エレクトリックピアノ

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エレクトリックピアノ(電気ピアノ)とは、ピアノと同様な鍵盤と、機械的な各種の発音メカニズムを持ち、発音体の振動をピックアップで電気信号に変換し、アンプスピーカーから音を再生する鍵盤楽器である。普通のピアノと違い、アンプの駆動に電気を必要とする。一般に「エレピ」と総称されるが、その発音方式は多種多様である。

概歴[編集]

NeoBechstein Flügel.jpg
Neo-Bechstein (1929)
Vierlang-Forster electric piano (1937).jpg
Vierling-Förster piano (1937)

1929年、世界三大ピアノ・メーカの一つ ベヒシュタイン は世界恐慌で苦境に陥り、総合電機メーカ シーメンス と ノーベル賞科学者 ヴァルター・ネルンスト の助けを借りて、ポピュラー音楽向けの電気グランド・ピアノ「ネオ・ベヒシュテイン」を開発した。この楽器は別名「ジーメンス・ベヒシュテイン」とも呼ばれ、響板のアコースティックな音響増幅効果を電気的増幅に置き換えた最初の試みだった。
なお熱化学で知られるネルンストが畑違いの楽器開発に関わった経緯は不明だが、ネルンストの共同研究者として、電子楽器研究で有名だった ハインリッヒ・ヘルツ研究所発振器研究グループから Oskar Vierling の名が挙がっている。Vierling は他のピアノメーカー August Förster のための楽器開発も行っており、その成果は1937年 Vierling-Förster piano として発売された。

Rhodes Pre-Piano (1946)

第二次世界大戦後に、アメリカのハロルド・ローズが戦傷軍人が音楽演奏で生計を立てる事ができるように、廃棄された軍装品を利用して、製作したのを始めとする。これが「ローズ・ピアノ (Rhodes Piano)」の原型となった。当初は需要を開拓出来たとは言い難いが、やがてロックンロールなどの大音量で演奏される音楽が発展し、ピアノではドラムキットや管楽器、エレクトリックギターに音量では太刀打ち出来なくなり、ハモンドオルガンやエレクトリックピアノの需要が生まれてくる。ピアノとは似て非なる新しい音色を面白がって使うミュージシャンも出現し、エレクトリックピアノはハロルド・ローズの権利を買い取ったフェンダーや、オルガンメーカーのウーリッツァーを始めとする様々なメーカーにより開発され、発展していくことになった。

日本では、家屋が狭い、床構造の強度が足りない、団地住まいで階段を運び上げられないなど、庶民の家庭では子女の教育にピアノを購入しようと思っても、住宅環境の制約から不可能な為に、オルガンで代用されたりしたが、打鍵の感覚などがピアノとは全く異なる。家庭用の軽量な構造を持ったピアノということで、日本コロムビアは商標「エレピアン」を開発した。

日本のヤマハは、グランドピアノと同等の張弦構造を持つ、通称エレクトリック・グランドピアノ、CP-70、CP-80を開発した。既にソウルファンクミュージックなどで使用されていた、クラビネットにも似たアタックの独特の歪みが特徴で、アコースティック・グランドピアノよりも輝きのある音で、フュージョンポピュラー全般に使用された。

1980年代に入るとPCM音源FM音源の開発・実用化により、シンセサイザーの表現力が一挙に発展する。ヤマハが開発したFM音源方式シンセサイザーDX7に内蔵されたエレクトリックピアノ音色は、バラードなどによく使用され、独特のクリアな音色が重宝されている。大きく重い機械式エレクトリックピアノは、この波に呑み込まれて1980年代を以て新製品は殆ど開発されなくなってしまった。ローズ・ピアノもブランドをローランドへ売却。同社はデジタルピアノにローズのブランド名を付けた。サンプリング・テクノロジーや物理モデル音源の発展により、デジタルのエレクトリックピアノ音色は非常にリアルになったが、それでも機械式エレクトリックピアノを求める動きは大きい。2006年になり、ローズのブランド名で久々の機械式エレクトリックピアノ「ローズMk7」が発表になった。

混同されやすい楽器について[編集]

エレクトリックピアノは機械的な打弦メカニズムを持つ。そのため、音声信号そのものを電子回路によって生成する、電子ピアノデジタルピアノ)やシンセサイザー等とは全く別の楽器である。電子ピアノやシンセサイザーでは、生成する音色の一つにエレクトリックピアノが選択できる場合があるが、これは、エレクトリックピアノの音色を電子的に再現するものである。(これらの楽器の比較は電子ピアノの項目を参照。)

また、オンド・マルトノの開発者モーリス・マルトノ1931年に来日した際、新聞に「電波ピヤノ」という紹介記事が書かれたが、これはオンド・マルトノのことであり、本稿に書かれているいずれの機構のエレクトリック・ピアノとも異なる。

発音方式[編集]

打弦式
通常のピアノと同様な、弦をハンマーで叩くメカニズムを用いる方式。弦の振動をピエゾ素子または電磁ピックアップで電気信号に変換し、アンプで増幅して音を鳴らす。響板は多くの場合省略される。1929年ネオ・ベヒシュタインで初めて実現され、次いでVierling-Förster pianoに採用された。
代表的メーカ: ヤマハカワイBaldwinHelpinstill
金属片を叩く方式
代表的メーカ: Wurlitzer、コロムビア・エレピアン
音叉を叩く方式
代表的メーカ: Rhodes
金属片をはじく方式
代表機種: ホーナー・ピアネット
發弦式
古典鍵盤楽器チェンバロと同様な、弦をピックではじく方式。
代表機種: ホーナー・チェンバレット、ボールドウィン・エレクトリック・ハープシコード
フェンダー・ローズ
ウーリッツァーピアノ Wurlitzer 200A

代表的なエレクトリックピアノ[編集]

ローズ・ピアノ (フェンダーローズ・ピアノ)
トーンジェネレータと呼ばれる片持ち梁状の金属片をハンマーで叩き、その振動で近傍のバーという一種の音叉のような共鳴体が共振することで、鋭い打撃音と長く伸びる減衰音から鳴る独特の音色を発音する。生の音は正弦波に近い特徴有る澄んだ、なおかつアタックの強い音を発生するが、ピアノに内蔵のトーンコントロールの調整や、アンプをオーバードライブ気味に歪ませた時の低音のうなるような力強い音は独特な印象を与える。1970年代以降独特の音が認知され、エレクトリックピアノを代表する楽器となる。
ウーリッツァーピアノ
リード(振動板)を叩く構造。ローズと比べてピアノに近いアクションを持ち、スピーカーを内蔵しているが、ローズより軽量。1960年代後半から1970年代中盤にかけて広く使われた。カーペンターズスモール・フェイセススーパートランプダニー・ハサウェイなどで有名な他、クイーンの「マイ・ベスト・フレンド」でも演奏されている。
RMI エレクトラピアノ
RMIエレクトラピアノ
電子発振式の為、正確には初期の電子ピアノの範疇に入るものだが、1960年代後半から1970年代前半にかけて、ロックやジャズで幅広く用いられた楽器。CRUMARなど、様々な電子オルガンメーカーが同様の楽器を生産した。
ホーナー・エレクトラピアノ
アップライトピアノのようなボディに、ウーリッツァーに似たアクションとローズに似たリードを装備する。レッド・ツェッペリンジョン・ポール・ジョーンズが愛用した。非常に稀少なもの。大音量のロックバンドで演奏するには些か繊細に過ぎる音色であったため、ジョーンズはツアーにはローズ・ピアノを持ち出した。
ホーナー・ピアネット
調律された金属片を、鍵盤に取り付けられたゴム製の吸盤で吸い上げ、金属片が反発力で離れて振動し、発音する。多少の強弱を付けて演奏する事が可能。ビートルズゾンビーズジェネシスなど、1960年代後半から1970年代前半には広く使われた。1970年代末にはクラビネットに組み込まれた。
ホーナー・クラビネット
ホーナー・クラビネット
ホーナー・チェンバレット(金属片を鍵盤に取り付けられたゴム製のプレクトラムで弾いて発音)が少数生産に終わった後、開発された楽器。ピアノの祖先であるクラヴィコードの機構を簡略化し、マグネティックピックアップを取り付けたもの。タンジェントが弦を突き上げるクラヴィコードと異なり、鍵盤裏に取り付けられた突起が弦を金属製フレームに叩き付けて発音する。ギター的なプレイに向いており、ソウル、ファンク、ロックで幅広く使われた。
コロムビア・エレピアン
リード(振動板)を、通常のフェルトハンマーで叩く構造。元祖フェンダーローズにも似た音色を発する。
アンプ部にはイヤフォン出力があり、演奏音のリスナーを演奏者自身に限定できるという、今日のヤマハ・サイレントピアノのさきがけのような機能も備えていた。
この点を評価したものかどうかは不明であるが、当時の雑誌広告によれば、ルドルフ・ゼルキンが1964年に来日した際、エレピアンに触れて「グッド・アイデア!」と連発したという昭和之雜誌廣告・ナツカシモノ
また、アンプ部には外部音声入力も備えられており、アンプ内蔵スピーカーとして使うことができたほか、演奏音と外部音声をミキシングすることもできた。
後には「電子ピアノ」に移行した。現在同社は電子楽器製造からは撤退している。
ヤマハ CP-70M
ヤマハCP-70、CP-80
実際に張弦構造を持ち、ハンマーで打弦した振動をピエゾ(圧電式)ピックアップで検出する。CP-70、80は2つに分解することが可能で、運搬・マイキングが容易かつリアルな音の得られるグランドピアノとして開発されたが、その音色は今までにない独特なものとなり、人気を得ることとなった。ローズはヤマハDX7などに駆逐されたが、この楽器の音はシンセでは再現しにくい物だった為、1980年代後半までよく使われた。

シンセサイザーの有名なエレクトリックピアノ音色[編集]

ヤマハ DX7
ヤマハDX7
FM音源を搭載したデジタルシンセサイザー。エレクトリックピアノのプリセット音色が秀逸であることで知られ、ポップスをはじめとして幅広いジャンルで使用された。独特の透明感ときらびやかな響きを持つ音色はこの機種の大きなセールスポイントとなり、しばしば1980年代を象徴するサウンドとも評される。現在でも根強い人気があり、後発のシンセサイザーやサンプラーなどにDX7のエレクトリックピアノを再現したものが収録されている例も多い。
なおDX7には工場出荷時点の基本データだけでもエレクトリックピアノのプリセットが多数収録されているが、一般的に「DX7のエレピ」と呼ばれるのはプリセット11番の音色を指すことが多い。
コルグ M1
コルグM1
PCM音源を搭載したシンセサイザー。アタックに重みがある独特の音色で、はっきりとした力強い音像が特徴である。TRINITYやX5Dなどの後発のシンセサイザーにも波形が移植されており、ほぼ同等のサウンドで演奏することが可能。
ローランド JD-800
PCM音源を搭載したシンセサイザー。強いアタックと金属を叩いたような硬質感を持った特徴的な音がする。同社のRDシリーズに代表されるステージピアノに比べ、激しい曲調の中でも埋もれにくい明朗なサウンドを生かしてハウス・ミュージックなどの電子音楽で多用される傾向にある。
特にプリセット53番の音色が広く知られており、小室哲哉1990年代中頃、楽曲に好んで使用していたことでも有名となった。例としてTRFの「Boy Meets Girl」のイントロでJD-800のエレクトリックピアノの音を聞くことができる。後のローランドのシンセサイザーFantomシリーズだけでなく、ヤマハEOS B2000など他社のシンセサイザーにもサンプリングされたものが収録されている。