巡礼 (通俗)

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俗語としての巡礼(じゅんれい)とは、漫画アニメなどの熱心なファン(愛好家)心理から、自身の好きな著作物などに縁のある土地を“聖地”と呼び、実際に訪れることをいう。宗教的な聖地を訪れる本来の巡礼から転じた俗語。

目次

概要[編集]

本来「巡礼」とは、宗教において重要な意味を持つ聖地に赴く宗教的な行為のことをいう(本来の巡礼に付いての詳細は巡礼の項を参照)。

ここから転じて、ドラマ映画実写の映像)、近年では漫画アニメ小説ライトノベル)などの物語の舞台となった場所や、スポーツなどの名勝負の舞台となった場所など、本人にとって思い入れのある場所を「聖地」と呼び、この「聖地」を実際に訪れ、憧れや興奮に思いを馳せることを、「巡礼」と呼ぶようになった(後述)。

なお、一般には各フィクションの舞台になった場所を探訪することから、「舞台探訪」、あるいは映画などでは「ロケ地巡り」などと呼ばれる。実写の形で公開されるテレビドラマや映画のロケ地が名所となるような事例に比べ、漫画・アニメに端を発する聖地巡礼では、聖地とされている場所(地名)で、そこであると作中において明確に示されているわけではないにもかかわらず、ファンから神聖視されるという点が異なる[1]

通常の意味で「聖地」とされる場所は、視覚的にもそれ以外の場所から区別されるようになっているのに対し、アニメファンなどが巡礼の対象とする「聖地」は、それまで通りの風景をほとんど変化させることなく、なんらかのいわれを付加するだけで成立している[2]

テレビアニメが聖地巡礼を誘発した初期の例としては、2002年放送の『おねがい☆ティーチャー』が挙げられるが[3][4]、特にゼロ年代末の聖地巡礼ブームのきっかけとなったのは、2007年に放送された『らき☆すた』である[5]。『らき☆すた』に後続する聖地巡礼を呼び起こすようなアニメでは、しばしば「実際の風景や建物の写真を用意し、それをトレースしてアニメの背景を作る」という手法が採用されている[6]。アニメ化に際して原作の舞台となった場所のロケーションハンティングを行うこと自体は以前から行われていたが、それが聖地巡礼として結びついたのは『涼宮ハルヒの憂鬱』がきっかけであり、原作者谷川流の出身校でもある兵庫県立西宮北高等学校が聖地巡礼の対象となった[7]

2012年3月7日NHKの報道番組『クローズアップ現代』で、アニメの聖地巡礼の特集(題は「激変 アニメ産業 聖地巡礼の謎」)を放送したことがあった。

聖地巡礼に関する論考[編集]

美術家であり批評家でもある黒瀬陽平は、アニメ製作の際に現実の風景をトレースする手法について「この手法を用いると、アニメという虚構空間の中に現実空間の風景がそのまま入り込むことになり、齟齬を生じさせることになるが、そのようなぎこちなさこそが作品にリアリティを与える」ということを、美術史家のアビ・ヴァールブルクが提唱した「情念定型」という概念を駆使して説明している[6]

文芸評論家福嶋亮大は、前述したようにもともとあった土地に「謂れ」を付加するだけで聖地化されることに注目し、聖地巡礼は現実の「いま」(正史)に対してなんらかの架空の起源(偽史)を与える偽史的想像力のひとつだと論じている[2]

評論家宇野常寛は、ゼロ年代の日本の現代社会において、ディジタル技術でいうところの「仮想現実(VR)から拡張現実(AR)へ」というテーゼと同様の流れが文化空間でも進行しているとし、その一例としてアニメの聖地巡礼ブームを挙げている。つまり、緻密に設計された虚構世界へ消費者を没入させるタイプのものから、物語性を後退させた空気系へとトレンドが変遷したのに従い、「虚構」の作用が「異世界へ接続すること」ではなく「現実世界を読み替えること」に変化しているのだと考えられる。[8][9]

批評家の村上裕一は、(前述の黒瀬や福嶋の論考などを受けて)「現実と虚構の狭間」に存在するのが聖地であり、それを虚構に射影すれば「風景」になり現実に射影すれば「巡礼」になると整理している。このように考えれば、もともと土地と結びつけて論じられはじめた聖地巡礼という概念はより広い範囲に一般化することが可能となる。例えばアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』でのエンディングテーマ曲の振り付けを実際に踊ることが流行した事例[注 1](ダンス=身体の聖地化)や、アニメ『けいおん!』のヒットに伴い作中に登場するギターギブソン・レスポールなど)が現実で売り上げを伸ばした事例なども広義の聖地巡礼的な現象といえる[10]

地域への影響[編集]

メリット[編集]

有名作品の舞台または原作者の出身地となると、登場人物の思いや心境に馳せようと多くの人が訪れることとなり、観光資源としての価値が生ずる。

特に、テレビアニメになると首都圏関西圏(準)キー局で積極的に放送されることで、間接的な宣伝にもなる。また関連グッズなどが売れたり、それに付随して特産物や土産物なども買われていくだけでなく、宿泊・食事・交通などの需要も上がる。加えて自治体に自発的な宣伝ではない自然発生的なものもあるため、宣伝・広告に費用を必要としないケースも多い。更に連載・放送終了後もファンによる探訪が断続的に行われる。したがってこれらは観光振興として自治体としてもシナジーが大きい。

このため戦後から町おこしの一環として地元自治体、観光協会およびフィルム・コミッションなどが積極的に作品制作に協力したり、作品の舞台となった事実を宣伝し活用する例も増えている。地元の商店などが作品ポスターを掲示して盛り上げたり、ロケ地などの関連ポイントの地図を作製したり、地元サイドによって来訪者用のノートが設置されることもある。

その主となっていたのは一般小説映画テレビドラマであり、漫画アニメライトノベルに関しては消極的であったが、水木しげるの出身地である鳥取県境港市が『水木しげるロード』を整備し、鬼太郎のまちとしてPRして成功を収めたことで転機を迎え、後に藤子不二雄Aの出身地である富山県氷見市でも『忍者ハットリくん』にちなんだ町おこしを行うなどしている。

また、近年では観光振興とは別に作品の舞台となった土地をPRする例も多い。埼玉県春日部市では『クレヨンしんちゃん』の主人公一家・野原家に特別住民票を与えたりしている。このような都市部であれば、地方のように観光に依存する必要性が少ないものの、全国的な知名度アップを狙ったPR目的で話題を作ることが多い(しかしこれによって春日部市では海外、特にアニメが放映されていた国からの観光客が増加した)。

2005年の『電車男』ヒットに伴い、オタク文化(俗に萌え文化・萌え産業)が一般に浸透するようになると、一般知名度が低いマニア向けアニメ作品などによる経済効果もニュースで採り上げられるようになっており、長野県大町市(『おねがい☆ティーチャー』『おねがい☆ツインズ』)、埼玉県鷲宮町(現:久喜市)(『らき☆すた』)、宮城県七ヶ浜町(『かんなぎ』)などはその典型例であるといえる[11]

これらは前述のドラマ・映画などと比較し、その影響者(おたく層)の絶対数が少ないものの、関連グッズ販売の回転率が良いことが特徴であり、地元商店街などに活性化をもたらす例もある(またドラマや映画と違い、出演俳優の財産権が発生しないことで高額な広告料が不要であり、グッズも比較的安価で制作できるのも大きい点といえる)。特に鷲宮町の事例はおたく向けコンテンツの町おこしへの活用の成功例として学術的・経済的見地から高い注目を集めるまでとなった。また、和歌山県みなべ町では『びんちょうタン』が地方公共団体の運営施設のキャラクターとして使われた。

2009年にはお台場に実物大のガンダムを設置し、わずか公開2週間で見物客が100万人を突破した。一方神戸市長田区では同市出身の漫画家・横山光輝にちなんで巨大な鉄人28号像が建設されている(既に横山版『三国志』にちなんだ町おこしは行われている)。また、作者尼子騒兵衛の出身地である兵庫県尼崎市が『忍たま乱太郎』の聖地として若い女性ファンが多く押し寄せるようになったことが読売新聞で記事として掲載され、見出しに「萌え」という表現を用いている。

また地元を舞台とした新たな作品を世に送り出すため、自治体が中心となって漫画やライトノベルなどのコンテストを主催するケースもある。熱心なファンが愛媛県松山市への巡礼を行った映画『がんばっていきまっしょい』も、松山市が主宰する「坊っちゃん文学賞」を受賞した青春小説が原作である。

経済的な利点にとどまらず、コンテンツのファンからその地域への愛着の創出、タイアップ事業を通じて地域の事業者間の交流が深まるなど、人的つながりを広めていく効果もある[12]。北海道大学の山村高淑准教授は下記のようなトライアングルモデルを著した。

  • ファン・旅行者
    • 地域に対し - 地域の役に立とうとする意識、好きな作品を応援してくれている地域に対しお礼の意味を込めて買い物をする
    • 製作者に対し - 作品の購入による経済的支援
  • 地域
    • ファン・旅行者に対し - 歓迎の気持ちで接し、良い思い出を持ち帰ってもらう
    • 製作者に対し - 作品の舞台の提供、作品のPRや販売促進
  • 製作者
    • ファンに対し - 良質なコンテンツの提供
    • 地域に対し - 地域ブランド向上への貢献、版権使用への柔軟な対応

三者が、コンテンツを敬愛することで良好な関係が成り立つものであるとしている[13]

デメリット[編集]

巡礼の対象となっている場所には、一般の住宅街や学校が近隣に含まれている場合もあり、事情を知らない住民に不安を与えるなどして日常生活の迷惑になる可能性がある。テレビ番組が巡礼のきっかけになった場合、その放送期間は3ヶ月(1クール)から1年間程度なので、急増した巡礼者(観光客)の受け入れ態勢が整った頃にはブームが過ぎ去り、対象となった場所に混乱と負担を残すだけに終わることがある。

また、テレビアニメ(特に地上波民放によるUHF深夜アニメ)の場合、実写作品と異なり撮影が行われることもない[注 2]うえ、舞台となる地元のローカル局自治体商工会などによる宣伝があまり行われない[注 3]ため、認識も低いとされる。さらに巡礼者が(作品と事情を知らない人間から見て)奇怪と見られる行動をすることがあり、不審者扱いされることが多い。こうした理由から作品によっては発行元が「聖地巡礼自粛のお願い」を呼びかけた例もある[14]。また、一部の巡礼者のマナー違反も大きな問題となっている。

聖地[編集]

巡礼の対象となる場所は“聖地”と呼ばれるが、この「聖地」の主な類型には以下のものが挙げられる。

  1. 作品のモデルとなった場所
    • 実際に作中に舞台として登場した、実在の場所
    • 地名や建物などが変更されているものの、モデルと推定できる場所
    • 登場人物ゆかりの地
  2. 映像作品の撮影場所(ロケ地
  3. 出生地など、作者などの縁の土地
  4. 制作会社の所在地
  5. イベント・大会・試合などの会場となった場所

「聖地巡礼」を扱った書籍[編集]

他にも同人誌として制作され、同人誌即売会で頒布したり、ブログなどで公開しているケースも多く存在する。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ハレ晴レユカイ#踊りについてを参照。
  2. ^ 作品によっては制作スタッフが現地を訪問し、風景や建物などを撮影しデータや情報を収集することもある。
  3. ^ 地元のローカル局に要望が集まれば放送に踏みきる可能性はあるが、この場合もキー局と同時ネットできない場合が多い。

出典[編集]

  1. ^ 福嶋亮大 「自然の利用」『ユリイカ』2009年3月号、222頁。
  2. ^ a b 福嶋亮大「ホモ・エコノミクスの書く偽史」『思想地図〈vol.3〉特集・アーキテクチャ』 日本放送出版協会、2009年、236-237頁。ISBN 978-4140093443
  3. ^ 暮沢剛巳 『キャラクター文化入門』 エヌ・ティ・ティ出版、2010年、141頁。ISBN 978-4757142565
  4. ^ 大石玄 『アニメ《舞台探訪》成立史――いわゆる《聖地巡礼》の起源について』釧路工業高等専門学校紀要45号、2011年、41-50頁。
  5. ^ 黒瀬陽平「新しい「風景」の誕生」『思想地図〈vol.4〉特集・想像力』 日本放送出版協会、2009年、131頁。ISBN 978-4140093474
  6. ^ a b 「新しい「風景」の誕生」『思想地図〈vol.4〉特集・想像力』
  7. ^ 福嶋麻衣子いしたにまさき 『日本の若者は不幸じゃない』 ソフトバンククリエイティブ、2011年、166-168頁。ISBN 978-4797362695
  8. ^ 宇野常寛 『リトル・ピープルの時代』 幻冬舎、2011年、391-392頁・403頁。ISBN 978-4344020245
  9. ^ 宇野常寛 「6章震災後の想像力 3 拡張現実的、ネットワーク的」『政治と文学の再設定』 集英社WEB文芸RENZABURO(2011年7月1日)
  10. ^ 村上裕一 『ゴーストの条件 クラウドを巡礼する想像力』 講談社、2011年、262-264頁。ISBN 978-4062837385
  11. ^ 北海道大学観光学高等研究センターの山村高淑准教授のチームは鷲宮町のケースを分析して「鷲宮町の経験から考える文化創造型交流の可能性」と題した論文を発表。「アニメ聖地巡礼型まちづくり」と命名している。
  12. ^ 『アニメ・マンガで地域振興』p186-194
  13. ^ 『アニメ・マンガで地域振興』p60-68
  14. ^ 苺ましまろ:月刊コミック電撃大王2006年3月号

関連項目[編集]

外部リンク[編集]