田舎

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日本の岡山県、久米南町棚田と民家
日本の田園と古民家
日本の田舎
佐賀県東松浦郡玄海町の漁村の集落

ここでは田舎(いなか、フランス語 campagne カンパーニュ、: countryside カントリーサイド, rural area ルーラル・エリア)または(ひな)と呼ばれるものについて解説する。

対義語は、都市都会など。

「田舎」や「」は自然な日本語であるのに対し、「村落」のほうは、やや作為的な用語で、学術用語などとして用いられる。

概説[編集]

田舎や鄙とは、都会から離れた土地のことである[1]。 。人口や住宅が疎で辺鄙な地域を指す概念用語である。もう少し具体的に言うと、農村漁村山村離島などとなる。また、「田舎」は故郷を指す場合もある。

「田舎」という概念は、都市というものが出来てはじめて(対比的に)登場した。

フランスシャラント県のモンモレリアンの丘々。

ヨーロッパ(なかでもフランスなどでは)、夏季の長期休暇(バカンス)で、都市住民は田舎で暮らすということが定着している。

日本での「田舎」の歴史[編集]

日本の場合は、飛鳥時代から奈良時代にかけて、藤原京平城京などの大規模な都市が初めて建設されたが、貴族層を中心として、これらの都市の住民の中に都市住民としてのアイデンティティが形成され、その裏返しとして、都市以外の地域や住民に対する優越意識(都市部を優先する意識)が生まれたことが、『万葉集』などから読みとれる。これにより、都市以外の地域を別世界、すなわち「田舎」と捉える概念が発生したと考えられている。『日本国語大辞典』によると、中古平安京の外側すべてが「田舎」とされていた、という。

鎌倉時代の文書には「叡山、園城、高野、京中、田舎」(『鎌倉遺文』12620号)と見え、「重要な地域」以外はすべて「田舎」と称されていたことがわかる。また、同時期の他文書によれば、京郊外や鎌倉、在地の荘園も田舎と認識されていた。17世紀初頭に成立した『日葡辞書』は五畿内以外を一般に田舎と呼ぶとしている。

田舎の概念は、その後も京都江戸その他の都市住民に受け継がれていった。中世の頃からは、田舎の住民の一部(主に武士層)に田舎住民としての意識(アイデンティティ)が生まれ、近世には、生活の安定に伴って、より広い住民層にもその意識が拡がっていった。[要出典]

語源[編集]

日本語の「田舎」の語源について言うと、もともとは「田舎(でんしゃ)」という表現があり、文字が示す通り「田」(農地)の「舎」(建物)、即ち農耕を営む為の建物や農家を意味する語であった[要出典]日本書紀万葉集に「田舎」の語が現れており、大半が本来の意味で使われている。

「鄙」という語は訓読みでは「ひな」と読み、「鄙びた地域」「鄙にはまれな」というように用いられている。また、「都鄙」(とひ)というように、都市(都、みやこ)と田舎(鄙、いなか)を対比する時には、「鄙」の字が用いられることが多い。

線引き、曖昧さ[編集]

都市化しつつある田舎

一般に、都会ではない場所、人口や住宅の少ない地域が田舎とされている。とはいえ、日本を「田舎(地方)」と「都市(都会)」に二分するとしても、はっきりとそのような境界線があるわけではなく、線引きのしかたは様々ありえて曖昧である。「田舎」「都市」の地域範囲を規定する、法的・客観的な基準(定義)は成立しがたい。中には自分が慣れ親しんだ環境が基準だと勘違いして、きわめて主観的な線引きをしようとする人もいるが、それがきわめて不適切な場合もある。

例えば日本の場合、県庁所在地は一般に、人口も多く都市になっているので、各県の県民から見れば立派な都市・都会とみなされるわけであるが、東京23区政令指定都市といった都市の中でも突出した大都市圏の住民の主観では「田舎」と思われていることがある。「県庁所在地」および「それに準じる規模の」や、「政令指定都市・県庁所在地の中心部から近接し、交通が容易な町・村」は、都市・都会から離れてはいないので(首都などの住民の主観はともかくとして)田舎というわけではない。

田舎での暮らし[編集]

田舎での暮らし・生活を、「田舎暮らし」という。

長所[編集]

  • 夏場、田舎の夏の夜は涼しく夕涼みが快適である。(対する都市部ではヒートアイランド現象により蒸し暑く寝苦しい夜が続く)
  • 家賃や地価が安い。おまけに賃貸住宅では駐車場が無料(または家賃に含まれる形)で貸し出される場合が多い。住宅が比較的広めにゆったりと設計されていることが多い。
  • しばしば自動車でドア・ツー・ドアで用事を済ませられる。(殺人的な)満員電車に乗らなくても済む。また鉄道が空(す)いていることが多く、折畳み自転車やベビーカーが持ち込みやすい。地方の列車やバスでは都市部のような満員電車・満員バスは滅多にない。(対する都会(大都会)では、通勤に自動車を選択できない人が大半で、つまり嫌でも電車に乗らなければならず、しかもそれが大抵は、息もできないほどに身体が圧迫される「ぎゅうぎゅう詰め」の満員電車となっている。朝の通勤・通学の時間(一般的には数十分~2時間程度)で、一日の体力の大半を消耗してしまう)
  • 林業漁業農業などに興味がある人にとっては、格好の職場が近くにある(対する都会では、林業・漁業・農業はほとんどできない)。
  • 自給自足がしやすい(近くに恵み豊かな自然がある)。
  • アウトドア活動が好きな人にとっては、それができるフィールドが近くにある。
  • 星空が美しい。天文観測を楽しむこともできる。(都市部は空気が汚く光害もあり、星はほとんど見えない)
  • 犬などのペットを飼いやすい(都市部の集合住宅などでは、ペットの鳴き声と悪臭を理由に大半でペットを飼うことが禁止されている場合が多く、ペット飼育が可能な物件は全体のごく一部で、物件さがしの選択肢が非常に狭まる。またペット飼育可能物件であれ、大型動物は飼いにくい)。
  • 田舎では人間関係がある。田舎では人間らしく接してもらえる。

短所[編集]

  • 雇用の選択肢の数は少ない。賃金も統計的に見ると若干低い傾向がある。
  • 放送に関しては(道府県および市町村単位において)民放の地上波におけるチャンネル数の少ない場所がある。起伏の激しい山村では地上デジタル放送ワンセグ)が受信できない場合がある。ワンセグが受信できなくても、ケーブルテレビによる代替で受信できる場合はある。
  • インターネットへの高速接続が十分に行えない場合がある。

日本と田舎[編集]

明治維新に伴い、京都から東京首都機能が遷されると、第二次世界大戦までの時代には、主に行政・経済面で東京一極集中が進んだ。特に高度経済成長期以降は、経済面で東京太平洋ベルトおよび各県庁所在地への激しい集中が進み、特に経済・産業・娯楽面における分野で、東京および太平洋ベルトの大都市と地方との間に大きな格差を招いた。

そのため、1970年代頃までは、東京や横浜、京阪神などの住民の中に、他の地方を「田舎」として否定的にとらえる意識が見られ、同様に、他の地方の住民にも、自らを田舎住民として卑下する傾向が見られた。[要出典]1980年代以後は、価値観の多様化や、情報インフラの発展(常時接続通信販売の普及)に伴い、田舎と都会を区別する意識は以前よりは若干弱まり、1990年代以後は田舎と都市を性格が異なるだけで同等の存在とする考えが次第に一般的となり、そのことを背景として[要出典]、都市住民の間に田舎を指向する動きも見られ始めた。

1980年代以前より、都市から田舎へ回帰するUターン現象が提唱されてはいたが、その動きはごく一部にとどまっており、全体として田舎から都市への人口流出は止まらず、田舎の衰退が危惧されていた。

しかし、1980年代後半頃から、価値観の多様化が急速に進展し、それまで否定的な面ばかりが強調されていた田舎を見直す風潮が現れた。それが具現化したのは、1990年代後半頃から顕著となったグリーンツーリズムの動きである。これは、田舎の生活を「一時的に体験」する旅行を指しており、都会に流れた人口を、「移住」という形ではなく、観光という形で一時的に田舎へ呼び返そうという試みである。このような交流によって、変化に乏しく閉鎖的な田舎へ刺激を与えようという意図も含まれている。都市住民においても、多忙な都市生活から抜け出して、田舎を指向する傾向が強まってきており、十分に需要が存在している。

ヨーロッパでは、都市住民が夏季に長期休暇(バカンス)を取得し、田舎で暮らすという生活様式が定着している。日本のグリーン・ツーリズムは、こうしたヨーロッパの生活様式を導入しようという動きである。

しかし、現在は田舎のライフスタイルも都市化しており、田舎の魅力のひとつとされる伝統的な生活習慣の多くが既に失われ、都市住民が持つ田舎のイメージと現状が極めて乖離している。特に交通機関については現在の田舎はすっかり車社会となっており、自家用車がほぼ1人1台となっている。消費活動においても大都市郊外とあまり変わるところはなく、大型店に自家用車で乗りつけ、そのまま自家用車に積んで持ち帰るといったライフスタイルが一般的である。

また、都市部で生活している人々が、自分の出身地とは別の田舎に移り暮らそうという動きも一部で見られ、これをIターン現象と呼ぶ。例えば、定年退職者で定年後に田舎を永住地とするよう本格的に農業を営みつつ暮らす人や、30~50代のうちに田舎で林業の仕事を始めつつ暮らす人、漁師の仕事を始める人、農業を始める人などがいる。最近では、人口減に悩む地方自治体が、全国のIターン希望者を視野に入れつつ、都市部での生活では受けられない様々な好条件(新築で現代的な鉄筋コンクリートの町営住宅などの格安提供や数年間の無料提供、医療の無料化、学校・教育費などの無料化、子育て支援費など)を高付加価値として提示しつつ、そのような生活を希望する人を募集することが行われるようになっている。

NHKなどの番組で、そうした企画に応募したことで、都会で暮らしていた時よりもかなりクオリティ・オブ・ライフが向上した家族などが紹介されている。都市部より賃金が安いのは否めないが、その分住宅費は都会より大幅に安く、他の諸出費も減ることにより、可処分所得は(相対的に)さほど減らないことや、都会のストレスから開放されること、田舎の仕事は概して都心での仕事に比べて時間の流れがゆったりしていて、いろいろな意味で精神的なストレスが少ないことなどが指摘されている。子供を産み子育てをするライフステージの家族などに特に好評な募集もいくつも存在している。

人間は一般に住み慣れた環境を離れることには不安を感じるが、こうした企画に参加した人々で、事前に不安を感じていたほどは実際には支障はなく幸せな新生活を見出した人々が多い。ただし医療面では、何らかの持病をかかえる人などでは都会に比べると病院の数が限られることや専門特化した病院に通いづらいことに不安や不都合を感じる人もいる。また一般に、新たな仕事を始めることはそれなりの挑戦であり、それなりの壁にぶつかる人もいる(例えば、農業を始めた人などでは自然や天候を相手にした仕事の難しさに初めて気づかされる人もいる)。

あるいは田舎特有の保守的な雰囲気(田舎ならではの人間関係慣習プライバシーの干渉など)に馴染めない人も一部おり、再度都会に戻る例もある。ただし、Iターン家族向けの企画で、それに参加した複数の家族が同一の集合住宅(町営アパートなど)で暮らせるようになっている場合などは、同じ境遇の人どうしが近所に暮らしており、互いに分かり合え相談相手がおり、Iターン先輩から後輩へノウハウの伝授もなされて、すんなりと適応し、快適に暮らしている例は多い。また、医療面でも相当の予算を組み環境を整え、優秀な医師などを積極的に呼び寄せ、改善に成功している地方自治体もある。

参考文献[編集]

  • 錦昭江「田舎」項(ことばの中世史研究会編『「鎌倉遺文」にみる中世のことば辞典』東京堂出版、2007)

脚注[編集]

  1. ^ 広辞苑 第六版「いなか(田舎)」

関連項目[編集]