日本人

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日本人
(日本人、日本民族)
Japanese People.jpg
紫式部織田信長徳川家康明治天皇
伊藤博文与謝野晶子湯川秀樹今上天皇
明治維新志士たち • 現代の一般的な家庭
総人口

約1億3千万人

居住地域
先住地
日本列島日本の旗 日本
規模の大きな移民
アメリカ大陸ブラジルの旗 ブラジルアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ブラジルの旗 ブラジル 1,500,000 [要出典]
アメリカ合衆国の旗 アメリカ 1,404,286 [1]
中華人民共和国の旗 中華人民共和国 140,134 [2]
フィリピンの旗 フィリピン 120,000 [3][4]
カナダの旗 カナダ 109,740 [5]
ペルーの旗 ペルー 100,000 [6]
オーストラリアの旗 オーストラリア 71,013 [7]
イギリスの旗 イギリス 63,017 [8]
タイ王国の旗 タイ 45,805 [7]
ドイツの旗 ドイツ 36,960 [7]
アルゼンチンの旗 アルゼンチン 34,000 [9]
フランスの旗 フランス 30,947 [7]
    ニューカレドニアの旗 ニューカレドニア 8,000 [10]
大韓民国の旗 韓国 28,320 [7]
シンガポールの旗 シンガポール 23,000 [11]
香港の旗 香港 21,297 [2]
中華民国の旗 中華民国 20,373 [7]
ミクロネシア連邦の旗 ミクロネシア 20,000 [12]
メキシコの旗 メキシコ 20,000 [13]
ボリビアの旗 ボリビア 14,000 [14]
ニュージーランドの旗 ニュージーランド 13,447 [7]
イタリアの旗 イタリア 12,156 [7]
インドネシアの旗 インドネシア 11,263 [7]
ベトナムの旗 ベトナム 9,468 [7]
マレーシアの旗 マレーシア 9,142 [7]
スイスの旗 スイス 8,499 [7]
スペインの旗 スペイン 7,046 [7]
オランダの旗 オランダ 6,616 [7]
ベルギーの旗 ベルギー 6,519 [7]
マーシャル諸島の旗 マーシャル諸島 6,000 [15]
インドの旗 インド 5,554 [16]
言語
日本語
宗教
神道仏教

日本人(にほんじん、にっぽんじん、: Japanese)とは、日本国籍日本国籍)をもつ人・日本国民。または人類学的分類における、モンゴロイドの一種[17]

概要[編集]

日本国の法律では、日本国に国籍を有する人々を「日本国民」と呼んでいる。人類学では、祖先が旧石器時代縄文時代から北海道南西諸島に住んだ集団である人々。モンゴロイド大人種に属している。言語は主に日本語を用いる[17]

歴史的には先住民説と単系説の二説がある。前者は、約3万年前に大陸から渡来して先土器時代縄文時代文化を築いた先住民を、大陸から渡来した今の日本人の祖先が駆逐したとする。後者は、初期に渡来した人々が現代まで日本人を形成しているとする。しかしモンゴロイドは数種類に分かれており、これらの集団が日本列島で混合し現在の日本人が形成されていった過程は、必ずしも単純でない[17]

成立[編集]

主要に日本人を形成したのは、ウルム氷期狩猟民と弥生時代農耕民といった、日本列島へ渡来した人々である。まずウルム氷期にアジア大陸から日本列島に移った後期旧石器時代人は、縄文人の根幹を成した。そして縄文時代終末から弥生時代にかけて、再びアジア大陸から新石器時代人が西日本の一角に渡来した。その地域では急激に新石器時代的身体形質が生じたが、彼らが直接及ばなかった地域は縄文人的形質をとどめていた。その後、古墳時代から奈良時代にかけて徐々に均一化されていった[18]

地理的に隔離された北海道南西諸島の人々の形態は、文化による変化はあっても、現在なお縄文人的形態をとどめている。近年、最初に日本列島に住んだ後期旧石器時代人(縄文人)は古モンゴロイドであり、新石器時代人(終末期の縄文人~弥生人)は新モンゴロイドであると研究結果が出ている。新モンゴロイドの影響が及ばなかったアイヌや南西諸島住民は、古モンゴロイド的特徴を残していると解されている。これらの分析では、埴原和郎尾本恵市などが、W・W・ハウエルズの分類によるモンゴロイドの二型(古モンゴロイドと新モンゴロイド)を用いている[19]

定義と分類[編集]

日本人は、次のような幾つかの考え方により定義・分類が可能である。

民族としての形成[編集]

以下、上記民族的分類による日本人について概説する。なお、近年の科学的研究の進展により従来の見方は大きく見直しが進んでおり、先史時代の日本人の形成については流動的な状況にあることに留意されたい。

石器時代の日本列島に住んでいた人々[編集]

石器時代の日本列島には下記の人が活動した記録がある。

縄文人と弥生人[編集]

先史時代の日本列島に住んでいた人間を縄文土器を使用していたことに因み縄文人と呼んでいる[26]。水稲農耕が始まった弥生時代の日本列島に居住する人間を弥生人と呼んでいる。佐原真は弥生人について、渡来系の人々とその子孫、渡来系と縄文人が混血した人々とその子孫などの弥生人(渡来系)と、縄文人が弥生文化を受け入れて変化した弥生人(縄文系)に区別できるとした。ただし弥生時代において縄文文化のみを保持するものや渡来した後縄文文化を受け入れたものについては言及すらしていない[27]。渡来系の人々の移動ルートについては諸説ある(下記「学説」参照)。

倭人[編集]

日本人の旧対外的な名称である倭・倭人に関する記載は、もっとも古い文献では紀元前2世紀に中国の『山海経』と『論衡』にて登場するが、これらの記載は中国南東部の倭人のことを指しているとする説と日本列島の倭人のことを指しているとする説[28]があり、日本列島住民との関わりは不明である[29]。日本列島周辺の倭人について書かれた確実な初出は75年から88年にかけて書かれた『漢書』地理志で、百余りの倭人の国々が楽浪の海にあるとしている。この頃には既に他民族から見て倭人とその他周辺諸民族との区分けがなされていたことになる。

「日本民族」の形成[編集]

古墳時代、朝廷権力の拡大とともに「日本」という枠組みの原型が作られ、その後、文化的・政治的意味での日本民族が徐々に形作られていくとされる。

「日本人」「日本民族」という認識(ナショナルアイデンティティ)が形成され浸透していく経緯については諸説あり、ヤマト王権の支配が広い地域に及ぶ以前の弥生時代から倭人として一定の民族的統合があったとする説、また律令制を導入し国家祭祀体制を確立させた7世紀後期の天武持統期(飛鳥時代後期)にその起源を置く説、13世紀元寇鎌倉時代中期)が国内各層に「日本」「日本人」意識を浸透させていく契機となったとする見解などがある。

大和盆地の王を中心とした連合政権であるヤマト王権(大和朝廷)が成立すると、本州四国九州の住民の大半は大和民族として統合された。東北の蝦夷や南九州の熊襲と呼ばれた諸部族・諸王権は大和朝廷に服属せず、抵抗した。その後、それらの諸部族・諸王権は隼人の反乱の失敗や坂上田村麻呂の蝦夷征伐などにより、大和朝廷の下に統合されていった。白村江の戦い以後、倭国は朝鮮半島から手を引いたが、代わりに東北日本へ進出し、現在の青森県にあたる本州最北部までを統一する。朝廷の支配が揺らいだ平安時代の東日本では、平将門の将門政権や奥州藤原氏の平泉政権など半独立政権が築かれたものの、東日本と西日本の民族的統合は保たれ、後に関東地方を基盤とした武家政権が全国を支配することとなった。

国民国家の認識[編集]

大日本帝国の版図

日本が近代ネーションステート(国民 / 民族国家)として朝鮮半島台湾島を領有していた時代には、日本人という語は、公式には、朝鮮人、台湾人など日本国籍を付与された植民地先住民族を含む国籍的概念であった。大日本帝国多民族国家であることは強く意識され、現在の日本国民に相当する人々は「内地人」と呼ばれた。ただし、当該の先住民族の間では「日本人」が内地人と同義として使われることが多かった。

南樺太に住んでいたロシア人ポーランド人ウクライナ人ドイツ人朝鮮人ウィルタニヴフの中には日本国籍を持っていた者もいた。そのため、第二次世界大戦後、ソ連によって日本人として北海道に強制送還、ないしは自ら進んで移住した朝鮮人、ウィルタ、ニヴフがいた。また、反ソ分子として抑留された者もいた。ポーランド系日本国民の多くはポーランド国籍を取得しポーランドに移住した。

系統[編集]

以下、人類学的観点から、日本人の系統または起源に関する諸説について記述する。

系統関係[編集]

形質人類学的観点から日本人は、過去の縄文人・弥生人や現在の日本国内土着の住民が、いずれもモンゴロイドに属する。むろん「モンゴロイド」という分類概念では中国人や朝鮮人などの東ユーラシア人全体が包括され、イヌイットアメリカ先住民も含まれる。

だが、遺伝子の研究が進むにつれ、便宜的に使用される分類名称としての各人種も、推定される起源地(原初の居住地)の地理的名称を基準とすることが多い。モンゴロイド集団の分布は日本人形成過程の分析にとって今日もなお重要な手がかりである。

分子人類学による説明[編集]

ミトコンドリアDNA(母系)による系統分析[編集]

1980年代からのミトコンドリアDNA(母系)の研究の進展により、ヒトの母系の先祖を推定できるようになった(ミトコンドリア・イブ参照)。これにより、アフリカ単一起源説がほぼ証明され、また民族集団の系統も推定できるようになった。ミトコンドリアDNAやY染色体のようなゲノムの組換えをしない部分を用いた系統樹の作成は、集団の移動とルーツを辿るのに用いられる。たとえば日本人のミトコンドリアDNAのハプロタイプの割合と、周辺の集団つまり各ハプログループを比較することで、祖先がどのようなルートを辿って日本列島にたどり着いたかを推定できる。分析に用いられるのは、ミトコンドリアDNAの塩基配列のうち、遺伝子の発現に影響しない中立的な部分である。形態の生成等に関与せず、選択圧を受けないため、分析に用いることができる[30]。ただし、ミトコンドリアDNAは稀に男性のDNAが混じることや、人間より検証個体の多いネズミのDNA測定では、ハプログループの分岐や時期が事実とは全く異なっていたから、あくまでもY染色体DNA等、他の資料と共に考察する必要がある。

以下、ミトコンドリアDNAによる人類集団の系統分析を系統樹にしたものを参考に記す。

人類集団の遺伝的系統

この系統樹図によれば、最初にアフリカ人とその他の集団が分岐し、次にヨーロッパ人とその他の集団が分岐したこと、その次に東・東南アジア人とオーストラリア人が分岐し、最後の大きな分岐として東・東南アジア人とアメリカ先住民が分岐したということである。この系統樹で見られた主要な特徴は、従来のタンパク質多型や最近の核DNAの多型によって明らかにされた人類集団間の系統関係と大筋において一致する。

人類集団の遺伝的系統-2

近隣結合法による遺伝的近縁図

この図によれば、アフリカン(ネグロイド)からコーカソイド(白人)が分岐し、コーカソイドからオセアニアン(オーストラロイド)・東アジア人(モンゴロイド)が分岐、そして東アジア人からネイティブアメリカ人が分岐した。この人類集団の近縁関係は上記の遺伝的系統樹と現在の人類集団の地理的配置に一致する。

日本人特有のM7aグループ

日本には世界で(主に)日本人にしか見られないハプログループM7aというグループがある[31]。これは台湾付近で発生したと考えられ、琉球諸島アイヌに多く本州で少ないという特徴的な分布をしている(Mグループについて、M7aは台湾・日本から朝鮮半島中国北東部への北上。M7b,cは南方及び中国沿岸へ)。M7aの最大集積地が(最も頻度の高い地域)は日本列島であり北上の上限がシベリアであったとの見方が主流である。M7a、M7b、M7cについてもシベリア等からの発祥は考えにくく、南方から北方に移動があったとされている。

これに対して崎谷満は2009年の著書で、M7aは極東・アムール川流域にも見られるほか、シベリア南部(ブリヤート)、東南アジアにも見られるとし、発生したのはシベリア南部 - 極東あたりと予想する一方、台湾先住民にも台湾漢民族にも存在せず、台湾から北上して日本列島に入ったものではないと記している[32]。なお崎谷は上記の著書において、ミトコンドリアDNA・Y染色体といった分子人類学的指標、旧石器時代の石刃技法という考古学的指標、成人T細胞白血病ウイルスやヘリコバクター・ピロリといった微生物学的指標のいずれにおいても、東アジアのヒト集団は北ルートから南下したことを示し、南ルートからの北上は非常に限定的で日本列島には及ばなかったと述べている[33]。しかし、M7b,M7c等が台湾を中心に拡大していることからもM7は北上ルートでシベリアに達したと考えるのが一般的である。この為近年では崎谷満の説は一般的に受け入れられていない。

塩基多様度のネット値 (DA) 分析による系統関係[編集]

ミトコンドリアDNAの塩基配列の多様性の度合いを比較分析することによっても系統関係を計測できる。塩基多様度のネット値 (DA) 分析によって求められた集団間の遺伝距離をもとにした系統樹では、まずアフリカ人より西ユーラシア人(ヨーロッパ人)と東ユーラシア人(東アジア人)とが分岐し、次いで東ユーラシア人からアメリカ先住民が分岐し、次いでアイヌと東アジア人クラスターが分岐、次いで中国人と東アジア人が分岐、次いで琉球と本州とが分岐する[34]

Y染色体(父系)による系統分析[編集]

母系のみをたどるミトコンドリア解析に対し、父系をたどるY染色体は長期間の追跡に適しており、1990年代後半からY染色体ハプログループの研究が急速に進展した[35][36][37]。ヒトのY染色体のDNA型はAからTの20系統がある。複数の研究論文から引用したY染色体のDNA型の比率を示す[38]。全ての型を網羅していないため、合計は100%にならない。空欄は資料なしで、必ずしも0%の意味ではない(日本人に関する調査で、O2bの検査のみでO2b1の検査を行ってないものはO2b*とO2b1のセルを結合、さらにO2a,O2bの検査を行っていないものはO2(xO2b)のセルも結合している)。下記テーブル中にあるO2b1(O-47z)はO2b*(O-SRY465*)から派生した別個のハプログループであり、O2b*に含まれるものではない[39]

  サンプル数 C DE NO
C1
C3
D1
D3
N
O1
O2
(xO2b)
O2b1
O2b*
O3
日本(Nonaka et al. 2007) 日本 263 2.3 3.0 0.4 38.8 0 0.8 3.4 0.8 25.1 8.4 16.7
日本 (Hammer et al. 2006) 青森県 26 8 0 0 38 0 8 0 0 27 4 15
静岡県 61 5 2 0 33 0 2 0 2 21 13 20
徳島県 70 10 3 0 26 0 7 0 3 24 6 21
九州 53 0 8 0 26 0 4 0 4 28 4 26
沖縄県 45 4 0 0 56 0 0 0 0 11 11 16
日本 (Tajima et al. 2004) アイヌ(北海道日高 16 0 13 0 88 0 0 0 0 0
本州 82 5 1 0 37 0 0 20
九州 104 4 8 0 28 0 2 24
日本 (Shinka et al. 1999) 沖縄本島中部(読谷勝連) 61 30
沖縄本島南部(糸満具志頭) 99 45
八重山(西表・波照間) 27 4
北東アジア (Hammer et al. 2006) 韓国 75 0 9.3 0 4.0 0 2.7 2.7 2.7 4.0 33.3 40.0
満州 52 0 26.9 0 0 0 5.8 3.8 5.8 0 3.8 38.5
漢族(華北) 44 0 4.5 0 0 0 11.4 0 6.8 0 0 65.9
韓国 (Shin et al.) 韓国 9 4 4 29 45
韓国 (Kim et al. 2007) 韓国(ソウル及び大田) 216 13.9 0 0 0 2.8 3.2 1.4 9.7 17.1 47.2
東アジア (Jin et al. 2009) 漢民族(北京) 65 4.6 1.5 1.5 10.8 1.5 0 6.2 52.3
韓国人 154 14.9 1.9 6.5 3.9 5.2 5.8 14.3 42.2
日本人 107 9.3 34.6 1.9 2.8 1.9 19.6 6.5 20.6
東アジア北部 (Karafet et al.) 朝鮮 11 3 0 36 38
漢民族華北 5 2 0 0 66
6 0 0 0 28
チベット 3 16 33 0 0 0 33
東南アジア (Karafet et al.) 東南アジア 683 3.7 2.6 4.1 13.8 17.6 0.6 0.4 44.7
北アジア (Karafet et al.) オロチョン 91 0 0 0 0
エヴェンキ 68 17
満州 27 4 0 0 4 38
ブリヤート 84 28 0 0 2 2
ハルハモンゴル 52 1 1 0 0 0 23
ユカギール 50 25
コリャーク 33 33
チュクチ 25 25
ケット 17
ニヴフ 38

上記の分析から日本人の中には、D2系統、O2b系統、C1系統という、3つの特徴的なY染色体ハプログループが存在することが判明した。D系統はYAP型(YAPハプロタイプ)ともいわれ、現在の東アジア人種に多いO系統よりも地中海沿岸、中東およびアフリカ大陸に広く分布するE系統の仲間である。D2系統は(アイヌ・琉球を含む)日本人にのみ高頻度で確認されているが、2%程度の朝鮮人でも確認されているほか、中国、ミクロネシアティモール島でも稀に散見されていて、これらは全て或いはほとんどのケースに於いて日本から影響を受けたためであろうと推測されている。O2b系統も日本人の特徴的なハプログループの1つと言えるが、D2系統と違って、朝鮮半島でも日本と同じ位の頻度で確認されている(しかし日本で多く見られるO2b1a-47zというサブグループは、おおよそ4,000年乃至12,000年前に発生したと概算されているので、朝鮮で多く見られるO2b-M176(x47z)というサブグループとはそれ以上昔に血筋がわかれているということになる[40])。また、O2b系統はD2系統と同様に中国、ミクロネシア、インドネシアでも散見されるほか、D2系統が未だに確認されていないベトナムでも散見されている。C1系統は日本国内でも5%程度の男性しか属しておらず、日本国外では韓国の済州道の男性1人から検出されているのみである。

D2系統は本土日本人アイヌ・南北沖縄に固有に見られるタイプで、朝鮮半島や中国人にはほとんど見られないことも判明した。これは縄文人の血を色濃く残すとされるアイヌに88%見られることから、ハプログループD2縄文人特有のY染色体だとされる。

アリゾナ大学のマイケル・F・ハマー (Michael F. Hammer) のY染色体分析でもYAPハプロタイプD系統)が扱われ、さらにチベット人も南北琉球同様50%の頻度でこのYAPハプロタイプを持っていることを根拠に、縄文人の祖先は約5万年前に中央アジアにいた集団が東進を続けた結果、約3万年前に北方ルートで北海道に到着したとする説を提出した[41][42][43]

現在世界でD系統は極めて稀な系統になっており、日本人が最大集積地点としてその希少な血を高頻度で受け継いでいる。それを最大とし、その他では遠く西に離れたチベット人、一部のフィリピン人やアンダマン諸島の先住民に存続するだけである。これは、後に両者を隔てる広大な地域にアジア系O系統が広く流入し、島国日本や山岳チベットにのみD系統が残ったためと考えられている。

なお東西に引き離されたD系統は、長い年月により東(日本)がD2、西(チベット等)がD1、D3となった。D2系統は本土日本人・アイヌ・南北琉球の日本人集団固有であり他地域には希である。また、近年の遺伝子調査により、アイヌは縄文人の単純な子孫ではなく、オホーツク人等の新モンゴロイド系北方民族と混血しており、複雑な過程を経て誕生したことが明らかになった[44]ハプログループD2は本土日本人の平均でも、最も頻度が多い。

また、本土日本人および琉球人の約5%の男性が属するC1a1-M8も他の国には見られないY染色体ハプログループとされており、旧石器時代のスペインおよび新石器時代のハンガリー、そして少数の現代ヨーロッパ人とネパール人から検出されているC1a2-V20の遠い親戚であることが判明している。もう少し遡ると、インドやアラビアなどに散見されるC1b1-M356、インドネシア東部からメラネシアおよびポリネシアに多いC1b2-M38、そしてオーストラリアの先住民であるアボリジニに多く見られる固有のハプログループC1c-M347と共通の祖先にたどり着く。

O2系統からは、日本で多く見られるO2b1a-47zの他に、東南アジアやインドの一部(特にオーストロアジア語族)で多く見られるO2a1-M95系統と、朝鮮に多くて中国東北部や日本でも少し見られるO2b-M176(x47z)にそれぞれ分類される。O2b-M176、O2a1-M95、O2a-PK4(xM95)がいずれも中国国内で多少確認されているほか、東南アジアおよびインド東部に多いO2a1-M95と朝鮮および日本に多いO2b-M176の分布の中間に中国が位置していることから、O2系統がもともと中国で発生し、そのサブグループたちが中国から拡散したという仮説を中国の学者が2011年に発表された論文の中で唱えている。[45]

崎谷満によれば、最初に日本列島に到達し、後期旧石器時代を担ったのはシベリアの狩猟民であるC3系統である(2 - 3万年前)。バイカル湖周辺からアムール川流域およびサハリンを経由して、最終氷期の海面低下により地続きとなっていた北海道に達した。また、一部はさらに南下し、北部九州に達した。崎谷は細石刃石器を用い、ナウマンゾウを狩っていたと考えている。

その後、約1万数千年前に、大陸からD2系統が入ってきた。これが縄文文化の主な担い手であると考えられている。D2は日本に多く見られる系統であり、アイヌ88%、沖縄県約39%(4% - 56%)[46][47][48]、本州約36%(31% - 39%)[46][47][40][48]で、東アジアではほとんど存在しない。遠縁のD1、D3が多数のチベット人で見られるほか、少数のウイグル人、モンゴル人、アルタイ人、イ(彝)人、ミャオ(苗)人、ヤオ(瑶)人、漢人などでも確認されている。D系統は華北で東西に分かれ、東がD2、西がD1、D3になったと考えられる。

D2の分岐は日本列島内で、氷河期の終わりと共に孤立したハプログループDの系統から独自にハプログループD2に分岐したと考えられる。

同じ頃、経路は不明であるが、ヨーロッパとネパールに遠戚を持つC1a系統が南九州に入ってきた[要出典]貝文土器を用い、縄文人とは異なる文化を南九州に築いた。[要出典]

O1系統は台湾原住民の男性に非常に多いので、新石器時代の台湾または対岸の中国本土沿岸部が起源であろうと推測されている。崎谷満はオーストロネシア語族との関連があると想定している。台湾と近いにもかかわらず、日本列島ではO1はごく少数に過ぎない。

O2a/O2b系統について、崎谷満は長江文明の担い手だと考えている。O2b系統が移動を開始したのは約2800年前で、長江文明の衰退に伴い、O2aおよび一部のO2bは南下し、百越と呼ばれ、残りのO2bは西方及び北方へと渡り、日本列島、山東省、日本から朝鮮半島へ渡ったと崎谷満は主張している[49]。長江文明の稲作を持ち込んだと考えられる[50]

ゲノムワイドな解析[編集]

ヒトゲノムが解析されて[51]以来、人類集団間の遺伝的関係を推定するために大量のSNPを解析する研究が進展している[52]。日本列島の人類集団においても、このようなアプローチによる集団の歴史の解明、医療方面への応用が期待される。

遺伝子マーカーとしてのミトコンドリアDNA、Y染色体DNAとの違いは、①注目するDNA領域長、②遺伝的組み換えの有無、③遺伝様式などが挙げられる。

遺伝情報に基づいて系統関係を議論する場合、ハプロタイプ単位、あるいはマイクロサテライト、SNP単位での遺伝的多型に注目しているわけだが、遺伝的多型が必ずしも真の系統関係を示すとは限らない。なぜならば、遺伝的多型の実体である対立遺伝子頻度は、そのゲノム領域に依存した突然変異率、組換え率、さらに、遺伝的浮動自然選択、集団間での個体の移住、個体群動態などの影響を受けるためである。この問題を避けるためには、互いに独立な関係にある座位を多数解析することが必要である。この点で、注目する領域が相対的に小さく、組換えのないミトコンドリア、Y染色体の遺伝子マーカーは得られる情報量が制限される。しかしながら、遺伝様式が常染色体とは異なることから、母系、父系の遺伝子系図を比較する議論ができるという長所もある。

ゲノム解析は中立進化をしている領域の他、転写されるコード領域も解析に含むため、適応進化の研究、個別化医療への応用も期待される。

上記詳細は太田(2007)[53]、斉藤(2009)[54]などを参照。

以下、日本列島人類集団を含む研究例をあげる。

International HapMap Consortiumの研究[52]では、東京由来の44名を含む人類集団サンプルを解析している。

Tian et al.(2008)[55]では、東アジア地域をカバーした集団サンプルを用いて、その遺伝的構造を議論している。主成分分析の結果からは日本列島人が単独のクラスターを形成することが見て取れる。同様のクラスターとさらに詳細な遺伝的多様性に関する研究は、HUGO Pan-Asian SNP Consortium[56]によってなされている。

日本列島内部集団の遺伝的構造を解析した例として、7001人のサンプルを解析したYamaguchi-Kabata et al.(2008)[57]では、日本列島の人類集団が琉球クラスターと本土クラスター に分かれることをゲノムレベルで示した。これはミトコンドリアやY染色体の解析からも予想されていた、日本列島人類集団の二重構造モデルを支持する結果であった。しかし本土クラスターと琉球クラスターの遺伝的分化の程度は非常に小さく、そのためSNPの頻度の違いは大部分についてはわずかであった[58]


しかし、Yamaguchi-Kabata et al.(2008)ではアイヌ人の集団サンプルを解析してはいなかった。最新の成果としては、斎藤成也ら総合研究大学院大学による大規模調査がある。これは、ヒトゲノム中のSNP(単一塩基多型)を示す100万塩基サイトを一挙に調べることができるシステムを用いて、アイヌ人36個体分、琉球人35個体分を含む日本列島人のDNA分析を行った。 その結果、アイヌ人からみると琉球人が遺伝的にもっとも近縁であり、両者の中間に位置する本土人は、琉球人に次いでアイヌ人に近いことが示された。一方、本土人は集団としては韓国人と同じクラスターに属することも分かった。さらに、他の30人類集団のデータとの比較より日本列島人の特異性が示された。このことは、現代日本列島には旧石器時代から日本列島に住む縄文人の系統と弥生系渡来人の系統が共存するという、二重構造説を強く支持する。また、アイヌ人はさらに別の第三の系統(ニブヒなどのオホーツク沿岸居住民)との遺伝子交流があり、本土人との混血と第三の系統との混血が共存するために個体間の多様性がきわめて大きいこともわかった[59]。 また、この調査により、主成分分析およびfrappe分析から、アイヌ人個体の3分の1以上に本土日本人との遺伝子交流が認められた。 アイヌ人と琉球人は、東ユーラシア人の系統樹においてクラスターを形成しており、ブートストラップ確率(推定系統樹の信頼度)は100%であった。さらにこのクラスターは、系統樹上で、本土日本人とのクラスターを形成していた[60]

形質人類学からの接近方法[編集]

日本人の形成過程を分析する形質人類学からの接近方法には原人や古人骨などの形態解析、石器の分布分析などが古典的な方法としてある[61]。形質人類学的な手法は、「ヒト集団の系統関係の把握」という用途に用いるにはかなり限界があるとの指摘が聞かれてきたところであり、この用途に限って言えば、完全に主役の座を分子人類学に譲り渡した感が強い。もっとも、遺跡発掘骨の年代推定は、発掘物のAMS放射性炭素年代測定法によりかなり正確に推定できる利点がある。

東大人類学教室の長谷部言人鈴木尚は豊富な発掘調査をもとに、日本人が時代を通じて変化してきたこと、明治以降の例でも分かるように、混血等がなくとも急激に形質が変化しうることを示し、一見、形質が大いに異なる縄文人と弥生人の間でも、実は連続していて、外部からの大きな遺伝子の流入を仮定する必要はないと主張し、1980年代半ばまで有力な説であった(これは「変形説」と呼ばれる)。

それに対して、現代日本人は日本の先住民族に置き換わって成立したという「置換説」も、幕末、明治のフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトエドワード・S・モースの考察に早くから見られ、記紀神話などを参考に、在来の原住民を天孫族が征服して日本人が形成されたという論は盛んであった。エルヴィン・フォン・ベルツは日本人でも長州藩出身と薩摩藩出身では顔に形質的な違いがあるとして「混血説」を提唱した。京都大学清野謙次の論などが「混血説」の代表である。第二次世界大戦後、長谷部=鈴木ラインの説が唱えられると、一時期、表立って主張されにくい傾向があったが、同じ東大系の鈴木尚の弟子である埴原和郎が、1980年代半ばに日本人の起源は南方系の縄文人と北方系の弥生人の混血であるとする「二重構造説」を唱えたが、近年分子生物学の研究が進むにつれて「縄文人」も北方系であるとする研究結果が多数出るに至っている。

ミトコンドリアDNA・Y染色体に基づく系統分析以外の手法による諸説[編集]

集団遺伝学者の根井正利は、「現代人の起源」に関するシンポジウム(1993年、京都)にて、(アイヌを含む北海道から沖縄県までの)日本人の起源は約3万年前から北東アジアから渡来し、弥生時代以降の渡来人は現代日本人の遺伝子プールにはほんのわずかな影響しか与えていないという研究結果を出している[62][63]

分子人類学者の尾本恵市は埴原の原日本人(アイヌを含む縄文人)の南方起源説を否定しており、1995年に出した系統図では、日本人はチベット人と同じ枝に位置づけられ、アイヌとは異なるとしており、1997年に出した系統図では、本州日本人はアイヌや琉球諸島、チベット、一部の台湾原住民と近く、韓国人、中国人とは離れているという結果を出している[64][65][66]

松本秀雄はGm遺伝子の観点から、日本人の等質性を示す「日本人バイカル湖畔起源説」を提唱している[67]。また、ヒト白血球型抗原の遺伝子分析により、現代日本人は周辺の韓国人や台湾人よりも等質性が高い民族であるとの研究結果が発表されている(台湾50、韓国70、日本80)[68]

考古学の観点からは、弥生早期の遺跡に外来系の土器が玄界灘に面した大きな遺跡からしか発見されていないことから、弥生人(渡来系)の人数を1割程度に見積もる研究者が多い[69]。一方で、人類学者による研究では大量の渡来があったとされ(埴原和郎で100万人、宝来聰で65%が渡来系)、人類学者の中橋孝博らによる人口シミュレーションによると、農耕民の弥生人は狩猟民である縄文人よりも人口増加率が高く、渡来が少数でも数百年で大きく数を増やす可能性も示された[69][70]。ただし弥生時代の遺跡で出土した人骨では、北九州や山口県をのぞく地域では縄文系とされる人骨の方が多く、弥生時代に実際に稲作を行っていたのは縄文人の系譜を引く人々の方が多いと思われる。特に東日本においては渡来系の特徴を持つ人骨の比率は2割に満たない。そのため現在では、日本の文化は日本独自の縄文文化を土台として発展していて、弥生人が日本人に与えた影響はわずかであり、むしろ弥生人が日本に何らかの形で亡命せざる負えなかった人たちであると考えられている。

稲作の起源とその考古学的分析[編集]

日本人の渡来ルートを知るために稲作の渡来ルートを考える研究があり、いくつかの説が存在しているが、稲作以前から日本列島には人が住んでいたことと、移民してきた少数の稲作耕作者から稲作が原住民に伝搬された可能性とを考えれば、稲作伝搬が必ずしも大規模な移民を裏付けるものではないことに注意が必要である。

かつて、佐々木高明らによる照葉樹林文化論は、稲作が中国雲南省などの山間部における陸稲を発祥としていると主張していたが、近年、長江文明の全貌が明らかにされるにつれ、稲作は長江下流域の水稲耕作を発祥とする説が有力視されつつある。 上記項目にて詳述。

「倭族」論[編集]

古代史・文化人類学研究者の鳥越憲三郎は「倭族」仮説(倭族論)を提唱している[71]。鳥越の定義では倭族とは「稲作を伴って日本列島に渡来した倭人、つまり弥生人と祖先を同じくし、また同系の文化を共有する人たちを総称した用語」である[72]。古代日本列島における倭人・倭国については『魏志倭人伝』(『三国志』魏書東夷伝倭人条)が有名であるが、鳥越は他の史書における倭人の記述(『論衡』から『旧唐書』に至るまで)を読解し[73]、長江(揚子江)上流域の四川省雲南省貴州省の各省にかけて、複数の倭人の王国があったことを指摘した。その諸王国はたとえば『史記』にある以下の諸国である[74]

さらに鳥越は、倭族の起源地を雲南省の湖・に比定し、水稲の人工栽培に成功したというシナリオを描く。以降、鳥越は古代史的な文献研究と現場調査を交差させ、倭族の一部が日本列島に移住し、また他の倭族と分岐していったことを示した。分岐したと比定される民族には、イ族ハニ族(古代での和夷に比定。またタイではアカ族[75])、タイ族ワ族[76]ミャオ族カレン族ラワ族などがある[77]。ほか鳥越は、高床式建物貫頭衣和服)、注連縄などの風俗を比較している。

また諏訪春雄は倭族を百越の一部としている[78]

いずれにせよこの倭族論(倭族仮説)は長江文明を母体にした民族系統論といってよく、観点は異なるが環境考古学安田喜憲の長江文明論や近年の稲作の渡来とも重なっている。

言語[編集]

日本語の起源を解明することで、日本人のルーツを明らかにするという研究もある。

日本語の起源は、従来、アルタイ諸語オーストロネシア語族との関連が想定されてきたが、比較言語学的にはまだ証明されていない。現在の所、日本語の起源については、いくつかの説が出ているが決定的な物はない。

学際研究による日本列島へのヒト渡来経路の総合的分析[編集]

平成17年(2005年)度から21年(2009年)度にかけて、日本学術振興会による共同研究「更新世から縄文・弥生期にかけての日本人の変遷に関する総合的研究」が行われ、2010年2月20日には国立科学博物館にて公開シンポジウム「日本人起源論を検証する:形態・DNA・食性モデルの一致・不一致」が開催され、また雑誌『科学』(岩波書店、2010年4月号)では同内容が掲載された[79]。研究代表者の溝口優司は、研究班員全員の同意が得られるようなシナリオは作れなかったと断ったうえで、日本列島へのヒト渡来経路は現時点では次のようになるとしている[80]

1. アフリカで形成された人類集団の一部が、5 - 6万年前までには東南アジアに渡来し、その地の後期更新世人類となった。
2 - 3. 東南アジア後期更新世人類の一部はアジア大陸を北上し、また別の一部は東進してオーストラリア先住民などの祖先になった(典型性確率を使った頭蓋計測値の分析で、オーストラリア東南部出土の人骨化石であるキーロー[81]などに似た後期更新世人も、縄文時代人の祖先候補とすべきであることが指摘された)。
4. アジア大陸に進出した後期更新世人類は北アジア(シベリア)、北東アジア、日本列島、南西諸島などに拡散した。シベリアに向かった集団は、少なくとも2万年前までには、バイカル湖付近にまでに到達し、寒冷地適応を果たして北方アジア人的特徴を得た。日本列島に上陸した集団は縄文時代人の祖先となり、南西諸島に渡った集団の中には港川人の祖先もいた。
5. 更新世の終わり頃、北東アジアにまで来ていた、寒冷地適応をしていない後期更新世人類の子孫が、北方からも日本列島へ移住した可能性もある。
6. シベリアで寒冷地適応していた集団が東進南下し、少なくとも約3000年前までには中国東北部、朝鮮半島、黄河流域、江南地域などに分布。

また同研究では、北海道縄文時代人は北東アジア由来かもしれないという仮説、縄文時代人の祖先は東南アジア・中国南部のみならず広くオーストラリアまでも含めた地域の後期更新世人類の中から探さなければならないという指摘、後期更新世の沖縄港川人はアジア大陸の南方起源である可能性が高いが、北海道 - 九州地方の縄文時代人とは下顎形態に多数の相違点が見出され、両者の間の系譜的連続性を認める従来の仮説は見直される必要があるという主張もなされた[82]

名称[編集]

美称[編集]

前者は日本男性、後者は日本女性を指す。武士道武芸、日本的道徳教養芸術和裁日本料理の技能などを備えていることの誉め言葉としてよく使われる。国際スポーツ大会で活躍した日本チーム・選手は、20世紀末からは「サムライ○○」と呼ばれるようになった。(例)サムライブルーサムライジャパン

他の言語[編集]

アイヌ語で、アイヌ人以外の日本人を、「自分のそば」「隣人」という意味のシサムという。それ以外の言語では、おおむね「漢語の日本の現地発音・ジパングに類似した固有名詞」+「国民・住民を表す接頭語・接尾語」で表現される。

その他[編集]

  • 日本人論
  • 祖先の調査
  • 日本人の形質変化
歴史的に日本人の形質が大きく変化してきたことは人類学者鈴木尚らの研究によって明らかになっているが、近代以降は下肢が伸びて身長が高くなる、が縮小して面長になるなどの変化(小進化)が著しい。近年[いつ?]の傾向としてはの縮小と永久歯の減少が進んでおり、親知らずが生えない日本人が増えているが、それ以上に顎の退化が進み、歯並びが悪い若者が増えている。歴史的には同様の現象は徳川将軍家を始めとする江戸時代大名家にも顕著にみられ、柔らかい食べ物を好んで食べるようになったのが原因と考えられている。
  • 邦人(ほうじん)
」の字は「」と同義であり、したがって「邦人」の字義は「」である。その語義は第1に「(主体とする)国の人間」を意味し、「自国の人」を指す。この意の「邦人」は、文の主体が日本であれば「日本人」を指し、他の国であればその国の人を指す(用例:アメリカ政府は邦人の救出に成功した)。ただ、当然ながら日本語において日本人を指すことが多いため、現代においてはこれが「邦人」の第2義となっている(用例:日本政府は邦人の釈放を要求した)。なお、第2義の「邦人」は日本に滞在する外国人日系人を含まないことが多い。「日本国外に居留(在留)する日本人(海外在留邦人、略して在留邦人とも、在外邦人などとも呼ばれる。旅行者は含まない)」に対して使われることが多く、マスメディアでは「現地在留の日本人」を指して用いられる頻度が高いが、現代日本語のニュアンスとしては、硬質な話題、すなわち、政治経済のニュースや現地在留の日本人が何らかの災禍を被ったネガティブなニュースで用いられるケースがほとんどであり(用例:事故に巻き込まれた邦人の数は…)、硬質でない話題で用いられることは比較的少ない(用例:ご到着になった天皇陛下と現地在留の日本人らは…)。また、「当事国の在留日本人」という意味で「在+国名+邦人」や「国名+邦人」とする例も見られる(用例:在アルジェリア邦人拘束事件[87]cf. アルジェリア人質事件〉。アルジェリア邦人拘束の報。※後者の場合は第1義的用法〈アルジェリア国の邦人〉との判別は不可能)。

脚注[編集]

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  21. ^ 日本国憲法第10条
  22. ^ “日本人”. マイペディア. 平凡社. 
  23. ^ 北海道、環日本海交流、山東半島などからの渡来ルート。
  24. ^ 南西諸島、東南アジア諸地域またはインドなどからの渡来ルート。
  25. ^ 古代世界の航海技術は従来考えられてきたよりもずっとさかのぼって高度に発達していた可能性が近年の考古学では明らかになってきているが、まだ年代や具体的な技術の内容については確定できない。海部陽介『人類がたどってきた道』NHK出版ほかより。
  26. ^ なお、佐原真はこの語の原義である「縄紋土器を使用していた人間」ということを強調するために「縄紋人」という呼称を提唱している。
  27. ^ 『日本大百科全書』(小学館)「弥生文化」の項参照。
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]