ベッド・イン

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(奥左)ジョン・レノン、(奥右)オノ・ヨーコ、(中央)ティモシー・リアリー。ベッド・インで「平和を我等に」のレコーディング中(1969年)

ベッド・インBed In)は、1969年3月6月に行われたジョン・レノンオノ・ヨーコによる「平和活動パフォーマンス」。

概要[編集]

ベトナム戦争の最中の1969年3月20日に結婚した二人は、ハネムーンマスコミに大々的に取り上げられるならばこの機会を「平和を宣伝するために利用しよう」と考えたとされる。

「ベッド・イン」と題されたパフォーマンスを行うと発表されたとき、多くの人々が「ジョンとヨーコが公開でセックスをする」と予想した。しかし、実際にはホテルの一室に記者を招き入れ、平和について語り合うという内容のものだった。このパフォーマンスは2回に渡って数日間行われた。

当時のジョンは平和活動を語ったパフォーマンス前衛的作品に深く傾倒しており、「ラヴ&ピース」の代表的イベントとして催された。もっと過激な内容を予想していた者は肩透かしを喰らう恰好となっただけでなく、宣伝的要素も多分に含まれたものであった。しかし、ジョンとヨーコはアルバム・ジャケットで裸体を曝け出したり、雑誌の表紙グラビアでセックスする姿を載せたりするなど、こうした周囲の予想も決して行き過ぎたものではないと言える。

アムステルダム[編集]

1969年3月26日31日アムステルダム・ヒルトン・ホテル702号室

1回目は1969年3月26日~31日、オランダアムステルダム・ヒルトン・ホテル702号室にて午前9時〜午後9時まで毎日世界中からの報道陣を招き入れ、インタビューに答えた。その7日後、オーストリアウィーンでは、バギズム(Bagism)と呼ばれる記者会見を行っている。また4月には世界各国に平和の象徴としてドングリを郵送した。この一連の行動は「ジョンとヨーコのバラード」の曲として録音された。

モントリオール[編集]

1969年5月26日6月1日クイーン・エリザベス・ホテル1738・1742号室

1969年5月26日〜6月1日の2回目はカナダモントリオールのクイーン・エリザベス・ホテル1738号室と1742号室にて開催(当初2回目はニューヨークを予定していたが、レノンのイギリスにおける大麻所持による逮捕事件によりアメリカへの入国許可が下りなかった)。6月1日には、様々な有名人が部屋に招かれ、レノン初のソロ・シングル「平和を我等に」(プラスティック・オノ・バンド名義)のレコーディングが行われた。

この年の12月には「 War Is Over! (If You Want it) 」(戦争は終わる!もしあなた(たち)がそれを望めば)のメッセージを新聞各紙や街頭の看板に広告するキャンペーンを行っている。

関連項目[編集]