オデオンレコード

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オデオン・レコードのロゴ

オデオンレコード(Odeon Records)は、EMI傘下のレコードレーベルである。

概要[編集]

もともとはパーロフォンと同じくドイツカール・リンドストレーム社のレーベルだった。

北米地域をのぞく各国でビートルズのレーベルとして多く使用され、日本でもビートルズの現役時代、リアルタイムで東芝音楽工業からリリースされたレコードには、本来のパーロフォンのロゴの代わりにオデオン・レーベルのロゴが使われたことで知られる。

由来[編集]

フランスパリ劇場の名前から取ったものである。

沿革[編集]

1903年ドイツベルリンに於いて、マックス・ストラウスとハインリヒ・ツンツによって設立される。
1904年に、フランスオデオン・レコードが両面盤レコードライプツィヒ見本市に出展する。

1911年に、カール・リンドストレーム社(レコードレーベル「パーロフォン」を所有する)に買収される。
1926年には、パーロフォンと共に英コロムビア(後の英EMI)に買収される。
1958年ブラジルのオデオン(後のブラジルEMI)でジョアン・ジルベルトが「想いあふれて」が録音。これがボサ・ノヴァの第一号と言われている。

日本におけるオデオン・レーベル[編集]

東芝音楽工業のディレクターで、日本でのビートルズ人気を仕掛けた高嶋弘之は、「日本のオデオン(レーベル)はあっち(海外)とは無関係に独自で発展したもの」だと、後年になって証言している。
高嶋が洋楽担当としてビートルズを売り出すにあたり、当時の「エンジェルレコード」など東芝の既存の洋楽レーベルではグループのイメージに合わないと考え、世界中のEMIが擁したレーベルから目新しいものを探したところ、この時点でマイナーで色も付いておらず、かつ響きが良かった「オデオン」というレーベルを見つけたという。
そこでレーベルのロゴも日本で独自にデザインしたうえで、「オデオン」レーベルをビートルズの作品に使用し始めた。
高嶋曰く、日本での「オデオンレコード」は、レーベルを当地で独自に「作った」「適当につけた」ものであり、それゆえ、海外での「オデオン」レーベルと、日本のそれとでは「ロゴの形も、扱う音楽も、全然違う」のだという。[1]
(2010年12月9日付東京スポーツ・「高嶋弘之 ビートルズとカレッジポップス」第3回より)

脚注[編集]

  1. ^ 但し、日本のオデオン・レコードの第1回発売は1963年1月、英EMIコロムビア原盤のアルマ・コーガン「グッドバイ・ジョー」であり、この時期英EMIコロムビアの日本発売権が日本コロムビアから東芝に移行したのと符合する。[1][2]また、この頃ビートルズは「プリーズ・プリーズ・ミー」がイギリスで発売されたばかりである。