オール・マイ・ラヴィング
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| オール・マイ・ラヴィング | |||||
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| ビートルズ の 楽曲 | |||||
| 収録アルバム | ウィズ・ザ・ビートルズ | ||||
| リリース | 1963年11月22日 | ||||
| 録音 | 1963年7月30日 | ||||
| ジャンル | ロック | ||||
| 時間 | 2:06 | ||||
| レーベル | パーロフォン | ||||
| 作詞者 | レノン=マッカートニー | ||||
| プロデュース | ジョージ・マーティン | ||||
| ビートルズシングル盤 日本 年表 | |||||
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| 『ウィズ・ザ・ビートルズ』 収録曲 | |||||
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オール・マイ・ラヴィング (All My Loving) は、ビートルズの楽曲である。
目次 |
[編集] 解説
ビートルズの2作目のイギリス盤公式オリジナル・アルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ』の3曲目に収録されている曲。リード・ヴォーカルはポール。[1]ロイ・オービソンとのツアー中にバスの中で作った。
ポールの初期代表作のひとつで、現在でもライヴで演奏されるアップテンポな曲。ジョン・レノンをして「ポールは完璧な作曲の能力がある」と言わしめたほど完成された曲である。ジョン・レノンはリッケンバッカー・325を使用し3連符を刻んでいる(オルタネイトピッキング)。ポールは、ヘフナー・500-1を使い、ランニング・ベースをしている。ビートルズはもともとこの曲をカントリー&ウエスタンと位置づけておりジョージ・ハリスンはグレッチ・カントリー・ジェントルマンを使っている。
前述のようにジョン・レノンはこの曲を絶賛し、その際に「だけど俺のリズム・ギターもかっこいいだろ?」と語っていた。
この曲はアメリカ進出時に出演した人気TV番組『エド・サリヴァン・ショー』の初出演時に最初に演奏した曲としても知られる(その際、キーが半音下がっていた)。この時、全米総人口の72%の人 (約7300万人) が彼らの演奏を見たと言われている。また、ビートルズ出演の時間帯だけマンハッタンにおける少年犯罪発生率が低下したというエピソードが残っている。なお、そのときの演奏は2枚組アルバム『ザ・ビートルズ・アンソロジー1』のDisc 2や「エド・サリヴァン・ショウ」DVDに収録されている。
[編集] ミキシング
ドイツ盤『ウィズ・ザ・ビートルズ』収録分は、歌いだし前のハイハットのカウントが収録されている。
[編集] その他
- ビートルズのナンバーではポールとジョンのハモり(ハーモニー)が多いが、この曲はポール自身が多重録音でハモリを入れている。ライヴでの間奏後のリフレインでは、主旋律のほぼ三度上をポールが歌い、主旋律部分はジョージが担当している。ジョンのギターのコードストロークと、主旋律の歌唱の両立が簡単でなかったため、ジョージが担当した。ライヴではサビとエンディング・パートでジョンとジョージのハミングコーラスが付く。一方、オリジナルではそれが更にダビングされている。
- ジョン・レノンが1980年12月8日、ニューヨーク市の自宅アパート「ダコタ・ハウス」前において、マーク・チャップマンに射殺され同日23時過ぎに担ぎ込まれた病院で死亡した時、タンノイ・スピーカーから流れていた曲はAll My Loving だったと伝わっている。
[編集] 収録アルバム
- 『ウィズ・ザ・ビートルズ』
- 『ミート・ザ・ビートルズ』
- 『ザ・ビートルズ・スーパー・ライヴ!』
- 『ザ・ビートルズ1962年〜1966年』
- 『ザ・ビートルズ・ライヴ!! アット・ザ・BBC』
- 『ザ・ビートルズ・アンソロジー1』
- 『ポール・イズ・ライブ』
- 『バック・イン・ザ・U.S. -ライブ2002』
- 『バック・イン・ザ・ワールド』