ化水素フッ化水素酸)を塗ってしまい、女児を急死させてしまった。業者がフッ素とフッ化水素酸を間違えて配達したのを院長が十分に確認しなかった事が原因。院長は有罪判決を受け、歯科医院は閉鎖された。
  • 1982年6月…東京都、国立小児病院(現・国立成育医療研究センター)。1歳女児の心臓手術の際、執刀医が誤って大動脈を糸で縛って急死させる事故が発生。この手術ミスが発覚したのが翌年の1月3日だったために問題視され、当時の院長が厚生省より厳重注意処分を受けている。
  • 1982年11月…東京都、荻窪病院。37歳女性患者が胃がんの手術を受けた際、執刀医が体内に鉗子を置き忘れ、1983年6月に別の病院で発見される。女性は同年7月に死亡。その後1985年1月17日に遺族が荻窪病院を告訴に踏み切り、この事故が明るみになる。
  • 1983年6月13日…北海道士別市、産婦人科医院(開業医)。当時見習いだった19歳の女性看護師が石油ストーブの取り扱いを誤って病室の温度を40度以上にしてしまったため、入院中の新生児3名が脱水症状で死亡してしまう事故が起きた。この事故をきっかけとして室内温度が自動できめ細かく設定できるエアコンの導入が全国の病院で盛んに進められていった。なお、この病院は現在は存在しない。
  • 1983年10月27日…大阪府池田市、産婦人科・小児科医院(開業医)。出生直後の新生児が重症の新生児黄疸を発症していたのを、55歳女性医師が感染症と勘違いして治療ミス。適切な治療が遅れた結果、新生児は脳の神経細胞が破壊される核黄疸を発症して重い脳性麻痺の後遺症を負い、医師は裁判で約6500万円もの賠償金を両親に支払うことになった。
  • 1984年5月…愛知県、国立名古屋病院(現・独立行政法人国立病院機構名古屋医療センター)。同病院の58歳医長が膵臓の手術を受けた際、女性看護師がに流さなくてはならない栄養剤を誤って静脈に注入してしまう。医長は意識不明の重体となり2日後に死亡した。同年10月20日、当時の院長ら6名が厚生省より懲戒処分されている。
  • 1984年5月9日…富山県、高岡市民病院。5歳女児が脱腸の手術を受けた際、医師が麻酔後の酸素吸入装置のスイッチを誤って切った事に気付かず放置してしまう。女児は重度の低酸素性脳症による脳死状態となり、意識が戻ることは無くそのまま死亡した。
  • 1984年9月7日…兵庫県、兵庫県立こども病院。生後8ヶ月の女児の手術の際、酸素と笑気ガスを間違えて吸引させ、女児は遷延性意識障害になってしまった。
  • 1984年9月24日…岩手県、岩手県立中央病院。9月7日の事故と同じく、手術の際の酸素と笑気ガスのバルブ取り扱いミスで35歳主婦が遷延性意識障害になった事が判明。どちらも単純なバルブ取り付け時の確認ミスであり、相次ぐ麻酔の取り扱いミスに厚生省は異例の警告文を出している。
  • 1984年10月10日…熊本県、球磨郡公立多良木病院。盲腸の手術を行った男性患者が麻酔ミスで意識が戻らずに死亡する事故が発生。手術前に行った麻酔設備工事の際、業者の杜撰な手抜き工事で麻酔用の挿入パイプを付け間違えるミスを犯していたことが判明し、郡と病院が業者を告訴する事態に発展した。
  • 1987年7月26日…三重県、三重大学医学部附属病院。小児科に勤務する25歳の女性研修医、28歳男性医師、35歳女性看護師が重症のB型肝炎に感染し、研修医と男性医師が死亡、看護師が重症となった。幸い大きな感染には至らなかったものの、感染源は患者で部屋の消毒が十分でなかった事が原因で問題となる。この事故から9日後の8月4日にも福岡大学病院で同種の事故が起き、医師2名が感染して死亡している。
  • 1987年9月29日…福島県、市立総合磐城病院(現・いわき市立総合磐城共立病院)。28歳の妊婦妊娠中絶希望の女性と間違えられて中絶手術させられる。1988年2月にも香川県高松市の産婦人科(開業医)で同種の事故が起きている。
  • 1987年12月…佐賀県、国立嬉野病院(現・独立行政法人国立病院機構嬉野医療センター)。患者2名が手術中の麻酔ミスで死亡。治療棟の増設工事の際、業者が酸素と笑気ガスのパイプをつなぎ間違えていたのが原因。
  • 1988年10月25日…鹿児島県鹿屋市、国立ハンセン病療養所国立療養所星塚敬愛園。30歳男性医師が腰痛治療中の71歳男性と55歳女性の2名の患者に、本来は静脈に注入する血液造影剤を誤って脊髄に注入したため患者2名が痙攣を起こして急死する事故が起きる。
  • 1989年…大阪府、箕面市立病院。女性患者が肝臓の一部を切除する手術を受け、その後2009年6月肝機能障害吹田市の病院に入院したところ、「肝腫瘍がある」と診断された。このため、翌2010年10月に再び手術を受けたところ、スポンジが摘出された。このスポンジは、箕面市立病院で最初に手術を受けた際に、手術で使用した物を置き忘れ、そのまま放置されていたものであることが判明した[2]
  • 2001年3月2日東京女子医大事件が発生。
  • 2005年4月佐賀県佐賀大学医学部附属病院。60歳代の男性患者に対し、心臓大動脈の手術を実施したが、この際、出血が多いためとして、700枚のガーゼを使用。その後2011年9月に、当該の患者は体のだるさを訴え、別の病院の診察によって、体内にガーゼを置き忘れていたことが判明した[3]。同病院はガーゼを取り除く手術を改めて実施したが、患者は重篤な状態としている[4]
  • 2006年4月京都府京都大学医学部附属病院。当時30歳代の女性患者に対し、脳死移植手術を実施したが、女性は手術ミスにより死亡。同病院は2008年6月まで、肺移植手術を自粛。
  • 2006年7月…大阪府、東大阪市立総合病院。消化器内科の20歳代の男性医師が、当時82歳の男性患者について、胃癌の可能性があることを見落とし、この男性はその後、2008年4月に癌性腹膜炎が見付かり、同年12月に死亡した。
  • 2007年5月…東京都中央区歯科医院。70歳代の女性に対し、人工歯根歯茎に埋め込んだ上で義歯を付ける「インプラント」治療を行ったが、ドリルで顎の骨を削る際に、誤って動脈を傷付け、女性は出血で窒息に見舞われ死亡した。警視庁は2011年8月に、担当した歯科医師を業務上過失致死罪書類送検した[5]
  • 2009年6月…大阪府、東大阪市立総合病院。急性心不全を発症し意識障害がある状態で救急外来に搬送されてきた当時59歳の男性に対し、約7分間に亘り酸素が供給されず、この男性は翌2010年4月に、意識が戻らないまま敗血症ショックで死亡した。
  • 2011年1月…大阪府、大阪市立大学医学部附属病院。大阪府内在住の50歳代の男性患者に対し、薬剤を注入する措置を行っている最中に大量出血があったため、輸血を実施したが、その際、この患者の血液型がB型であったにもかかわらず、誤ってA型の血液を輸血してしまい、この患者は重体の常態が続いていたが、その後2月17日に死亡した[6][7]
  • 2011年5月…福岡県福岡大学病院。80歳代の女性患者に対し、同月下旬に心臓のを人工弁に交換する手術を実施したが、手術の際に石灰化した弁が心臓内部に入らないよう心臓入口に被せていたガーゼを、そのまま放置した。患者は手術の翌日に腹部に血栓が生じて両足に血行障害が起こるなどしたため、再手術を行なったが、患者は多臓器不全を起こし死亡した[8]
  • 2011年10月…京都府、京都大学医学部附属病院。肺リンパ脈管筋腫症の女性に対し、脳死肺移植手術を実施したが、手術中に人工心肺装置が停止して気泡が入るなどし、再始動まで約4分かかった。手術後、女性は脳障害を起こし、意識不明の重体に[9][10]
  • 2011年11月…京都府、京都大学医学部附属病院。50歳代の男性患者が、5日に脳死移植手術を受け、手術そのものは成功したが、持病として抱えていて並行して受けていた腎不全透析治療に使用していた透析器具を交換する際、この患者に本来使用していた血液濾過器具ではなく、血漿分離器具を装着してしまい、患者は交換後約3時間後に血圧が低下し、11月13日午前10時50分頃に脱水症状を起こし死亡した[11]
  • 2011年12月…愛媛県愛媛県立中央病院。約10年前にあたる2001年に喉頭を摘出する手術を受け、喉に永久気管孔を開けていた70歳代の男性が、脳内出血で同病院に入院し緊急手術を受けたが、12月になって、20歳代の女性看護師が、異物混入防止のために気管孔に宛がうガーゼと間違え、粘着性フィルムシートで孔を塞いでしまい、患者はこれがもとで窒息死した[12]

[編集] 医療事故の大規模調査

[編集] 米国

米国においては、これまで医療事故による死亡率が正しく議論されてこなかったという批判を受け、医療事故による死亡が(最も多く見積もれば)米国の死因の一位になってしまうという衝撃的な試算と共に、個人の断罪に終わることなく再発防止を主眼に置いたシステムを構築するよう提言が出されている[13]

[編集] 日本

こうした米国の動きおよび下記のような事案がマスコミを賑わした事を受け、日本でも2001年度より厚生労働省が全国の病院から医療事故の情報を収集している[14]。しかし、事故情報の提出義務があるのは国立病院のみであり、未だ、私立も含めた日本全体の医療機関の事故件数全体は依然不明のままで問題となっている[要出典]

[編集] 医療事故予防

医療事故を予防するための対策が各病院で行われている。ここでは、その一例を紹介する[15][16]

  • 安全管理体制の整備
  • 安全管理体制の指針作成
  • ヒヤリ・ハット事例の報告とまとめ
  • 院内報告制度の確立
  • 職員研修の定期実施
  • 医療安全管理者の配置
  • 医療安全管理部門の配置
  • 患者からのアンケート収集
  • 患者相談窓口の設置
  • 病院同士の情報交換

[編集] 救済制度

  • 「明らかに過失のない医療事故と判断される場合や、過失が含まれそうな事例ではあっても過失を立証することができず医療過誤と判断されなかった場合もあり、こうなった場合には被害者に対して十分な救済がなされていない」という被害者の訴えや意見もあり[誰?]、名古屋弁護士会の加藤良夫弁護士(南山大学法科大学院教授)などが中心になって、医療事故被害者を救済する制度(無過失補償制度)が提唱されている[17]。また日本医師会も無過失補償制度の創設を提唱している[18]。医療事故の無過失補償制度は、スウェーデンやフィンランド、ニュージーランドなどの国において、既に実施されている。
  • 医療事故のうち医薬品が関係する場合は、医薬品副作用被害救済制度によって救済が受けられる。医薬品は必ず副作用があるため、その中には重大な健康被害や死亡に至る医療事故のケースが起こりうる。適正に使用したにもかかわらず、その副作用により一定の健康被害を受けた場合に医療費等の給付を支給される制度である。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

  1. ^ Ganz DA, Bao Y, Shekelle PG, Rubenstein LZ. "Will my patient fall?" JAMA. 2007 Jan 3;297(1):77-86. PMID 17200478
  2. ^ 腫瘍?いやスポンジだ…開腹手術後21年間放置 読売新聞 2011年9月1日
  3. ^ 患者の体内にガーゼ置き忘れ 佐賀大病院 朝日新聞 2011年10月7日
  4. ^ ガーゼ置き忘れで容体悪化、再手術後も重篤 佐賀大病院 朝日新聞 2011年10月17日
  5. ^ http://www.47news.jp/CN/201107/CN2011073101000705.html 共同通信 2011年7月31日
  6. ^ B型患者に誤ってA型輸血、重症に 大阪市大病院 朝日新聞 2011年1月26日
  7. ^ 誤輸血で重症、50代男性死亡 大阪市立大病院 朝日新聞 2011年2月18日
  8. ^ 心臓手術でガーゼ置き忘れか 患者は死亡 福岡大病院 朝日新聞 2011年11月19日
  9. ^ 京大病院:脳死肺移植後に脳障害…40代女性が意識不明 毎日新聞 2011年10月19日
  10. ^ 脳死肺移植後、40代女性が意識不明 京大病院が調査へ 朝日新聞 2011年10月19日
  11. ^ 京大病院:器具誤装着 脳死肝移植後、透析中の男性死亡 毎日新聞 2011年11月15日
  12. ^ 呼吸穴ふさがれ70代男性患者死亡 愛媛県立中央病院 朝日新聞 2011年12月4日
  13. ^ 米国医療の質委員会 『人は誰でも間違える―より安全な医療システムを目指して』ISBN 4-535-98175-2
  14. ^ 厚生労働省:医療事故情報収集等事業
  15. ^ リスクマネージメントマニュアル作成指針(厚生労働省発表)
  16. ^ 医療トラブル対策ハンドブック セルバ出版 p20・21 を参照
  17. ^ 「医療被害防止・救済システムの実現をめざす会」
  18. ^ 日医が「分娩に関連する脳性麻痺に対する障害補償制度」の制度化に関するプロジェクト委員会を設置 - 日本医師会
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