プリーズ・プリーズ・ミー (曲)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
プリーズ・プリーズ・ミー
Please Please Me
ビートルズシングル
リリース イギリスの旗1963年 (single record = monaural version)
1963年4月26日 (stereo version)
アメリカ合衆国の旗1963年2月25日
日本の旗1964年3月5日
録音 1962年11月26日
アビー・ロード・スタジオ
ジャンル ロック
時間 2分2秒 (single CD version)
2分0秒 (stereo version)
1分59秒 ("The Beatles Anthology 1" version)
レーベル パーロフォン (イギリス)
Vee-Jay (アメリカ)
作詞・作曲 マッカートニー=レノン
チャート最高順位
  • 1位 (イギリス)※メロディー・メイカー誌による
  • 3位 (アメリカ)
ビートルズシングル盤 U.K. 年表
ラヴ・ミー・ドゥ
b/w
P.S.アイ・ラヴ・ユー
(1962年)
プリーズ・プリーズ・ミー
b/w
アスク・ミー・ホワイ
(1963年)
フロム・ミー・トゥ・ユー
b/w
サンキュー・ガール
(1963年)
ビートルズシングル盤 U.S. 年表
プリーズ・プリーズ・ミー
b/w
アスク・ミー・ホワイ
(1963年)
フロム・ミー・トゥ・ユー
b/w
サンキュー・ガール
(1963年)
ビートルズシングル盤 U.S. 年表
抱きしめたい
b/w
アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア
(1963年)
プリーズ・プリーズ・ミー
b/w
フロム・ミー・トゥ・ユー
(1964年)
ツイスト・アンド・シャウト
b/w
ゼアズ・ア・プレイス
(1964年)
ビートルズシングル盤 日本 年表
抱きしめたい
b/w
ジス・ボーイ
(1964年)
プリーズ・プリーズ・ミー
b/w
アスク・ミー・ホワイ
(1964年)
シー・ラヴズ・ユー
b/w
アイル・ゲット・ユー
(1964年)
プリーズ・プリーズ・ミー 収録曲
A面
  1. アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア
  2. ミズリー
  3. アンナ
  4. チェインズ
  5. ボーイズ
  6. アスク・ミー・ホワイ
  7. プリーズ・プリーズ・ミー
B面
  1. ラヴ・ミー・ドゥ
  2. P.S.アイ・ラヴ・ユー
  3. ベイビー・イッツ・ユー
  4. ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット
  5. 蜜の味
  6. ゼアズ・ア・プレイス
  7. ツイスト・アンド・シャウト
テンプレートを表示

プリーズ・プリーズ・ミー」("Please Please Me")は、1963年1月ビートルズが発売した2枚目のオリジナル・シングル曲。

解説[編集]

クレジットはマッカートニー=レノン。実質的にはレノンの作った楽曲である。リード・ヴォーカルはジョン・レノン。また、ハーモニカ(クロマチック・ハーモニカ)をジョン、ジョンおよびジョージ・ハリスンギター、ポールはベースリンゴ・スタードラムスを演奏している。またジョージとポールはコーラスも担当している。

「プリーズ・プリーズ・ミー」というタイトルは一種の言葉遊びになっている。最初の"Please"は「どうぞ~」と副詞的に遣われていて、2番目の"please"は「~を喜ばせる」という他動詞の意味で使われている。よって日本語訳では「どうぞ僕を喜ばせて下さい」という意味になる。ジョン・レノンはpleaseを別の意味で2度用いるレトリックのアイデアを、ビング・クロスビーの楽曲"Please"から得ている("Please"の歌詞の"Please lend your little ear to my pleas"という部分で、「プリーズ」は別の意味で2回使われている。)。

この曲は1962年11月26日にレコーディングされた。同日には「アスク・ミー・ホワイ」とポール作の「ティップ・オブ・マイ・タング」(w:Tip of My Tongue、音源は現存せず[1])が録音された。録音終了時にプロデューサーのジョージ・マーティンは「この曲がビートルズの初のナンバー・ワン・ソングになるだろう」とメンバーに言っており[2]、事実、メロディー・メーカー紙ではこの曲がビートルズにとって初のナンバー・ワン・シングル[3]となった。ただし、ミュージック・ウィークで1位を獲得できなかったため、ザ・ビートルズ1には収録されていない。なおローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500では184位にランクされている。

曲調はジョンが憧れていたロイ・オービソンのスタイルに基づくもので、当初はオービソンの代表曲"Only The Lonely"を思わせるスロー・ナンバーであった。1962年9月11日のデビュー・シングルのセッションでは本作も採り上げられていたが、その際にジョージ・マーティンはこの作品をアップ・テンポで演奏するよう提案した。このときのテイクは『ザ・ビートルズ・アンソロジー1』に収録されており[4]、ドラムスはアンディ・ホワイトがを担当し、ジョンはハーモニカを吹いていない。後にポールは「テンポを上げて曲が格段に良くなりジョージ・マーティンの方が正しい曲のテンポを解っていたことを恥ずかしく思っている。」と語っている。

BBCラジオをはじめとするラジオやテレビ番組でも多数演奏がされた。また、1963年以降のツアーや1969年のゲット・バックセッションでも演奏されている。

ステレオ・ヴァージョン[編集]

「プリーズ・プリーズ・ミー」のリアル・ステレオ・ヴァージョンは1963年4月にリリースされたアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』ステレオ盤に収録された。長らくステレオ・ヴァージョンはCD化されなかったが、2005年に発売されたCDボックス『ザ・ビートルズ ザ・キャピトル・アルバムス Vol.2』中のアルバム『ジ・アーリー・ビートルズ』に収録された。

複数のテイク[編集]

ビートルズによくある「ミキシング違い」ではなくステレオモノラルでは別テイクが使用された。本作は前述の通り1962年11月26日にレコーディングが行われたが、そのセッションでは第1から第18テイクまで録音された。モノラル・ミキシングは11月30日に行われシングル盤としてリリースされたが、使用テイク番号は不明である。ステレオ・ミキシングは1963年2月25日に第16~18テイクを編集した音源から行われ、アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』ステレオ盤収録曲としてリリースされた。モノラル・ミキシング用のテイクのステレオ・ヴァージョンはリリースされていない。

両テイクの顕著な違いとして、ステレオ・ヴァージョンではジョンが歌詞を間違えている(自分でミスに気づいたためか、直後に吹き出しそうになっている)部分があることと、ジョージがギターリフをミスしているように聞こえる部分があることである。

なお前述の通り『ビートルズ・アンソロジー1』には1962年9月11日録音とされる「プリーズ・プリーズ・ミー」が収録されている。

シングル盤[編集]

発売は1963年1月11日。B面は「アスク・ミー・ホワイ」。シングルはイギリスのレコード・リテイラー、ミュージック・ウィークでは最高2位。メロディー・メイカーで2週連続1位。ニュー・ミュージカル・エクスプレスで3週第2位。イギリスでは35万枚のセールス記録。アメリカビルボード(Billborad)誌では、1964年3月14日に、週間ランキング最高位の第3位を獲得。ビルボード誌1964年年間ランキングでは第36位。『キャッシュボックス』誌でも最高3位を記録し、年間ランキング37位。尚、B面には、イギリスでは3枚目のシングルとなった「フロム・ミー・トゥ・ユー」が収録された。アメリカでは100万枚以上のセールスを記録している。

イギリス本国でのシングル盤はオリジナル盤・リイシュー盤ともに、パーロフォンの赤ラベルと黒ラベルが存在しており、オリジナル盤はいずれも希少価値の高い。特に赤ラベルのほうが入手困難であり、ビートルズ・コレクターの間では人気アイテムとなっている。

作曲クレジットは前作のLennon-McCartneyからMcCartney-Lennonに変更された。この表記はアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』を挟み次作シングル「フロム・ミー・トゥ・ユー」まで使用された。

収録アルバム[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「ティップ・オブ・マイ・タング」は1963年7月にトミー・クィックリーがシングル盤リリースするもヒットには至らなかった。
  2. ^ マーク・ルウィソーン『ビートルズ/レコーディング・セッション』内田久美子訳、シンコー・ミュージック、1990年、24頁
  3. ^ 1963年3月2日付け。ビデオソフト The compleat Beatles より。
  4. ^ ただしマーク・ルウィソーンは『ザ・ビートルズ・アンソロジー1』収録テイクに関して、テンポが速いことから11月26日の演奏であった可能性を指摘している。