エリナー・リグビー

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エリナー・リグビー / イエロー・サブマリン
ビートルズシングル
収録アルバム リボルバー
A面 イエロー・サブマリン(両A面)
リリース イギリスの旗1966年8月5日
アメリカ合衆国の旗1966年8月8日
日本の旗1966年9月5日
録音 アビー・ロード・スタジオ1966年4月28日29日6月9日
ジャンル

ポップ

ロック
時間 2分6秒
レーベル パーロフォン(イギリス)
キャピトル・レコード(アメリカ)
オデオン(日本)
作詞・作曲 ジョン・レノンポール・マッカートニー
プロデュース ジョージ・マーティン
チャート最高順位
  • 1位(イギリス:ニュー・ミュージカル・エクスプレス 4週連続)
  • 1位(イギリス:メロディ・メイカー 3週連続)
  • 11位(アメリカ:ビルボード)
ビートルズシングル盤 U.K.U.S. 年表
ペイパーバック・ライター
b/w
レイン
(1966年)
エリナー・リグビー
両A面
イエロー・サブマリン
(1966年)
ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー
両A面
ペニー・レイン
(1967年)
ビートルズシングル盤 日本 年表
ペイパーバック・ライター
b/w
レイン
(1966年)
イエロー・サブマリン
b/w
エリナー・リグビー
(1966年)
ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー
b/w
ペニー・レイン
(1967年)
リボルバー 収録曲
A面
  1. タックスマン
  2. エリナー・リグビー
  3. アイム・オンリー・スリーピング
  4. ラヴ・ユー・トゥ
  5. ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア
  6. イエロー・サブマリン
  7. シー・セッド・シー・セッド
B面
  1. グッド・デイ・サンシャイン
  2. アンド・ユア・バード・キャン・シング
  3. フォー・ノー・ワン
  4. ドクター・ロバート
  5. アイ・ウォント・トゥ・テル・ユー
  6. ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ
  7. トゥモロー・ネヴァー・ノウズ
オールディーズ 収録曲
A面
  1. シー・ラヴズ・ユー
  2. フロム・ミー・トゥ・ユー
  3. 恋を抱きしめよう
  4. ヘルプ!
  5. ミッシェル
  6. イエスタデイ
  7. アイ・フィール・ファイン
  8. イエロー・サブマリン
B面
  1. キャント・バイ・ミー・ラヴ
  2. バッド・ボーイ
  3. デイ・トリッパー
  4. ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!
  5. 涙の乗車券
  6. ペイパーバック・ライター
  7. エリナー・リグビー
  8. 抱きしめたい
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エリナー・リグビー」 ("Eleanor Rigby")は、1966年8月にビートルズが発表した13枚目のオリジナル・シングル曲である。両A面シングル曲で片面は「イエロー・サブマリン」である。

解説[編集]

スタンリー通りのベンチに座ったエリナー・リグビーの銅像

レノン=マッカートニーの作品となているがポール・マッカートニーが作曲したので、実質的にポール・マッカートニーの作品である。ジョン・レノンは本作に関して「最初の一行はポールので、残りは、基本的にぼくのだ」と語っている[1]。作詞にあたってはリンゴが一節 ("Darning his socks…nobody there") を書いている。ジョンは後に「作詞は主に僕がしたと思う」と述べている。しかし、この作品の作詞の現場に居合わせていたピート・ショットは、著作『ジョン・レノン・イン・マイ・ライフ』で「(中略)多くのレノン・マッカートニー作品の中で、唯一ジョンの貢献がゼロだといえる作品が‘エリナー・リグビー’だったと僕は記憶する」と語っている。この曲はポールがウィンポール・ストリートのアッシャー夫人の地下の音楽室でピアノに向かって書いた曲である。後にポールは「ピアノでEマイナーのコードを即席伴奏しながら書いたんだ。それに合わせてメロディをつけて、ダンスするような感じで。殆どインド風のリズムだよね」と語っている。リード・ヴォーカルはポール・マッカートニー。1966年に同年に発売されたビートルズの7枚目のアルバム『リボルバー』と同日発売シングルとして発表された。ストリングスをフィーチャーしたクラシック風の楽曲である。

リード・ヴォーカルのポールの他には、バック・ヴォーカルのジョン・レノンジョージ・ハリスンだけが参加しており、リンゴ・スターは参加していない。

エリナー・リグビーという身寄りのない老女と、誰からも相手にされないマッケンジー神父という架空の人物を悲劇的に書いた物語的な曲。エリナーの名前は映画『ヘルプ!』で共演した女優エリナー・ブロンから、姓のリグビーはポールがブリストルで見かけた会社の名前から取り、ポールが言葉遊びをしてる間に「リグビー」になった。

なお、後にリヴァプールのセント・ピーターズ教会(ジョンとポールが初めて出会った場所でもある)のウールトン共同墓地に実在のエリナー・リグビー(1895年-1939年)の墓があることがわかり、リヴァプールを訪れるビートルズ・ファンの『聖地』となった。ただし歌詞に出てくるキャラクターとは関係ない。

セント・ピーターズ教会の、ウールトン共同墓地にあるエリナー・リグビーの墓石

なお、マッケンジー神父は最初は「マッカートニー神父」だったが、「自分の父親のことだなんて勘違いされちゃ困るなぁ」とポールが判断して新たに電話帳から選び出した。

ストリングス(弦楽八重奏……弦楽四重奏の2倍の編成)の編曲はジョージ・マーティンだが、ポールはマーティンに、「ヴィヴァルディ風に書いてほしい」と求め、マーティンもこれに応えた。ちなみにポールが弦楽八重奏の提案をした。『ザ・ビートルズ・アンソロジー2』には、弦楽八重奏だけのカラオケ・ヴァージョンが収録されている。

ビートルズのクラシック風の曲の中で、イエスタデイに次いで評価が高く、様々なジャンルのアーティストからカヴァーされている。ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500では137位にランクされている。

補足[編集]

ステレオ・ヴァージョン[編集]

「エリナー・リグビー」のリアル・ステレオ・ヴァージョンは1966年8月(本曲のシングル盤と同時)にリリースされたアルバム『リボルバー』ステレオ盤に収録された。CDでは1987年4月にリリースされたアルバム『リボルバー』に収録された。この曲もほかのステレオと同じように右側にヴォーカルが乗っているが[2]、最初のコーラスが終わった後の歌いだしで「Ele...」までが左側にも入ってしまうミスがある。

シングル盤[編集]

この曲は、イギリスでは『イエロー・サブマリン』と両A面で発売され、共にチャート1位を獲得しているが、日米ではB面として発表された。ヨーロッパ風の深い内容がアメリカのファンに受け入れられなかったという事実もあるが、それでもビルボードでは11位まで上昇しヒットした。『キャッシュボックス』誌でも最高位12位を記録している。当時はB面の曲も1曲としてカウントされた為、両面がチャートインすることはよくあった。また、1968年、レイ・チャールズのヴァージョンもシングル・リリースされ、ビルボード誌最高位35位、全英では最高位36位を記録し、1969年には、アレサ・フランクリンのカヴァー・ヴァージョンもシングル・リリースされ、ビルボード誌最高位17位を記録している。

収録アルバム/シングル[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 出典:「ジョン・レノン PLAYBOY インタビュー」1981年 集英社 145頁
  2. ^ ただし、ミキシングの異なる『イエロー・サブマリン 〜ソングトラック〜』収録ヴァージョンではヴォーカルは中央に定位してある。

外部リンク[編集]