河合楽器製作所
| 種類 | 株式会社 | ||
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| 市場情報 |
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| 略称 | KAWAI | ||
| 本社所在地 | 〒430-8665 静岡県浜松市中区寺島町200番地 |
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| 設立 | 1951年5月15日 | ||
| 業種 | その他製品 | ||
| 事業内容 | 別記のとおり | ||
| 代表者 | 河合弘隆(代表取締役社長) | ||
| 資本金 | 66億09百万円 (2010年3月31日現在) |
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| 売上高 | 単体: 472億41百万円 連結: 560億57百万円 (2010年3月期) |
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| 純資産 | 単体: 100億30百万円 連結: 125億55百万円 (2010年3月31日現在) |
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| 総資産 | 単体: 331億87百万円 連結: 379億11百万円 (2010年3月31日現在) |
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| 従業員数 | 単体: 1,648人 連結: 2,851人 (2010年3月31日現在) |
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| 決算期 | 3月末日 | ||
| 主要株主 | (株)河合社団: 5.58% | ||
| 関係する人物 | 河合小市 | ||
| 外部リンク | www.kawai.co.jp | ||
株式会社 河合楽器製作所(かわいがっきせいさくしょ)は、静岡県浜松市中区に本社を置く楽器メーカーである。商標名は英字大文字でKAWAI。ピアノ販売では2010年現在世界第2位のシェアを占める[1]
目次 |
[編集] 沿革
日本楽器製造(現・ヤマハ株式会社)に勤務していた河合小市が独立し、1927年に河合楽器研究所として設立された。1935年に合名会社、1951年に株式会社へと改組する。1952年に河合小市が逝去すると、1955年、娘婿の河合滋が社長に就任。1956年にカワイ音楽教室を創設、音楽教育事業によるユーザ層の拡大に乗り出すと共に、1989年に河合弘隆が社長に就任し、滋は会長に専任となった。
河合滋が社長を務めていた頃は、業界に先駆けてピアノの割賦販売を打ち出すなど、同業のヤマハと切磋琢磨し、日本の音楽普及に貢献した。バブル時代にはゴルフ場事業等にも進出し、非ピアノ事業の育成を企図した多角化を行ったが、最近はピアノ事業に回帰する姿勢を鮮明にしている。
[編集] 概要
ピアノを中心とした楽器製造・販売のほか、近年はカワイ精密金属など(長野県)でピアノの部品素材のノウハウを生かした半導体素材の生産も行っている。かつてはDTM関連製品やムーンサルト、F-I、Rockoonシリーズ等のエレキギター/エレキベース、K5000シリーズなどのシンセサイザーを製造・販売していたが、現在では楽譜作成ソフトウェア「スコアメーカー」や入力用の小型キーボード「HYPERCAT」を除き撤退している。出版部門は「カワイ出版」のブランドで、多くの楽譜、音楽書を出版している。音楽書以外にも絵本等の出版も行っている。
また、ピアノの製造過程で出る端材を活用して、木製の玩具なども発売している。
ヤマハが特約店方式で各地の楽器店と契約しているのに対し、全国に直営店を展開している。
グランドピアノは1990年代まではドイツ製ピアノの影響が強い製品を製造していたが、現在ではスタインウェイの特徴を取り入れ近代化されたRXシリーズを中心に、手作り工程と入念な出荷調整を取り入れた高級機SKシリーズ、コンサート用のSK-EXシリーズを出荷している。アップライトはKシリーズを出荷している。いずれも炭素繊維強化プラスチックを採用してレスポンスを改善したアクションを特徴としている。また騒音対策としてエニタイム仕様やピアノマスク仕様のピアノも出荷している。
他にもYOSHIKIが愛用していることでも知られている、外装部が透明アクリル樹脂のクリスタル・ピアノ、CR-40Aを1971年から受注販売している。
連合赤軍あさま山荘事件の発生当時、連合赤軍に占拠されたあさま山荘の所有者であった。
[編集] 教育事業
音楽教室の他に、主に幼稚園・保育園を対象に体操教室・英語教室・絵画造形教室などを開講している。
[編集] その他
名古屋市の栄ビル屋上と東京・銀座(京橋寄り)にネオンサインを設置している。
[編集] 関連項目
- テスコ (楽器メーカー)
- 河合楽器硬式野球部
- ドリマトーン
- 鈴木楽器製作所 - 学校向けの鍵盤ハーモニカは同社からOEM供給を受けていた(現在は販売終了)。また同社オーナーの鈴木萬司は、戦前は河合楽器にてリードの加工技術を研鑽していた。
- ボストンピアノ
[編集] 脚注
- ^ 読売テレビ 「秘密のケンミンSHOW」2011年2月3日放送分より。