オール・マイ・ラヴィング

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オール・マイ・ラヴィング
ビートルズ楽曲
収録アルバム ウィズ・ザ・ビートルズ
リリース 1963年11月22日
録音 1963年7月30日
ジャンル ロック
時間 2:06
レーベル パーロフォン
作詞者 レノン=マッカートニー
プロデュース ジョージ・マーティン
ビートルズシングル盤 日本 年表
ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット
b/w
サンキュー・ガール
(1964年)
オール・マイ・ラヴィング
b/w
ラヴ・ミー・ドゥ
(1964年)
プリーズ・ミスター・ポストマン
b/w
マネー
(1964年)
ウィズ・ザ・ビートルズ』 収録曲
A面
  1. イット・ウォント・ビー・ロング
  2. オール・アイヴ・ゴット・トゥ・ドゥ
  3. オール・マイ・ラヴィング
  4. ドント・バザー・ミー
  5. リトル・チャイルド
  6. ティル・ゼア・ウォズ・ユー
  7. プリーズ・ミスター・ポストマン
B面
  1. ロール・オーヴァー・ベートーヴェン
  2. ホールド・ミー・タイト
  3. ユー・リアリー・ゴッタ・ホールド・オン・ミー
  4. アイ・ウォナ・ビー・ユア・マン
  5. デヴィル・イン・ハー・ハート
  6. ナット・ア・セカンド・タイム
  7. マネー

オール・マイ・ラヴィング (All My Loving) は、ビートルズの楽曲である。

目次

[編集] 解説

ビートルズの2作目のイギリス盤公式オリジナル・アルバムウィズ・ザ・ビートルズ』の3曲目に収録されている曲。リード・ヴォーカルはポール。[1]ロイ・オービソンとのツアー中にバスの中で作った。

ポールの初期代表作のひとつで、現在でもライヴで演奏されるアップテンポな曲。ジョン・レノンをして「ポールは完璧な作曲の能力がある」と言わしめたほど完成された曲である。ジョン・レノンリッケンバッカー・325を使用し3連符を刻んでいる(オルタネイトピッキング)。ポールは、ヘフナー・500-1を使い、ランニング・ベースをしている。ビートルズはもともとこの曲をカントリー&ウエスタンと位置づけておりジョージ・ハリスングレッチ・カントリー・ジェントルマンを使っている。

前述のようにジョン・レノンはこの曲を絶賛し、その際に「だけど俺のリズム・ギターもかっこいいだろ?」と語っていた。

この曲はアメリカ進出時に出演した人気TV番組エド・サリヴァン・ショー』の初出演時に最初に演奏した曲としても知られる(その際、キーが半音下がっていた)。この時、全米総人口の72%の人 (約7300万人) が彼らの演奏を見たと言われている。また、ビートルズ出演の時間帯だけマンハッタンにおける少年犯罪発生率が低下したというエピソードが残っている。なお、そのときの演奏は2枚組アルバム『ザ・ビートルズ・アンソロジー1』のDisc 2や「エド・サリヴァン・ショウ」DVDに収録されている。

[編集] ミキシング

ドイツ盤『ウィズ・ザ・ビートルズ』収録分は、歌いだし前のハイハットのカウントが収録されている。

[編集] その他

  • ビートルズのナンバーではポールとジョンのハモり(ハーモニー)が多いが、この曲はポール自身が多重録音でハモリを入れている。ライヴでの間奏後のリフレインでは、主旋律のほぼ三度上をポールが歌い、主旋律部分はジョージが担当している。ジョンのギターのコードストロークと、主旋律の歌唱の両立が簡単でなかったため、ジョージが担当した。ライヴではサビとエンディング・パートでジョンとジョージのハミングコーラスが付く。一方、オリジナルではそれが更にダビングされている。
  • ジョン・レノン1980年12月8日ニューヨーク市の自宅アパート「ダコタ・ハウス」前において、マーク・チャップマンに射殺され同日23時過ぎに担ぎ込まれた病院で死亡した時、タンノイ・スピーカーから流れていた曲はAll My Loving だったと伝わっている。

[編集] 収録アルバム

[編集] 脚注

  1. ^ ライブでは3番のメロディーはジョージ・ハリスンが歌い、ポール・マッカートニーは3度上のコーラスをつけている。この部分レコードではポールのダブル・トラック。バック・コーラスのハミングはジョンとジョージ。
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