ペプシコーラ

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ペプシコーラ
Pepsi logo 2008.svg
種類 コーラ
製造元 ペプシコ
発祥国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
販売開始 1893年
関連商品 コカ・コーラ
7 Up
他多数

ペプシコーラ英語:Pepsi-Cola)は、アメリカ合衆国ニューヨーク州に本社を置くペプシコ社の所有により、全世界で展開されているソフトドリンクブランドである。現在は同社の菓子ブランドであるフリトレーと合併しているが、以前は社名でもあった。

概要[編集]

アメリカの大手飲料メーカーであるペプシコ・インコーポレイテッド(PepsiCo, Inc,NYSE:PEP)が製造・販売を担当している。コーラの販売を主としていて、日本でもペプシコーラやダイエットペプシの名で、様々な種類のコーラを販売している。

コカ・コーラRCなどの、ライバル企業もある中、ペプシコーラは独自の味を売りとして、大きな売り上げを果たしている。

歴史[編集]

ペプシコーラは、1894年アメリカ合衆国ノースカロライナ州の薬剤師ケイレブ・ブラッドハムが消化不良の治療薬として売り出した飲料に起源を発する。当初の処方では消化酵素のペプシンが含有されていたので、1898年にペプシンに因んでペプシコーラと名前を変更した。

第一次世界大戦頃には全米25州にフランチャイズのボトリング工場を擁するまでに事業拡大したが、大戦中の砂糖相場の乱高下の打撃を受けて1922年に破綻した。ブラッドハムはコカ・コーラ社に会社売却を依頼したが、コカ・コーラを買収したばかりだったアーネスト・ウッドラフは、1ドルの価値もないと判断して拒否。結局、投資家のロイ・メガーゲルがペプシを買収するものの、経営は振るわず1933年に再度会社売却することになる。

この時、ドラッグストアソーダ・ファウンテンの経営者でコカ・コーラと利益の分配で対立していたチャールズ・ガズがペプシ社を買収、原液の配合をコカ・コーラに類似したものに変え、コーラの瓶より内容量の多いビール瓶に瓶詰めしてコカ・コーラと同じ値段で売る低価格戦略で攻勢に打って出た。これが当たり、ようやくペプシは経営が安定する。

第二次世界大戦下では軍需品として特別扱いされたコカ・コーラに引き離されてしまう[1]ものの、コカ・コーラから移籍してきたアル・スティールによって、自動販売機での販売を開始すると再び成長軌道に乗った。

1959年には、かつて顧問弁護士であったリチャード・ニクソン副大統領の紹介でソビエト連邦ニキータ・フルシチョフ書記長にペプシコーラを試飲させることに成功。1970年代にニクソンが大統領に就任、ペプシコーラはソビエト連邦政府と20年間の独占契約をした。これによりソ連と契約した最初のアメリカ製品となる。この後、ソビエト連邦ではペプシコーラは一般的に入手することが可能となり、他の共産圏諸国(東ドイツルーマニアなど)でも販売された。

フリトレーピザハットケンタッキーフライドチキンタコベルなどを傘下におさめ、清涼飲料水以外の分野にも進出しているが、現在はレストラン事業はペプシコ・インクよりスピンオフし、トライコングローバルレストラン(現ヤム・ブランズ)となっている。

なお、ペプシコ社の社長であったロジャー・エンリコが、当時どのようにコカコーラ社と競争していったかを執筆している。

  • ロジャー・エンリコ、ジェシー・コーンブルース『コーラ戦争に勝った! ―ペプシ社長が明かすマーケティングのすべて―』(原題:THE OTHER GUY BLINKED: HOW PEPSI WON THE COLA WARS

日本における歴史[編集]

日本には1947年GHQ専用に輸入されたが、一般販売は行われなかった。しかし、後に大統領となるニクソンが弁護士として市場開放のロビー活動をしていたのは有名な話である。

日本における一般販売は本土よりも早く、1954年に当時アメリカ統治下の沖縄で比嘉悦雄の設立した「与那城飲料会社」により製造・販売が開始される。コカ・コーラの6.5オンス(約192ml)の容量に対して8オンス(約236ml)、瓶の回収を不要としたことで、当初はコカ・コーラを圧倒していた。コカ・コーラとのシェア逆転後も本土のような大差はつかなかった。

本土では、1956年に大映の永田雅一大日本製糖藤山勝彦朝日麦酒山本為三郎などの個人出資に加え、大日本製糖が大株主となることで第一号フランチャイズの「日本飲料」を設立。横浜港近くにあったペプシコの所有する駐留軍用瓶詰め工場を引き継ぎ営業を開始した。その後、全国各地にボトリング会社を設立するが、コカ・コーラが早くから三菱・三井などの大手財閥系企業を中心に大企業を次々とボトラーに抱えいれたのに対し、ペプシ側は日綿実業(後のニチメン双日)・宇部興産などの大手非財閥系企業を抱えいれて対抗するものの、日本全土にボトラーを設立することに大きな遅れを取ってしまう。それに加え、1964年発売のペプシコーラファミリーサイズが後発のコカ・コーラホームサイズよりも同価格で量が少なかったことで売上の低迷を招き、急遽同容量のボトルを発売するなどの対応で多大な出費を強いられた。この出来事を境に、コカ・コーラとの差が大きく開いていくこととなった。

1970年には大日本製糖が首都圏のフランチャイズであった日本飲料、関西のフランチャイズであった日糖飲料の株式を伊藤忠商事に売却し撤退。その伊藤忠商事も1976年に大赤字を抱えたまま撤退することを余儀なくされた。首都圏ではペプシコ直営の「関東ペプシコーラ販売」を設立、関西ではセブンアップ飲料(関西)が新たにフランチャイズとなることで空白地帯が生じることは阻止できたが、全国的にペプシコーラボトラーの経営は厳しさを増して行った。北東北をエリアとしていた北日本飲料は多額の負債を抱え1982年に事業停止、他のボトラーもペプシ製品以外を取り扱わねば経営が行き詰る状況に置かれてしまう。

そのような状況下、宇部興産飲料が管轄していた中国及び四国地区、地元資本のバックアップと750ml瓶が大ヒットした北海道地区、中日ドラゴンズめんこなど独自のノベルティを展開した中部地区、早くからコカ・コーラよりも大容量のボトルを採用していた沖縄地区は善戦していた。1989年になるとアメリカ本社の戦略転換により日本は「最重要市場」と認定され、他国で大きな実績をあげていたアンソニー・K・イルズリーが送り込まれ日本支社長に就任。「自販機・シェア倍増計画」のもと、積極的な販売攻勢に転換。M.C.ハマー出演の比較広告投入などの話題もあり、ペプシは勢いを取り戻していった。今まで新製品の開発に消極的であったペプシコの方針転換により、数々の新製品が世に送り出された。

しかし、ペプシコ本社の海外戦略失敗による事業見直しの流れの中の1997年に、日本に於ける事業(マーケティング及び製造販売総代理権)はサントリーに譲渡され、1998年以降、飲料部門はサントリーフーズが事業を行なっている。これにより、それまで製造販売を請け負っていた地域ボトラーは、サントリーフーズが大株主の販社へと業態転換した。一方で、国内ペプシボトラーの最大手だったビバックス(旧宇部興産飲料・キリンビバレッジに株式譲渡)の離反なども発生。例外的に、2007年から「クラシックデザイン」のみダイドードリンコが販売。ただし、「クラシックデザイン」もサントリーが開発を担当し、ダイドードリンコに供給(OEM製造)していたものである。

2010年3月の「ペプシネックス」のリニューアルに伴い、従来は大文字だったロゴマークを小文字に変え(PEPSI→pepsi)、グローブマークも変更された。しばらくは新規発売品(ストロングショット、バオパブ、モンブラン)にしか用いなかったが、2011年3月に「ペプシコーラ」・「ダイエットペプシ」・「ペプシツイスト」もパッケージリニューアルに伴い、新ロゴマーク・新グローブデザインに統一された。

かつてはペプシ自社のルート以外にも、過去にボトリングを請け負っていた関係でチェリオコーポレーション(旧セブンアップ飲料(関西))及びチェリオ中部(旧中部ペプシコーラボトリング)、カゴメ(静岡、山梨地区でペプシ製品を製造販売していた)他、提携という形でカルピスユニマットライフ(現ジャパンビバレッジ)等の自販機ルートを通じてもペプシコーラ缶製品が販売されていた。

マーケティング[編集]

ペプシ配送トラック

アメリカにおいて、1970年代にペプシコーラのマーケティングを担当し後に社長となったのがジョン・スカリーである。ジョン・スカリーはスティーブ・ジョブズに口説かれて1983年アップルコンピュータに入社することになる。

ペプシコーラの宣伝でよく使われているのが、コカ・コーラと比較した比較広告である。その先駆けとなったのは、1975年に始めたペプシチャレンジというものであり、道行く人々にペプシコーラとコカ・コーラを、それぞれ区別出来ないようサーブして、どちらがうまいかを判定させるというものであった。このペプシチャレンジでは多くの人々がペプシに軍配を上げ、それがCMとして全米に流され、ペプシの業績向上につながった[2]。このペプシチャレンジのキャンペーンは日本でも実施されたが、放送倫理などの問題があってかこちらのコーラを選びましたと、ペプシを選んだデータだけを強調するものになっている。

この比較広告の方法は、アメリカでは大統領選挙などでも見られるポピュラーなものだが、日本人にはなじみが薄く受け入れられなかった。ことにM.C.ハマーが出演した比較広告は、日本でも放送されたもののクレームがつき、後にコカ・コーラの商品名にモザイクを入れて放送したというエピソードもある[3]。それ以降も、モザイクなどで隠されてはいたが、「UFOがコカ・コーラとペプシコーラを1缶ずつ吸い上げた後、ペプシコーラだけを自動販売機ごと持ち去る」「自動販売機のボタンに手が届かない少年がコカ・コーラのビンを踏み台にしてペプシコーラを購入する」「コカ・コーラっぽいロゴ(モザイクなし版でコカ・コーラのロゴによく似せた別物であることが分かる)のトラックの運転手がペプシコーラを激しく求める」「ダイエットペプシのカロリーはコカ・コーラライトの11分の1であることを名指しで指摘(1kcalと11kcalの差であったが)」などの挑戦的なCMを放送した。またイチローデビッド・ベッカムなども日本版限定でCMに出演していた。

日本における販売活動では、現在に続く「おまけ」「ノベルティ」など付加価値を重視したマーケティングを行ってきた。王冠裏に「~円」という文字があると、その分の現金が貰えるというのもペプシが先駆けである。テレビCMにおいては、王貞治ルパン三世がイメージキャラクターを務めたことがあった。特に前者においては、ホームラン世界記録が掛かった1977年に大規模なキャンペーンを繰り広げ、「1.5倍で50円」を売り文句にした300mlの瓶入り「ペプシ300」の発売と共に、特にその割安感から若年層の間での人気はコカ・コーラを凌駕していた。時期尚早のため成功はしなかったものの、他社に先駆けて日本市場にダイエットペプシを導入したのもこの頃である。しかし、その勢いも1980年代に入ると急激に衰えていく。市場シェアが年々下落していき、ペプシのCM自体があまり見られなくなっていった。1981年に発売したマウンテンデューは大ヒットしたものの、従来の看板商品であるペプシコーラやミリンダの低迷に歯止めがかからず、コカ・コーラとの差は広がる一方だった。

80年代の低迷期を経て、イリズリー新社長の体制が整った1989年から日本市場への本格的テコ入れが始まった。積極的にテレビCMを出稿し自動販売機の数を増やしていった。当時の自販機増設ペースは、「月間増設台数」がそれまでの「年間増設台数」に匹敵すると、北関東飲料社長がコメントしている。CMはアメリカから輸入し、その他製品のCMは日本にて製作していた(例:セブンアップやバーディコーヒー、マウンテンデュー、フルーピーなど)。ただし、チェリオ関西との契約解除後に正式な契約を締結したボトラーのない関西地方ではCM放映地域からは外され、全国ネットで提供をしている番組については関西のみ差し替えを行っていた。その後、日本ペプシコーラ大阪支社を事実上のボトラーとして機能させることで、関西地方での販売を拡大していった。

1998年から、コカコーラの赤に対抗して青をシンボルカラーにすることが前面に打ち出される。当時、コカコーラに対する挑戦者(青コーナー)であることを宣言する広告が展開された。

ペプシマンなど、飲料への首掛け景品ボトルキャップブームを創り出し、オープン懸賞も『2001年宇宙の旅』プレゼント(主催企業の解散により中止、希望者には1000万円の補償金が支払われた)やペプシマンの愛車、シボレー・コルベットのプレゼントなど、話題性の高い懸賞を次々と実施している商品である。

レモン果汁入りコーラとして、日本では2003年にペプシツイストが発売。現在では世界中で販売されている。それまでにも喫茶店やレストランでコーラを注文すると、スライスレモンがついてくることはあったが、その果汁を絞って缶入りにすればいいという発想から生まれた。

2006年春、日本人の味覚にあわせた「カロリーゼロ」「レモン風味」の味わいで、日本発コーラであるペプシネックス(現・ペプシネックスゼロ)を発売。サントリー食品インターナショナル(サントリーフーズ)が全面的に開発に携わっており、現在の日本のペプシコーラのメインストリーム(主力)商品になっている。2014年3月のリニューアル時に風味が若干見直され、甘味料の一部にステビアが加えられた。

また、2012年11月には難消化性デキストリンにより脂肪の吸収を抑える特定保健用食品ペプシスペシャルを発売。2013年8月のリニューアル時にゼロカロリー化した。

関連イベント[編集]

日本のペプシボトラーズ(販売会社)[編集]

過去
  • 日本飲料(国内第一号のフランチャイズボトラーとして、財界実力者の共同出資で1956年に設立。東京神奈川千葉を担当していた。巨額の赤字を抱え1976年に解散。なお、同社の千葉工場は飲料受託製造業のジャパンフーズとなった。
  • 伊藤忠飲料(国内第二号のフランチャイズボトラーとして、大日本製糖が大株主の「日糖飲料」として1961年に設立。大阪兵庫京都などの関西エリアを担当していた。1970年に伊藤忠商事が新たに大株主となり、商号を「伊藤忠飲料」に変更するも累積赤字を重ね1976年に解散。
  • 北日本飲料(1970年に設立。青森秋田宮城を担当していた。当初は月売上でコカ・コーラに肉薄したが、1982年に巨額の負債を残し経営破綻。営業所はペプシコに買収され、同社の直轄エリアとなった)
  • 東日本ペプシコーラボトリング(前身の東邦飲料、東日本飲料時代から宮城福島山形を担当していた。販売方針に対するペプシコとの協議の決裂の結果、1992年に契約解消)
  • 関東ペプシコーラ販売(日本飲料解散後に一部従業員と営業所を継承しペプシコによって設立された。1979年に日本ペプシコーラと合併し同社の直営ボトラー部門となった)
  • カゴメ(1971年に資本参加していた東海飲料を前身とし、1975年からカゴメ本社直轄のペプシ事業部として営業を開始。静岡県および山梨県でペプシ製品の販売を行なっていた。同社の静岡工場は東海飲料時代からの工場である。1992年に契約解消)
  • チェリオ中部(前身は1962年に設立された中部飲料で、1973年から中部ペプシコーラボトリングとなる。1981年にチェリオグループに入り、末期にはペプシ製品の売上比率が2割にまで落ち込んだ。1990年にフランチャイズ契約を解消したものの、現在も業務用のペプシコーラレギュラーサイズ瓶の販売は継続している)
  • 京和飲料(1968年に京都及び滋賀を販売エリアとし設立。途中で丸紅の資本が入るも、累積赤字を重ね営業からわずか6年で会社解散となった。工場はサントリーに買収され、サントリー食品工業宇治川工場となった。サントリーが国内のマスターフランチャイズ権を取得した1997年以降は、ペプシコーラレギュラーサイズ瓶の生産も行なっている。)
  • チェリオコーポレーション(旧・セブンアップ飲料(関西)。元々存在した関西エリアのフランチャイズである伊藤忠飲料が会社清算した結果、ペプシコの依頼によりフランチャイズとなる。1988年末にフランチャイズ契約を解消するも、ペプシコーラのみはそのまま販売され続けた。現在も業務用のペプシコーラレギュラーサイズ瓶のみ販売している)
  • ビバックス(中国及び四国地方を担当。1963年に設立された西部飲料と、1964年に設立された四国清涼飲料が1973年に合併してできた宇部興産飲料が前身。1997年にペプシコとの契約を解除し、現在はキリンビバレッジの地方ボトラーとなっている)
  • 与那城ベバリッジカンパニー(琉球政府統治下の1954年に与那城飲料水会社として設立。本土復帰後の1979年にフランチャイズ契約を解消し解散)
  • 琉球ペプシコーラボトリング(解散した与那城ベバリッジカンパニーの工場及び従業員を引き受けたうえで、ペプシコが設立した直営ボトラー。1994年に製造・販売・技術の三社に分社化し消滅)

ペプシマン[編集]

ペプシマンは、コンピュータグラフィックスを使った日本独自のキャラクターである。1996年に登場した。キャラクターの企画を大貫卓也が担当し、Travis Charestがデザインしている。金属的な体を持つヒーローとして登場したが、実は痛がりというコミカルなキャラクターで人気を集め、シリーズCMが作成された。公式設定ではNASAが研究していた謎の金属が意思を持って活動をはじめ、 近くにあった研究者と合体。彼が飲んでいたペプシコーラの影響を受けてペプシマンが誕生したというものであった。風貌がアメコミ的な雰囲気の強いキャラクターなので、日本生まれであることはあまり知られておらず、アメリカなどではほとんど知名度が無いことを不思議に思う人々も多い。

当初は胸から下にかけて太い赤のライン、その上にペプシのマークが入ったデザインであったが、パッケージデザインがリニューアルされた1998年からは、左肩から右腹部、及びその下まで青いカラーリングへと変化した。

2003年にペプシツイストが発売されると、頭にレモン色のニット帽を首までかぶった形で「ペプシツイストマン」として再登場。さらに女性版といえる「ダイエットペプシツイストウーマン」も登場した。

2005年にはトランスフォーマーとのタイアップにより、「キャンペーン司令官ペプシコンボイ」が登場しているが、「NASAで誕生した、意思を持った金属にコンボイの姿を与えたもの」という設定からペプシマンのモーフィングの形態の1つと思われる。

弱者を助ける正義のヒーローとして登場し、困った人を助ける為に主にペプシコーラを届けるなどの活躍を見せるが、ドジでマヌケな面があり、親しみやすいキャラクターとしてCMで表現され、CM放送の際には視聴者に高評価を受けたキャラクターであり、現在でもファンが多い。

CMの最後に表示される缶は、そのときのペプシマンの状況を表している。

Web上にて鴻上尚史監修の一般投稿者によるリレー小説が行われ、出版されたことがある。

CDシングル[編集]

  • JAMES&GANG/PEPSI MAN (ZAIN RECORDS、1996年7月22日、1998年7月13日発売)
    リニューアル前後で発売された。収録曲はリニューアル前はオリジナル+2種類のMIXの3曲、リニューアル後はオリジナル+FLYING TO THE STARS~2001年宇宙の旅へ~の2曲とそれぞれ異なる収録となっている。

ゲーム[編集]

  • ファイティングバイパーズセガ、1996年8月30日、セガサターン
    3D対戦型格闘ゲーム。日本のセガサターン移植版限定のコラボレーション企画で、ペプシマンが隠しキャラクターとして参戦している。
  • ペプシマン(KID、1999年3月4日、プレイステーション
    ペプシマンを主人公に据えた3Dアクションゲーム。『クラッシュ・バンディクー』のような画面構成で、ゲーム内容は『メトロクロス』に近い。制限時間内に障害物が設置されている道を走って進み、困っている人々にペプシコーラを与えるというコミカルな内容である。特殊なアクションとしては、ジャンプ、ダッシュ、ブレーキ、スライディングがある。体力+残機制であり、一撃ミスのトラップもある。体力は路上に落ちているペプシコーラを10本集めることで回復する。また、そのペプシコーラを集めたりすることで1UPする。全4ステージで、各ステージは3つのシーンに分けられる。1、2シーンは目的地に向かって走る通常コース。3シーン目は追って来るボスキャラクターから逃げ切る事が目的となる。
    ペプシコーラの宣伝を兼ねており、世界観やストーリーは極めて荒唐無稽。「人類にはペプシコーラが必要だ」と言うキャッチフレーズに象徴されるように「ペプシコーラが売り切れで人々が暴動を起こす」「ペプシコーラが手に入らず、リフレッシュが出来ない為に倒れる人が出る」等、本作のコミカルさをより一層強調している。障害物やトラップに当たった時のリアクションも豊富で、ただクリアするだけではなく、そう言った演出を楽しむ事も出来る。また、本作におけるペプシマンは「困っている人を助ける」というより「困っている人を元気づける」という役割であり、そういう意味では一般のアメコミヒーローとは違う役割を持っているキャラクターとも言える。

小説[編集]

CMキャラクター[編集]

ペプシネックスのCMキャラクター[編集]

おいしいところが、いい。[編集]

2007年から2009年まで続いたシリーズ。男性2人・女性1人の構成で、1年ごとに入れ替わっていた。

2007年
2008年
2009年

LOVE! PEPSI NEX[編集]

2010年3月2日から始まったこのシリーズでは、アーティスト達がそれぞれ思い入れのある洋楽ナンバーをカバーしている。ただし、宇多田ヒカルのみ、12月には「LOVE! XMAS」として宇多田の新曲が採用された。

3月
6月
10月
12月
  • 宇多田ヒカル - 「Can't Wait 'Til Christmas」
    これまでカヴァー曲で一貫してきたシリーズだが、クリスマスシーズンに合わせて宇多田の新曲を採用。
    この曲もアルバム『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.2』に収録。

宇多田ヒカルのみ、「やっぱり、これが好き。」ではなく「LOVE! PEPSI NEX」と、セリフが異なっている。

B'z出演のCMシリーズ[編集]

2011年3月1日からは、B'zをメインキャラクターに据えたシリーズを放送。季節ごとにタイトルやシチュエーションが変わる内容で、映像には若手の女性ファッションモデルがアップで登場していた。

GO NEXT![編集]

2011年3月1日から放送された第1弾で、B'zにとっては初めてのCM出演。タイアップ曲の『さよなら傷だらけの日々よ』は、このCMのために書き下ろされた。

更に、アニメTIGER & BUNNY』では、登場キャラ(ブルーローズ)のスポンサーという設定。作中でも「ペプシネックス」を使用、CMも放送されている(ペプシ公式サイトでも公開されている)。

X'mas Lover[編集]

2011年12月に放送。雪が降る街での恋人の姿を描きながら、B'zが『いつかのメリークリスマス』を歌っている。

Tshirt Live[編集]

ペプシネックスのリニューアルに合わせて作られたCMで、2012年2月28日から期間限定で放送。B'zは、ペプシネックスの新しいキャッチフレーズである「GO FOR IT! PEPSI NEX」を基に、CMソングとして『GO FOR IT, BABY -キオクの山脈-』を書き下ろした。ペプシネックスのボトルのキャップを開けると、Tシャツの中でB'zがライブを展開したうえで、最後に現実の世界でライブを続けるというユニークな映像が特徴。

GO SUMMER![編集]

2012年7月から夏季限定で放送。多くの人々が夏場にペプシネックスを飲む光景を、数珠つなぎやウェーブ風に表現しながら、B'zのビーチライブにつなげた構成が特徴。B'zは、このCMのために『愛のバクダン』の歌詞を英語で書き直した「Love Bomb」(配信限定アルバム「B'z」収録曲)を、エンディングのライブシーンで披露している。

ペプシは健康へ。[編集]

2013年4月2日より開始された新シリーズ。今回のみ「ペプシネックスゼロ」・「ペプシスペシャル」共通のプロモーションとなった。白亜紀を舞台に恐竜が登場するオリジナルのCGアニメーションが展開された。

Forever Challenge. 〜真のおいしさへ。〜[編集]

2014年3月1日より開始された新シリーズ。昔話『桃太郎』を新たな解釈でアレンジした『MOMOTARO』を展開する。また並行してペプシネックスゼロとコカ・コーラ ゼロの比較広告も放映されている。

その他のCMキャラクター[編集]

サントリー提携前
サントリー提携後

日本のペプシのラインナップ[編集]

  • ペプシネックスゼロ(旧・ペプシネックス) 160ml缶 250ml缶 300mlボトル缶 350ml缶 500mlボトル缶 500mlペット 1.5Lペット - 現在の主力商品
  • ペプシスペシャル 490mlペット
  • ペプシコーラ 200ml瓶 350ml缶 500ml缶 500mlペット 1.5Lペット
  • ペプシリフレッシュショット 200ml缶
  • マウンテンデュー 350ml缶 500ml缶 1500mlPET(沖縄限定)- 2011年4月に、グレープが登場する。
  • セブンアップ 350ml缶
  • セブンアップクリアドライ 350ml缶 490mlペット
  • ペプシコーラクラシックデザイン 350ml缶
  • ペプシ季節限定シリーズ 500mlペット(一部490mlペット)

商品の一覧[編集]

アメリカ[編集]

  • ペプシ PEPSI
  • ダイエットペプシ Diet PEPSI
  • ペプシワンPEPSI ONE
  • ペプシワイルドチェリー Wild Cherry PEPSI
  • ペプシダイエットチェリー Diet Cherry PEPSI
  • ダイエットペプシバニラ diet PEPSI Vanilla
  • ダイエットペプシライム diet PEPSI Lime
  • ダイエットペプシツイスト Diet PEPSI Twist
  • ダイエットペプシジャズ Diet PEPSI Jazz
  • ダイエットペプシマックス diet PEPSI MAX
  • カフェインフリー・ペプシ caffeine free pepsi
  • カフェインフリー・ダイエット caffeine free dietpepsi

日本[編集]

ペプシコーラ500ml缶
ペプシコーラ200ml瓶(左:1998~2006のデザイン/右:2007年からの新デザイン)
ペプシMX
ペプシネックス(旧デザイン)
ペプシピンク
  • ペプシコーラ (PEPSI COLA)
  • ペプシネックスゼロ (pepsi NEX ZERO) - 旧ペプシネックス。2012年3月のリニューアルより現在の商品名となった
  • ペプシスペシャル (pepsi SPECIAL) - 2012年11月13日発売。特定保健用食品
  • マウンテンデュー (Mountain Dew)
  • マウンテンデューグレープ (Mountain Dew Grape)
  • マウンテンデューホワイトアウト (Mountain Dew WhiteOut) - 2012年6月12日発売
  • セブンアップ (7up)
  • セブンアップストロングドライ (7up STRONG DRY) - 2012年5月29日発売
  • ペプシコーラクラシックデザイン (PEPSI CLASSIC) - サントリーではなくダイドードリンコより発売

販売が中止された商品[編集]

  • ダイエットペプシツイスト (diet PEPSI Twist)- 「ペプシネックス」にリニューアルした。
  • ペプシストロングショット (pepsi STRONG SHOT) - 2010年発売
  • ペプシドライ (pepsi DRY) - 2011年5月24日発売
  • ダイエットペプシ (diet PEPSI)
  • セブンアップクリアドライ (7up CLEAR DRY) - 2011年発売
  • ミリンダ (MIRINDA)
  • ペプシツイスト (PEPSI Twist)
  • ペプシブラック (pepsi BLACK) - 2012年6月9日発売
  • ペプシエクストラ (pepsi EX) - 2012年6月26日発売
  • ペプシエナジーコーラ (pepsi ENERGY COLA) - 2011年7月発売

期間限定商品[編集]

  • ペプシMX (PEPSI MX) - PEPSI MAXの日本名。1994年限定。
  • ペプシラズベリーコーラ - 1995年限定。
  • ペプシトロピカルコーラ - 1995年限定。
  • ペプシカーニバル (PEPSI Carnival) - 2006年限定。
  • ペプシゴールド (PEPSI GOLD LIMITED EDITION) - 2006年限定。
  • ペプシブルー (PEPSI BLUE) - 2004年夏限定。
  • ペプシエックス (PEPSI X) - 2005年夏限定。
  • ペプシレッド (PEPSI RED) - 2006年夏限定。
  • ペプシアイスキューカンバー (PEPSI ICE CUCUMBER) - 2007年夏限定。キュウリ味。
  • ペプシブルーハワイ (PEPSI Blue Hawaii PINEAPPLE&LEMON) - 2008年夏限定。パイナップル&レモン味。
  • ペプシホワイト (PEPSI WHITE PEPSI&YOGURT FLAVOR) - 2008年秋限定。ヨーグルト
  • ペプシしそ (PEPSI SHISO JAPANESE REFRESHING FLAVOR) - 2009年夏限定。
  • ペプシあずき (PEPSI Azuki) - 2009年秋限定。
  • ペプシバオバブ (pepsi BAOBAB REFRESHING COLA FLAVOR) - 2010年夏限定。
  • ペプシモンブラン (pepsi Mont Blanc) - 2010年秋限定。
  • ペプシカリビアンゴールド (pepsi CARIBBEAN GOLD WHITE SAPOTE FLAVOR) - 2011年夏限定。ホワイトサポテ味。
  • ペプシピンク (pepsi PINK strawberry and milk flavor) - 2011年秋限定。いちごミルク味。
  • ペプシソルティーウォーターメロン (pepsi Salty Watermelon) - 2012年夏限定。7月24日発売。スイカ味。
  • ペプシホワイト(新) (pepsi WHITE) - 2012年冬限定。12月11日発売。2008年版と違い、今回はみかん味である。

かつて日本国内のみで発売された商品[編集]

  • ジャズイン(ティーソーダ)
  • フリーダム(缶コーヒー
  • バーディ(缶コーヒー)
  • パティオ(紅茶飲料、お茶飲料)
  • リプトン(紅茶飲料)
  • ティーメーカー(紅茶飲料)
  • 桃源茶人(中国茶飲料)
  • 一休庵(日本茶飲料)
  • フルーピー(果汁飲料)
  • ウェルチ(果汁飲料)
  • スライス(果汁飲料、野菜飲料)
  • オールスポーツ(炭酸入りスポーツドリンク)
  • カフェガラナ
  • ビタミンレモンC
  • コーンポタージュ

雑記[編集]

公正取引委員会勧告[編集]

2003年、ペプシツイストに添付された販売促進用ノベルティグッズ機動戦士ガンダムSEEDフィギュアが「中身が見えないため懸賞にあたる」と公正取引委員会によって認定され、懸賞品に課せられるコスト上限(景表法)を超え「射幸心を煽る」と是正勧告を受ける。2005年夏以降、あらかじめ中身が目視確認可能となる。

カラメル色素製造方法調整[編集]

2012年3月、カラメル色素に含有される4-メチルイミダゾールが、米国カリフォルニア州法の発がん性物質リストに摂取上限値29µg/dayとして追加収録されるも、コーラ類飲料には355ml缶1本に100µg超の含有が認められ、リスク警告表示回避のためにレシピが変更[7] [8]される。米国飲料協会は4-メチルイミダゾールがFDAのヒト発がん性物質リストに収載されていない、旨の声明[9]を発表する。WHOの研究[10]では、発がんリスク有りとの報告がある。

脚注・出典[編集]

  1. ^ ちなみに第二次世界大戦中にナチス・ドイツがコカ・コーラの代用品として開発・生産を行った際にもペプシの商標を使った(ライセンス生産をしていた訳ではない)。
  2. ^ ペプシが市場シェアを伸ばす一方で、コカ・コーラはシェアがわずかながら減り、カンザス計画をスタートさせるきっかけとなった。
  3. ^ その後、修正前のCMをまとめたビデオテープを期間限定で希望者に進呈した。
  4. ^ 大牟田市はサントリービバレッジサービスの管轄である。
  5. ^ 語りは『3年B組金八先生』の口調。
  6. ^ 1993年に起こった性的虐待疑惑によってスポンサーを途中降板。
  7. ^ コーラとペプシに「発がん性物質」、製法を変更へ
  8. ^ Pepsi Changes Coloring Formula in Response to Carcinogen Concerns
  9. ^ Beverage Industry Responds to CSPI Scare Tactics On Caramel Coloring and 4-MEI
  10. ^ 国際がん研究機構(IARC)による食品中の発がん物質の評価

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

日本の地域ボトラーのウェブURL[編集]

以下は2013年4月1日に合併してサントリービバレッジサービスとなった。