バック・イン・ザ・U.S.S.R.

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バック・イン・ザ・U.S.S.R.
ビートルズ楽曲
収録アルバム ザ・ビートルズ
リリース 1968年11月22日
録音 1968年8月22日-8月23日
ジャンル ロック
時間 2分43秒
レーベル アップル・レコード
パーロフォン
EMI
作詞者 レノン=マッカートニー
作曲者 レノン=マッカートニー
プロデュース ジョージ・マーティン
ビートルズシングル盤 U.K. 年表
イエスタデイ
b/w
恋する二人
(1976年)
バック・イン・ザ・U.S.S.R.
b/w
ツイスト・アンド・シャウト
(1976年)
サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ
b/w
ア・デイ・イン・ザ・ライフ
(1976年)
ザ・ビートルズ』 収録曲
A面
  1. バック・イン・ザ・U.S.S.R.
  2. ディア・プルーデンス
  3. グラス・オニオン
  4. オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ
  5. ワイルド・ハニー・パイ
  6. ザ・コンティニューイング・ストーリー・オブ・バンガロー・ビル
  7. ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス
  8. ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン
B面
  1. マーサ・マイ・ディア
  2. アイム・ソー・タイアード
  3. ブラックバード
  4. ピッギーズ
  5. ロッキー・ラクーン
  6. ドント・パス・ミー・バイ
  7. ホワイ・ドント・ウイ・ドゥ・イット・イン・ザ・ロード
  8. アイ・ウィル
  9. ジュリア
C面
  1. バースデイ
  2. ヤー・ブルース
  3. マザー・ネイチャーズ・サン
  4. エヴリボディーズ・ゴット・サムシング・トゥ・ハイド・エクセプト・ミー・アンド・マイ・モンキー
  5. セクシー・セディー
  6. ヘルター・スケルター
  7. ロング・ロング・ロング
D面
  1. レヴォリューション1
  2. ハニー・パイ
  3. サヴォイ・トラッフル
  4. クライ・ベイビー・クライ
  5. レヴォリューション9
  6. グッド・ナイト

バック・イン・ザ・U.S.S.R. (Back In The U.S.S.R.) は、1968年に発表されたビートルズのアルバム『ザ・ビートルズ』(通称、『ホワイト・アルバム』)の収録曲である。同アルバムのオープニング曲。

目次

[編集] 解説

レノン=マッカートニーの作品。実質的にはポール・マッカートニー作とされる。本曲はポール・マッカートニー自身の「航空機での移動中の体験を元に作られた曲」ともいわれている。タイトルとテーマは、チャック・ベリーの「バック・イン・ザ・USA」のパロディーで、同作品のアメリカをソビエト連邦(USSR)に置き換えたものである。サビの歌詞とコーラスの形態はザ・ビーチ・ボーイズのパロディーとなっている。実際この曲は、1968年2~3月にインドのリシケシで行われたマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの元での修行中に作曲され、同じ目的でリシケシに滞在していたザ・ビーチ・ボーイズのマイク・ラヴが、作曲にあたって多少のアイデアを提供したことを公言している。ビーチ・ボーイズのライヴでも時折この曲が演奏されている。

この曲の録音中にリンゴ・スターが一時的に脱退したため(この曲でのリンゴの演奏に納得いかなかったポールが度々注文をつけ、リンゴがキレてスタジオを飛び出してしまった)、ドラムスはポールが演奏し、リードギターも担当した。リンゴはこの曲のポールのドラムプレイを絶賛していたという。

飛行機の着陸時のSEが冒頭から全体にわたって用いられている。

[編集] 補足

  • 1984年7月4日のビーチ・ボーイズのワシントンD.C.での野外ライヴにリンゴがゲスト出演した際、一般観客の前でこの曲のドラムスを演奏した。前述の通りレコーディングでリンゴ・スターはドラムスを叩いていないため、本作において初めての公式ドラムス演奏となった。なお、1969年のゲット・バック・セッションにて、計画されていたライヴ用のリハーサルで、この曲がリンゴのドラムスにより演奏されているため、リンゴ自身にとっては上記のライヴが初めてではない。
  • 歌詞に出てくる“Moscow girls”に続く“Georgia's always on my mind.”は、ホーギー・カーマイケルスチュワート・ゴレルの「Georgia on My Mind」のパロディーであると共に、グルジアの英語での綴りがジョージアと同じ(Georgia)であることを掛けている。このアイデアはマイク・ラヴが提示したものの1つである。
  • 当時、密輸や海賊版のレコードを通じてビートルズの楽曲やスタイルが若者の間に浸透していたソ連国内では、もっとも人気の高い作品の一つとなった[1]。発表35年後の2003年にポールが行った初のロシア公演では、モスクワ赤の広場で本作品が演奏され、コンサートのハイライトとなった。会場入りが遅れてこの曲を聞きそびれたプーチン大統領のために、アンコール時に2回目の演奏が行われた。

[編集] 収録アルバム

[編集] 脚注

  1. ^ "How the Beatles Rocked the Kremlin" (BBC / Blakeway Productions, 2009)
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